第18話 レクドラムの戦い 8
小さな窪地に身を潜めたレフ達の横を帝国兵の一隊が通り過ぎている。騎兵に先導された1個中隊、100人程の帝国兵だった。帝国兵に囲まれて、手かせをはめられた数十人の王国兵が騎兵に引きずられるように歩かされている。手かせが縄でつながれて、自由に動けないようになっていた。
午後になって敗残兵狩りの帝国兵がレクドラムに引き上げ始めていた。帝国にとっては敵地だった。てんでに逃げる王国兵を追って少人数で深追いすれば、思わぬ反撃を受ける可能性はあった。
だから帝国兵は半日行程以上の深追いは禁じられていた。
このときレフ達3人はまだそれほど遠くまでは逃げ切れていなかった。レフとシエンヌの優れた探知・気配察知の魔法で、3人は帝国兵に遭遇しないように時には大回りの経路をとっていたからだ。しかしレクドラムへ引き上げる帝国兵とすれ違うようになってからは足を止めて隠れてやり過ごすことが多くなった。
帝国兵達は一方的な勝ち戦に気分を高揚させ、陽気に喋りながら通って行く。馬の鞍に士官の兜を被った王国兵の首をぶら下げている兵、槍先にこれも士官の兜を被った王国兵の首を突き刺して誇らしげに掲げている兵、声高に帝国軍総司令のディアステネス上将を褒めそやす兵、周囲への警戒も薄れてレフ達の目の前をどやどやと通り過ぎようとしている。
ふらふらと歩いていた王国兵の1人が足をもつれさせて倒れた。縄でつながれていたため何人かの王国兵がつられて倒れた。
「立て!」
帝国兵に怒鳴られて、巻き込まれて倒れた王国兵達はなんとか立ち上がったが、最初に転んだ王国兵は立ち上がろうとしてもう力が入らなかった。
「ちっ!」
周りを囲んでいた帝国兵の中から十人長の階級章をつけた士官が舌打ちしながら出てきた。
「立てっ!」
倒れたままの王国兵を蹴った。それでも王国兵は立ち上がらなかった。帝国士官は持っていた槍を引いて、背中から王国兵を刺し貫いた。くぐもった悲鳴を上げて王国兵は動かなくなった。十人長は懐から手かせの鍵を出して、死んだ王国兵の手かせを外した。
「行くぞ!」
十人長に命令されて、王国兵達がまた動き出した。外された手かせが縄に繋がれてぶらぶら揺れていた。
その後ろ姿が小さくなって、3人は身体を起こし伸びをした。
「奴ら、もうほとんどの兵が引き返したようだな」
「はい、前方の帝国兵の気配は随分少なくなりました」
「ふーっ、やっと普通に動けるか、でも騎兵の一団がまだ残っているな」
レフが指さす方をシエンヌとアニエスが見た。起伏に遮られて遠くは見えない。それでもシエンヌにはその気配が分かった。
「あれが最後ですか?」
シエンヌの問いに、
「そうだと思う、あの向こうには帝国兵の気配を感じないからな」
シエンヌが頷いた。
「さて、それでは馬を頂こう」
「えっ?」
疑問を呈するシエンヌとアニエスに、
「アンジエームまで歩いて帰るってのもかったるいからな。あの騎兵から馬を頂けば早く帰れるだろう?」
「歩兵もいそうですが?」
「いや、歩兵じゃない。多分捕虜だ」
「分かるのですか?」
「騎兵に囲まれているし、歩く足並が揃ってない。馬に引きずられているような歩き方の者もいるし、歩兵の行進とは思えない」
「――確かに――」
「アニエス、あそこに登って待機しろ」
レフが指さしたのは80ファルほど離れた小高い所だった。
「あそこから熱弾を撃て、最初に狙うのは魔法士だな。他の部隊に連絡されるとまずい。余裕があれば2発目で士官を倒せ。小隊長が先頭で、その後ろに魔法士がいるようだ。私とシエンヌはここで隠れていて、お前が1発目を撃つのを合図に襲いかかる」
「分かりました。あたしの熱弾の最初の戦いになりますね」
「そうだ、実戦でも充分に通用するはずだからやってみろ」
アニエスはレフの言葉に頷くと、レフに指し示された場所に駆けていった。
帝国兵の一団が近づいてくる。10騎、2個騎兵小隊だった。9人の捕虜をぐるりと取り囲んで馬を進めている。捕虜達は手かせをはめられ、互いに縄で繋がれて引きずられるように歩かされていた。武装を解かれ、鎧も脱がされている。
草原の中を走る手入れの悪い野道だった。しかし人は手入れが悪くても道を歩きたがる。追撃の時にはそんなことは気にしなくても、もう戦闘は終わったという安堵感が帝国兵達に野道をたどらせていた。それがレフ達の待ち伏せを容易にしていた。
ちょうど目の前を先頭の馬が通り過ぎようとしたとき、レフがアニエスに合図をした。とたんに先頭から2番目にいた魔法士の上半身が吹き飛んだ。
いきなり血や肉片を浴びてとっさには動けない帝国兵にレフとシエンヌが飛びかかった。首への一突きで致命傷を与えて、次の帝国兵に飛びかかる。
「敵だ!」
先頭にいた小隊長がやっと声を出した。小脇に抱えていた槍を構えようとした小隊長の頭が吹き飛んだ。首から上をなくした小隊長が地面に落ちるのを、捕虜達が驚いたような眼で見ていた。1人目と違い捕虜達は明るく輝く塊がものすごい勢いで小隊長の頭と交錯するのを見ることが出来た。
馬から馬へレフがめまぐるしく飛び移り、そのたびに悲鳴が上がった。シエンヌが2人目の敵を馬から蹴り落としたとき、残りの帝国兵は全てレフによって斃されていた。持っていた武器をまともに構えることさえ、帝国兵には出来なかった。
アニエスが駆けて戻ってきた。並んで立っているレフとシエンヌの側まで来て、身体の一部を吹き飛ばされた2人の兵を交互に見た。
「これ、あたしがやったの?」
こわごわとレフに訊いてきた。
「そうだ、少し威力が強すぎたようだな。人間相手ならもう少し抑えてもいいな」
アニエスがゴクリとつばを飲み込みながら、
「そうするわ。グロテスクだものね」
捕虜達のリーダーに当たる男がレフに近づいてきた。縄で繋がれているせいで後ろにぞろぞろと男達が付いてきている。レフが男の方に視線をやると、
「……助けてくれて礼を言う」
「ああ、馬が欲しかったからだ。別にあんた達を助けるつもりでやったんではないから気にするな」
「手かせを外したいんだが……、その――」
男は倒れている小隊長の方ヘ顎をしゃくった。
「小隊長の腰に鍵が付いているんだが……」
男がレフの許可を求めたのは、斃した敵兵に属するものは戦利品と見なされるからだ。勝手に小隊長の身体を探ったりしたら、その戦利品を奪おうとしていると見なされても仕方がない。
「ああ、勝手にすれば良い。あんた達も手かせをはめられたままじゃ不自由だろうからな」
男が後ろにいる男達に合図をした。男達が小隊長の身体に群がってその腰袋から手かせの鍵を取り出した。その鍵で順番に手かせを外した。
「あんた確か……」
手かせを外したリーダーの男が手首を揉みながらレフに向かって、
「輸送隊のザラバティー一家の中にいたよな、そっちの二人も」
言われてレフも想い出した。輸送隊の中でザラバティー一家に次ぐ大きさのグループを作っていた男達だった。
「そう言えばあんたらも輸送隊にいたな。逃げ切れなかったのか?」
レフの問いに、
「ザラバティーの連中は上手く馬を連れ出していたから、明るくなって足下が見えるようになったらさっさと馬でとんずらしやがった。俺たちは置いてけぼりさ」
負け戦では自分が第一だ。男達を置いて逃げ出したのも当然とされる。変に同情して共倒れになったら目も当てられない。この男も立場が逆だったらダナがやった通りのことをしただろう。だがそんな冷静な判断と実際にそんな目に遭った後の恨み辛みは別だった。
「あんたらも置いて行かれたのか?」
「いや、俺たちには事情があったからな、最初から別行動さ」
レフの口調がこれ以上のことは訊くな言っていた。
「それで、あんたに頼みがあるんだが……」
男の方もレフ達の事情には興味がないようだった。
「なんだ?」
「アンジエームに帰ったら必ず代価は払うから馬を譲ってくれないか?あんた達3人が1頭ずつ使っても7頭余る。それに武器を取り戻したい」
レフは男を見、それから捕虜になっていた男達を見た。さんざん逃げ回って、追いつかれて、闘って、降伏してここまで引きずられるように歩かされてきたのだ。どの男も疲れ切った顔をしていた。
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