117話 呪いってなんなんですか?

 頭の中で色々な風景を見た。


『主』と呼ばれる存在からの命令で複数のスライムと共に神獣と対峙した時の事、この個体だけが神獣に寄生する事に成功した時の事、長い間時間をかけて神獣の体を乗っ取り、勇者と呼ばれる存在を消していた事、数百年ぶりに『主』と呼ばれる存在より指示が出て大陸を移った事、『主』が危惧する力の持ち主と戦った事、神獣の体を失い人に寄生した事。


 これは、蜥蜴スライムの記憶なのか? 時系列っぽいし。


 蜥蜴スライムの意識が俺に吸い込まれていく際、奴が【勇者】を殺していく時に感じていた悦びよろこ(び)というか快感的な感情が流れ込んできた。


 人を引き裂く感覚。肉を溶かす感覚。人を取り込み吸収する感覚。捕食者が勝ち誇った気持ちになれる瞬間を複数回体感した。

 口角が持ち上がっているのが分かるくらいに気持ちのいい気分だった。

 常に気持ちがハイな状態だとこんな感じなのだろうか。


 まだまだ味わい足りないが蜥蜴スライムの意識がほぼ俺と同化したようだ。

 最後は少し場面が戻り『主』と呼ばれる存在が、神獣(ゆきまる)を襲う前にスライム全体に術を施した姿が映る。


「・・・・・・・。」


 何を言っていたのかは分からないがその夢を最後に俺の意識は覚醒する。


 目を覚ますと先程までいた場所からは移動させられていた。

 で、横を見るとカリーナさんとイリーナさんがまだ眠っていた。


「あつつ・・・何だ? 後半は何か変な夢を見た気がするが・・・」


 割れそうな頭を擦りつつ体を起こすとここが馬車の中である事に気づいた。

 天幕から顔を出す。すると、


「目が覚めた?」


 そう声をかけてきたのはベネだった。

 手には桶とタオルがあったので、俺達の介抱をしてくれる予定だったのだろう。


「あぁ、ごめん。迷惑をかけた」

「ビックリしたよ。急に蹲って、そのまま意識を失うんだもん」

「ちょっと説明が難しいけど色々分かったよ。ベネが倒してくれた蜥蜴スライム・・・ジェルリザードだっけ? どうやら神獣に取り憑いていた奴と同じ奴だったみたいだ。」


 先程まで見ていた夢を思い返しながらベネに説明するとベネも真剣に話を聞いていた。


「そっか、奴等も色々暗躍してるね。こっちもイッセイ君が寝てる間に大体方がついたよ」


 建物を見ると炭化した梁がボトンと下に落ちた所だった。


「あっ、ヤバッ。建物の中に残された人達、黒焦げかも」

「大丈夫。私の魔法で根っこに守られてるわ。多少火傷してるかもだけど。既に助け出して治療を受けているわ」


 いつの間にかエリーも近くに来ていた。

 エリーが見た方向、俺も視線を追ってみるとテントが建てられておりエリーが捕まえた人達が治療を受けていた。


「エリーが機転を効かせてくれたのか、ありがとう。助かる」

「どういたしまして・・・」


 背中を向けて返事するのは良いんだけど、肌が白いから赤くなるとすぐ分かる。

 何はともあれ、エリーが倒した人たちは全員無事と言うことで証言には困らなそうだ。取引すれば色々話してくれる人も出てくるだろう。

 搬送される所だったらしいがその中の1人モブだったかマブだったか、そんな名前の奴が俺達を見るなりビクッっと身体を震わせていた。

 俺と言うより一緒にいるベネにビビっているようだ。


 兄様の怨みを晴らそうとしていたのだが、心底ビビッている顔を見て怒りのボルテージが下がってしまった。なのでアイツの制裁は止めた。


 それよりもまだ目が覚めていないカリーナさんが心配だ。

 薬にしては強過ぎるし、魔法ならもっと厄介だ。


「僕のネックレスをカリーナ様へ」


 毒無効のペンダントを付けさせる事で解除しようとする。


「・・・イッセイ。それが」


 エリーが元気のなさそうな顔をする。



 ・・・馬車の中


 これから起こる事に人の目を避けさせる為、俺は馬車の近くに人を寄せ付けないように要請した。兄様は直ぐに兵士さんを何人か回してくれたので馬車には誰も近寄ってこれない。


「・・・ナルホドね。これは厄介だ」


 よくよく調べるとカリーナさんが受けているのは呪いだ。

 方法が大した呪いでは無い為、解呪の方法はすぐ分かったがすぐ出来るかと言えばそれはちょっと無理だった。何故か理由は不明だが呪いが強くなってしまっている。

 魔導具を作って強引に解呪を試みれば解呪は可能かもしれないが、何か後遺症が残ってしまいそうだ。


「呪いを打ち消すには・・・カズハ」


 俺が手をかざして呼ぶとSDカズハが手の上に乗って現れた。


「最近みんなSD化して現れるけど流行ってんの?」

「別に流行ってる訳ではありませんよ。もともと等身大で出ると魔力の消費が激しいからですね。イッセイ様が望まない限り基本はこのサイズだと思いますよ」


 ・・・この前、普通に等身大でしかも無駄な演出をやってたのは何だったんですかねぇ〜。


「まぁ、今はカリーナ様の容態だね。見てもらってもいい?」

「はい。喜んで」


 俺に一礼をするカズハをカリーナさんの側に連れて行く。するとカズハがカリーナさんに両手をかざして診察を始めた。カズハの魔力が優しい光となってカリーナさんの全身に広がる。


「うーん。これはなかなかに厄介ですわね」


 カズハは診断を終えると腕を組んで考え事を始めた。

 こっちにもどう厄介なのか教えて欲しいんですが? いいや聞いちゃえ。


「そんなに高度な呪いなのかい?」

「えぇ、この呪い。術者が媒体となってそのまま強力な術になってますの。言うなれば死んだ事で完成したと言っても良いでしょう」

「え? そんな呪いがあるの?」

「大抵の呪いは本来術者がそのまま媒体となるものですわ」

「そう。呪いとは想いの強さが根源」


 ふーん。ナルホドって、マーリーン何で出てきてるの? 

 俺の頭の上で足をパタパタさせているマーリーンが居た。

 って、カズハがめっちゃ怒ってるよ。


「ちょっと、マーリーンさん!? 何で一番いいセリフを取るんですか」

「呪いは元々は闇属性が多い。だから私のほうが適任」


 ふふん。と、鼻を鳴らすのは良いんですがその辺は裏で口裏合わせて貰っていいですか? カズハさんが顔をパンパンにしてこっちを見てますよ。

 意外と可愛いけど、今それを言ったら俺も怒られそう。あつ、こっち見てるので早く謝ってください。超謝ってください。


 う、うーん。どうにもややこしくなってきたぞ。

 と言うか結果どうすれば良いのかっていう所はまるで解決していないような。


「で、結局の所、どうすれば良いんだ?」


 率直に聞くとカズハとマーリーンが声を揃えて、


「「より強い『想い』が必要(ですわ)」」


 ズイっと顔を近づけてくる2人の勢いに押され俺はつい仰け反ってしまう。

 その後も2人から交互に呪いについてレクチャーを受ける事になった。


『呪い』とは発動した人が死ぬまでは、鍵が開いたままの箱と一緒なのだとか。(箱が呪いの効果で呪いを受けた人はその箱の中に入っている状態だと思ってもらえるとありがたい。)

 で、ただ呪いをかけた状態では箱が開いている状態なので、この状態では自分で呪いを解除も出来るし、他人が解除する事も出来るのだとか。(箱から逃げられると想像してほしい)

 で、蓋の役割である術者が死ぬことによって口の開いた箱は自動的に閉じられ呪いは完成する。効果が増大した後にほぼ永続的に動くようになるらしい。

(術者が想いを残して死ぬと蓋がしまって呪いは解けなくなる。)

 ざっと、説明されたがこれが呪いの効果の一連の流れらしい。


 そして、話を聞いて一番厄介だったのは『呪いの強さ=想いの強さ』に比例するって事だ。相手を殺したいほど憎んでいる、死ぬほど愛してるなどなど。狂っていれば狂っているほど力が強くなるらしい。


 今回の件で照らし合わせてみると支配人は亜人に並々ならぬ恨みを持っていた。

 そして、それを擁護する公爵家の面々にも思うことがあった様だった。

 改めて考えると解除はほぼ無理なんじゃ無いか? と思う。


「ですが、呪いは上書き・・・する事が可能です」


 カズハが言った。

 その後、マーリーンから説明を受けると要は新しい箱を作って交換しようって事らしい。よく分からない。

 ビデオテープの早送りの様にカクカク高速で動く2人に説明されたから妙に疲れた。


「とは言っても呪いだろ? それって不味いんじゃないの」

「イッセイは、呪いについて誤解している」

「そうですわね。呪いと言っても元は愛する者を守る為にかけた『呪いまじない』が起源ですわよ」

「その通り、イッセイはもっと勉強が必要」


「あっ、そうッスね」


 なんと言うかうちの精霊たちは仲がいい。

 口では啀み合ったりしてもいつの間にかこうやって息ぴったりで俺が怒られる羽目になったりはしょっちゅうだ。


 これ以上は怒られない様に言葉を選んで喋ろう。


「そうしたら、僕は何を造ったら良いんだ?」

「呪いの媒体になるアイテムですわね」

「媒体になる?」

「これだけの呪いを書き換えるとなると、確実に死者を出す」


 え? 呪いの上書きって死者が出るのか?


「今回はかなり恨みを持たれた状態で呪いが掛かってる」

「あっ、そうか」


 今までの説明をどう聞いていたんだ。

 術者が死んで増幅された呪いだ。上書きするには同じ数かそれ以上の数の死者が必要になるだろう。しかし、誰が生贄になる? 兄様なら立候補しそうだがそんな事させる訳にいかない。


 頭を悩ませていると、馬車内にか細い声が聞こえてきた。


「誰だ!?」


 俺は気配を悟られずに近づかれた事に内心舌打ちしたが、声の主を見て自分自身をぶん殴りたいと思った。


「私が・・・その役割を・・担うわ」

「イリーナさん?」


 まだ少し腫れた頬を抑えつつも身体をお越したイリーナさんだった。焦燥してよろける彼女をカズハとマーリーンが支えにいく。

 俺も『アクア汁』(意味深)を渡して飲ませると取り敢えず一息ついたようだ。


「僕の不注意ですが何処から聞いてましたか?」

「カリーナが呪いを受けた辺りかしらね・・・」


 イリーナさんは俺達の話をほぼ全部聞いていたらしい。

 不味ったな。もう少し周りの気配に気を配るべきだった。


「まだ、ちゃんとした確認が取れたわけじゃないのであまり先走らないでください」

「でも、カリーナが。・・カリーナ」


 イリーナさんは、カリーナさんの顔を撫でながら泣き崩れてしまう。

 どうしたものか? 今の所生贄を立てて呪いを上書きする以外に方法は無い。だが、仮にカリーナさんの性格上、目が覚めたときイリーナさんや兄様が居なかったら彼女はもっと深い傷を負うのではないだろうか? それは赤の他人でも同じだと思う。

 そう思うと誰かを犠牲にする方法は取れない。

 かと言ってカリーナさんへの負担も考えるとこれ以上時間を無駄にできない。


「あああああああああ。もう」


 完全に煮詰まった俺が大声で吠えるとイリーナさんとカズハ。マーリーンまでもが鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていた。


「すいません。ちょっと、外で空気を吸ってきます」


 馬車から外に出ると俺の声を聞いたであろうエリー、ベネが駆け寄ってきた。


「どうしたの?」

「ごめん。ちょっと行き詰まった」

「はぁ。イッセイって何でも出来そうだけど意外と一人で何でもやろうとして悩んでるよね」


 あれ。そう? そんな感じ?

 言われないと気づかないもんだな。自分のイメージだと飄々とやってるつもりだったけど。


「そうなのかな? 自分では要領よくやってると思ってたけどな」

「「そうは思えない」」


 全否定かよ!!


「ま、何があったか知らないけど話してみなよ」


 エリーに促されるってのが若干癪だが・・・・

 俺は今までの経緯を話した。

 するとベネも難しい顔をしている。


 気になったのはエリーだ。

 さっきから何だかんだ唸るような顔をしていた。

 ベネも気付いたようで・・・


「エリー。何ソワソワしてんの?」

「うーーん。いやねどうなのかと思って」

「どうなのかって、何が?」


 エリーの返答にベネの眉間にシワが寄った。


「こんな物を持って居るんだけど・・・・」


 エリーが身につけているペンダントの中から取り出したのは『一つの種子』だった。


 何だこれ。種なのに異様な存在感があるぞ。


 開放された瞬間に何故か目が離せなくなる。

 遠く離れた兵士さん達でさえ何人かはこっちを気にしてソワソワしだした。


「これは?」


 俺が聞くとエリーはペンダントを閉じながら答えた。



「世界樹の種」

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