第33話 探査の魔法 1

 次の日の朝、シエンヌは目を覚まして、レフが既に目覚めて上体を起こしているのを気づいた。外はやっと薄明るくなっている。


「なに……?」


 と言いさして、シエンヌは昨日と様子が違うのに気づいた。しつこく自分の魔力を刺激してくるものがある。直接にではないが、チクチクチクチクと煩わしい。


「これは一体……、ひょっとして探知魔法?」

「ああ、よく分かったな。帝国軍が能動探知を使っている」


 普通使われるのは受動探知だ。生命体の気配を、とくに多数の生命体が動けばさらに容易に、察知できる。その生命体が人間なのか、人間以外のものか、人間であれば魔法使いと呼ばれるほどの魔力を持っているかどうか、も分かる。どの程度の距離で探知できるかはその探知魔法を使っている魔法使いの能力と魔力次第だ。

 能動探知は違う。複数の魔法使いが組んで、言わば探知の網を作ってスキャンしていくのだ。探知範囲は狭くなるがずっと精密になる。しかし絶えず魔力を使い続けるため持続時間は短い。普通の魔力しか持たない魔法使いであれば半日が限度だった。持続的に魔力を使うために、能動探知魔法を使っている魔法士の位置も絶えず外に向かって発信している事になる。

 このときレフはまだ知らなかったが、イフリキアが原型を作った魔器によって探知範囲と精密さが均一化され、軍としてはずっと使いやすくなっていた。尤も魔法士の保有魔力に規定される持続時間を均一化することはできていなかった。


「西から始めたようだな」

「はい。1個中隊ほどの一般兵もついているようですね」

「平民街に逃げ込んだ王国兵狩りだな。ずいぶんと本気のようだ。港か王宮を陥としてからだと思っていたが……」

「帝国兵が来るのですか?」


 アニエスが横になったまま訊いてきた。レフ達3人が使っている主寝室の寝台は辛うじて3人が一緒に寝られるほどの大きさがあった。ただし誰かがごそごそすれば気づかれずには済まない。アニエスもシエンヌとほとんど同時に目覚めてレフとシエンヌの会話を聞いていた。





「つまり、わたしがこの中で一番探知されやすいと言うのか?」

「その通りです」

「魔力ならそなたやシエンヌの方がわたしより大きいのではないか?」

「私とシエンヌは魔力を隠蔽できます。探知されても魔法使いではない一般の民と思わせることができます」

「魔力を隠蔽?そんなことが出来るのね。それに私も多少探知の魔法が使えるけれど、能動探査など聞いたこともなかったわ」

「能動探査は一人では出来ませんから、誰かと組まなければなりません」


 王女と魔法を行使するためにペアになるなど、王国の普通の魔法使いはしないだろう。


「そうなのか……」


 納得しない顔のまま王女は頷いた。


「それで、どうやって私を隠すのだ?」

「地下室に隠れてください。地下室全体を結界で覆います。そうすれば結界の境面を探知魔法が滑っていく。地面と同じ高さでそれをやればその下に部屋があることを誤魔化せるでしょう」

「それも聞いたことがないが、そんなことが本当に出来るの?」

「信用して貰うしかないでしょう」

「信用するのですか?殿下。殿下に対する口の利き方も知らないこんな者を」


 レフが冷たい視線をロクサーヌに送った。アリサベル王女がいくらか慌てたように、


「ロクサーヌ、お前こそ口を慎みなさい、いまレフ殿を信じなくて他に方法があるのですか」

「それは……」

「納得できなくても従って貰うより無いですね。あなたたちのためにシエンヌやアニエスを危険にさらすわけにはいかない」


 さすがにこの言葉にはアリサベル王女も息をのんだ。つまり王女よりシエンヌ、アニエスの方が大事と言っているのだから。


「そっちの2人も一緒に隠れて貰う。元々この家は3人で暮らしているということを近所の住民は知っている。帝国軍が一々そんなことを知っているとは思わないが、どんな拍子で奴らの耳に入るかもしれない。この家に余分な人間がいることが」

「承知しました」


 ルビオは素直に頷いたが、ロクサーヌは不満げに頬を膨らませた。しかし、レフの言うことに理があることは分かるので渋々と頷いた。主であるアリサベル王女が受け入れていることに文句を言うわけにもいかない。


「地下室にある物には手を触れないでください。不用意に触れると危険な物もあるので」


 レフは3人を地下の工作室に入れてから地下に降りる階段の入り口に、魔導銀の薄い板に特殊なインクで法陣を描いた物を置いた。短時間働けば良いだけの魔導具で、魔導銀線で法陣を描く魔器ほどの性能は出ない。


「レフ様、それは?」


 シエンヌの問いに、


「隠蔽の法陣だな。魔器を用意するほどの時間が無いからこれでやむを得ない」


 慌てて用意した、言わばやっつけ仕事だった。




 帝国軍の魔法士による能動探査はアンジエームの平民街を西から東へ舐めるようにスキャンしていった。4人の魔法士で長方形の探知網を作り、ゆっくりと東へ動かしている。ハウタームの交差点に到達したのは昼頃だったが、ここまでで既に20人近くの王国兵を見付けていた。不自然に多人数が固まっていたり、武器を携帯して臨戦態勢にいたりすると簡単に探査網に引っかかる。見つかった王国兵は探査網と一緒に行動している1個中隊の帝国兵に始末されていた。ハウタームの交差点で魔法士が交代し東側の探査に掛かった。


「ん?」


 4人のうち1人の魔法士が思わず眉をしかめたのは探知網がレフの家に掛かって半分ほどが過ぎた頃だった。ベンディッシュ通りを2人、平民街の一番南の通りを2人、それぞれ20ファルほど離れて四辺形の探知網を形成し、一定のペースで東へスキャンしていた。眉をしかめたのは南の通りを前に立って進んでいる魔法士だった。


「どうした?グランデール魔法士」


 ペアになっている魔法士がそれに気づいて通心で訊いた。


「いえ、今ちょっと滑ったような気がして……」

「滑った?探知網が、か?」

「ええ、そんな気がしたんですが」

「どうした、何かあったのか?」


 ベンディッシュ通りを進んでいたリーダーの魔法士が、通心で交わされた会話に気づいて訊いてきた。


「はい、いいえ。たいしたことではないのですが探知網がちょっとおかしな動きをしたような気がしまして……」

「ジェシカ、確かなの?」


 リーダーの魔法士とペアと組んでいる魔法士が口を挟んだ。王国でも、帝国でも魔法士の半分は女性が占めている。この4人の魔法士達もうち2人は女性だった。


「わからないの」

「よし、それなら5ファルほど戻ってもう一度探ってみよう」


 リーダーの魔法士が結論を出して、5ファルほど探知網を戻してもう一度同じ所をスキャンした。


「グランデール魔法士の気にしすぎだな。何も感じないぞ」

「そうですね、何も無さそうです、気にしすぎなのか……」

「そうだろう、このところ休み無しだからな、俺たち魔法士ってのは一般兵より扱き使われているし、疲れからの回復にも時間が掛かるからな。さっ、後もう少しだ、さっさと済まそうぜ。これが終わったら少しは休みがもらえるだろう」


 今ひとつ納得できない所はあったが、再度のスキャンでは何も感じなかった。4人の魔法士はスキャンを再開した


「いたぞ!」


 再開して直ぐ、ベンディッシュ通り側からスキャンしていたリーダーの魔法士が叫んだ。


「あそこだ!」


 魔法士が指さした家に、追随していた帝国兵が飛び込んでいった。そこに隠れていた5人の王国兵が通りに追い出され囲まれて、たちまち切り伏せられて倒れた。


「問題なく処置できたそうだ。探査を続けろとのことだ」


 ベンディッシュ通り側からスキャンしていた魔法士長からそう連絡を受けて、探知網はまた東へ進んでいった。ジェシカ・グランデール魔法士もそれ以上は自分が感じた探知網の不審な動きに拘泥せず、探知を続けた。







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