第23話 負け戦と混乱 4

「講和は無理だ。そんなことを言えば城壁から吊されるぜ、今の雰囲気ではな」

「損得勘定も出来ないほどカリカリしているわけだ。エガリオ、あんたはどうなんだ?帝国の支配になっても大丈夫なのか?」

「正直、表の支配が王国であろうと、帝国であろうと裏社会にゃ余り関係ない。裏社会がなくなるわけもないし、表の人間がいくらのぞき込んでも裏社会の隅々まで見えるわけはないからな。まあ今持っている王国の表とのコネが使えなくなれば、帝国のしかるべき筋とのコネを再度結び直さなきゃならないという面倒くささはあるがな」

「帝国から裏社会の人間が来るなんて事は考えないのか?」

「そいつらと俺たちが今繋がりがないとでも思ってんのか?帝都フェリコールの奴らのことも知っているし、それなりの関係も持っている。いざとなりゃ利権を分け合うことにはなるがうまくやっていけるさ。ただやっぱり帝国軍に付いてきただけの奴らに利権を分けるのは業腹だからな、できればやりたくない」


  レフがフンと鼻を鳴らした。エガリオの正直な意見に多少は感心したのだ。国と国の関係というのは表だけではないことも分かった。


「アンジエームとジェイミールじゃ堅固さが違う。帝国に比べて圧倒的に少なくなった兵力をジェイミールに籠もらせても、大した抵抗は出来ない。兵力の分散なんて莫迦なことをせずに、アンジエームを防衛拠点にして全軍を集めても兵力が少なすぎる。東から兵力を持ってくるしかないだろう。デルーシャ王国、レドランド公国の協力を得て、あの2国が対帝国の兵を出せば、第三軍を西へ持ってくることが出来る。帝国も東が主攻というわけではなさそうだから、兵力が拮抗していれば第三軍が抜けても持ちこたえられるだろう。まず西をなんとかする必要があると思うがな」

「そういう意見は王宮でもあるそうだ。だがデルーシャ王国にしてもレドランド公国にしても無料ただで兵を出すわけがない。レドランド公国は金で何とかなるにしても、デルーシャ王国を引きずり込むんだったらヌビアート諸島の帰属問題が必ず出てくる」


 ヌビアート諸島はアンジェラルド王国とデルーシャ王国の国境の沖合にある島々だった。国の成立時から帰属を巡って争っていて、いまはアンジェラルド王国が6割、デルーシャ王国が4割を実効支配しているが、小競り合いは日常だった。大きな島々ではあったが、実益というより面子の問題と化している。そしてそれだけ解きほぐすのが難しくなっている。


「だから、ヌビアート全部が自領だと主張するディセンティア一門が強硬に反対している」


 レフがあきれたというように肩をすくめた。


「ディセンティアは何がしたいんだ?島を手放すくらいなら丸ごと帝国に飲まれた方が良いとでも思っているのか?それに帝国が王国を併合してしまえばあの2国とは大きな国力の差ができる。やがてはお前達も飲み込まれるぞといえば交渉の余地はいくらでもあるだろう?」


 どちらの国も1国では帝国にも王国にも対抗できない。まして王国を飲み込んだ帝国であれば2国纏めて始末できる。2国にとっても存亡を掛けた問題になるはずだ。


「やっぱりそういう手段しかないんだよな」

「私はそう思う。兵力差を埋めない限りどうしようもない。その兵力を王国内で調達できない以上外部から持ってくるしかない」

「この期に及んでもデルーシャ、レドランドに膝を屈するようで嫌だと言う者が多い。彼らの意識じゃあの2国は格下だからな。東の連中はルルギアで帝国軍と互角に戦っていると思っているから、西が蹂躙されているという実感がない。まだ何とかなると思っているんだ」

「莫迦だな」


 レフが一言で切り捨てて、エガリオがため息をついた。



―――――――――――――――――――――――――――――



 レクドラムから南下を始めた帝国軍はさして強い抵抗にも遭わず、その支配領域を拡大していった。ディアステネス上将はテルジエス平原に領を有する貴族達の詳細な情報を持っており、その大きさと予想される抵抗の強さに応じた分遣隊を一つ一つの貴族領に送って帰順を求めた。もちろん逆らった場合は即蹂躙できるだけの兵力だった。

 アンジエーム、あるいはジェイミールに逃げている領主も多かったが、自領に残って帝国軍に従うことを明言した貴族に対しては、人質をレクドラムに送って領の管理をそのまま続けることを認めた。人質としてレクドラムに送られたのは領主の家族、主にはその子供達だった。


 テルジエス平原を進軍する帝国軍の軍紀は厳正だった。レクドラムの会戦の前にテルジエス平原を略奪して回った帝国軍の乱暴狼藉を覚えている民は恐れ戦いていたが、同じ軍かと思うくらい略奪、暴行は少なかった。特に、侵攻2日目に、民家に入り込んでその家の女達に暴行していた5人の帝国兵を、即決の軍法会議で公開処刑してからはそうだった。処刑された帝国兵の中に士官――10人長――がいたが一切考慮されなかったのも効果的だった。

 必要な物は代価を――もちろん帝国軍が決めた値で、帝国貨幣を使用したが――払って購入したし、宿泊した建物を壊したり、畑を無用に荒らしたりなどということもなかった。人々は自然、少し前に暴風のように通り過ぎた王国軍敗残兵の所業と比べざるを得なかった。


――あれが同じ王国人の、味方の、やることなのか――


 その対比が占領軍として帝国軍を迎えることに対する心理的な抵抗を少なくしていた。秩序を保つ力を失った町や村ではむしろ帝国軍の早い到着を期待するところさえ出てきた。その噂が広がると、逃げていた領主も戻ってきて帝国軍に降伏する例が増えてきた。帝国軍が着く前に領へ戻ってきて降伏した領主を咎めなかったのも、そういう傾向を助長した。領主が戻ってこず領民が勝手に降伏した領については、軍に付いてきた文官を置いて臨時の行政に当たらせた。

 アドル領も周りの小領主達と歩調を合わせて帝国軍に降伏した。



 ジェイミールにはエンセンテ宗家の領軍を中心に1万5千の兵が戻ってきていたが、帝国軍がじわじわと近づいて来るに従って、逃げ出す兵が続出するようになった。一度負けた経験を持つ兵には堪え性がなかった。とくに王家が態度を変え、アンジエームを防衛する方針をとって、ジェイミールに国軍を送らないことを決めてからは脱走はさらにひどくなった。もちろん領軍の上層部は厳罰をもって脱走を阻止しようとしたが、脱走者が増え、しかも集団で脱走するようになるともう止めようがなかった。脱走兵を追った部隊がそのまま集団で脱走してしまう事もあった。

 エンセンテ領軍の芯である常備兵の中からも脱走兵が出るようになり、領軍の兵数が5千を割るとディアドゥ・エンセンテはジェイミールの防衛を諦め、残った兵を率いてアンジエームに移っていった。ジェイミールに残された文官達は帝国軍に使者を送って、抵抗の意思がないことを伝えた。

 ジェイミールに帝国軍が着いたのはディアドゥ・エンセンテがジェイミールを出てから2日後だった。町の行政を担当する文官達が市門の外まで出て、膝をついて――降伏の作法だった――帝国軍を迎えた。帝国軍は隊列を組んだままジェイミールに入市した。町の住民達が道の両側に並んで無表情に帝国軍の行進を見ていた。


 ディアステネス上将は堂々と隊列の中程に、司令官旗の下を行進していたが、ドミティア皇女はいつもの豪華な鎧を脱いで普通の鎧に着替え、上将から離れて行進していた。さすがに訳の分からない魔法で狙われるかも知れないと言われては従うしかなかった。もし周りを取り巻いている群集の中にそんな魔法使いがいれば、皇家に属すると分かるような鎧を着ているのは不味いと考えたのだ。当然最も効果のある使い方をするだろうことは予想された。皇家の人間を斃すというのはそういう使い方だろう。





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