第2話 街の争い 2

 息絶えた二人の男を冷たく見下ろしてレフがエガリオに訊いた。


「カンティーノって誰だ?」


 エガリオはふらっと立ち上がった。出てきた通路の方へ行こうとして、レフに腕をとって止められた。


「カンティーノって誰なんだ?」


 エガリオがレフの方を向いた。呆けたような表情だった。


「アンジエームの裏社会の東半分を仕切っている奴だ。俺もカンティーノ一家のメンバーだ。あいつが俺を売ったのならアンジエームに俺の居場所はない」

「だから逃げ出すのか?」


 エガリオの表情が変わった。目に怒りがある。握った拳がぶるぶる震えている。


「他にどうしようがある!?」

「なぜそのカンティーノって奴はあんたを売ったんだ?」


 その問いにエガリオがあらためてレフの顔を見た。レフが睨み付けるような視線でエガリオを見ていた。エガリオが考え込んだ。しばらくたってから、


「…たぶん、俺が一家の中で力をつけてきたからだ。おそらく今俺がナンバー2だ。あいつの立場を危うくするとでも思われたんだろう」

「つまりあんたもかなりの勢力を持っているってわけだ。子飼いもいるんだろ?」

「ああ」

「そいつらもあんたを裏切ってるのか?」

「いや、それはない。あいつらが俺を裏切るわけはない。そのくらいにはしつけてある」


 自信があるのだろう、即答だった。


「組織の他の大物はどうだ?バダガスのようにあんたを裏切ってるのか?」

「……わからない……」


 他の幹部連中とそれほど親しいわけではない。カンティーノが横のつながりを喜ばなかったからだ。


「あんたの子飼いは組織の中の何割くらいいるんだ?」

「1割5分ってところか」

「じゃああんたのところ以外を全部固めれば8割5分か。それだけ固めれば何もあんたを官憲に売る必要はないと思うがな。適当に難癖をつけて、内部で粛清できるんじゃないか?組織の金を使い込んだとか、官憲と通じているとか。それができないからあんたを売って処刑させるなんて手間をかけてるんじゃないか?」

「利いた風なことを言う」


 レフがニヤッと笑った。


「組織なんてどこも同じさ、似たような理由で内部対立をおこし、似たような手段で対立を終わらせようとする」

「だから俺にどうしろってんだ?」

「逃げるにしても反撃するにしても早いうちにやるんだな。明日になればあの森の人狩ハンティングりがどうなったか知られる。そうすればあんたが人狩りから逃げのびた可能性があるとカンティーノにも分かるだろう。ましてここの見張りはこのざまだ。そうなれば警戒するだろうし、あんたの子飼いにも手を出すかもしれない」


 エガリオは考え込んだ。手塩に掛けて育て上げた組織だった。末端の構成員一人一人についてまで自分で選んだ。エガリオはうつむき加減にぶつぶつと何かつぶやいていたが、決心したように顔を上げ、レフをまっすぐに見て


「よし、やってやる。手伝ってくれ」

「おいおい、何を言う?あんたのところから人を動員すればいいだろう」

「今から集めると時間がかかる、間に合わない。それにこの情勢だと、俺の手下は、少なくとも幹部連中は確実に見張られている。動けばその時点でカンティーノに知られる可能性が高い。どうだ?礼はするぞ。それにあんたが俺を焚きつけたんだからな」


 打って変わったようにエガリオは饒舌だった。自分を鼓舞するように言葉を続けた。


「ちょうど良い機会かもしれない。確かにあいつは最近、俺よりもバダガスとつるんでいることが多くなった。ウルビの利権にバダガスを食い込ませろと言ってきてたしな。あんな莫迦をウルビに入れると統制が取れなくなると断ったらブツブツ言ってやがった」

「おいおい、俺は疲れている。正直くたくただ。疲れると思わぬ失敗をするかもしれないぞ」

「それでも、今から俺の手下を集めて時間を掛けたり、明日まで待って奴らの準備が整ってしまうより、今疲れていても一気呵成に事を運んだ方がうまくいく可能性が高い。だから手伝ってくれ」

「賭けだぞ」

「これまでも賭け続けてきたんだ。それに考えてみればそんなに分の悪い賭けでもない。俺は強運のエガリオ様だ。今度もうまくいくさ」


 レフは肩をすくめた。多分こういう運びになるだろうということはエガリオを焚きつけた時からある程度予想していた。


「その自信の半分でも分けて欲しいところだな」

人狩ハンティングりの獲物ゲームにされて、俺はあんたに会ったし、あんたは俺に会った。幸運は続いているさ」




 通路の市内への出口は普通の民家を偽装していた。アンジエームの東門に接している貧民街だった。あり合わせの建材で立てられた粗末な家が並ぶあたりでその民家は一応レンガ造りの体裁をとっていた。


「カンティーノは最近新しい女を手に入れた。で、その女のところへ入り浸っている。俺が人狩ハンティングりの得物ゲームとして連れ出されたのは当然把握してるだろうから、昨夜は女のところでどんちゃん騒ぎをしてたに違いない。そのまま泊まり込んでる可能性が高い。まだ起きているかもしれないがな」


 エガリオは出口に続く街路で自分の推理を淡々と述べた。レフは黙って聞いていた。何も事情を知らない者が組織内部の細々したことに口を挟んでも仕方がないからだ。月明かりだけの街路は暗く、足下も見えないところもある。あかりが使えただけ、通路の方が明るかったかもしれない。その中をエガリオは迷うそぶりも見せず、先頭に立って歩いていた。足音を全く立てない。それはレフとシエンヌも同じだった。3人が足を止めたのは貧民街を抜け、庶民相手の商店街と小金を持っている平民の住宅街の境目あたりだった。


「あの家だ」


 エガリオが指したのは、しゃれたたたずまいの2階建ての家だった。2軒向こうで10ファルほど離れていた。


「あそこが裏口だ。表はアクセサリーを商う店になっている。カンティーノが金を出して女にやらせている」


 レフはその家の気配を探った。片膝を突いて、顔を伏せてブツブツ呟いていたがすぐに顔を上げて、


「中にいるのは10人、いや11人だな。そのうち女は1人で、高さから見ておそらく2階だと思うが、向こうの通りに面した部屋にいる。そのそばに男が1人、あんたの言うとおりだと、そいつがカンティーノだろう。起きているのは裏口と表のドアのそばに1人ずつと、もう1人、1階を歩き回っている。あとは多分寝ている。少人数だし、1階しか警戒していない。アンジエームの大親分にしては不用心なことだ」


 エガリオとシエンヌがびっくりしたようにレフを見つめた。


「なんで分かる?」

「信用できないか?」

「いや、サーシャの寝室が表通りに面した2階だってのは俺も知ってる。だからあんたの言ってるのが当たってるのはその通りだが、そんな魔法なんて聞いたこともない」

「家の中に何人かの気配があるのは分かります。でも男女別は分からないし、その位置と動きまで分かるなんて……」


レフは2人の疑問を無視した。


「で、派手にやるのか?ひっそりとやるのか?」

「どういうことだ?」

「つまりあんたがカンティーノに対してクーデターを起こしたことを組織内に分かるようにやるのか、それともカンティーノだけを静かにやるのかということだ」


 エガリオは少し考えた。


「ひっそりやってくれ。派手にやると、すぐに全面戦争になる可能性がある。少なくともバダガスの野郎はいきり立って攻めてくるだろう。カンティーノが死んだことが組織内に漏れないうちにいろいろ工作したい」

「分かった」


 レフが頷いた。











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