第24話 再強化 2
3日後、レフ達3人は裕福な平民の居住する一角にあるエガリオの屋敷の裏庭で、シエンヌとアニエスが新たに使えるようになった魔法の練習をしていた。エガリオから借りている家はそれなりの広さはあったが、アニエスの魔法の練習には狭かったからだ。
エガリオが庭の片隅に立ってそれを見ていた。
エガリオの目の前でレフとシエンヌが訓練用の刃引きした剣で切り結んでいた。レフは長剣は得意ではなかったが、この機会に使い慣れておこうと思ったのだ。キンキンと金属をぶつけ合う音が連続する。レフの長剣の扱いはまだぎこちなかったが持ち前のセンスと動体視力と迅さでシエンヌの打ち込みをなんとか捌いていた。シエンヌの剣筋はレクドラムでの実戦を経てますます鋭くなっていた。
シエンヌの額に汗が浮いてきた。レフの一撃一撃が本当に重く、受けるシエンヌの体力を殺いでいた。対してレフの剣筋はシエンヌに比べて無駄な動きが多かったが汗もかかず、まだまだ余力がありそうだった。
――このままでは体力負けになるわ――
いつもは、レフはナイフを持ってシエンヌの相手をする。すると短時間で勝負が付いてしまって、体力切れになるまで長引くことはない。
――それにしても魔纏している私より体力があるなんて……――
息が荒くなって打ち合いから一歩下がったシエンヌの姿がふっと消えた。
「えっ?」
声を上げたのはエガリオだった。
間を置かずレフの左後ろにシエンヌが現れた。そのままレフに打ちかかったシエンヌの剣を振り返ったレフが下から払った。ガキンという重い音がしてシエンヌの剣が弾き飛ばされた。シエンヌが両手を挙げた。
「参りました」
本当に草臥れたようで肩で息をしていた。
――これほど疲れていなければ剣を弾き飛ばされることもなかったのに――
「シエンヌ、ほら」
アニエスが声を掛けてシエンヌにタオルを投げた。受け取ったタオルで汗を拭きながら、
「何故分かるんですか~?」
何故転移先がそんなに早く分かって対応できるのだという疑問だった。
「秘密だ」
転移先をきちんと視認しなければならない、だからシエンヌの視線を追えばどこに転移するか見当が付く。それに転移の魔法を発動する前に魔器に魔力を通す。ほんのわずかの魔力だったがレフの作った魔器だ、探知することができる。だからそういうことが分かっている相手には転移魔法による奇襲は通用しにくい。そのことを教えても良かったのだが、エガリオが近くにいるため控えたのだ。エガリオにはシエンヌとアニエスの魔法を見せてもいいとは思っていたが、その弱点まで教えるつもりはなかった。
「何なんだ、あれは?」
エガリオがレフに訊いた。
「一種の転移魔法だ。ちょっと工夫して転移先のブレをなくし、実体化の時間を短くした」
「転移魔法なのか?」
あんな転移魔法があるものか。一瞬で実体化できるなんて冗談じゃない。
「あんたは分かっていたから対応できたみたいだが、普通はあんなのは反則だぜ。どこに跳ばれてどこから攻撃されるか分からない。おっそろしい魔法を教え込んだんだな、嬢ちゃんに」
シエンヌの剣はたいしたものだ。あんな魔法を使わなくても勝てる相手はそうはいないだろう。その上にあんな転移を使われたら手に負えない。
「エガリオには見せたが、他言は無しだぜ」
「ああ、分かってる。ところであの転移魔法は嬢ちゃん以外でも使えるのか?」
「そうだな、試したことはないが元々転移魔法の能力を持っていて、中等度以上の魔力があれば使える可能性はある」
「中等度以上の魔力?具体的にはどれくらい必要なんだ?」
「通常の転移を5回くらい続けてなおかつ動けるほどの魔力だな。そうでないと転移したはいいが魔力切れで動けないなんてことになりかねない」
「……もしそんな魔法使いがいたら、レフ、あれを使えるようにしてくれるか?」
エガリオの問いにレフは真顔になって真正面からエガリオを見た。
「信用できる相手ならな。絶対に私を裏切らないと確信できれば使えるようにしてやってもいい」
エガリオはシエンヌを見た。レフはシエンヌが自分を裏切ることはないと確信しているわけだ。隷属紋が関係するのだろうか?奴隷なら絶対に裏切らないと思えるのだろうか?
「今度はあたしの番」
嬉しそうにアニエスがレフの側に来た。
「ねっ、エガリオ様、あの岩壊してもいい?」
アニエスが指さしたのは塀の側、15ファルほど離れた場所に置いてある見かけ半ファルほどの大きさの岩だった。
「あの岩を?」
何を言われているのか分からないままエガリオは頷いた。
「ああ、別にかまわないが……」
アニエスは胸の前で両掌で径15デファルほどの球形の空間を作った。視線は岩に固定されている。指を目一杯に広げたその空間の中に径5デファルほどの灯火が生まれ、すーっと小さくなった。次の瞬間小さくなった灯火がアニエスの手掌の間から消え、ドンッという音がしてアニエスが指さした岩が一瞬ぶれるように動いた。
「えっ!?」
エガリオがあっけにとられている内に、ドンッ、ドンッと一定間隔で岩が揺れ、7回目で岩が2個の破片に壊れた。
「速くなったな」
レフにそう声を掛けられて、アニエスはニコッと笑った。
「はい、レフ様。何回も練習したら威力1のときより3~4倍速くなりました」
「私の見込みよりずっと速い。それに1/8にしても7発であの岩を割れるのか」
想定より威力があった。アニエスが甘えるようにレフにすり寄った。
「本当に一所懸命練習しましたから。誉めてください」
「いっ、今のは一体?」
エガリオが詰め寄るように疑問をぶつけてきた。
「灯火を圧縮して、念動であの岩にぶつけたのさ」
何を言っているのかエガリオには分からなかった。眉根にしわを寄せて、
「そんな、ことができるのか?」
「ああ、あんたが見ていたとおりだ。結構使えそうだな」
エガリオは2つに割れた岩の側に歩いて行った。岩の断面に等間隔に穴が開いていた。貫通した穴はなかったが、開けられた穴の先端はそこまでの穴の径より大きくえぐられていた。見ているエガリオの額に冷や汗が浮いてきた。しゃがみ込んで割れた断面を指でなぞってみた。この硬い岩が目の前で割られたのだ。アニエスは小さい頃からザラバティー一家で面倒を見ていた。こんなことができるなど考えたこともなかった。レフが何かをやってこんなことができるようにしたに決まっている。シエンヌといい、アニエスといい、レフは一体どんな力を持っているのだ?
疲れた顔でエガリオはレフの立っているところまで戻ってきた。
「で、こいつも他の魔法使いでもできるようになるのか?」
「ちょっとそれは分からないな。アニエスの灯火は少し特殊だから。あんたも気づいていただろう?アニエスの灯火は境界がはっきりしている」
「ああ、そう言えば……」
「普通の灯火は境界がぼやけている。そんな灯火ではうまく圧縮できない。だから無理だな」
「アニエスだけなのか……」
「今のところはな。でもこんな魔法を使える人間は少ない方がいいだろう。それに言うまでもないがこれも口外無用に頼む」
「そうだな、こんな魔法を使える人間がたくさんいては落ち着かない。誰かに話しても信用されるかどうか……」
普通には使えないというレフの言葉にどこか安堵したような表情でエガリオはつぶやいた。
それにしても本人だけでなくアニエスやシエンヌにこんな力を与えて、レフは一体何を目指しているのだろう?アニエスは確かに聡い娘ではあったが、こんな人間兵器になる素質なんて見えなかった。一見武装もしていない人間にいきなり致命的な攻撃を受ける可能性のある世界、そんなものを歓迎したくはない。
それに……、エガリオが考えたのは、なぜレフがこれを俺に見せたのか?だった。レフがなんの魂胆もなくこんなことをしたとはエガリオは考えなかった。
単純にエガリオに自分の力を見せつけて自分を裏切るなと警告したのか、あるいはエガリオが多少はコネを持っている王国上層部に知らせたいのか。いろいろ考えることが多そうだ、何食わぬ顔の下でエガリオは懸命に考えを巡らせていた。
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