44話 エルフの里

 

 ウッドマウンテンとは読んで字のごとく木々出できた山の事なのだが、実はここ。聖域の一種である。正式名称は【ミュルクウッド(通称『闇の森』】と言い自己意思を持ち、敵とみなした者を食い殺す攻略不可の森。

 この森は全体で一つのモンスターであり一歩この森に踏み入ればここはもうそいつの腹の中なのである。畏怖を込めて『ウッドマウンテン』と呼ばれたのが定着したのだ。


 それを語るには、世界大戦直後まで遡る必要がある。


 勇者によって魔王軍(外来種)を退けた人族は生き残った世界にて王のように振る舞うようになっており、魔王軍に追従した人意外の種族(獣人、虫人、樹人など)を亜人と称し権力を自分達より下に見るようになっていた。

 人族意外を奴隷化し、迫害や強姦は当たり前、理不尽に殺されたり生活環境は劣悪なスラムのみ許されるなど人権無視の生活を強いられていた。


 しかし、強欲にまみれた人族はそれだけに飽き足らず。

 魔王軍殲滅作戦に参加しなかったエルフ戦争不参加種族にも迫害や侵略をおこなったのだ。美男美女が揃うそろ(う)エルフは、歪んだ欲望に駆られた人間の狩りの対象とされる。

 巷に居たエルフ族は片っ端から拉致され愛玩として扱われ、虐殺の対象とされた。

 巷にエルフが居なくなると高価で取引されるエルフに対して特別な討伐隊が組まれるなど、いよいよ形振り構わ無くなった。


 エルフを求める人間がミュルクウッドに進行し、そこで全滅した。

 その時、総大将である傭兵が口にしたのが、


「森が山の様に襲いかかってきた」


 このセリフがウッドマウンテンの由来である。

 この事から世界樹やエルフの里を外敵から守ってきたのはほとんどこの森のおかげである。


 閑話休題



「基本的には真っ直ぐ進めば迷うことなくエルフの里にたどり着けます」


 そう説明してくれたのは兵士Aさんだ。兵士Bさんは馬を引いてくれている。

 俺と叔父さんは従者席に座って馬車に座っていた。何でも、エルフ意外の種族がここ・・を歩くと道に迷ってしまうかららしい。


 って、一緒に歩いていても駄目なのか…。


 確かにまっすぐと言いながら急に右に左に向きを変えている。

 ウッドマウンテンがいつの間にか回転床の様にクルクル回っているらしい…のだ。

 シンプルが故に惑わされる罠が仕掛けられている。


 こ、これは分からねぇ…。


 はっきり言っていつ回転しているのか全くわからない。

 因みに床や周りの木々に道標を置いても、ウッドマウンテンの自然やモンスター達が隠したり破壊してしまうらしい。何でモンスターが???


「ここにある。魔力障壁を通れば里になります」


 兵士Aさんが何か言っている。が、馬車を止めない…。とめ…


「…うぐっ。気持ち悪い」


 体中の魔力がウネッているようだ。胃の中の物が全部逆流しそうだ。

 馬車の微妙な揺れが胃にダイレクトアタックしてくる。

 叔父さんを見ると辛そうだが、酒を飲んで酔っ払う事でこの感覚を乗り切っていた。


 ぐっ、…う、うぷ。……大人はずるい。


 そうこうしている間に障壁を抜けたのだろう。急に強烈な吐き気は消えた。

 後は、残っている吐き気が消えればなんとかなりそうだ…。


 吐き気を催す体を馬車から出すと、そこには幻想的な風景広がっていた。


 薄い霧がかかったモヤの中、ヒカリゴケや植物が発行しており地面を淡く照らしている。ここは天井が常に世界樹の木に阻まれているので昼間でも暗いのだ。

 ただ、暗いというよりは、立ち込める霧や淡く光る虫や植物など幻想的な雰囲気だった。そして、真ん中にそびえ立っている世界樹の存在だ。圧倒的と言うか何と言うか「心を打たれる」っていうのはこういうのを言うのだろう。


 馬車がゴトゴト進んでいくと、世界樹がくり抜かれた場所に着いた。

 エルフは世界樹を王国の様にして暮らしているらしい。


「おぉー。」


 空を見上げると滝があり、そこから地面に向かって水が降り注いでいた。

 なるほど、この辺が霧で立ち込めているのはどうやらこの滝のお陰らしい。

 降り注ぐ水蒸気が霧のようになっていて、マイナスイオンがたくさん出ていた。

 それにこの環境によって植物や昆虫などが独自の進化を遂げている様だ。

 複数の色の光を発する虫が木々に止まっていて色とりどりに光っていた。

 凄い。いつまで見ていても全く飽きない。


「どう? エルフの里は」


 いつの間にかこの美しい風景に見とれていたようだ。


「凄く美しいです」

「…敬語、もう一回」


「凄く美しい」


 面倒臭い…。別に敬語でも良いじゃないか。


 折角風景を楽しんでいた気分が台無しだった。

 馬車が更に進むと里に入る前にチェックが入った。

 門兵のエルフが2人先に行く洞窟の道を守っていた。


「…今戻った」


 兵士Aさんが門兵さんに話しかける。

 どうやら2人は知り合いのようだ。


「お、おう。ご苦労だったな…。で、探していた【者】は見つかったのか?」

「あぁ。探していた【者】だ」


 門兵さんは叔父さんをチラリと覗く。


「へぇ…。で? 姫様達は?」


「皇太后様と姫様は馬車におられるよ…」

「姫様の事は……に報告する必要がある…」


「なるほど。では、そこの子供は?」


 俺をジッと見つめる門兵さん。

 俺も見返した後、笑顔を作って。


「僕はこの人の子供です」


 叔父さんの服を引っ張ってそう言うと叔父さんは何とも微妙な顔をしていた。

 演技なんだから合わせろよ…。


 納得したのかしないのか、微妙な反応を残して門兵さんは顔を反らした。


 俺に興味は無くなったらしい。

 姫様と皇后様が乗っていると言う事もあり馬車の中までは確認しなかったが…。兵士AさんとBさんに謝られながらも里に入っていく。


 里って世界樹の中にあるのか…。


 エルフの里はくり抜かれた世界樹の中にあったのだ、木の中を移動していると虫になった気分だった。



「もうここまで手が回っているのか……」


 叔父さんは里の中に入るなりボソッと口を開いた。


 先程の門兵さんの事を言っているのだろう。

 明らかに叔父さんと俺を見る目がおかしかった。

『怪しんでいてこちらを探っている。』と、言うよりは、『既に知っていて素性を見ている。』そんな視線に近かった。

 叔父さんの言うここまで手が回っているというのは、『既に俺達の情報は里中に知れ渡っている。』と言っている様なものだった。あそこのボスは有能だった様で、死ぬ前にキッチリと仕事は終わらせていたようだ。


 里中で襲われる心配はないとおもうが念の為だ。叔父さんの言葉に俺も警戒レベルを上げる。


 暫く進むと王宮らしき建物が木の至る所に出来上がっていた。どこぞの国の12宮殿の様な創りだ。

 見上げるが実際どこまで続いているのか分からなかった。


 王宮に着くと全員が馬車を降りる。

 まずは、エレンハイム皇后様とエリンシア姫様が護衛の兵士に連れられ移動した。


 2人が俺達の目から離れるのは不安だが、特別製のペンダントを渡してある。


 毒耐性と守備力アップ、危険時オート連絡システム。

 これらを実装した夢の簡易防具【見守る君マークX】だ。ちなみにマークXと言うが10種類もグレードは無い。単にカッコいい響きだからだ。


 で、それを渡してあるので何かあれば俺に分かるようにしてある。


「皆さんはコチラです」


 兵士Aさんが俺達を案内してくれる。

 何となく気づいていたが、別の場所に案内された。


 しかし、随分と人通りの多い所を通るなぁ。


 そう思ってしまうほど多くの人が俺達とすれ違った。


 一息付けたのは与えられた部屋に着いてからだ。

 いや。それでも外には複数の気配がある。


 正直、コイツ等エルフ達は暇なのか? と、疑っている。



「やれやれ。随分と騒がしい場所だな。さっきからやたらこっちをチラチラと見て来るぞ」


 俺の胸に収まっているヴィルが文句を言い始める。


「うん。この里に入ったタイミングからピンポイントで探りを入れてきてるね。主に叔父さんに」


 何をそんなに警戒しているのか分からない。

 最初は姫様達を狙う者の一味かと思ったが、今は考えが変わった。

 ここに来るまですれ違うエルフ全てが、叔父さんと俺を敵視・・していた。


「何れにせよ先ずは謁見だ…」


 叔父さんの一言で俺も気を引き締める。

 謁見出来るまでの時間出来ることはやっておいた。




 ・・・




「ガブリエル王国のレオ王よ。そなたが直々に来てくれるとは何と言えばよいのか」

「エリシード国王陛下。今は混乱を排除せねばなぬ時、我らが微力ながらも助力いたそう」


 そう声を掛け合ってがっしりと手を握り合っているのは、叔父さんとエリシード(エルフの国)の王様だ。

 玉座に鎮座する王の他にエレンハイム様とエレンシア姫様が俺と叔父さんを見下ろすように壇上に立っている。他の王族は居ないようだ。


 俺達と同じ高さのフロアーには数十人の人達が立っているが、それが兵士なのか貴族なのか分からない。

(全員同じ様な容姿と服装のため誰がサッパリ分からなかった。)


 そして、同じ様な表情で王様と叔父さんのやり取りに不思議な視線を送っていた。

 少し気になったが、それより叔父さんの話し方だ。

 普段聞き慣れない威厳のある話し方に妙な違和感を覚える。

 まるで一国の国王みたいな喋り方だ…。


 しかし、旅がメインだったとは言え王様と謁見する前にヒゲくらい剃ればいいのに、あれじゃヒグマだ。

 一方で対峙している一見30代にしか見えないナイスミドルのオジサマ。

 エリンシア姫様のお父さんな訳だがレオ叔父さんとは雲泥の差だな。


 ジロリ。


 おっと、叔父さんに伝わってしまったか。

 物凄い顔で睨まれてしまった。…ごほん。


 改めて、エリシード国王を見る。先程も言ったが30代の顔をしているが、この顔で満80歳を超えると言うのだから世の中はなんて不公平なんだとツッコみたくなる。世界樹の加護を受ける事によって寿命も変わるらしいが、平均は100~120歳位だそうだ。人族と比べると大体1.5倍位の寿命の様だ。

 王様はあの顔で80歳って事は後何年生きるんだ?


 といっても、全員が全員世界樹の加護を受けられる訳ではなく。

 試練を受けて認められたエルフだけらしい。


 正直加護って言われても眉唾だけどね。


 そう頭の中で話を飛躍させている間に挨拶も終わる。

 その頃合いを見計らってエレンハイム様が話し始める。


「改めて依頼したい内容をお伝えします。は、この世界樹に蔓延るはびこ(る)【勇者】の排除です」


 エレンハイム様の言葉に謁見の間に居る兵士だか貴族だか分からない皆さんが喜びの声を上げた。


「沈まれ!!」


 蜥蜴のような鋭い目つきのエルフが前に出てきて仕切り始めた。

 そのエルフはやらたと目を引く美形のエルフだった。より中性的な顔立ちで、より目を引く艷やかな髪は、存在自体がカリスマ性を放っていたし、透き通った声は命令であっても受け入れてしまいそうな妙な説得力を持っていた。


 高揚しざわついていた謁見の間は彼の声一つで一瞬にして静まり返った。


(何だ。あのオッサン…。)


 凄く嫌な予感がする。俺の過去の経験上こうギラギラしたこういう気配を持っている人は碌なことを考えていない。

 過去にやってきたゲームの経験からすると、重力を操るロボットに乗っていたり、17番目の使徒だったりと、どこか信用出来ない人が多かった。

 そんな俺の警戒も誰にも気づかれないまま、蜥蜴の様な目つきのエルフは話を続ける。


「心して聞くがいい人族よ。貴様らの崇める【勇者】とか言う害虫が我ら高貴なエルフ族の聖域である世界樹に寄生しておる。しかも、我らの立ち入りを禁ずると言う何とも愚かで下賤な人族の考えそうな事までしておる。貴様らは直ちに寄生虫を排除し、なるべく早くエルフの里より出立するのだ」


 蜥蜴エルフが口にした内容は、人族への恨みと尻拭いだった。

 俺はエリンシア姫を見たが姫も眉を下げて蜥蜴エルフ睨むだけだった。


 この超上から目線の蜥蜴エルフにゲンナリしてしまった俺とは違い。叔父さんは片膝をついたまま言葉をつなぐ。


「宰相殿。エルフ族の怒りはお察しします。敵は我が国民では無いですが同族がご無礼を働きました」


 まさかの謝罪であった。

 流石に俺や他多数のエルフ達、エレンハイム姫も叔父さんの対応には驚きを隠せなかった。


 更に叔父さんは言葉を続ける。


「愚かな【勇者】共を必ずひっ捕らえここに連れ帰りましょう。ですので、我々に世界樹への立ち入りを許可して頂きたい」


 叔父さんはここで頭を下げた。



「ふんっ。人間風情が。


 本来、世界樹に立ち入る事すら許されぬ事なのだ。…だが此度は致し方ない。

 下賤な民族どもに汚される事には目を瞑ろう。

 くれぐれも世界樹を傷つけるなよ。そして、貴様らと同族の虫けら共をキッチリと掃除しておいてくれ」


 吐き捨てられた言葉は明らかに排他的な話し方だった。

 しかも、言うだけ言って謁見の間を出ていった。


 俺と叔父さんはめちゃくちゃ驚いたが、周りは驚いた気配が無かった。

 俺と叔父さんはその光景に二度驚いた。


 エリシード王が締めに入る。


「では、人族の者達よ。勇者討伐までの間の里の滞在と世界樹への侵入を許そう。ただし、監視は付けさせてもらう。そなた達を連れてきたエリンシアが世界樹での道案内にもなる故に必ずや連れて歩くように」


 こうしてよく分からない謁見が終わり俺達は部屋に戻っていった。




 ・・・



「遅いじゃない!!」

「すいません…って、エレンシア姫様…。ここで何をやっていらっしゃるんですか?」


 叔父さんと2人好奇の目に晒され、やっとのこと部屋に戻ってみると、そこにはここの王国の姫様が居た。

 しかも、何と言うかこの部屋に住むの? っていうか、旅に出るの?


「何でって、私が里の中の案内役になったでしょ。母様から折角だから世界樹を開放するまで皆に付き従えって。って言うか敬語!! エレンシアじゃなくてエリーよ!!」


 姫は胸に手を当てて偉そうにしているが、何と言うか色々残念だ。


「はぁ…」


 思わずため息をついてしまった。


「な、何よ!!」


 いや…。扱いとか張った胸の絶壁具合とか…色々かな。

 …まぁ、護衛とかを考えれば近くに居たほうが何かと動きやすいか。


 叔父さんを見ると『好きにしろ』って言う感じで、直ぐに自分のベットの方へ行った。


「姫様…。いや、エリー。これからよろしく」


 俺はエリーと握手をした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る