第23話 負け戦と混乱 3
エガリオのため息をレフがからかった。
「なんだ、まるで王国政府の偉いさんみたいな態度だな」
「ため息もつきたくなるさ。一言で言えばグダグダってとこだな」
「グダグダ?」
「まず、どこで防衛するかって話だ。アンジエームの守備を固めて迎え撃つ事を主張するグループとテルジエス平原、具体的にはエンセンテ宗家の領都ジェイミールで迎え撃つことを主張するグループに分かれている。エンセンテ以外の大貴族、アルマニウス一門とディセンティア一門が前者で、王家とエンセンテ一門が後者だ。まあ他の中小の貴族達は風見鶏だが……」
「エンセンテは分かるが、なぜ王家がジェイミールで防衛したいと思うんだ?普通に考えれば王都の守備を固めたいと思うんじゃないか」
「王家としては出来るだけ王都から遠いところで防衛したいようだ。王都が戦で荒らされるのを嫌がっているという話だ」
なるほど、不幸は出来るだけ自分から遠いところで起こって欲しいって訳だ。見えなければ無いも同然ということだろう。
「どっちで闘うにしても、兵力はどうするんだ?レクドラムの敗戦からどれくらいの兵が脱出できたんだ?」
「国軍の残存兵力は、第一軍が1万強、第二軍が8千、合わせて2万弱ってとこらしい」
「第一軍は半分以下になったのか。第一軍を重点的に襲って削ったんだな、帝国は。まあ王国軍の中での最精鋭という話だったからな」
残った半分もどれだけ戦えるのか?士気は崩壊しているだろう。
「で、領軍の方はどうなったんだ?」
「そっちは正確には分からん、中小の領軍は生き残っても勝手に自領に帰ったようだ。だからエンセンテ宗家以外は数えようもない。宗家の直属軍は1万5千くらい残ったようだ」
「ジェイミール防衛にはとても足りないな」
「ああ、だから宗家の当主は国軍の残りと、東からアルマニウス、ディセンティアの軍をジェイミールに回せと言っている」
「東のルルギアにも帝国軍が迫っているという噂だが」
東部は北がアルマニウス一門、南がディセンティア一門の根拠地だった。ルルギアはアルマニウス一門の領都で、メディザルナ山脈の東南の端の麓にあり、王国と帝国の緩衝地帯になっているタナバリシア連邦を帝国が越えてくれば直ぐという所にあった。タナバリシア連邦は小国の集まりで、全部集めても帝国にも王国にも対抗する力はなかった。何かと言えば互いに尖り合う帝国と王国が、直接国境を接しないための緩衝地帯として存在していた。両国の交易の仲介で生きている国々だった。
「ああ、そっちに10万ほどの帝国軍が侵攻してきて第三軍と睨み合っている。第三軍に領軍を併せて10万だと聞いているから人数的には互角だな」
「つまり、アルマニウス、ディセンティアには西に兵力を回す余力はない」
「そういうことだ」
「にらみ合っているということは、まだ帝国軍は決定的な攻勢に出ていないって事だろう?」
「そうだな」
「つまり東では転移や魔纏の魔法を攻勢に使ってない」
「そういうことになるな」
「と言うことは帝国の攻勢は西が主ってことだ。虎の子の転移、魔纏の魔法士をおそらく全部西に回している。東はある程度の王国兵をそちらに吸引して、自由に動けなくしておけば良いと考えているんだろう。まあ王国が手を抜けば攻め込んでくるだろうが」
「どうすれば良いと思う?レフは」
「おいおい、私なんかの意見を聞いてどうしようと言うんだ?そもそも私は王国の民でさえないんだぞ」
「参考意見だな。王国の偉いさん達は頭に血が上ってしまって冷静な判断が出来ない。その上、一昨日レアード王子が帰ってきた」
「レアード王子が?あの奇襲を逃げ延びたのか。へえ、見かけによらず俊敏なんだな」
「いや、捕虜になっていたのを解放されたということだ」
「解放された?」
「ああ、帝国から提案された講和の条件を持ってきた」
その条件を聞いて、
「そうか。今の段階でそんな条件を王国がのむわけはないな。それに帝国が王子を解放した理由も分かるな」
「理由が?」
「王国の混乱を助長しようって事だろう。簡単に解放された王族が到底受け入れられない講和条件を持ってきた、それを知った人間がどう思うか、それにレアード王子のことだから懲りもせずにまたいろいろ口を出すんだろう?多分そこらまでは計算している。ディアステネスってのは食えない男だから」
エガリオがあちゃーっと言うように右手で顔を覆った。再度、深いため息をついて、
「議論がまとまらないところにこんな話だ。輪を掛けてめちゃくちゃだ。まるっきりそのディアステネスって帝国人にいいようにもてあそばれてるって感じだな。それでエンセンテと王家は何が何でもアルマニウス、ディセンティアから援軍を寄こせと主張するし、援軍を要請された方はそれなら尚のこと自領の守備を固めたいと思っている」
いかにもどうしようもないとの思いを込めたレガリオの言葉にレフがクスリと笑った。エガリオが不満そうな顔になった。
「なんだ?俺が何かおかしなことを言ったか?」
「いや、なんだかまるでエガリオが王国を背負って立っているような口ぶりだったからな」
エガリオが舌打ちをした。
「こんな話を延々と聞かされる身にもなってくれ。てめえらは王国の窮地をどうやって脱するつもりだって言いたくもなるぜ。しかもこれを聞かせてくれる奴ってのが『どうだ、俺は王宮深くのこんなやりとりまで知ってるんだ、すごいだろう』って得意顔で、自分では何にも考えてない奴だと来ている。俺からの情報も自分の手柄のような顔をして王宮の中で話すんだろう。話の途中でそいつをぶん殴らなかった俺を褒めて欲しいくらいだぜ」
「そいつにしかコネがなかったのか?」
「いや、他にもいるがな、こいつが一番口が軽い」
「それなら文句を言わずに拝聴していれば良い。それで一応の結論ぐらいは出たのか?」
「いいや、そもそも軍事的合理性を抜きに、自分の都合と根性論を振り回す奴が多くてどうしようもないらしい。だからレフの意見を聞きたいわけだ。あんたなら冷静に判断できるだろうからな」
「おだてるな、こんな青臭いガキの意見が一番冷静だなんて、王国の将来を危惧するぞ」
「レフは確かに若いが、あんたの意見が青臭いなんて俺は思っちゃいない。第一軍の司令官だったルドメ上将が戦死して宮廷の上の方に影響力のある高級士官――しかもちゃんとした思考が出来る高級士官――がいなくなっちまった。第二軍司令官のプロポフ上将じゃ力不足だし、第三軍のガストラニーブ上将は東から動けない。親衛隊司令のフォルティス下将は政治任命で陛下の腰巾着だ。だから議論は大貴族と王の側近達って言う最悪のメンバーでなされている。宮廷の中を泳ぎ回るのは
レフは肩をすくめた。どうせここで何を言おうと王国の方針にこれっぽっちも影響を与えるわけではない。レフの言うことにエガリオが賛成してもエガリオも王国の政治に影響力を持つわけでもない。エガリオに王宮内部の事を話してくれる人間だって、精々が上の方でなされている議論内容を知ることが出来るだけだろう。所詮はごまめの歯ぎしりだ。
「一番良いのは提示された条件で講和することだな。戦ってもじり貧になるのは目に見えている。兵の質も量も帝国が上だ。なにより王国は指揮系統がお話にならない。レアード王子がまた口を挟むようになるなら最悪だな。時間が経つほど王国の国力が削られて、やがて手を挙げることになる。完璧に負けた後の条件がより厳しくなるのは当然だろう」
レフの意見にエガリオはやっぱりなという顔をして、軽く頸を左右に振った。
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