第1話 森の闘い 5
レフは残りの兵士達が馬で来るだろうと予想していた。だからちょっと仕掛けをすることにした。木立の中から道に出て、先に進んだ。駆けつける兵士達が馬から下りるだろうと予想される地点より先に出る。適当な場所を見つけて、兵士達から奪ったものを入れた袋から短杖を取り出した。魔道銀製の輪を杖から取り外して石で叩いていくつかの欠片にして同調を壊した。同調したままでは共鳴を起こして場所を明示してしまうからだ。
そこは道が緩くカーブをかいていて、そのカーブの出口に近い場所だった。道の真ん中に魔導銀製の輪の欠片の一つ-一番小さなもの-を置くと薄く土をかけて見えにくくした。そして道から外れて木の陰に隠れた。作業を終えると程なくして騎馬の足音が聞こえた。
木陰に隠れたレフの前を騎馬が通り過ぎようとした。その先頭の馬が魔道銀の欠片の上に達したときレフは
魔法使いのすぐ前にいた第2小隊長がそれに気づいた。
「馬から下りろ!敵だ!」
混乱の中で馬が倒れ、落馬した兵士は5人だった。その安否を確かめるよりも自分のことを優先しなければならない兵士達は慌てて馬から下りて、武器を構えた。ヒュッと、今度の矢音は兵士達の耳にも聞こえた。
「ギャン!」
悲鳴を上げて倒れたのは犬だった。
「あそこだ!」
矢が飛んでくるのを見た兵士が、レフが隠れていた木の方向を槍で指し示した。兵士達の眼に木の後ろに隠れる人影が見えた。弓士が矢をつがえてその方向に向ける。
「槍士は付いてこい、弓は後ろから援護しろ。敵の姿が見えたら躊躇するな!」
小隊長が兵士達に命じた。弓を武器にしているなら、矢を射た直後に突撃すればいい。誰か1~2人は矢を受けるかもしれないが、次の矢をつがえようとしている間に接近できるだろう、囲んで始末するのだ、小隊長はそう目論んでいた。相手は第1小隊長を倒すほどの手練れだ、多少の犠牲は仕方がない。
だが……、レフがいた木の後ろはもぬけの殻だった。誰もいない、そのことに多少の安堵をもって兵士たちが気を緩めたとき、木の上からレフが飛び降りてきた。いくつもの悲鳴が重なった。槍は懐に入られてしまうと有効な攻撃ができなかった。レフの迅さについて行けた兵士は小隊長も含めて1人もいなかった。小隊長を含む4人の槍士をあっという間に倒して、レフは2人の弓士と対峙した。2人とも既に矢をつがえていたが、がくがくと震えていた。目の前で起こったことが信じられなかった。それなりの腕を持った仲間達が、何より実戦豊富で小隊の中で飛び抜けた強さを持つ小隊長がなすすべもなく殺された。そしてその相手が目の前にいた。両手に血塗れの短剣を持ち、服のあちこちに返り血を浴びた姿で腰を落として構えていた。
「ウワーッ!」
弓士の一人恐怖に耐えきれず矢を放った。レフは無造作に左手の短剣でその矢を払った。矢を放った弓士も矢をつがえたままの弓士も弓を捨てて逃げだそうとした。しかし3歩も行かないうちにその後ろ頸に短剣が突き刺さった。レフは両手で同時にナイフを投げることができる。右でも左でも命中精度も威力も変わらない。短剣を回収して、兵士の服で血をぬぐって鞘に収めた。倒れた馬に乗っていた兵士達の様子を確かめなければならない。5頭の馬が倒れたが、1頭を除いてなんとか立ち上がっていた。投げ出された5人の兵士を見て回った。先頭から1人目、2人目は首の骨を折って既に死んでいた。3人目、4人目は打撲だけでまだ息があったが、長剣を抜いてとどめを刺した。5人目は倒れた馬の影になっていた。魔法使いだった。深く被っていたフードが外れて顔が見えていた。
“女?”
赤い髪を短く切っていた。顔の造作はまだ若い、おそらくはこの
「助けて、…ください」
その声がレフの剣を突き出す手を止めさせた。さすがに若い女をためらいなく殺せるほどにはまだ人殺しになれていなかった。
「
思わず余分なことを口にした。顔を正面から見て、目を合わせて、声を聞いて、自分も言葉を発してしまった。そうなっては他の兵士のときのように機械的に殺すことはできなかった。殺す意思をもう1度固めなければならなかった。魔法使いがもう一度口を開いた。
「助けてください。虫がいいのは分かっていますが」
「俺に何のメリットがある?」
レフが返事をしたことに魔法使いがほっとしたように見えた。
「私は魔法使いでいろいろなことができます。その力をあなたのために使えます。命を助けてもらえるならあなたに従属、いえ隷属することを誓ってもいい」
「それが信用できると?」
「魔法使いは言の葉の民です。誓いを破るようなことをすれば魔法使いとして終わります」
殺さなければまずい、という気はあった。変に見逃して、人相も割れたまま追跡対象になるのは嫌だった。だがやはり、行動-とどめをさすこと-より言葉が口をついた。
「では、誓え」
魔法使いの表情が少し緩んだように見えた。
「名前を教えてください」
「ん、……レフだ。レフ・ジン」
名を教えることには抵抗があった。しかし、殺してしまえば後腐れはない、そう思った。それでも
「レフ・ジン………」
魔法使いは一度、口の中で転がすようにレフの名を唱え、大きく息を吸った。そして一息で、
「私、シエンヌ・エンセンテ・アドルはレフ・ジンに、自分の意思に基づいて隷属することを誓う。契約と知識の神メリモーティアの名において」
そう言った魔法使いの胸、ちょうど心臓の上に当たるところに光が浮いた。握り拳ほどの赤く輝く円形の光はその中に複雑な模様を刻んでいた。そのまま吸い込まれるように魔法使いの胸に消えた。一瞬、革鎧と服を着けているにもかかわらず裸の胸が見え、二つの乳房の間に光が入っていくのが見えた。
レフは声をのんでいた。どうせいい加減なことを言ってごまかすのだろうという気がしていた。だがこれは……、本物だった。それがレフにも分かった。誓いがなされたと納得させられた。高位の魔法使いはこういうことが出来る。
シエンヌにごまかすつもりはなかった。少しでも疑念を抱けばレフはためらいなく刃を振るうだろう。それにレフがごまかしに敏感そうなことはシエンヌにも分かった。
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