107話 女の子だって悩みくらいあるんですよ。 そう・・・ですか?


 所変わって、ソフィーは相変わらず凹んでいるエリーとベネの相手にてんてこ舞いだった。


 2人が話す内容は、「何でソフィーだけ砕けた話し方をするの。」だとか、「イッセイってソフィーの前だとリードするよね。」とか、何かとイッセイがソフィーに対して優位な対応をしているかの如く表現されており。自分達における待遇が気に食わない様子だった。


 そんな事、自分でイッセイに言えば良いでは無いか。

 普通の人ならそう思うのだが初めて立場を超えて出来た友達も言える存在にソフィーは大切にしており眼の前の2人を悪く言う事など絶対にありえないことだった。


 イッセイにしても実際は2人とソフィーを差別するなどそんな事は一切無い。

 ソフィーはエリーとベネが自分と変わらず大切にしている人だという事は知っていた。

 いや、むしろ2人にしか見せない顔がある事に気付きショックを受ける事も暫しあった。ソフィーは不安だった。皆と違い自分に向ける笑顔も砕けて話す口調も全部ソフィー自身ではなく。彼女の記憶の中にいた【鏡 英梨奈】のお陰なのでは? と、不安がよぎっていた。


 それまた、全くの勘違いなのだが全てはイッセイがヘタレな性格が招いた結果なのだ。


(皆が思っているほど。私だって見られて無いんだよ。)


 ソフィーは2人の話を聞いてそんな風に思っていた。

 言うだけ言ってスッキリしたエリーとベネは、今後について話し出す。


 当然、イッセイとの婚約についてだ。

 ソフィーはこのクエストが終わったら晴れて婚約するし、エリーは態度に出さないがイッセイとの結婚を夢見ている。ベネに至っては家族公認だ。


 今ここに居る3人は普通なら喉から手が出る程のステータスと容姿を持った面々だが、イッセイはそう言った見た目や身分には全く興味が無い人間だった。

 寧ろ最初の出会いの時から3人とも若干イッセイから煙たがられた経緯を持っている。

 これが、他の人になると自分達をチヤホヤどころか若干ねちっこく接してくる人が多い。しかも、そういう人に限って皆が容姿や身分ばかりを主張して近寄って来ることが多い。

 3人はイッセイとの距離感になれてしまっていたし、メイヤード様という破天荒が服を着て歳をくった様な人の弟子だ。

 今では貴族の子供はウザい以外の何者でも無かった。


 まぁ、これはイッセイが精神年齢が20を過ぎている事と前いた世界が起因している。また、両親を知らず祖父母に育てられたために年のわりに達観しているところがあった。そして、極めつけは前の世界には身分の上下が身近に無いかったために知識としては王族に頭を垂れる必要性は理解していても、瞬間の判断ではそういった演技が出来ない。

 そのため、王国の姫であるソフィアを筆頭に身分が上の者であっても屈しない態度を取る要因となっていた

 まぁ、学園カーストなる変な身分制度はあったが・・・。


 そんな幾つもの要因が混じり合った結果、誰にも縛られない自由で異性からの好意に兎に角疎い朴念仁が出来上がった訳である。


「はぁ。ソフィーは良いよね」

「な、何が!?」


 イッセイの優しさに不安を覚え、考え事に耽ってふけ(って)いたソフィーは背中を急に叩かれた様に驚いてしまった。


「いやねぇ。この任務が終わったら婚約でしょ?」


 ニヤリと笑うエリー。こういう時、彼女はからかっている事が多い。


「う、うん。でも良いのかな・・・って」

「えっ。どうしたの? あんなに喜んでいたじゃない」

「うん。でもね・・・イッセイ君からはまだはっきりと気持ちを聞いたわけじゃないし。」


 そう自分の口に出して言うとショックがこみ上げてくる。

 背中の辺りから何かが”ひゅー”っと抜けていく感じがした。


「そうなの。てっきりキスくらい済ましているのかと思ったわ。案外奥手なのね」

「貴女なんて一緒に暮らしてるじゃない」


 私は反論した。なんで、そんなに怒ったのかは分からない。

 エリーが悪い訳でもない。


 完全に八つ当たりだ。


「・・・ごめん」

「ううん。良いの。今のはエリーが悪いと思う。ソフィーだって不安なんだよね」

「そうか、そうだよな。ソフィーごめんね。今のは私が悪かった」


 エリーが頭を下げてくれた。

 ごめんエリー。そんな事させて。

 ベネもありがとう。ずっと励ましてくれている。ちょっと元気が出てきた。


「しかし、エリーって一緒に暮らしてるのに全く進展ないよね?」

「ベネ。アンタだって同じだろ?」

「私は外堀から埋めるタイプ。お父様がイッセイ君のお父様に相談してくれてるの」


 エリーの反論に指を”ちっちっちっ”と左右に振って答える。

 いつの間にそこまで話を進めていたのだろうか・・・・侮れん。


「ちぇ。実家が近いって有利だよね」


 エリーが頭に腕を回して草むらに寝転んだ。

 まぁ、世界樹に住んでいる彼女の両親がここまで援護射撃してくれるってなかなか無いよね・・・。


「いやいやいや。状況的には貴女が一番いい位置にいるじゃない」


 ベネは頭を抑えならがエリーに反論する。


「想像しなさいよ。イッセイ君と同じ屋根のしたに居るとどんな事が起こる?」


 頭の中でもやもやと考える。

 廊下の角でイッセイとぶつかりそうになる姿や、お風呂にイッセイが間違って入ってくる姿、頬についたパンくずを取って貰う姿や、寝る時に枕を持ってイッセイの部屋に行く自分の姿を想像していた。


「何でこの子が、よだれ垂らしてるの?」


 エリーが私を見て、ドン引きしている。


「さぁ。エリーがイッセイ君と〇〇〇ドキューン△△△パキュパキューン✕✕✕バタタタタッみたいな事やってる夢でも見てるんじゃないの?」

「あ、あんた。頭湧いてんじゃないの!?」


 ベネが大人の話18禁の話をしだす。

 エリーは赤い顔をして反論。


「え? してないの?」

「ビッチかよ・・・」


 私はベネの言葉を聞いて顔が赤くなる。ベネの言葉は私の想像の右斜め45・・・いや、80°は行っている。

 エリーは頬は赤めているものの、そこまで動揺はして無さそうだった。

(※思考回路が180°から更に180°回転したため冷静になっただけです。)


 むむっ。負けた気がする。


「じゃー。実際はどうなのよ」

「うーん。ベネが期待している出来事は何も無いよ」


 エリーが想像を口にした。

 廊下を走ってイッセイの所に奇襲を掛けに行こうとしたら優しく諭されたり。

 お風呂で狙おうとしたら既にお風呂から上がっていて諭されたり。

 ごはん時を狙って襲いかかろうとしたら口の中に美味しいものを入れられて諭されたり。

 修行の手伝いを頼みに行ったら国の仕事で忙しいからまた今度って言われてお菓子をご馳走になったり。


「コイツ。ただのアホだわ。最後以外全部、諭されてるじゃない」


 ベネが頭を押さえながら言った。

 私も絶句してしまった。私が言うのも何だけど無いわーって思った。

 ただ、地味にイッセイ君の優しさに触れているのが無性に腹立つ。


「アホって何よ」

「それだけ恵まれた場所に居ながら何もやってないのがねー。っていうか微妙に絡んでて腹立つ。そこまで一緒にいて何も無かったら捨てられるよ」

「そんな・・・」

「そんなんじゃ。イッセイ君の気持ちなんて絶対手に入らないよ」


 ベネがこう言う大人の会話をしている時はエリーでも口で言い負ける。

 そして、ガッツリと凹まされたエリーはエルフ特有の長い耳が垂れ下がらせてしおらしくなっていた。


 これがまた恐ろしく可愛い。


「じゃあ。どうすれば良いの?」


 私は意を決してベネに問う。いや、請うと言ってもいい。

 私だってイッセイ君の気持ちを手に入れたい。


 何時にも増して気合が入っている私の言葉にベネが一瞬驚いた顔を見せたが直ぐに笑顔になった。


「良いわ。今から彼の気持ちを聞きに行きましょ」


 え? 何? 聞きに行く? 何処へ?

 混乱する私に向かってベネがずっと笑顔を見せていた。


「えぇー!! い、いいいいい、今から?」

「ソフィー、動揺しすぎ。可愛いけど」


 ベネは艶のある笑いを見せる。

 この時のベネはゾクッとするくらい綺麗だ。

 さぁ、行くわよ。と腕を捕まれ立ち上がるとイッセイ君たちがいる場所に移動しようとした。エリーが私もって顔をしていた。

 今の態度のまま行けば大抵の男性はイチコロだと思うけど。


 その時だ。


「皆。ここに居ましたか?」


「「ギャーーーー」」


 目の前にイッセイ君が現れる。

 私とエリーは思わず叫んでしまった。


「あっ、これは不味いタイミングでした? 出直して来「待って、イッセイ君」」

「ベネ?」


 折角イッセイ君が何処かに行ってくれそうだったのに、ベネが呼び止めた。


「イッセイ君に聞きたいことがあるんだけど」

「何でしょうか?」

「そう。その言葉遣い何とかならない?」

「はい?」

「何で私とエリーにはそんなに余所余所しいの?」


 ベネはイッセイ君を目の前にしても堂々とした態度だった。


 カッコいい。


 逆にイッセイ君は予想外の詰問に目を泳がせていた。


「僕ってそんなに2人の前だと態度違いますか?」


 困ったイッセイ君が私に助け船を求めてきたが、その顔が本当に困っているように見えて面白かった。


 だから、


「イッセイ君は女の子によって態度違うよね。私と2人の時は言葉遣いも違うし、エリーの時は何処か頼りげにしてる。ベネの時は決断を迫るときが多いかな。逆に言うと私の時は特に無いんだけどね」


 ぶっちゃけてみた。

 私の言葉にイッセイ君は勿論。ベネやエリーまでも驚いた顔をしていたが、ベネは直ぐに笑ってくれた。


「ね。ソフィーもそう言ってるわ。だから、今後は私達の前で余所余所しい態度は無しよ」

「ぜ、善処します・・・」

「ほらっ」

「分かった。分かりました。これで良いんだろ」

「うん。男らしい」


 真面目な話だと理解したのだろう。イッセイ君は真面目な顔をして話を返していた。

 顔を赤らめて笑うベネは本当に綺麗だった。


「次はソフィーね」

「ま、まだあるの?」

「何を言っているのここからが本番でしょう」


 場を支配しているベネに逆らえるものは居ない。

 勢いに乗せられて私も強気な発言をする。


「イッセイ君は、私との婚約って迷惑なの?」

「そ、ソフィー!? いきなりどうし・・たんだ?」

「だって、イッセイ君いつも私じゃない誰かを見てるもの」

「!?」


 正直、ここは動揺してほしくなかった。

 私に気を向けるきっかけになってくれれば程度に思っていた。泣きそうになるが私の中のあの子に負けるわけにはいかない。


「ソフィー。僕はそんな事思って見てないよ。今はまだ話せないけど信じてほしい。婚約がどうとかじゃなくてずっと一緒に居たいと思ってる」

「!!」


 イッセイ君は真面目な顔をして話をしてくれた。

 顔が赤いのは照れていると信じたい。

 今はこの言葉を聞けただけでも幸せだった。


「ほら、エリー。アンタも言いたい事くらいあるでしょ」

「う、うん」


 ベネに肩を掴まれたエリーがイッセイ君の前に立つ。

 いつも違った雰囲気からイッセイ君は緊張している様だったが、


「イッセイ・・・」

「なんでしょう?」


 いつもと違うエリーに戸惑っているイッセイ君が妙に可愛かった。

 もう勘弁してほしいと思っているのかもしれない。

 だが、イッセイ君は真面目な顔を一切崩さなかった。

 これから言われる事に真摯に受け止めようとする男の子の顔だった。横からでも見惚れてしまう。


 ベネも一緒だったようでイッセイ君を見つめたまま固まっていた。


 しかし、和やかなムードもここまでだった。

 エリーの発言に誰もが耳を疑った。


「私を捨てないで、もうイッセイ無しじゃ生きられないよ」


 涙目のエリー。エルフって顔立ちが物凄く良いのは知っているけど、目の前の少女は別格だと思う。なんと言うか雰囲気が凄い。

 変な表現だがシチュエーション毎に雰囲気が変わるから惹き込まれるのだ。


「・・・・」

「・・・はぅぅ」


 イッセイがエリーを見つめるとエリーは恥ずかしそうに俯いた。

 遠くから見ているこっちが恥ずかしくなる。


 あぁ、こりゃ。イッセイ君落ちたな。


 誰もがそう思った。


「・・・はぁ。エリーもうちょっと捻った方が良いですよ」


 イッセイ君は冷たい反応を返した。


「は?」


 私は聞き返した。


「うーん。イッセイにはこの手の方法は効かないんだよね」

「そっか・・・。イッセイ君は冷たいね」


「えっ?」


 ケロッとした態度でイッセイ君の言葉に反論するエリー。

 ベネも知っていたようでやれやれといったご様子。


「ま、目的も達成したし今日はこんな所じゃない」

「そうね。私達に対する態度も変えるって言ってたし。ね、イッセイ君」

「はぁ。・・・分かったよ。でも、人前では敬語使うからな」

「「イェーイ」」


 --パチン。


 エリーとベネがハイタッチしていた。

 えっ? どういう事?


 私、騙されてたの???


 何だか混乱してきて、気持ちが悪くなってきた。

 視界が暗転する。


「うっ」


「「「ソフィー!?」」」


 皆の声がどんどん霞んでいった。

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