第24話 再強化 1

 朝食後部屋に来るように言われて、シエンヌとアニエスは片付け終わって直ぐに、2人でレフの部屋のドアをノックした。地下の、作業部屋として使っている部屋で、レフが家にいて起きているときは一番長い時間を過ごす部屋だった。ノックしてすぐに応えがあった。


「開いているぞ」


 シエンヌがドアを開けると、いろんな物が雑多に積み上がった部屋の中で、回転椅子を回して背中を机に向けているレフがいた。机の上も乱暴に散らかっていたがレフの手が届く範囲だけはなんとか片付いていた。レフが2人を見ながら柔らかく微笑んでいた。


「座って」


 レフが目の前においてある木のベンチを指さしていった。レフに促されて2人の少女は紙の束や、使い方の分からない道具などが乱雑に積まれている椅子の上を片付けて――と言ってもそれらの物を床の上に移しただけだったが――スペースを作って座った。レフの部屋はいつも乱雑に散らかっている。家中を片付けるシエンヌとアニエスにも普段は手をつけさせない。散らかっているままどこに何があるか分かっているというのだ。だからこういう場合でもすぐ側に置きかえるだけにする。そうすればすぐに元の位置に戻せるからだ。物を片付けた狭いスペースにシエンヌとアニエスはチョコンという感じで腰掛けた。


「えっと、シエンヌとアニエスを来てもらったのは……」


 レフが体を後ろ向けて、机の上に置いてあった3個の球形の物――魔器――を取り上げた。

 2つは小さく、1つは大きい、比較しての話だが。


「実戦を経験して、2人の魔器を少し作り直した方いいことが分かった」

「作り直し……ですか?」


 シエンヌは首をひねり、アニエスは目を輝かせた。レフが魔器を手にとって差し出した。


「これがアニエスの分だ」


 アニエスは渡された魔器――大きい方だ――を右手の掌の上で転がしてみた。前に渡されたのと大きさは同じくらいだった。法陣の紋様が細かくなっているような気がする。


「前のと交換だ。2つ同時には使えないからな」


 言われて、いつも肌身離さず持っている魔器をレフに差し出した。レフが右手の親指と人差し指でその魔器をつまんで過剰な魔力を流した。プチプチッと音がして小さいが眩しい光が連続して生起し、光った箇所で魔導銀線が断線した。2人があきれたような顔でそれを見ていた。シエンヌとアニエスでは全力で魔力を流してもそんなことは起こらない。


「これとそれはどう違うのですか?」


 その質問を受けて、使えなくした魔器を後ろの机に置いてレフがアニエスに正対した。


「新しい魔器は出力調整ができる」

「出力調整?」

「そうだ、前の魔器だと対人では威力が強すぎる」

「そうですね」


 上半身を吹き飛ばされた帝国兵を思い出しながらアニエスが答えた。完全にオーバーキルだった。


「だからこの魔器だと、前の魔器の威力を1としたとき、1、1/2、1/4、1/8に調節することができるようにした。対人なら1/8で充分だろうし、全身鎧の重騎兵を馬ごと斃す場合でも1/2くらいでいいだろう。」


 アニエスが魔器を手に持ったまま頷いていた。真剣な目で魔器を見つめていた。


「利点として、使う魔力が少なくて済む、威力が1/2なら発生させる魔力も1/2でいい。まあ、撃ち出す魔力は1/2までは減らないが。だが何より射出する時間が短くなる。1/8の威力の熱弾なら半分くらいの時間で次のを撃てるようになるはずだ」

「それなら……、たくさん撃てるようになりますね」


 半分の時間で1回撃てるなら、この前帝国兵を相手に撃ったときは2人が限界だったが、同じ時間で4人を攻撃できるわけだ。


「アニエスにより多くの敵を倒してほしいわけではない。でも次の熱弾を撃つまでの時間が短くなれば敵がアニエスに近づきにくくなるだろう?」


 レフの本音だった。複数の敵に接近されてしまえば熱弾は使いにくい。アニエスが得意とする近接用武器――ナイフ――で闘うことになる。レフとの訓練でナイフの腕はずいぶん上がっているが、シエンヌのように魔纏ができるわけではない。短い間隔で熱弾が撃てるなら敵の接近を難しくして、それだけアニエスを安全にする。


 アニエスは新しくもらった魔器を両手で大事そうに包みこみながら、


「ううん、レフ様のためにより多くの敵を倒せれば嬉しい。少しでも役に立つようになりたいから」


 その言葉を聞いてレフが柔らかい表情のまま軽く首を振った。


「少し練習が必要だな。アニエスなら直ぐに使えるようになるだろう」




「残りの2つは私のですか?」


 横から待ちきれないようにシエンヌが口を挟んだ。残りの2つは一対の魔器のように見える。併せて使うと考えるのが自然だ。


「ああそうだ」

「持たせてください」


 手を出してきたシエンヌの掌に魔器を載せた。1.5デファルほどの輪っかに短い鎖で小さな――1デファルほどの直径の――魔器が付いている。小さな魔器の表面にびっしりと法陣が描画してある。2つとも同じ紋様というわけではない。


「これは……、何をするための魔器ですか?」

「転移の魔器だ」

「転移の?」

「そうだ、帝国軍が大規模に転移の魔法を使っていたから、何かできないか考えてみた」

「転移ですか……」


 使いにくい魔法だった。レフの前で使ってみたことはあるが距離も出ないし、何回も使えばくたくたに疲れてしまう。


「それを使えば、目視できる距離では転移先がぶれることがなくなる。それに実体化の時間が短くなる。ほぼ一瞬と言っていいかな」 


 正確には転移ではなかった。自分のいる空間と目視している空間を繋いで移動する魔法だった。ただこれまで知られていない魔法で、くどくど説明するより転移と言っても大きな間違いではないだろうと思ったのだ。実際、ある程度以上の転移の能力を持っていれば使うことができるだろう。


「一瞬で実体化できるのですか?」

「そうだな、目の前にいる相手には、消えたと思ったらすぐに離れたところにシエンヌがいるというように感じられるだろうな。まあ転移距離は伸びないがな。実用的にはせいぜい10ファルといったところだろう。それに疲れが少ない。10回ほど連続で転移しても大丈夫だ」


 10ファルでも今レフが言ったとおりの転移ならその使い道は多い。剣を交えているときに一瞬で相手の後ろに回れるなら戦いにならないだろう。疲れが少ないなら転移後の攻撃も継続できる。


「その2つは耳たぶに付ける。耳たぶに小さな穴を開けてぶら下げる」

「耳たぶに……」

「ああ、身体のすぐ側にあった方が効率が良い」


 シエンヌが納得したように頷いた。少し甘えた声で、


「じゃあ、レフ様。付けてください」


 シエンヌから魔器を受け取って、レフが引き出しから細い金属の棒を取り出した。シエンヌが顔を横に向けた。


「こっちが右だな」


 耳たぶにちくっと痛みが走った。レフが素早く輪っかをシエンヌの耳に装着した。同じことをもう一度繰り返して、2個のビアス型の魔器がシエンヌの耳たぶからぶら下がった。耳飾りとしてもきれいだった。シエンヌが魔力を流すとキラキラと小さな光が魔器の表面を流れた。


「これも少し練習が必要だな」

「はい……」


 シエンヌは大事そうにそれぞれの魔器を手で覆い、頬を少し赤くして顔をうつむけた。アニエスがうらやましそうな顔でシエンヌを見ていた。


「きれい……」


アニエスのつぶやきだった。







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