第31話 皇女と将軍 PartⅡ 2

「それにレクドラムで使われた攻撃魔法もあるな」


ディアステネス上将が上半身を吹き飛ばされて殺された帝国兵の事を想い出させた。


「あれも帝国わたしたちの知らない魔法だわね」


 今使われている魔法を整理し、体系化したのはガイウス大帝だった。彼の最大の功績は法陣の作成だろう。それまで各人の魔力の大きさ、魔力を扱う才能や習熟度に依存して個人差が大きかった――大き過ぎた――魔法の発動をある程度均質化し、誰でも一定の魔法が使えるようにしたのは大帝だった。例えそれがほとんどの人にとって、火口ほくちに火を付ける、洗面器に辛うじて顔が洗える量の水をためることが出来る程度であったとしても大きな恩恵だったと言っていい。

 常人よりも大きな魔力を持つ、つまり軍に魔法士として徴集されるほどの人間にとってはさらに大きな恩恵だった。法陣によって素質のない魔法を使えるようになるわけではないが、使える魔法についてはある程度までの質が保証されるようになったのだ。それは魔法士本人にとっても、均質な――代替可能な――戦力を求める軍当局にとっても恩恵だった。少数の強力な魔法士の存在よりも、一定の能力を持った多数の魔法士の方が軍にとって有用なのは言うまでもない。しかも法陣によって引きあげられた能力は、それ以前に“強力な”と言われていた能力に匹敵した。それらの魔法士を駆使して自在に軍を動かしたガイウス大帝が隔絶した強さを見せたのは当然だった。


 ガイウス大帝はたくさんの法陣を描き残したが、それらの資料は大帝の直系を自負する帝国に最も多かった。だからこそ帝国は魔法院を設立し、皇家の一つであるルファイエ家に管理させて多額の予算をつぎ込んでいたのだ。アンジェラルド王国も魔法院にあたる組織を作り法陣の研究をしていたが、質、量ともに帝国の方が優位だった。例えそれが法陣の解読、新しい組み合わせによる新しい効果の発現などに限られ、新規の法陣を描くことが出来なかったにしても。それまで知られていなかった法陣を描いたのはイフリキア皇女が最初――ガイウス大帝を除けば――だった。イフリキアが原型を作った魔器によって帝国軍の魔法士はその通信と探査の能力を大幅に向上させていた。だからこそこの戦でその強化された魔法を――ほとんどがイフリキアの個人的な能力のおかげだったが――使って王国を圧倒しているのだ。だが王国てき帝国みかたの知らない魔法を使っている、それも攻撃に使っているなら帝国の優位が崩される可能性がある。それは帝国軍にとっては、頭の痛い問題だった。


「厄介なことにそっちの方も確認されましたな」


 えっと言うようにドミティア皇女が上将を見た。


「西の市門を陥とした戦いのときですな」

「姿を視認したの?」

「いいえ、例によって頸骨を貫かれた死体のみです」

「魔法は使われてなかった?」

「そうですな」

「失礼、それでなぜレクドラムで攻撃魔法を使ったとされる例の王国兵達の仕業と分かるのですか?」


 ファルコス上級魔法士長が横から訊いてきた。


「間違うわけがない。あの傷は独特で他の場面で見たことがない。その上やられたのは強化兵――槍の穂先――の1個小隊だ。それが文字通り全滅していた」


 ざわっと司令部の幕舎の中に動揺が走った。上将の副官や司令部の要員達が互いに顔を見合わせていた。強化兵の強さには定評があった。同数の戦いでは一般兵はもちろん、エリートとされる近衛兵でも一蹴されるだろう。そんな強化兵の1個小隊が全滅したというのは、相手は遙かに大きな戦力だったのだろうか?


「強化兵の小隊が手も足も出ずに一方的に壊滅したと言うこと?攻撃魔法に頼らずに武器だけの戦いで」


 皇女の問いかけに上将は少し考え込んだ。自身で現場をわざわざ調べに行って確認したことだったが、まだどう評価すべきか迷っていた。


「……今度は王国兵の死体も残されてましたな」


 続きを促すような顔で自分を見ている皇女に、ディアステネス上将が言った。


「つまり、単に全滅したのではなくある程度王国兵てきにも損害を与えたって事なの?」

「その評価が難しいのです。死んでいた王国兵が本当に強化兵を斃した敵部隊に属するのかどうか」


 はっきりしない上将の言い分に皇女がさらに質問を重ねた。


「どういうことなの?王国兵にも損害が出たって事よね。それで死んだ王国兵なかまを回収する余裕もなく引き上げたって事でしょう?それで死んでいた王国兵は何人なの?」

「残されていた死体は3体です。全員が王宮親衛隊の軍装で女兵が1人混じっていましたな」

「王宮親衛隊……?王族の警護にしか就かないと聞いているわ。それに女兵が混じっているなら王族の女の警護兵ね。つまり、正体不明の王国兵は親衛隊に属しているということ?」

「ところがそうとも言い切れないのです」

「なぜ?」

「レクドラムの戦いで、戦場に出ていた王族はレアード王子一人です。で、あの現場近くに王子が行ってないのは確実で、当然王子付きの親衛隊も行っていませんな。だから親衛隊とは断言できないのですよ」

「そう……」

「いずれにせよ、厄介な相手が2つです。どちらの所在も分からない。集積所を襲った連中は街の中か外に潜んでいる。強化兵を殺った連中は多分港の方に籠もっているんでしょう。あそこは港に逃げ込んだ連中の通り道でしたから」

「集積所を襲った王国兵が街に潜んでいる可能性があると言うの?」

「そうですな。王宮と港は蟻の這い出る隙も無いほどに囲んでいます。昨夜その囲みを破られた形跡はない。それこそ我々の転移の魔法でも使わないことには出入りできません。そんな魔法を王国が持ってないのは確実ですから」


 帝国でさえ、イフリキアと言う卓越した魔法士がいて初めて実現できた魔法だった。ここまでの戦の経過は、王国が転移の魔法の存在について全く想定していないことを示唆している。


「少なくとも20人程度はいる部隊だろうと上将は言ったわね。そんな数の兵が動けば探知できるのではないの?」


 魔器で強化された帝国の魔法士は王国の魔法士より優れていた。兵士によるパトロールの目は粗かったが、魔法士によるアンジエーム全体を一通りカバーする探知網は既に構築されていた。その中で20人の兵が動けば探知できるはずだった。皇女と上将が想像し得なかったのは、レフ達が少人数であることと、レフもシエンヌも気配を消すことに長けていることだった。


「まとまって動けば探知できますな。しかしバラバラに動いて最終段階で集まったという可能性もありますな。あるいは、こちらの方がより有りそうだと思いますが、市外に拠点を持っているかも知れません」


 ドミティア皇女は上将の言葉に頷いていた。


「包囲線から多くを割くわけにはいきませんが市内のパトロールを強化し、魔法士の配置も密にします。市外哨戒も始めましょう。市外に拠点を持っている場合でもそんな遠くにあるとは思えませんからな」

「そっちの方に力を割けば王国兵が籠もっている王宮と港を陥とすまでの時間が延びるのではない?」

「仕方ありませんな。どっちも放置しておくにはあまりにも危険な敵に思えますからな」

「あまり遅くなると陛下から催促が来るわよ」

「まず港の方から陥としましょう。堀がないぶん王宮よりも陥としやすいでしょうからな。退路がなくなった王宮がどう動くか、大いに興味のあるところですな。陛下から叱責されるほど、そんなに時間が掛かるとは思っておりませんが」


 実のところディアステネス上将には急いで王宮を陥とすつもりはなかった。帝国軍の枢要にそれなりの地位を占めるためには軍功が必要だ。しかし大きすぎる軍功はかえって危険だと上将は考えていた。ガイウス7世はまだ若い、虚心に部下の大きな軍功を認めることができるほど成熟していない。上将は既に難攻不落と言われたシュワービス峠を抜き、短時間でテルジエス平原を平定し、さらに王都であるアンジエームを陥落させた。港はそれほどの手も掛からず陥ちるだろう。その上王宮まで自分の手で陥とすのはやり過ぎだろう。王宮攻略に手間取ってみせれば、自分の才能に自信を持っているガイウス7世が出てくる可能性が高い。王宮を陥落させるのはガイウス7世に任せていい、それがディアステネス上将の考えだった。




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