第1話 森の闘い 3
第一小隊長の隣に立っている魔法使いが居心地悪そうにもぞもぞと体を動かした。しばらく躊躇いを見せた後で、
「隊長殿」
魔法使いから妙に緊迫した声で呼びかけられたとき、第一小隊長の顔には不審そうな表情が浮かんでいた。上手くいっているではないか?
「なんだ?」
「副長殿がさっきから全く動きません。一緒に行った2人も同様です」
小隊長の表情が引き締まった。本当ならただことではない。
「なんだと?動かない?」
「はい」
「場所はどこだ?」
「副長殿達が森に入った地点からほぼ真北に200ファルほど行ったところです。川の近くになります」
魔法使いは地図でその地点を示しながら報告した。
「どれくらいの時間だ?」
「四半刻くらいになります」
「3人ともか?」
「はい、3人ともほぼ同時に動かなくなりました。最初は身を隠しているのかと思いましたが……」
「殺られたと思うのか?」
直截な質問だった。魔法使いは少しためらってから答えた。
「はい」
「あいつらが追跡していたのは1人だったな。もう1人鎧を捨てたやつがいたが、そいつと合流した可能性があるか?」
「鎧を捨てた場所はかなり離れています。それにもし合流したのだとしたら、もう1人はかなりの距離を引き返してきたことになります。追われているのを知っていてそういう行動を取るのは考えにくいと思います」
副長は今回の見習いの中で1、2を争う腕の立つ兵士だった。それがほかに2人も連れていて、しかも訓練された軍用犬までいて、ごく短時間の間に倒された可能性が高い。それも1人の敵に。これは重大な事態だった。士官は表情を引き締めて、
「皆を集めろ」
魔法使いに命令した。
息を整え、負傷の手当てをした7人が小隊長の前に整列した。魔法使いは小隊長の横にいる、この中では参謀格だったからだ。
「副長達がやられた可能性がある」
そう切り出した小隊長の言葉に並んだ7人が少しざわめいた。互いの顔を見て、それから慌てて小隊長に向き直った。
「確認しなければならん。全員で行く。戦闘態勢をとれ!油断するな!第2小隊に連絡しておけ」
最後のフレーズは魔法使いに言ったものだった。念話持ちの魔法使い同士はあらかじめ同調しておけば、かなり離れていても意思の疎通ができる。どのくらいの距離でできるかは能力によるが、軍、それも親衛隊に所属するような魔法使いであれば少なくとも10里は可能だ。軍では魔法探知による索敵と、魔法通話による情報伝達、この2つの能力が重視されていた。だから魔法使いの訓練には情報の集積と分析が含まれており、槍士、弓士、騎士のような武器を使った訓練は余り重視されてなかった。
第1小隊は、戦闘態勢を組んで森の入り口の方へ引き返した。
レフは投擲用のナイフを手に取った。いつも使っていたものに比べると刃の部分が細くいくらか軽かった。バランスもやや柄のほうに寄っていた。両手に持って交互に半ファルほど投げ上げてつかむ動作を繰り返した。投擲用ナイフの重さとバランスに慣れると両手に持ったナイフを同時に投げた。2本とも10ファルほど離れた木の幹に突き刺さった。10本のナイフを5回に分けて投擲し、10本とも同じ木の幹に突き立てた。垂直にほぼ等間隔で2本ずつ突き立ったナイフを回収して布で拭いて汚れを落とす。ちゃんと使える武器になった。レフは満足そうにナイフをしまった。
戦闘の跡はすぐに見つかった。小隊の兵士達は呆然として仲間だった3人の無残な死体を見つめていた。演習中の事故で死んだ候補生もいたが、戦闘で殺された知り合いを見るのは初めてだった。
“自分がこうなっていたかもしれない”
その思いが兵士達の心を占めていた。じっとりといやな冷や汗が浮いた。何人かの兵士が吐きそうな顔で口元を押さえていた。小隊長も唇をかんでいた。とんでもない腕利きが
ヒュンと風切り音がした。
「ギャッ!」
「ウグッ!」
悲鳴が2つ重なった。魔法使いと弓士の一人が顔に-それも目と目の間の急所-にナイフを受けて倒れた。すぐに反応できたのは小隊長だけだった。間を置かずまた風切り音がした。今度は一人分の悲鳴と、キンッという金属をはじく音がした。ナイフを受けたのはもう一人の弓士で、自分に向かって投げられたナイフを槍ではじいたのは小隊長だった。
「何をしている!敵だ!背嚢を置け、構えろ!」
小隊長に叱咤されて残った5人の兵士は慌てて背嚢を置いて身軽になり、槍を構えて姿勢を低くした。ナイフが飛んできた方だけでなく、全周にわたって警戒体勢をとった。兵士達の顔が緊張に硬くなった。目が落ち着かなくあちこちをさまよう。どの方向にも何の気配もないまま時間だけが過ぎていく。木々のわずかなざわめきにさえビクンと反応する。訓練では経験したことのない緊張だった。いやな汗がしたたり落ちる。のどがからからになる。小隊長は周りに気を配りながら、懸命に今の状態から抜け出る策を探っていた。魔法使いを失って小隊はその目と耳をなくした。
こんなときに周囲の気配を探るのは魔法使いの役目だった。魔法使いは、敵意を持った相手が投擲用ナイフが有効という近距離にいれば、探知魔法にかかりやすくする仕掛けをした鎧を脱いでいても、いやもっと離れていても間違いなく探知できるはずだった。第1小隊付きの魔法使いはかなりの腕利きだった。正採用されている魔法使いに比べても遜色なかった。にもかかわらず何も探知できないまま魔法使いは殺されてしまった。探知魔法にかからない敵?これはショックだった。魔法使いでなくてもある程度は周りの気配が分かる。小隊長のように実戦経験が豊富で武器の扱いに習熟していれば特にそうだ。しかし彼が率いている
「畜生!なっ、何だって言うんだ!出てこい!卑怯者!」
立ち上がって槍を大きく構えた。走り出しそうになるのを周りの兵士達が押さえた。そのタイミングでガサッと音がした。思わず全員がその方を見た。とたんに違う方向からナイフが飛んできた。2人が悲鳴を上げながら倒れた。慌てて槍を構え直す兵士の間を影が走り抜けた。3人の兵士が頸から血を噴き出させながら倒れた。わずかな時間で残ったのは小隊長1人になった。小隊長は目の前の男を見た。小柄な男だった。髪は脱色したように真っ白だったがまだ若い、おそらく
“こいつは強い”
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