116話 ベネの気分は晴れたのですか?


 −−バリン、バリン。


 轟々と燃える建物の窓から大脱出。それを聞けば大体思い出すのがクリスマスになるとテロリストと銃撃戦するハゲのオッサンか、毎回バイクをオシャカにする元トップガンのイケメソMI○のエースか。

 俺もそういう機会があれば『さぞカッコ良くキマるんだろうな』と思っていたが、実際自分でやるとなると意外に地味だった。


 俺が捕えた盗賊崩れ達を引きずって。

 エリーがイリーナ、カリーナ嬢を小脇に抱えて。

 ベネが兄様をお姫様だっこして。

 地面に飛び降りたがあまりしまらなかった。


 −−ヒューン、ドスン。


 あっという間に燃えていく店を脱出する。


「うぉえ。ごほぉ。ごほ」


 兄様が煙を吸ってしまったみたいだが、イケメンはむせてもカッコいいんだと気付かされた。


「セティ、アクア。兄様を頼む」

「はいはい。任せてよ」

「イッセイ様。私がんばります」


 SD化したセティとアクア。手のひらの上に現れた彼女達は俺の願いに即座に反応し、兄様の治療の為に直ぐに詠唱に入っていた。


 兄様の肺にセティとアクアが水蒸気を送り込み、肺の中の煙を取り除いてくれた。


「ごほっ、ご・・・。ふぅ。だいぶ楽になったよ。ありがとう」


 精霊の2人に優しく微笑んでくれた兄様。

 セティは優雅にお辞儀をし、アクアは俺の袖に捕まって隠れた。


 アクアはこう見えて人見知りだ。


「そうか、イッセイは精霊使いなのか」

「内緒でお願いします」


 指を口元に伸ばし内緒・・のポーズを取る。

 兄様は察しが良かった。


「わかった。確かにな2人も精霊を使えたら問題だ」


 自分の中で緘口令を強いてくれたみたいだ。


「イッセイ様は・・・もがっ」

「ん? 何か言ったかい?」

「いいえ。僕のご主人様のイッセイ様は僕とこの子の2人だけを契約しています。ヨロシクお願いします」

「そうか、これからもイッセイをよろしくね」

「はい。」


 セティと慣れた口調で話す兄様。

 他の人なら興味津々で見るか必ず触ろうとしてくるのだが、兄様は一定の距離を保って近付こうとせず、触る素振りも見せなかった。


 アクアはセティに風の玉を口にツッコまれ半分死にかかっていた。まぁ、放っておこうか・・・


 しかし、兄様。何だか慣れてる?


「ん? どうしたイッセイ」

「いえ。随分精霊にお詳しいですね?」

「あぁ。私は昔学園で精霊の研究をしていたからね」


 なるほど詳しいわけだ。


「へぇ。兄様の研究興味あります、が・・・それはまた後で」


 語尾が若干強くしてまで兄様との会話を打ち切ったのは、建物の中からなんとも言えない気配を感じたからだった。

 マッピングするセティの魔法にも赤い点が1個存在していた。


「やっぱり生きてたのね。自分で火をつけるような小細工までして」


 先程の戦いで手応えを感じていなかったのか、ベネが前に出てきた。


「あれ? 火を付けたのってベネじゃないの?」

「あれは私じゃないわ。奴が自分で付けたのよ」


 エリーが、ベネに言うとベネは肩を落として答えた。

 どうやら先程の火はベネの仕業では無かったようだ。


 −−ボトン。


 何か落っこちたような音がしたと思ったら、スライムの様なものが地面に広がっていた。


「ん? あれ。もしかして」


 何となくだがユキマルから逃げた『得体のしれないモノ』に似ている。寄生型でスライムというなんとも限定的な特長ではあるが・・・


 建物から落ちてきたスライムが真ん中から膨れ上がっていく。某映画に出てくる液体金属のあれみたいな感じだ。


 どんどん人形ひとがたを形成し着色されていく。


「ぐふふふ。やっと、下賤な姿から開放されたわ。さぁて、人間共今度こそ殺してやるぞ」


 人かと思ったら蜥蜴でしたー。


【伝説の竜退治ゲーム】に出てきそうなドラゴンの容姿に変わったが、体の形状はスライムのままだった。このようなモンスターは見たことが無い。

 見た目は蜥蜴。実態はスライム。うーん。『蜥蜴スライム』とかかな。


「何だ。ジェルリザードだね。喋る個体は珍しいけどね」


 ・・・そんな時もあるさ。


 俺も攻撃に加わろうかと蜥蜴スライム・・・・・・に体を向けるが、


「もう1回、私にやらせてくれないかな?」


 ベネが俺の前に出る。俺はベネの目を見るとその目からは自信を伺うことができた。


「わかった。任せるけど油断は禁物だよ」

「分かってる。でも試してみたい事があるの」


 俺の返事を待つ前にベネは敵に体を向けていた。

 どうあっても譲る気は無いらしい。良いさ。むしろたくさんハッスルして、組手がやりたくならないようにしてくれ。


「何かあったらフォローする」


 そう伝えるとベネが一気に加速した。


「こっからは本気出しますよ」


 ベネがそう言うと身体から炎が吹き出てベネを包んだ。

 彼女が自身の魔法を身体に纏ったのだ。


「グェグェグェ。小娘が粋がりおって、ワシに炎で挑むだと」


 応戦する姿勢を見せる蜥蜴スライムは、手に持っている鈍器に火を灯した。


 −−ガキン。


 2人が交差する際激しい金属のぶつかる音がする。


「なかなかやるね」


 振り返りお互いを見る2人。

 ベネの手には炎のように赤いバトルスタッフが握られていて、蜥蜴スライムは肩に焦げたような傷を負っていた。


 ベネは自分の炎を使って自身の武器を精製できる。

 魔石など必要なものさえそれっていれば何時でも何処でも武器が作れる武器屋泣かせな危険少女なのだ。


「イッセイ君。後でフルセット」


 ぐあああああ。何で俺はこういう時は喋ってまうん?


 場外で結構ガチにダメージを受けていると蜥蜴スライムが先程よりギアを上げたようで威圧感が増していた。


「グヌヌヌ。小娘、舐めるなぁ」

「まだまだ。行くよ」


 瞬間的に加速した2人。

 お互いの持つ武器の光が残像ペンで描いたような残光の光のように残っており何処に行ったか分かるようになっていた。


 −−チュン。

 −−パチュン。


「へぇ。綺麗だね」


 俺の近くにエリーが来た。


「皆は?」

「イリーナさんは、直に目を覚ますと思うよ」

「そうか、ありがとう。うん。イリーナさんは?」

「それはまた後で、ベネは苦戦・・・する訳は無いっか」


 エリーの言うとおり実力で圧倒しているベネは高速に動く中、的確にダメージを与え相手を虫の息レベルまで追い込んでいた。


「グッ、何故だ。神獣の力を取り込んだワシに何故ダメージを与えられる?」


 自分の体を見ながらワナワナと震える蜥蜴スライム。

 どうやらユキマルに入っていた個体らしいが、俺と戦った時より弱くなってないか?


「あれれ? 案外鈍いんだね」

「なんだと・・・。それに、貴様武器はどうした!?」

「何処だろうね。って今更、気づいても遅いけどね」


 ベネの手には先程まで振る舞わしていた武器は手に持っておらず密かに作っていた炎のナイフで戦っていた。蜥蜴スライムが辺りを探している。


 どうやら気付いたようだ。


 ベネの後方で地面に突き刺さったバトルスタッフが赤く光を放っており杖の周りでは魔法陣が起動していた。


 −−ピュキーン。

 −−ガガガガガ・・・・


 ベネの魔法が発動して地面を盛り上がらせながら蜥蜴スライムへと真っ直ぐ進んでいく。

 当然蜥蜴スライムは逃げようとするが、背後に先回りしたベネが足や体を複数回切り刻んでいた。


「き、貴様。始めからこれを・・・ぐあああああ」

「これでトドメね」

「グググ。ぐぞ・・・」


 スライムの自己回復をあえて利用するナイスな戦略だ。動くことの出来ない蜥蜴スライムが魔法を真正面から受けていた。


 −−ドガーン!


 轟音と土煙が巻き起こる。


 土煙が晴れ来るとベネがモンスターの形を型どった石の塊を見て立っていた。

 見た感じ、ぬりかべの体内で固まっちゃった妖怪みたいな? 餅の真ん中にアンコ入れ過ぎちゃってUFOみたいな形になっちゃったみたいな? まぁ、そんな感じだった。


「お疲れ様」


 腰を折り肩で息をするベネ。

 アクアの水を出してあげると喉を鳴らしてゴクゴクと、飲んでいた。


「へぇ。相手を石化する魔法かぁ」

「違うよ。固まったのは冷えた結果。本当の能力はマグマの海に沈めるのが目的。そのまま、溶かせれば良かったんだけどコイツしぶとくて溶けはしなかったみたい」


 目の前で苦悶の顔を浮かべている石の像。

 その表情だけで何があったのかは分かる。

 溶けても地獄、溶けなくても地獄か。


「名付けて、複合魔法『アースラヴァ』」

「へぇ。かっこいい名前ね」

「でしょ」


 魔法に名前を付けるのは良いが詠唱の必要が無い俺達にはあまり意味がないけどな。

 まぁ、もともと精霊の力を借りて魔法(もどき)を使っている俺は別としても他の皆も既に詠唱は使っていない。

 魔力をイメージするために使われている詠唱だが、そのイメージが詠唱無しで出来るようになっているので意味が無いのだ。


「まだ体が出来ていないのに魔力を酷使し続けると頭痛持ちになるぞ」

「分かってるよ」


 ベネとエリーは兄様達の所へと戻っていった。

 一人残った俺は目の前にそびえ立つ蜥蜴スライムのオブジェの前に立っていた。


 さて、こいつの処分はどうするか。

 流石に何時までもこんな物があったら邪魔だろうし持って帰るにはしんどい。


「バッカス」


 名前を呼ぶと俺の手に大きなハンマーが握られる。

 バッカスの持つ神の神器(のレプリカ)だ。

 こういう時はハンマーだろうと安易に考えた結果な訳でなく何時もの槍を創造したらこいつが実体化したのだ。


 これで、ぶっ叩けと言う事だろうか?


 蜥蜴スライムに向かってハンマーを振り下ろそうとしたら、


『イッセイ。そのハンマーは地面を叩くやつだ』


 バッカスの声が聞こえた。

 あぁ。そうなんだ。と、納得し地面を叩くとゴゴゴゴゴと音を立てながら地割れが起こり蜥蜴スライムの石像は割れた地割れの中に吸い込まれていった。


 よし。これでOK。


 手をパンパンと払って俺も皆に合流しようとしたが、背後から怨念にも似た気配を感じ思わず振り返る。


 そこには今ほど地面に埋めた蜥蜴スライムが透明な身体のまま宙に浮いていた。


『グヌヌヌ。ナゼダ・・・シンジュウヲトリコンダ、ワシガナゼマケル?』


 恨み節をぶつけてくるが、俺の知ったことでは無い。

 いつもの通り他の魂魄と同じく魔力で強制成仏を促す。


『コレシキノコトデ、ワシノウラミハキエヌ』


 俺の存在に気づいた蜥蜴スライム(亡霊)が俺の体めがけて襲いかかってきた。

 何かをなす術もなくあっと言う間に身体に入り込まれる俺。前にもこんな事があったよな・・・・


「ぐああああ。」


 頭が割れそうに痛い。

 その場に崩れ落ちると一瞬で意識が途切れた。


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