第21話 皇女と将軍 2

 ディアステネス上将は一瞬視線を鋭くしたが直ぐに元に戻した。


「まあ、話の真偽はともかくルドメ上将が良将であったことは確かです。此度こたびの戦いもルドメ上将がきちんと王国軍を掌握して、彼の指揮で闘っていればこんな簡単にはいかなかったでしょう。そういう意味では今後のことを考えると、ルドメ上将が排除されたことは帝国軍われわれにとって慶賀すべきことですな」

「ルドメ上将のことを知っていたの?」

「前帝陛下の御代に、まだある程度の情報交換を帝国と王国がしていた頃ですが、上級士官同士の交流ということで会ったことがあります。私が上級千人長、彼が下将のころでした。二百人程度の部下を率いて相手を敵に見立てて実戦形式で演習をしたことがあります。実に粘り強い嫌らしい戦い方をしていましたな。本当に手強かったものです。判定は引き分けに終わりましたが、半数ほどの部下が戦死判定を受けましたな。それで互いに気が合って部下達を連れて一晩一緒に飲み明かしました。上級者に対して押しが弱いところがありましたが、有能で将来きっと王国軍を背負う存在になるだろうと思ったものです」


 交流して、良将だと思った。気持ちのいい男で部下の人望も厚かった。だからこそ早期の排除を命じた。


「あなたの考えは分かりました。もし本国から問い合わせでもあれば、今の話を参考に答えておくわ」


 上将が軽く頭を下げた。どうぞよしなにということだ。皇女の所への問い合わせと言うことであれば、なまなかな身分の人間からの問い合わせではない。きちんと答えてもらえればそれに越したことはない。


「もう一つ付け加えさせてください。戦争では人がいい指揮官などというのは罪悪です。指揮官の仕事は味方の代わりに敵に死んでもらうことですから。勝つためには手段を選んでいるわけに行かないことも多いのです。戦争は始めたからには勝たねばなりません。まして帝国こちらから仕掛けた戦争です。勝てばその過程におけるすべてが正当化されます」


 皇女はあからさまに眉をひそめたが、上将の言うことは理解した。戦争に美意識など持ち込むべきではない。


「覚えておくわ」


 上将としては皇女を教育しているつもりだった。士官学校は出ていても生々しい戦場での言葉はまた違う考えをもたらすはずだ。これからも皇女がこの戦争に関わってくるなら足を引っ張る存在にだけはなってほしくない。


「是非とも。――それで話は変わりますが、殿下がご覧になった戦闘跡の件ですが……」

帝国兵みかたの小隊が全滅していた戦闘ね、レザノフ百人長から聞いたの?」

「はい、いろいろと」


 普通、近衛といえど百人長ごときにわざわざ上将が会うことはない。皇女と一緒に行動したからその情報を得るために話を聞いたのだ。


「それで、何?」

「同じ王国兵によると思われる戦闘跡をもう1カ所見つけました」

「もう1カ所?」

「そうです。最初の戦闘跡から南東に約6里くらいの地点ですな。方向から見るとアンジエームに向かっているようです」


 それで?というようなその先の話を促す表情を、ドミティア皇女はした。


「こちらは騎兵でした。2個小隊が全滅していました」

「2個小隊。――10騎ってことね」

「はい、多分馬を奪うために襲ったのでしょう。これで王国兵てきが1個小隊規模であろうということが推測できます」

帝国兵みかただけがやられていたの?」

「王国兵の死体は残っていませんでした。殿下にお訊きしたいのは、帝国兵のうち2人が妙な死に方をしていたことです」

「妙な死に方?」

「そうです、頭を吹き飛ばされていました。後の8人は刃物でやられていましたが」


 10人規模の小さな戦闘など一々上将にまで報告は来ない。ただこの戦闘痕を検分した士官が上将にわざわざ報せに行ったのだ。それほど異様な戦闘痕だった。報告を受けて、ディアステネス上将は直々に戦闘痕の検分に行った。頭を吹き飛ばされた小隊長と上半身をなくした魔法士の死体に眉をひそめた。戦場ではいろんな死に方をした兵をみる。目を背けるような無残な死体もたくさん目にしている。だがこんな死体を見るのは初めてだった。残った半身の断端が焦げていた。


「何らかの魔法が使われたのではないかという意見があります。じゃあどんな魔法が考えられるのかと訊いても、答えられる魔法士はいませんでしたが。殿下はルファイエ家に属しておられるし、以前はお父上についてよく魔法院へ行っていらしたという話を聞いております」


 ルファイエ家はフェリケリウス皇家で魔法院の管理を任されている家系で、代々魔法院の総裁を務めていた。ドミティア皇女の父、カルロ・フェルケリウス・ルファイエも魔法院総裁を務めていたが、イフリキアの事故死の件でガイウス7世の不興を買って、現在は総裁職を外されていた。そういう事情もあって、ドミティア皇女はこの戦で皇家の一員としての義務をつつがなく果たさなければならないという思いを強く持っていた。


「そんな魔法についてお聞きになったことはありませんか?」


 ドミティア皇女は少し考えたが直ぐに返事をした。


「ないわね」


妙に即断的に答えた皇女に将軍は少し不審そうな顔をしたが、


「そうですか……。もう一つお話ししておきたいことが」

「なに?」

「状況から見て小隊長が最初にやられたと思われます。何しろ強化兵で指揮官でしたから」


 強化兵というのは魔纏を魔器で強化した兵のことだった。歩兵はほとんどがに組み入れられたが、騎兵、特に騎兵士官は元の部隊にそのまま属している者もいた。一見華やかな騎兵から外されるのを嫌ったのだ。一種の貴族特権だった。小隊長はそんな騎兵士官の一人で、強化兵だったから2個小隊、10騎を任されていた。


「それが私に何か関係があるの?」

「どんな手段で小隊長を殺したのかは分かりませんが、上級士官から狙った可能性が高いと思われます。つまりこの王国兵部隊が殿下の部隊と接触すれば最初に狙われるのは殿下であろうということです」

「脅しているの?」

「まさか!最も蓋然性の高い可能性についてお話ししているだけです」

「つまりどうしろと?」

「最前線に出るのはお止めください。この危険な王国兵部隊は正体不明で現在の所野放しです。殿下の前に帝国兵部隊みかたがいればいきなりそんな敵と遭遇することはないでしょうから」


 皇女は不満そうな顔をしたが上将が言っていることは理解した。これから敵地を行軍するのだ、どこで不意に王国軍てきに遭遇するか分からない。それがくだんの王国兵部隊であるという可能性もゼロではない。周囲に味方を置きながら行くのが妥当であるには違いない。


「分かりました。そのようにいたしますわ」


 わざと丁寧な言葉で皇女は答えた。ディアステネス上将はその意味を悟ったが、表面上は素直な皇女の応答に満足して離れていった。皇家に属する者としていったん口にしたことを違えることはないと知っているからだ。実を言えばディアステネス上将の懸念は攻撃に使われたかもしれない魔法(?)だけではなかった。他の8人への攻撃も恐るべきものだった。2人は剣による傷で、相手の王国兵が相当の腕利きだと言うことは分かるが、理解できる範囲だった。問題は残る6人で、致命傷はいずれも首の刺し傷だった。兜と鎧の間の僅かな隙間を狙った小さな傷に見えたが、一刺しで首の骨を貫通していた。おそらく抵抗する時間さえなく一瞬で絶命しただろう。武器に手を掛けてもいない兵もいた。6人を片付けるのにごく短時間しかかからなかったことを示している。同じ傷を負って死んでいる帝国兵を、レザノフに教えられた戦闘痕でも見た。戦場の狂気に染まらない、冷徹に相手を殺していく戦い方、こんな特殊な戦い方が出来る王国兵が何組もいるとは考えにくい。つまりこの2つの戦闘は同じ部隊がやったと考えるべきだ。一体何人の王国兵てきがこの戦いに加わっていたのか?こんな手練れの居る部隊と皇女殿下の護衛部隊がぶつかることなど考えたくもなかった。




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