62話 街一番の防具屋で

「はぁ~。やっと落ち着いた…」


 お腹をポンポンと叩くと腹に収まっている食べ物が嬉しそうに跳ねたような気がした。


「あんた、食べ過ぎなのよ…」


 エリーが呆れた顔をして俺を見下ろす。


「だって、しょうが無いじゃない。あれだけ美味しいものが沢山出てきたのに全部食べないわけにいかないでしょ」

「そうだけど…。限度があるでしょうが、どうすんのよ。この後」


 俺の腹と叔父さんの腹はイノシシが一頭丸々入ったんじゃないかと言うくらい膨らんでいた。

 何でこんな事になっているのかと言うと、この街に着いた時に叔父さんが担いでいたモンスター3匹が絡んでいる。ここに着くまでの道中で襲われている農家の人を助けたのだが、その人がここの宿屋の店主の兄弟だったのだ。

 ここを紹介され頼まれた手紙を渡すと宿屋の店主さんが感激し、「宿代は要らない、飯代も要らないから泊まってくれ」と言われたが、夕飯代(材料は提供)だけタダにしてもらうことにした。


 で、出された料理がむちゃくちゃ美味かった。キングヴァイパー毒袋があんなに美味いとは思わなかった。(毒袋は揚げれば無効化されるってのは盲点だった。)

 そんな色物料理に舌鼓を打っていたらいつの間にかこんな体になっていた。

 宿屋の店主さんが、「ま、料理は魔法だ」などと言いながら膨らんだ腹は明日には良くなっていると言っていた。話の内容が全然上手く無いことは苦笑いで躱した。


「と言うことでそんな料理を残すなんて人としてどうだろうか?」

「死にそうな顔をして言うセリフ?」

「面目ない…」


 エリーの言う正論に反論できなかった。

 実は落ち着いたら街を散策しょうと約束していたのだが、こうなっては動けない。

 当然俺が100%悪いので言い訳どころか抵抗すらすることが出来ない。


「すまない。エリー1人で行ってくれないか? うっ…」


 大きくなった体をどうにも出来ないので1人で行ってもらうしかない。

 と言うか少しでも動くと出そうだ。


「おぉーーい。街を案内してやるぞ…って」

「ほぉれ。アトラ爺様が稽古をつけてやるぞ…って」


 部屋に入ってきたのは【疾風の青狼団】ナンナさんとアトラ爺さんだった。

 2人は俺を見るなり。


「ぶひゃひゃひゃひゃ」

「豚じゃ。豚がおるぞ。転がっておるぞ。うはははは」


 2人は指を指して笑ってきた。真実だけどヒドくね?


「ひゃひゃひゃ。まぁ…。ここの店は美味くて評判だからなぁ。こうなるのも仕方ないか…ぷぷっ」

「まぁ、このままじゃと辛いじゃろうから…」


 いつまで笑ってんじゃこのクソネコ娘。

 俺がクソネコ娘に青筋を立てているとアトラ爺さんが服の袖下から何かを取り出した。


「ワシ特製の薬じゃがいるか? 当然効果は確認済みじゃ」


 アトラお爺さま素敵。そういうのを待ってたの。

 エリーに薬を飲ませてもらう。ちょっと、変な味だが薬を飲んだら直ぐに体が小さくなってきた。おぉー、凄い。効果てきめんだ。


「でも、アトラその薬ってあんたの脇毛でしょ」

「「えっ?」」

「ほっほ。ワシ樹人じゃからな体のありとあらゆる所が薬になるんじゃよ」


「おええええぇえぇぇぇぇぇぇ」


 クソジジイが何飲ますんじゃボケェ!!


 クソネコ娘は大爆笑し、エリーは俺と距離を取っていた。

 そして、嫌味のように小さくなっていく俺の体。

 数分もしない内に元の姿に戻っていた。全部、自業自得なために文句が言えない。

 叔父さんにも勧めようとチラ見したら全力で寝たフリしていた。

 意地でも飲まないらしい。くっ、この後オフだから無理に飲ませることも出来ない。


 この後もしばらく口の中が気持ち悪かったし、夕飯として出されたご馳走も喉を通らなかった。



 ・・・


「わりと似合ってるね」

「そっちこそ」


 準備して宿屋から外に出ると、先に外に居たエリーが軒下にいた。まだ、外は寒いとの事で先程俺を大爆笑していたナンナさん(クソネコ娘)が大爆笑のお詫びにと俺とエリーにコートを譲ってくれた。すごい不愉快だ。

 だが、このコートの性能は物凄い物でファイヤーマウスという燃えるネズミの革とシープモドキと言う羊の毛に似た糸を精製出来る植物で出来ているため非常に温かく、弓矢などの攻撃にも耐えられるほど防御力も高いこの街の特産品だった。

 風が凍てつくほど吹いている今でもちょっと運動したら汗をかきそうな位だ。


「暖かいね」

「うん。暖かい…」

「…何?」

「なんでも無い」

「…変なの」


 荒野の人っぽい荒々しい感じなのがとてもいい感じだ。そして意外にもエリーが荒野っぽい格好も似合うのがなんだかドキドキした。荒野に居るエルフってのも良いもんだ。って俺は何を言っているんだ?


 エリーと話をしながらこの街の大通りに出る。

 ナンナさんとアトラ爺さんのオススメがこの大通りだったのだ。


「あんまりお店は無いね…」


 エリーの言う事は強ちあながち間違いじゃない。

 天候があまり良くないせいも有るのだろうが、人通りもあまり無いせいか店を出している人は少なかった。

 それによく見ると隣国との国境付近の割には、街は栄えていない。防衛も弱そうだ。まぁ、獣人や植人、虫人と戦闘能力の高い種族で形成されている街なので自分達の戦いやすいフィールド戦闘区間になっているのかもしれないけど。

 ふとマイクさんが言っていた事を思い出す。ここはウリエル国の統治する場所だった筈だが、街の出入りにも街中にも国の兵士を見かけない。恐らく代官も居ないのかも…。

 隣国のガブリエル国はハト派の国だし、ウリエル国とも仲が良い。それに主要都市は海辺に面しているためこの様な山奥には興味が無いのだろう。そういう思いで街を見ればこれだけ寂れているのも納得だ。

 武器屋も稼働しているのは鍛冶場ばかりで新規の武器というのはあまり出回っていない様だ。


 放置された街か、…予想より酷いな。


 路上にはホームレスの様な人も見受けられるので経済が回っていないのだろう。

 大通りと言えどスラムのような雰囲気があった。俺たちを付けてくる気配を感じた。

 戦うことも出来るがそこまでの相手ではない事も分かっていたので俺とエリーが適当に店に入り追ってくるホームレスをかわすとそこは防具屋っぽい所だった。


「うっ…。かび臭ーい」


 入った防具屋は何年も客を取っていない事が伺えるほどにホコリや塵まみれで、並んでいる品物も残念ながらゴミ・・ばかりだった。

 エリーが鼻を抓みながら本当・・の事を言う気持ちは分かるがもう少し空気を読むって事を覚えたほうが良い。じゃないと要らぬ敵を作る。


「いらっしゃい。埃っぽくて悪いが品物は良品だよ。なにか良いのがあったかい?」


 ほらね。敵を作れば嫌味しか言われない。


「って、人族のガキとエルフのガキか? おいおい。奴隷とのデートならここじゃなくて宿屋だろ。商売の邪魔だから健全な場所に行け」


 ゴブリンの様な尖った鼻をした小人のオッサンは酒臭い息を吐きながら俺たちに卑猥な事を言ってきた。しかも、いきなりタバコを吹かしはじめた。子供の前でタバコ吸うなよ。


「これはホビット族ね」


 エリーは知っているようだ。ホビット族? ドワーフとは違うのか?


「ドワーフじゃないの?」

「あっ、イッセイ駄目だよ…」

「誰がドワーフだ!!」


 ホビット族のオッサンは俺の言葉にひどく反応した。そんなに怒ることか?


「俺たちはなぁ。あんな鉱物だけいじくってる根暗とは違うんだよ。もっと日の光が好きな種族だ。狩りと酒が大好きな種族だぞ!!」


 よく分からん主張をされた。ドワーフだって酒は好きだろ…?

 ますます違いが分からなくなったが、エリーがホビット族は狩猟などが得意で皮製の防具作りや酪農などが得意な種族らしい。


「何よ。凄く感じ悪いわね」


 そして、エリーが軽く不機嫌になっていた。

 元々こっちが悪い事が多いのに噛み付くのが早い。早いよエリー。


「しょうがないね。実際僕達は買いに来てる客じゃないし」

「冷やかしなら帰れよ」


 完全にへそを曲げてしまった様だ。これ以上居てもお互いの精神衛生上よく無さそう。さっさと出ていったほうが身のためだ。


「そうですね。エリー…」


 俺はエリーを連れて外に出ようとした所で背後から声が聞こえた。


「あんまり不遜な態度は良くないんじゃない? オラクル」

「彼等はマイクのお得意さんじゃぞ」


 振り返るとアリアさんとアトラ爺さんが立っており、オラクルと呼ばれた防具屋は2人を品定めするような目で見て吸っているタバコを吹かした。


 ん? どういう表情だ。


 一瞬、変な表情を見せたと思ったが、すぐにニヤけた目になって手をこね出した。


「そ、そうなのか! …へへへ。そういう事なら早く言ってくださいよお坊ちゃん。運がいいねうちはこの街きっての名店だよ。」


 先ほどとは打って変わった店主の態度、より胡散臭さが増したが態度は明らかに軟化した。名店という点についてはとりあえず流した。

 これがマイクさんの力なのかと驚愕する。あの人の存在は目に見えない所でも影響がある、あの人がその気になれば情報だろうが物資だろうが集めることが可能だろう。

 でも、それって価値がある店だったら嬉しいんだけど…。この店には全くと言っていいほど良いものがなくガラクタばかりなのでハッキリ言って追い出されたほうが嬉しかった。なのでここまで持ち上げて貰ったが丁重にお断りして帰ろう。


「いえ。大体見させていただきましたので…」

「ままま、待ってくれ。頼む。待ってくれ。マイクに切られたらうちは終わりだ。いえ。終わりなんです」


 俺に膝を付いて服にすがるオラクルさん。

 これは、もはや懇願だ。どストレートに表現してきた具合断りにくい。


「あー。エリーは何か欲しいものある?」

「うーん。どうかな?」


 エリーは中に物色しに行った。

 今のうちにアニマを確認したが、まぁこの店の品物なら問題なく支払えそう。 

 適当な物を買ってオサラバしよう。あっ、でも何か要らないものもついでに売っちゃうか。


 ふと、アイテム整理する事を思いついた。

 確か鞄の中がいっぱいになっていた気がする。


「すいません」

「はいはい。坊っちゃんなにかご利用で」


 相変わらず手をゴシゴシと擦りながら胡散臭い笑みを浮かべてくる人だ。

 ここまで来ると小馬鹿にされているとしか思えない。


「ここは素材の買い取りとかもやってくれるでしょうか?」

「モンスターの素材は原則ギルドで買い取りなんじゃが?」


 アトラお爺さんが教えてくれる。知ってます!! って言うかさっき叔父さんが売ってたでしょ。

 俺が売りたい物はモンスターの素材じゃない。道中拾ったり、採取したものだ。

 せっかくだからあれ・・を見せようか。


「あっいえ。モンスターの素材じゃないです」


 そう言ってオラクルさんに見せた物は、木の枝だ。

 一瞬、馬鹿にしてるのかって怒られるかと思ったが俺が手に持った枝をオラクルさん両手で受け取るとワナワナと震えていた。


 この人、一瞬で物の価値を見きったよ。実は凄い人だと思う。


「何じゃオラクル。酒でも切れたか?」


 アトラ爺さんが心配そうにオラクルさんを見ていた。

 そう、木の枝なんて見ても普通ならこの反応だと思う。

 ましてや、樹人のアトラ爺さんでさえ気づけ無いのだ、一度現物を見ているか余程見抜く力が無ければ無理だと思う。


「ば、馬鹿か老いぼれ爺。これの価値に気づけ無いのかよ!! それより坊主。これを何処で?」

「誰が老いぼれ爺じゃ。ワシはまだピチピチじゃぞ」

「アトラがピチピチかは置いといて、ただの木の枝でしょ?」


 疾風の青狼団の2人は気づけずにいた。


「馬鹿かお前らこれは世界樹の枝だ…」

「世界樹!?」

「の枝!?」


 疾風の青狼団の2人はオラクルさんの言葉に驚いていた。

 そして、オラクルさんが目つきを変えて俺を警戒してくる。どうやらコッチの方が本当のオラクルの様だ。


「世界樹に行った時に目の前に降ってきた物です」

「降ってきた…だと」


 オラクルさんが絶句して手元の世界樹の枝を見ている。

 まぁ、確かにあれは運が良かったと思うよ。

 そんなオラクルさんを見てナンナさんが聞いてきた。


「そんなに枝が降ってくるのは珍しいのかしら?」

「珍しいも何も世界樹の枝を手に入れるだけでも奇跡だが、目の前に降ってきたっていうのは世界樹の意志で坊主の前に落としたとしか考えられん」


 なんだか凄い事を言われた。


「それが本当ならこんな所にあるゴミなんてどうでもいい。コッチにおいで」


 ゴミって…売り物でしょ。


 オラクルさんはカウンターの脇にある裏へと続く通路を通り、仕切りに掛けられている『のれん』を潜ると店の奥に進んでいった。


「ほう。あの頑固な親父が一発で気に入るとは、なかなか大したものだ。折角呼ばたんじゃ。行ってくると良いぞ」

「凄いわね。私なんて未だに入ったことないのよ。私も付いて行こうかしら」

「止めておけ。武具のメンテを受けて貰えなくなるぞ」

「ゔっ。それは止めておくわ。でも、羨ましい」


 アトラ爺さんとナンナさんのやり取りでオラクルさんが名のある名工だと分かった。

 名のある冒険者が恐怖を感じるという事はそれだけ腕が良いと言うこと。

 そして、諦めきれないのかナンナさんが恨めしそうな顔でこっちを見ていた。


 いや。知らんがな。

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