第18話 レクドラムの戦い 9

 レフが嫌と言えばそれまでの話だった。馬も武器も全部レフ達の戦利品だった。騎兵が使うようないい馬で、売ればかなりの値になるだろう。武器も――帝国兵の武器も傭兵達が持っていた武器も――レフのものと主張できる。強弁すれば捕虜の男達もレフのものと言うことが出来る。レフが男達をあらためて見回した。シエンヌとアニエスは黙ってレフの側に立っていた。男達が不穏な動きをすればすぐに対処できる姿勢だった。リーダーの男を始め、体格のいい男達だった。軽い負傷はしていても重傷の者はいない。奴隷としていい値で売れるだろう。そういうつもりで帝国兵が捕虜にしていたに違いない。


「いいだろう」


 レフの答えにリーダーの男がぱっと顔を明るくした。


「ありがてぇ。感謝するぜ」

「気にするな。空き馬を引っ張って連れていくってのも手間だから、どうせここで放すつもりだった」


 男達が取り上げられていた武器に群がってそれを身につけた。帝国兵が持っていた武器を手にしている男もいる。腰に剣をつるしてリーダーの男がレフの所へ戻ってきた。


「俺はアンドレ・カジェッロだ。ずっと傭兵稼業で暮らしている」


 カジェッロと名乗った男は右手を差し出してきた。それを握り返しながら、


「レフだ。レフ・ジン」

「よろしくな、レフ」


 握力の強い男だった。必要以上に力を入れている。レフはとっさに身体を沈み込ませながら、体重を掛けて右手を手前に引いた。いくらか前屈みになって踏ん張った男の両足を左手で払った。男は握手している右手を軸に見事に一回転して、背中から地面に叩きつけられた。武器を取り戻して再武装した傭兵達に緊張が走った。武器に手を掛けている者もいる。アニエスとシエンヌも身構えた。


「い、痛ってぇ~」


 顔をしかめながらカジェッロが立ち上がった。


「いや~、悪かった。ついいつものくせでやっちまった。悪かった、悪かった」


 強そうな奴を見るとつい力を試して見たくなる。そういう男だった。土埃をはらいながらレフに謝るカジェッロには愛嬌があった。愛嬌を見せながら真剣に謝っているという高等技だった。


「この次からは冗談では済ませないからな」


 レフも譲歩した。ただし条件を付けた。


「今ので、馬と武器の代金は2割増しだ」


カジェッロがしまったという顔をしてペロッと舌を出した。


「分かった、分かった。あんたには、いやあんた達にはかな?逆らうなということがよく分かったよ」


 カジェッロは身体の一部を吹き飛ばされて倒れている2人の帝国兵を顎で示しながら、


「これもあんたらの仕業だろう?どうやればこんなやばいことが出来るのかは分からないが……」

「教えるわけにはいかない、詮索も無用だ」


 レフの声が冷たくなった。


「分かっているよ。あんた達には逆らわない、これからもな」

「その言葉、忘れないようにするんだな」



――最初にこいつらを見たとき、3人とも女だと思ったんだ。なにせザラバティー直属のグループの中に3人だけ小柄で華奢な奴がいたんだから。それに防具を付けっちまうと男も女も同じ格好だから区別が付きにくくなる。だからついさっきまでそう思っていた。輸送隊の傭兵達は3人をちらちら見ながら『俺は赤い髪のがいい』『黒髪のだって負けちゃいねえぜ』とか『いや髪の白いのもけっこうな美人だぜ』とか勝手なことを言って品定めしていた。『いや~、行軍中じゃなきゃ粉をかけるんだがな』というのが多くの傭兵達の感想だっただろう。でもさすがに話をすればこいつが女じゃないことは分かる。雰囲気が鋭すぎる。

 グループの束ねがダナ、そうあのダナだ。ザラバティー一家の幹部で、奴隷商で、“人買いのダナ”、と言われているあのダナだ。

『愚図ってるとダナが買いに来るよ』、言うことを聞かない子供を脅すときの決まり文句だ。そうすると子供はビタッと泣き止む。そしてこわごわ周りを見回す。『売らないよね、ダナになんか売らないよね。いい子にするから』

 ダナを見ると子供達は全力で逃げ出す。そして離れたところに隠れて怖々こわごわダナを見る。その姿が見えなくなるとほっと身体の力を抜く。

 そんなダナだから、その世話につけられたのかと思っていた。だが一緒に行動するようになってすぐにそうでないことに気づいた。いつも3人で固まっているし、ダナの世話なんかしやしない。ザラバティーのグループの中でも浮いているように見えた。いや、ザラバティーの連中が、ダナを含めて3人を腫れ物扱いしているように見えた。だから余計に粉をかけにくくなったんだがな。まあ、さっきの戦い方をみれば連中の中で浮いているのも理解できる。俺たちが手も足も出なかった帝国騎兵をあっという間に片付けてしまった。特に魔法士と小隊長を倒したのは今まで見たこともないやり方だった。自分を簡単に殺すことができる存在が直ぐ側にいるってのは気分が悪いもんだ。それが気の許せない相手だったらなおのことだ――



「いずれにしろ感謝するよ。仲間のかたきも討てたし、俺たちも奴隷に売られずに済んだ」

「そういえばあんたらのグループは20人近くいたと思ったが……」

「ああ、他は殺されちまった。その小隊長がやたら強くてあったという間に半分にされちまった。とてもかなわないからって手を上げたんだが、降伏したときには死んでたのは3人だけだったんだ。動けないほど負傷した奴は連れて行けないからとあっさり殺しやがった」


 カジェッロが敵の小隊長を敵意のこもった目で見た。釣られてレフも小隊長の死体に視線を移した。レフの感覚になにかが引っかかった。目を細めて小隊長の死体の側まで行った。

 近づいて分かった。仰向けに倒れている隊長の死体の懐を探った。レフがそこから取り出したのは、四角い魔器――魔纏強化の魔器――だった。ひもを通して首から提げていた。


 手に持った魔器をしげしげと見つめているレフに、


「一体何だ?それは」


カジェッロの問いに、


「この戦で帝国が使っている手品のタネの一つさ」

「手品?」

「ああ、特定の人間の戦闘力を底上げするのさ。あんたらがこいつにあっさり負けたのもこの手品のせいだな」

「どういう意味だ、一体それは?そいつを持ってると帝国兵はあんなに強くなるってのか?それじゃ王国には勝ち目はないじゃないか」


 強いやつとはなるべく戦わない、カジェッロが傭兵として長くやっていて、今までたいした負傷もしなかった理由の一つだった。剣呑な奴かどうかの判別が上手い。帝国兵にこんな奴がうじゃうじゃいるならさっさと王国から逃げ出す算段をした方が良い。


「こいつを使えるのはごく少数だ。それでもやっかいだがな」


 魔纏のできる魔法使いがどれほどいるだろう?百人に一人か、千人に一人か。あるいはもっと少ないのか?あの帝国軍の攻撃に先鋒を務めた集団以外にも、魔器で強化した魔纏を駆使する兵士がいる。そのことは覚えておくべきだろう。


 レフ達が3頭、男達が残りの7頭を使うことになった。2頭が二人乗りになるためスピードが少し遅くなるが、それでも徒歩よりよほど速く移動できる。疲れ方も大きく違う。男達はこれで速くアンジエームへ帰れると喜んでいた。

 レフが合図をしてカジェッロを呼んだ。


「なんだい?」


 近寄ってきたカジェッロに、


「ここで分かれる、俺たちには少し寄るところがある」


 カジェッロは意外そうな顔でレフを見た。


「いいのか?」

「なにが?」


 馬は高価だ、特に騎兵が使うような馬は。その代金が惜しくて逃げ出すかもしれない、少なくとも俺ならそれを心配する、カジェッロはそう思ったのだ。


「いや、あんたが良いんなら、それで良いんだ」


 カジェッロは要領を得ない返事をした。レフはアドル領の方面を少し調べておくつもりだった。レクドラムへの行軍の時に帝国兵に略奪された街や村を見た。それを見ると帝国兵はあまり遠くまでは遠征していないようだった。敵地で土地勘のないところへ深入りして不測の事態が起こるのを恐れたのだろうと思っていた。それでも自分の故郷がどうなっているかシエンヌは気がかりだろう。









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