第7話 アンジエーム市内某所における会話
「それで結局どれだけ見つかったんだ?」
「12体だ」
「半分か、まあ森に一晩放置されていたんだ、よく半分も見つかったってところだな」
「まとまって転がっていたからな。巣まで引きずっていくよりその場で食ったんだろう。ひでえ有様だったぜ。やられた場所がばらばらだったらこの半分も見つからなかったろうな。現に
「それにしても間抜けな話だ、ろくな武装もしてない囚人にあの親衛隊の2個小隊が文字通りの全滅とはな」
「一人生き残っていたぜ、森の中を先回りした小隊の馬を見ていた小者が。一晩木に登って震えていたらしい。馬は全部喰われていたがな。」
「やれやれ獣達も満腹の饗宴って訳か。それでどいつがやったのか分かっているのか?」
「分かるもんか。台帳を見たって、囚人が申告した名前と年齢しか載ってない。裁判記録のない奴が半数近くだ。全員の身元を特定することも出来やしない。ちっとは親衛隊にも自重してもらわなきゃな、未決囚まで連れ出すなって」
窓から夕方に近い斜めになった日が差し込んでいた。机を挟んで話している2人の男の顔に疲れが浮かんでいた。机の上には未決の書類が山積みになっていて、書類を前にうんざりした表情を隠そうともしない男と、その男の執務室に無遠慮に入ってきて向かい合わせに行儀悪く椅子に座った男の会話だった。
百人近い人数で3日間森の中を探し回ったのだ。見つかったのは食い散らかされた男達と馬の死体とその荷物、だけだった。野生の肉食獣と
捜索を打ち切ってもその後の書類仕事や見つかったものの整理、死体の鑑定などの雑務が残っていた。何より、なにも手がかりが見つからなかったことを警備隊の上層部や親衛隊に説明するのに時間がかかった。それが一段落しての愚痴だった。
「全く親衛隊のへまのためにいい迷惑だぜ。こっちは休暇を取り消してまで捜索に協力しているってのに、上から目線で文句をつけやがって」
行儀悪く椅子の背もたれにもたれ掛かって腕を組んでこぼす男に部屋の主が、
「まあ、今年の分の
「俺たちの領分は街の中だぜ、なんであんな森に出かけなきゃいけなかったんだ?」
「囚人を引き渡したのは
最後の言葉はわざとらしい小声になった。
「うん?」
さらにわざとらしく周囲を見回して、
「獲物の中に、大物がいたんじゃないかって話がある」
「大物?」
「ああ、最近、裏社会の勢力図が変わったってのは知っているだろ?」
「西を治めてたカンティーノが死んで、ザラバティが
部屋の主はさらに声を落として、
「実は獲物の中にザラバティがいたんじゃないかってんだ」
「まさか!?」
聞かされた方は本気で驚いていた。
「もちろん台帳にはそんな名前はない。そもそも
「それで?」
興味を持ったように先を急かせた。
「第3大隊B中隊長のガルド、あいつがカンティーノにべったりで、頼まれてザラバティーを捕まえたんじゃないかって噂だ。もちろん台帳にザラバティーなんて名前を載せるわけにはいかないし、裁判に持ち込むわけにもいかない。そのまま親衛隊の
「だが生きて帰っている。つまりあいつが親衛隊を全滅させたってのか?」
「一人では無理だろう」
「あいつの手下どもがやったのか?」
「そんなのが大量にあの日市門から街を出て行った様子はない。それに、はやり立つザラバティの手下をカンティーノが押さえていたって情報もある。だいたい何十人か行っても、相手は仮にも親衛隊の2個小隊だぜ、見習いとはいえ。所詮は
「じゃあどうなんだ?」
「要するに無責任な噂に過ぎないってことだな」
「B中隊の連中には訊いたんだろ?」
「ああ、だがそんなことはしていないの一点張りだ、ガルドも肯定するわけがない。牢の責任者も知らぬ存ぜぬだな」
「いいのか、それで?」
「もし本当だったら、親衛隊との関係が危うくなる。そんなトラブルの元になるようなのを
「じゃあどうするんだ」
「さいわい、今のところ、警備隊内部の一部だけの噂だ。これ以上こんな噂が広がらないようにして、あとは知らんふりだな。所詮は噂に過ぎない、裏付けはとれないんだ」
「ザラバティーから何か言ってこないのか?」
「言ってくるわけがない。こっちには嘘か本当か分からないし、本当のことだったら文句を付けるんじゃなく、もっと有効に利用することを考えるだろう。何せあのザラバティーだからな」
言われた相手は少し考えた。しかし結論は決まっていた。
「そうだな、それが一番良さそうだ。だがザラバティーの動きに当分注意しておく必要があるな」
「そういうことだ」
部屋の主の方の男がふと横を向いた。カーテンの掛かった窓の外を気にするような顔をして、
「だが、そんなことはどうでも良くなるかもしれないな。国の外が妙に騒がしい」
もう一方の男の表情も暗くなった。
「フェルケリア神聖帝国の話か?」
「ああ、国軍の諜報部になにも情報が入らなくなったらしい」
「つまり……」
「つまり、潜り込ませてある人間が動けなくなっているってことだ」
「諜報員を拘束したか殺したかだな」
どの国も自国に他国の諜報員が入り込んでいることを前提に情報の漏れに目こぼしをしている。ある程度のことを他国に教えておく方が互いに神経をとがらせて疑心暗鬼にならずに済むという、長い年月の間に育まれた知恵と言って良い。それを絶つというのは、教えたくないことを始めたということだ。そしてフェルケリアには前科があった。
「"大"フェルケリア神聖帝国か。はた迷惑なことだ」
「もし動いたら70年ぶりか」
ガイウス神聖帝が立てたフェリケリア神聖帝国の版図をもとの大きさに戻そうという試みをする帝が時に出てくる。そうすると周りの国々に兵を出す。領土が大きくなったり、小さくなったりしながら、結局は元の木阿弥で戦が終わるということを何度も繰り返していた。またそうなる可能性があるということだ。
「そっちが動き始めたら、こんな国内事情などにかまっている暇はなくなる。俺たちだってかり出される可能性が大きいからな。最前線は国軍の担当にしても、後方の警備は俺たちの役目になる」
二人の男は同時にため息をついた。いつの間にか陽が落ちていて、部屋が暗くなっていた。部屋の主が壁の掛け燭に火を入れながら、
「まあこんな話はこれでおしまいだ。親衛隊の連中だって、いざとなりゃ王族の護衛で戦場に立たなきゃならないんだから、いつまでもこんなことにかかずらってなんかいられないだろうしな」
この部屋に入り込んでいた男が立ち上がった。目の前に置かれたまま冷たくなった茶を一息で飲んで、
「邪魔したな」
「ああ、ほんとにこれ以上忙しくならなきゃいいがな」
「まったくだ」
部屋を出て行く男に軽く手を振ってまた書類に目を通し始めた。
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