イセカイテンイ村へようこそ

@Takaue_K

 



 やあ (´・ω・`)


 ようこそ、イセカイテンイ村へ。


 この水はサービスだから、まず飲んで落ち着いて欲しい。



 うん? ぬるい?


 しょうがないだろ、嫌なら飲まなくて良いよ。


 それ末期の水だけどね。



 え、なんでそんな不吉なことを言うんだ?


 事実を言ったまでなんだけどな。

 九割の奴にはそれが最後の水になるんだ。



 …ああ、ここはそう、異世界って奴だね。


 んで君も転生してきたって言うんだろ。知ってる知ってる。

 何で分かったって?


 そりゃあ月に4,50人は君みたいな奴が村の前に転がってるからさ。


 ここは王都の前に作られた、君のような異世界人を塞き止める門前町でね。

 十年前くらいから段々増えてきて、みんな決まって言うんだ。

「俺は現代日本からやってきた」って。最近は落ち着いてきたけど、一時期は月数百人を越えるときもあったよ。

 


 …はあ、うん、そんなにうれしいかい。

 思い切ってトラックに飛び込んだかいがあった? その運転手も気の毒に。きっと今後大変だろうに。



 ……まあ君のほうもそうそう喜んでいらんないと思うけどね。



 なんでって、君お金ある?


 どこでだろうと生きていくのにお金はいるんだよ。税金ももちろんある。王都よりは安いけどね。



 ああ、日本円だね。生憎ここではその100分の1しか価値が無いんだよ、紙幣は。

 貨幣ならまだ10分の1で引き取ってあげられたんだけどね。



 おいおい、詐欺とかやめてくれよ人聞きの悪い。


 ここは君も知ってのとおり異世界って奴だ。貨幣基準が違うのは分かるだろ?


 世の中には鑑定しないと買い取らないけど鑑定費用と販売額が同額の商会もある。それに比べたらなんの価値も無いモノを買い取ってやるだけよっぽど良心的だと思うけどな。



 透かしをはじめとした芸術的な価値があるはずだ?

 妙なところ目ざといね君。それに免じて教えてあげるけど、確かに最初のうちは価値があったよ。

 けど、毎月黙ってても同じもんが何十枚何百枚もくるんだ。希少価値なんてもうとっくに無いのさ。


 最近はカードしか持ってない奴もいるけど…それに比べてマシだったと思うしかないね。



 …小銭は、ふむふむ。10円玉が五枚、1円玉7枚、か。1円玉は買い取れないから、5Gね。



 なんで1円は駄目かって?


 アルミは用途がある…ははあ、君もライトノベルかなんかで齧った口かい。

 前に来た人が言ってたよ、「異世界人になろう」だったか「ヨミカキ」だったかで知ったってね。


 そりゃあまあ確かに加工しやすい優れた金属だ、知られていればね。この世界ではボーキサイトの鉱床がまだ見つかってないから採掘できない。生成・加工技術が存在しないんだ。どっかにはあるだろうけどそれを探すのは俺の仕事じゃないね。


 んで、世間に知られていないから需要も無い。


 数千枚くらいまとめて持ってくる人がいればまだ変わったかも知れないけど、当たり前の話リュックいっぱい一円玉担いでトラックに突っ込もうなんて奇特な奴はいないからね。

 2、3枚程度じゃ何にも使えないから、需要が広められないんだよ。



 …うん、大切に持っておくといいんじゃないかな。今後出番があるか分からないけどね。



 おっとっと、大切なこと忘れていたよ。


 うちは宿屋もやってるけど一泊するなら3G、前払いでお願いね。5G出せば食事も2食つけるよ。


 …当たり前じゃないか、こっちだって慈善事業でやってる訳じゃないからね。


 言っておくけど馬小屋で泊まるのも駄目だよ。一時期馬より人が多かったからね、そうなると馬の居場所がなくなるんだよ。宿屋としても商売上がったりさ。


 うーん…村の外での野宿は…そりゃあまあ、捕まりはしないけど、ほぼ確実に死ぬよ?


 じゃあどうしたら…って言われてもなぁ。俺に怒られても困るよ。


 え、スマホ?


 いらないいらない。この世界に電気なんて通ってるように見える?

 携帯充電器と百科事典アプリがあればまあ多少は役に立つかも?

 どっちもない? そりゃご愁傷様。ゲームばっかり入れてる人、多いよねぇ。何の役にも立たないけど。



 他には、か……あとは服や靴を売るのがいいかもね。

 絹やポリエチレンの服は貴族にも受けがいい。そこの古着屋で安い中古服と交換すれば少しは儲けが出る。


 ただ、大抵は体臭が強く残ってるからそれは覚悟したほうがいい。中古服は金の無い下級市民が使いまわすもんだし、無縁仏から剥いだ奴も結構混じってるからね。何、着てるうちに慣れるさ。


 ほー、ジッポライターがあるんだ。運がいいね君は。親切で言っておくけど、それは大切にとっておいたほうが良いよ。

 何でって、君火打石で火つけられる?

 スキルツリー? ウィンドウの開き方?


 そんなもん、無いよ?


 へえ、君、元の世界でスキルツリーやらウィンドウやら開けたの?

 できなかったがここは異世界だからできるはず?


 無茶苦茶言うねぇ君。ゲームの世界じゃないんだからそんなもんあるわけ無いでしょ。

 技術を身につけたいなら地道に覚えていく。異世界だろうが異次元だろうがそれしかないんだよ、どこの世界でも。



 詐欺じゃないかって…そんなことただの酒場の主である俺に言われても。

 俺がこの世界を作ったわけでも君をここに呼び込んだわけでもないから知らないよ。


 え、もうちょっと異世界らしさは無いのか? はぁ…君もそれを聞くんだねぇ。

 うん、まったく無いわけじゃないよ。魔法はある。

 大気中に漂う魔素をゴニョゴニョ~って奴。


 でも喜んでるところ水を指すようで悪いんだけど、たぶん君、使えないはずだよ。


 何でって…豚肉食べたことない人が豚肉の味を説明できるとでも?


 魔法を使うには、子供のころから専門の教師をつけて徹底的に魔法構文を覚えないとならないんだ。魔素の使い方に馴染むためにね。



 ……はぁ、俺は特別だから使えるはずだ? …みんなそういうんだよね。

 しょうがない、ちょっと試してみようか。


 ほい、これ。読んでみな。5歳児用の簡単な奴だ。


 ……なんだこのミミズののたくったようなのはって、この世界の公用語だよ。多少は崩してあるけどね。

[ひのたま]って書いてある。初歩中の初歩だよ。

 日本語で? そんなもんで発動させられたら誰も苦労しないよ。


 …魔法は諦めるんだね。うん、そのほうが時間を無駄にしなくて済む分賢明だと思うよ。



 あ、でもだからって剣を買って狩りに出るとかはやめてよね。死ぬよ?


 大丈夫って、その根拠の無い自信はどっからくるの。


 言っておくけど、技術も体力も無い素人がいきなり鉄の塊振り回せるなんて思わないことだ。


 いや、けなしてるわけじゃ無く。君らが勝手に死ぬぶんには別にいいんだけどさ、野生動物が人間の味を覚えると行商人や農夫まで襲うようになるから大変迷惑するんだ。



 飛び道具? 聞かれる前に答えておくけどもちろん鉄砲や爆弾なんて無いよ? 

 弓矢は…うん、あるよ。うちでも扱ってるけど10G。矢はセットで5本おまけしておくよ。買えない? じゃ諦めるんだね。


 そもそも弓は簡単そうに見えるけど、結構テクニカルな武器だからね。俺が言うのもなんだけど、たった5本の矢で使いこなせるようになるとは思わないほうがいい。矢が無くなったらツブシが効かないから素人は手を出さないほうが良いよ。


 スリング? へえ、君、妙に渋いのを知ってるね。TRPGで知った? そう。

 まあ適当に服でも使ってやればいいんじゃない? ただ、敏捷で逞しい野生動物に素人が当てられるか謎だけどね。

 知ってる? こっちのウサギは蹴りで君程度の胸板ぶち抜けるよ? そこまで近づける度胸があるならいいんじゃない?



 パーティーを紹介してくれ?


 あのさ、パーティーってのは、自分に無い技能を補うために組むものなの。

 君、何を補えるの? 0は幾ら足しても0なんだよ?


 遊び人? …現実に考えて、君がパーティーリーダーならいれるかい?

 運…ねえ。それならせめて10回連続、ダイスを振って同じ目を出したら考えてあげるよ。


 ……二回目で失敗。ビックリするほど運無いね君。




 ま、じっくり考えな。命に関わることだ、考え抜いて損は無いさ。

 それくらいは付き合ってあげるよ。



 でもまあ…君は勇者になるとか言わない分まだ分を弁えてるねえ。


 うん、これまたたまーにいるんだ、選ばれし勇者を自称する奴が。言っておくが、袋叩きに会いたくなければ街中で言わないほうが良いぞ。この国じゃ、魔物より嫌われてるんだ。


 なんでって、他人の家に入り込んで箪笥漁りする奴がちらほらいたからだよ。当たり前だけど普通に泥棒だから。


 基本的に泥棒は見つかったらリンチされると思ったほうがいい。

 警吏もいるが、助けてくれることはないぞ。彼らは国民のためにいるものであって、異邦人のためにいるものじゃないからね。



 そうそう、勇者つながりでこれ言っておくが魔王討伐とかも宣言しないようにな?


 騒乱罪に該当するからだよ。…だってこの国の王だもの魔王様。



 いやいやいや、邪悪じゃないぞぜんぜん。


 異世界人にはよく誤解されてるが、世襲制とかじゃないよ。魔王は50年に1度、魔法を使う者の中から選ばれる。だから”魔”の”王”。



 そこじゃない? 王政は良くない、民衆が国の舵を取るべき…か。


 それって前提に、国民が政治に強い関心をもっていること、国民が感情や扇動に左右されない一定以上の高い知識を持つこと、そして代表者の決定に国民自身が責任をもって従うことが必要なんだよね。

 国民が好き勝手要求するだけじゃ成り立たない。



 王政ってのは、統率者が優れている限り実は優秀なシステムだ。国民が迷う分のリソースを省けるからね、そう考えると悪いもんでもない。

 選挙があっても納得できる候補者がいないからと投票に行かず、それでいて後々どんなことをしても文句を言うだけじゃダメなんだよ?


 少なくともここの国の人たちは、王を選出することに責任と誇りを持っている。

 誤った王を自らの手で殺すことも厭わないし、誤った道に進ませようとする者にも容赦はしない。けれど納得できることなら進んで命を捨てるほどの覚悟を常に持つ。そういう人たちじゃないと向いてないね。


 魔王様はホント大変なんだよ。テロリスト勇者の標的にされることもまれによくあるし…だから民も尊敬を込めて王と呼んでいる、ただそれだけのことなのさ。



 というのもね…前にね、いたんだよ。

 異世界転移人の男女が数人、いきなり城門前や広場で民主制度を取り入れようとか国民主導の国へ変革しようとか騒ぎ出したんだ。

 きっとここでの生活に耐えかねたんだろうね、年齢はばらばらでも一律みんなぼろっちい格好で小汚くやつれてたのが印象的だったよ。だから国のあり方を変えようとしたんだろう――自分じゃなくね。


 だが、彼らは軽く見てたようだけどやったことはただの国家転覆だ。


 その場で兵士、そして民衆の手によって速やかに切り刻まれた。


 ちなみに参加者だけじゃなく、それまで彼らの身の上を哀れんで雇ったりしてくれた心優しい人たちも軒並み処罰されたよ…馬鹿を増長させたって理由でね。ここの前任もその一人だ。



 ………言ってる事が正しいかどうかはこの際関係ないんだよ。正義なんて立場によって幾らでも変わるものだからね。

 大体君から見ても、先の異世界人たちは正しいことをしたと思えるかい?

 後からやってきた自分たちの価値観こそが正しいと決め付けて、元から住んでいる人たちの社会をぶっ壊そうとすることがさ。


 話は戻すが、そういう相互監視が成り立っているこの国こそ、君たちの言う民主主義を体現してると思うのだけどね。


 俺かい?


 うーん……俺は気に入ってるよ、それなりにね。少なくとも、国の根幹を揺るがすような言動をただ黙って許容する国よりは断然まっとうだからね。




 …ごめんごめん、だいぶ脱線したね。

 他の仕事。うん、その方が俺も良いと思うよ。


 そこの板に依頼が張ってあるから見てみな。大丈夫、俺が日本語で書き写してるから君にも読めるはずだ。



 …なんて書いてあるんだって、ドブさらいとごみ収集。


 ああ、君にも同じように読めるんだ。よかった、書き間違えたかと思ったよ。


 他?


 無いよ。


 薬草収集? 君、薬草分かる?

 言っておくけど知識ってのはイコール金だからね。商売敵になる相手にただで教えるお人よしバカはいないさ。それに仮に毒持ってこられたらうちも困るから、素人にはさせられない。


 マヨネーズ?


 はぁ……君ねえ、んなもんもうとっくに出回ってるよ。当たり前だろ、簡単手軽に作れるんだから。君は現地の人を料理も知らない猿かなんかだと思ってるのかい? ヨーグルトやチーズも異世界人が来る前から存在してるよ。


 いるんだよねえ、何故か異世界イコール食糧事情が貧しい、みたいに見くびる人が。結構な数。

 確かに辺境の小さな農村はそうだけど、王都の中ではそれなりにおいしい料理店は多いよ。


 食事にこだわるのは何も現代日本人だけじゃあない。


 人間は創意工夫する生き物だ。

 科学技術が発達して無い分想像を具現化できる魔法で対処しているから、そんなに目に見えて劣ることはないんだよ。

 むしろ魔法抜きでやっていけるとは思わないことだ。ここはそんな甘い世界じゃない。


 よしんばそれらが解決できたとしても、ここの世界の人たちが好む味付けも分からないだろう?

 元の世界でおいしいと言っても、食べるのはここの人たちだ。

 以前揚げ物でのし上がろうとした奴がいたけど、そいつは周りにあっという間に改良されて市場封鎖された結果、半年も経たずに破産したっけ。


 どうしてもやりたきゃ止めないけど、道具の持ち込めない現代日本人が魔法の普遍するこの世界に勝てるのは先人の開発した技術だけだからね、それを解析されたら追いつく手段は存在しないのさ。



 なら経営コンサルタント? はぁ、またこじゃれたこと言い出したねぇ。

 いやなに、今までにも似たようなこと行って来た人はちらほらいたんだよ。


 …うん、分かってるじゃないか。みんな失敗したよ。


 なんでって?


 あのね、君の年代じゃ実感できないかもしれないけど、人間って新しいことをホイホイ受け入れられる人ばかりじゃない。ううん、むしろ変えられないほうが大多数だ。

 新しいことを覚えるのは年取れば年取るほど大変だし、システムの変化によって損する取引先だってあるだろう。権威となった人が新しい技術を受け入れることで、それまでの利益を手放さないとならないこともある。


 その人たちにだって生活や家庭、信条はあるんだよ。


 正論を吐いても現場を見ていないどこぞの馬の骨の意見と、それまでの日常に根ざした付き合いがある人との関係、君が代表者だったらどっちを重要視する? 働く立場ならどっちを優先する代表者の下で働きたい?

 理屈や正しいことだけで動かせるもんじゃないんだよ、人間ってのはさ。



 …コンサルタントはやめて鍛冶屋? あー、うん、いいね、だいぶ地に足がついてきた。


 ところで君、そこの金槌を半日ずっと振り続けられる?

 そう、その金槌は鍛冶屋で普通に使われてるものだよ。当然鍛冶屋で働くとそれを使うことになる。

 …うん、君もだけどとても振りつづけるのは無理だよね。うちに相談にくるのは大抵女性みたいなひょろっとした人ばっかりだから、分かってもらうために借りてあるのさ。


 日本刀の技術アドバイザー? …君本職の鍛冶屋?


 WIKIを見た程度の知識じゃ役に立たないんだよ。

 温度計なんて無いしいちいち測ってもいられない。鍛冶屋は火や鉄を見て温度を判断するけど、君同じ事できる? できないでしょ?


 それに、そもそも日本刀なんて需要が無いの。


 いいかい?

 まず、使う技術を持つ人がいない。たまに自分で使いたいってのもいるけど…


 憧れだから分かる? まあいいんじゃない、それは人それぞれだし。


 ただ、日本刀って、梃子の原理を応用して引き切る武器だからそれなりに技術がいるはずなんだけど、聞けば大半は竹刀や木刀、ひどいのになるとそれらすら振ったことが無いって人が多いのがね…素人が使いこなせるもんじゃないでしょ。

 生死に直結するんだし、憧れは憧れとしてみておくのがいいと俺は思うけどね。高い金払って敵の前で自分の足切り落としました、とか笑い話にもならないよ。


 それに、鍛冶屋も生活が掛かってる。


 王家御用達のような大手ならともかく、採算が取れないものを造り続ける余裕は一般の鍛冶屋には無いんだよ。

 一番のお得意様となる貴族だって、きれいなだけじゃ買わない。彼らはいわば王の要請によって領土を守る職業軍人のようなものだから、命を預けるに足る信頼性を重視することがほとんどだ。


 一、二本程度なら物珍しさから買ってくれるかも知れないけど…それだけを生活基盤にするのは無理だろうね。

 だから戦争になったら鍛冶屋やるよりも傭兵になるほうが確実に稼げるよ。



 え、傭兵は嫌? 命の危険があるから?


 さっきは狩りに行くって言ってたくせに…弱いモンスターを狩るから平気?



 はぁ…これも前持って言っておくけど、モンスター狩りなんて素人がするのはもっての他。論外。


 最近は減ったけどさ、ゴブリンやスライムを倒してくるとか言う奴もいたんだよ。命知らずにもほどがある。


 何でかって? どっちも半端無く危険なんだよ。

 弱いモンスターなんていない。強いモンスターか、べらぼうにくっそ強いモンスターかだけだ。だから素人はプロに依頼するんじゃないか。

 これを聞いても退治しに行く奴はたまにいるが、まずそいつは間違い無く帰ってこない。



 …なら絵を描く、ねぇ……


 まあ、うん……それならまだ、か?

 そうだな…どんな絵を描くんだ? とりあえず、この炭を使ってそこの板にでも描いてみな。


 紙? 言っておくけど一枚50Gするよ。羊皮紙でも2G。高いって、そりゃあ加工の手間がおっそろしく掛かるからなぁ。仕事にするなら大抵板か布に描くことも多いな。


 …ふむ、ふむ。あー…



 そこそこ上手い、とは思うが…仕事にするのは諦めたほうがいいね。


 何でかって、目がでかいからさ。



 そういう強調した描き方をする奴結構多いんだが、実はゴブリンやオークの造作に近くなるんだよそれだと。おそらく夜行性だから暗夜でも光を取り込みやすいように大きくなったんじゃないかと俺は思ってる…が、そんな理屈はともかくとして自分や家族の顔をモンスター風に描かれて喜ぶ客がいると思うかい?


 あと、画家を名乗るなら色をつける必要があるけど絵の具は当然自分で作らないとだめだ。生憎うちじゃ扱ってないね。


 どうやって造るかって、大抵は自分で岩などを取ってきてそれをすり潰し、油や卵白などで伸ばしてつくるらしいね。俺も聞きかじったくらいでしか知らないからこれ以上は知らん。何しろ画家の人にとっては飯の種だからな、自分で研究開発するしかないだろうね。



 貴族や皇族がお忍びで乗る馬車?


 …なんだ突然。君、暗殺でもたくらんでるの? なら職務として衛兵に通報しないとならないんだけど。


 そうじゃなくて護衛として活躍したい?


 ここまでの話聞いてた? 到底素人に勤まる仕事じゃないってば。


 ちゃんと護衛はいるよ。外に露出している一番危険な御者なんて、大半は一般人なら束になっても勝てないような猛者が勤めるもんだしね。

 何より乗っている貴族や皇族自体、護衛すら我々とは比べ物にならないほど強いことが多いよ。何せ一般人が働く時間の大半を武術や魔術の研鑽に費やせるんだからね。

 領地を治めるから知識もあるし、戦争に出たら前線に立たないとならないから無能じゃやっていけないんだ。


 そりゃあ無能が皆無だとは言わないけど、そんな奴でも安全対策をしないと思うかい? むしろ逆で、そういう人ほどかっちり抑えていることがほとんどさ。

 金と力はあるんだ、信頼の置ける強い武芸者なんてきちんと金払って雇えば済む話だからね。


 だから豪奢な馬車を襲おうなんて考える馬鹿な山賊は、いまどき御伽噺の中にしかいない。余談だけどひと昔は異世界人崩れの山賊を狙う、山賊狩りが貴族の嗜みとして好まれていたそうだよ。

 いくらでも沸いて出る身元不明の流れ者や犯罪者なんて、そりゃあ奴隷にはうってつけ良い収入源だよね。どっちが山賊だっつーの、あはは。



 飛行機の知識を売りたい?


 いやぁ、と言ってもなあ。空を飛ぶ種族がいるし、魔法だってあるからね。ただ飛べるだけじゃ需要は無いよ。

 輸送に使えるって言っても、素人が手作りで作るものにそこまでの機能は期待できないでしょ。


 精密な素材を造れる機械が持ち込まれるまではたぶん役に立たないよ。

 ざっと考えても鋼材の精製、切断、加工といろいろいるだろうな。それらを抱えてトラックに突っ込む人がいつか現れるといいね。



 気球なら?


 はぁ~~~…



 確かにこの世界でも作ることは可能だろうし、原理も比較的簡単だ。

 だが前もって言っておく、造るどころか知識があることすら吹聴するのは絶対止めてくれ。


 これはお願いじゃなく、命令だ。


 …あのなぁ、空の上から見ると、城や町の情報が丸見えなんだよ。攻め込む相手国のそんな情報があれば、進軍時に圧倒的優位に立ててしまう。


 一方で異世界人は何が良いか悪いかの常識が無い。そのくせ半端に知識や知恵はあるし、何より端金ですぐ雇えるのにいくらでも生えてくる。止めに大半は神に選ばれたからとプライドばかり高くて操りやすい…と、周辺国からすると現地調達するスパイとしてうってつけなんだよ。

 軍事機密を丸裸にできる可能性を、そんな奴らに持たせておこうという暢気な国があると思うかい? 


 その知識があるとばれた場合俺も放置した責任を問われるんでな、ここでお前さんを殺さないとならなくなる。罰則は重いが殺されるよりは断然ましだ。

 …物分りが良くて俺もほっとしたよ。




 ま、そういうわけだからそこにあることくらいしか仕事が無いって訳だ。納得したな?



 教会? ああ、そっちの角を曲がった先にある。

 だがなんで突然?


 とても生きていける気がしない、死ぬ可能性のことを考えて? うん、それはいいことだ。


 …セーブ。復活。


 あのねぇ、君ねえ、そんなもんあるわけないでしょ。


 なんでって…人間、命はひとつなの。死んだらそれまでなの。

 まさかでかい図体しているのにそんな常識から教えないとならないとは思わなかったよ…


 ああ、知ってる? そう。元の世界はそうだった?

 ならなんでこっちの世界は違うと思ったの。異世界だろうと君は君でしょ。


 もう十分すぎるくらい分かったと思うけど、チートとかそんな都合のいいもん、この世界にも無いよ。

 当たり前でしょ、君自分が特別な存在とかいい年して恥ずかしくないの? そういうのは中学生までにしておきなさいよ。



 …はあ、夢も希望も無い? 元の世界へ帰りたい?

 健康な五体がそろってる時点で夢も希望も持ちようだと思うけど…まあ、そう思うなら仕方ないねえ。

 店の裏に回るといい、そこに元の世界へ帰してくれる施設がある。


 一回10000G。


 え、高い?


 あのねえ、施設の運営はただじゃないんだよ。整備点検も必要だし、君たちみたいなのは変則的に訪れる。そんな人たちのためにずっと維持しているのがどれだけ大変かくらい分かるでしょ?

 まあ高いと感じるのも分かるけど…


 あっちは金さえあればだけど水や食べ物を自分の手を汚さずいつでも好きなだけ入手できるし、常識を知らないことが死に直結しない。生活に困窮しても国がある程度支援してくれる。好きなことを公の場でしゃべってもとがめられることも無い。

 何より、表向きとは言え人の命に平等に価値が認められている。

 ここで生きていくよりは断然楽だしねえ。そのくらいの価値はあるでしょ。



 ま、そう簡単に稼げる額でもないしどうするかはおいおい考えるといいんじゃないかな。

 さし当たっては今日明日を行きぬくことを考えようよ。



 で、どうするんだい?





 住み込みで働かせてくれ――か。




 ……うん、その言葉が出るだけ君はまだ有望だ。懇切丁寧に説明してきたかいがあった。


 この異世界にきて喜んだってことは、元の世界から逃げ出したってことだろ。

 何があったかは知らないし知りたいとも思えないけどさ、逃げ出した先でもつらい思いをした挙句無駄死にってのは幾らなんでも哀し過ぎるからね…


 やけになって馬鹿な真似をしないでくれて、本当によかったよ。



 あんまり給金は出せないし忙しさも半端無いけどね、まずは頑張って言葉を覚えよう。

 そうすれば、仮に帰れなくてもいつかは俺や、周りの人たちみたいに店をもつこともできるさ。




 そうなんだ、この村はね。


 君みたいに異世界からやってきて、やけにならず現実と向き合ってきた人たちが作った「はじまりの村」なんだよ。


 さっそくだ、また新しいお客さんが来た。これを持っていってあげな。




 やあ (´・ω・`)


 ようこそ、イセカイテンイ村へ。


 この水はサービスだから、まず飲んで落ち着いて欲しい。

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