第110話 ピエールの話5

少し月日を遡る。

ここは月のラグランジュ点第5エリア。

 

第3エリアにある、ローエンド大学の教授職を

退官したサルワタリ教授は、第5エリアの自宅

に戻り、暮らしていた。

 

そこを、太陽系外縁からはるばる訪ねたものがいた。

その青年の名をリアン・フューミナリという。

 

リアンは、サルワタリの最新の研究、遺伝子分布論

について話を聞こうとしていた。

 

「遺伝子分布論というのは、別にたいしたことは

言っとらん」

 

ホワイトボードを前に、元教授は説明する。

「人間、に限らんでもよいが、遺伝子の種類を

こう横軸にとるじゃろ」

 

「そうすると、遺伝子の分布は、こう、山型になる」

「地球上では、土地の面積が限られとるじゃろ、

 じゃけえ、この山は時間変化に対してほぼ変化せん」

 

「しかし、宇宙空間に出て、居住空間が、まあ地上

にいるのと比較したら無限のように広がるじゃろ」

 

「そうするとじゃな、この分布の山が、ほら、こっち

とこっち方向に広がる、まあそれだけのことじゃ」

 

「数学的に証明することも簡単じゃ。わしはまだ

やってないが、まあそのへんの数学が得意なやつに

やらせりゃあすぐできるだろ」

 

「まあ簡易モデルで見せてやろう、

分布関数に、こう、適当にパラメータ類を決めて、

居住空間のパラメータを無限方向に飛ばしてやると

ほれ、山も広がっていくわな」

 

「なるほど」

リアンは感心して頷く。

 

「これは、宇宙空間だから、という限った話では

ないとわしは思っとる」

「つまり、ある種が広い空間を得ると、これが

起きる、例えば、そうじゃ、サルが二足歩行を

始めて、生活領域が一気に増えたとき」

 

「おぬしは今の人間の人口と、人間の遺伝子が

とるパターンのどちらが多いか知っておるか?」

 

専門分野ではないため予想ですが、同程度ではないかと、

とリアンが答えるが、

「ぜんぜん遺伝子のパターンのほうがい多いんじゃよ」

 

「定量的な話はそんなもんじゃ」

 

「簡単に考えればいいだけじゃ、要は、生き物は、

種として生き残る可能性を高めるために、様々な

遺伝子の種類があればよい」

 

リアンは、話を聞くために、翌日も訪ねることにした。

彼が今後人間の社会の在り方を考えるうえで、

大きなヒントが潜んでいると考えたからだ。

 

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