38話 エリンシア=ウィンズロッド

「何よ。誤解ならさっさと教えてくれれば良かったじゃない。バカじゃないの? ていうかバカよね」


 俺に向かってずっと怒っているエルフの女の子。めちゃくちゃ美人な彼女は100人が見れば、100人振り返るだろう。そんな顔立ちをしており、たとえそれが悲しい顔だったり、怒った顔だったとしても称賛を送るだろう。


 だが、この姫……何ていうかこう『口が悪い』。


 そして、どういうつもりか知らないが今は俺がその標的となっていて、事ある毎にずっと罵声を浴びせられている。


「だから先程も説明したと思うけど、僕達は保護した側だって」


 説明どころか、連れて帰れって武装解除して言っていたにも関わらず信用しなかったのは何処のどいつ等だ?


 心の底というか、言葉が喉からでかかっている。そんな態度が表に出ているのか目の前のクチの悪いエルフ姫の顔色が曇ってきた。


 はん、態度が悪いと思ったかもしれないが知ったこっちゃ無い。

 俺が鼻息を鳴らしながら勝ち誇った顔をしていると…。


「…いや。イッセイ全部声に出してるぞ」


 叔父さんがこっそり教えてくれた。


 NOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!


 俺のお口は黙っていられない・・・・・らしい。

 あまりの恥ずかしさに悶絶してしまう。


「はぁまぁ、ご‥いもふぉ…ふぇらん…らし。ののー。ののー。 うぅっ…え******(自主規制)」

(訳:まぁまぁ、私も無事だったし。いいの。いいの。)


 何しに出てきたのか知らないが、すっかり呂律も回らない位に出来上がっているのはこのクチの悪い娘の母親でエレンハイム様だ。

 俺が彼女と戦っている口論の最中、叔父さんと飲んでいたのだ。今や立派に出来上がりほぼ泥酔状態である。


「ほら。見てみなさい野蛮な考えをしている野蛮人。人と争う事しか考えてないんでしょ」

「ぐっ…」


 こいつ、さっきからずっと偉そうに…


「そういうそっちだって、問答無用で襲ってきておいて、都合が悪くなるとこっちの責任か?」

「はぁ!? 目の前に落とそうとしてましたー。こっちが発した合図・・にいちいち反応して、攻撃してきたのはそっちでしょ」

「はぁ? 何が合図だよ。大声で叫びながらこっちを狙ってきたくせに合図? それに魔法だって使って来たよな? あんたの合図って何かを生贄にする事なのか?」

「ぐっ、貴方何なのよ。さっきっからチョットしつこいわよ」

「どっちがだよ!」


 と、こんな感じだ。


「コイツら何でこんなに仲が良いんだ?」


 叔父さんが兵士さん達から酒を注いで貰いながらこちらに声を掛けてきた。


「「仲良くありません!!」」

「お、おぅ…」


 叔父さんが変な事言いだしたので、否定したらクチの悪い姫(口悪姫)が俺の話しに被せて来やがった。コイツ本当に腹立たしい。


「「真似すんな」」

「「ふん」」


 俺と口悪姫はそれぞれ反対方向を向く。

 エレンハイム様が妙に嬉しそうな顔をして笑っており、叔父さんも苦笑いしていた。


 俺のそばにやってきた兵士さん達が飲み物を差し出してくれたので受け取る。

 その際、兵士さん達が教えてくれた。


「イッセイ様。申し訳ありません。姫はプライドが高くてなかなか素直になれないんです」

「ほんと。ほんと。本当はイッセイ様のような絵に書いたような勇者様に憧れているんですよ。恥ずかしくって素直になれないだけです。俗に言うツンデレってやつでしょうか?」


 兵士さん達は、笑いながらその様な事を言った。

 正直、俺はどうリアクションを取ればいいのか分からなかったが、火に油を注いだ事だけは理解できた。


「あんた等〜!」


 烈火のごとく怒り狂った口悪姫は兵士さん達にその矛を向けるが、兵士さん達には日常茶飯事だったようで…。


「おっと。そうだ、見回りに行かないと。敵が居るかもしれない」

「おぉ。すっかり忘れていた。これは、モンスターがいるかもしれないな」


 等とあからさまに怪しいリアクションを取って、スタコラサッサと逃げていった。

 一人残された姫さんは杖を抱きながら顔を真っ赤にして立っていた。

 どうやらこの世界の王族はあまり部下に恵まれていないらしい。多少は同情してしまう。


「ツンデレ姫様。どんまい」

「うるさい、殺すわよ。今の話、忘れなさい。全部忘れなさい。でないと、貴方を殺して私も死ぬわ」


 俺の首の襟を掴むとブンブン振ってきた。

 首がカクカクなるが彼女の受けた羞恥心に比べれば大したことはないので受け入れておく。

 それよりも凄い必死な顔を見たら何だかどうでも良くなってきた。


「はい。忘れました。忘れましたよ……」

「本当。本当ね…はっ、い、いいい、今のも無しよ!」

「はいはい」


 体から出ている光が赤く光っていた。まるで夜に光る工事看板の誘導灯の様だったが、そんな事を言っても誰も理解出来ないだろう。

 ホタルみたいなモンスターがいたらこんな感じなのかも…


 叔父さんに終わった事をアピールしようと見てみた。


 oh…


 なんちゅうかエレンハイム様が叔父さんに乗っかっていた。

 と、言っても別に18禁的な感じではない。酒に潰れて叔父さんの膝の上に寝そべっているって感じだ。

 そう、例えるなら縁の下で日向ぼっこしているお祖父ちゃんの膝の上にいる白い猫って感じだ。

 動けない叔父さんが困った顔をしていたが、視線をソっと外した。


 引き続き姫さんを見るとまだゼーゼー言いながら肩で息をしている。さっきより収まったのか光は赤く発光はしていなかった。


「落ち着きました?」

「!? ま、まあぁね」


 若干噛み気味だったが特に気にするほどでは無さそうだ。


「それはよかったですね。飲み物を置いておきますので落ち着いたらどうぞ」


 予め用意しておいた水筒を姫さんの側に置いた。

 姫さんは、それを直ぐに拾うとゴクゴク喉を鳴らして飲み干した。

 本来なら果物から絞った果汁ジュースが良いんだろうが、これはアクアに川の水を祝福してもらった特製の水だ。下手な飲み物よりこれを飲んだ方が美味い。

(不味いなんて言ったらチョップをお見舞いしてやる。)


「…美味しい」

「でしょ」


 俺は笑顔で姫さんを見た。

 目をキラキラさせて水筒を見つめる姫さん。

 こうやって見るとやっぱり美人さんである事は間違いない。


「何、ジッと見てるのよ。変態、貴方私を犯す気でしょ。ちょっとでも近寄ったら、その粗チ○切り取るわ」


 ちょっとでも関係改善を試みようとした俺は馬鹿だと思った。

 コイツはこのまま口悪姫のままで行こう。そうしよう。


 言いたいことを言って俺を固まらせた口悪姫は、水筒を飲み干すと「これ、精霊が祝福したい飲み物でしょ。もっと出しなさいよ。気が利かないわね」と言ってきたので、アクアに祝福されていない・・・・・・普通の水を出した。


「何だか味が落ちたわね…」


 口悪姫がぼやいていた。

 だろうな、これはただの水だ。


 正確には、出さなかったではなく、出せなかった。

 俺にボロクソ言ってくれたおかげでアクアが怒ってしまったのだ。なので、もう口悪姫には祝福された水は出ないだろう…。


 取り敢えず気持ちも落ち着いたのだろう。

 顔の紅みも取れていた。そして、そのままこちらに対して質問をしてきた。


「…結局の所あんた達何者?」


 …やっと、スタートラインに立てた気がする。



 ・・・


 本来、名を名乗るのは自分からって言われているが、相手は王族だ。上からのなのは当たり前だし、そこを気にしたら前に進まないのでスルーする。


「僕の名前はイッセイ=ル=シェルバルト。ガブリエル国の貴族です。あそこで姫の母上…国王妃の面倒を見ているのが、ガブリエル国の王レオナルド様です」

「ふーん」


 ふーんって、それだけ?

 あれ? 何か手順を間違えたかな…。普通ならここで自分の紹介とかが来る筈だけど。


 俺の中の一般常識を整理していたせいで気付かなかったが、口悪姫がいつの間にか俺のそばまで近寄ってきていた。


「聞きたいのは、私とほぼ変わらな歳なのにさっき大精霊を呼んだでしょ? それで、この様な素晴らしい聖水を作ったのよね。しかも、そこに浮いているのは恐らく聖剣よね? おかしいでしょ?」

「おわっ!?」


 グイグイ来る口悪姫から逃げる様に後退る。しかし、口悪姫は逃げる俺を追いかけてくる。


「…何で逃げるのよ」


 何で逃げるかって? 

 …そりゃ、顔が近いんだもん。


 初めは後ろに体を逃がすだけで対処出来ていたが、次第にブリッジしそうな位にまで体を反っていた。

 そして、今では姫さんは鼻がぶつかりそうになるくらい近づいてくるんだもん。この人俺にチュウするつもりか…よ。ぐぎぎ。


「…お、お姫…さん。顔……が近…い」

「!!? キャー、エッチ、スケベ、粗○ン。女の敵!!」


 -バキッ。

 「グエェ……」


 殴られる俺。なんでぇ〜?

 殴られた反動で地面に転がった。

 右頬がジンジン痛む、何とか体を捻って四つん這いになると、ポタポタ血がたれた。どうやら口を切った様だ。

 自分で言うのも何だが、俺。凄く可愛そう。


 で、犯人の口悪姫様は顔がまた、体から出てる光が赤く光っている訳なのだが、それを言ったら俺は殺される自信がある。


「けけけっ、うつけ者」


 ヴィルが笑っていた。

 捕まえようと思ったが、ヤロウ既に上空に逃げていやがった。


「おい。降りてこい…」

「誰が降りるか、それより後ろ見てみろ」


 ヴィルに言われて後ろを見ると、何か思いつめた顔をしている口悪姫が立っていた。


「アンタのこと殴ったの別にアンタが嫌だったからじゃないんだからね。アンタが顔が近いとか言うから…。ちょっと驚いただけなんだからね」

「…」


 え、いきなりツンデレ? 何で?

 いきなり殴っておいて嫌いじゃないとか、ちょっと怖いんですけど。


「あ、あの2人に悪いことしたらこうやれば大抵のことは許して貰えるって言われたのよ!!」


 あの2人は何を教えているんだ…。


 酷い頭痛がしてきた。


 で、顔を真赤にした口悪姫さん。

 腰に手を当て指を指してきた。


「で、貴方は何者なの?」


 距離をしっかりと取った俺は、情報整理をすることにする。

 さっき名乗ったと思うけどなぁ…。


「先程も名乗ったと思いますが、私の名前はイッセイ=ル=シェルバルト。辺境伯の父を持つ単なる5歳児ですが?」

「そういう事じゃなくて、精霊の話よ」

「あぁ...。そっちか、アクア出ておいで」


 俺が名前を呼ぶと現れたのは、若干不貞腐れ気味な顔をしていたアクアと宥める様に出てきたセティだった。


「あれ? セティも出てきたの?」


 俺が聞くと困った顔をしたセティが口を開く。


「そうなんだょ…。だってアクア一人だと危ないんだもん」


 セティのセリフを聞いてアクアを見ると、問題のアクアは姫さん相手に殺伐とした雰囲気を醸し出していた。なるほど。これは殺っちゃう系だ。


 セティの説明だと俺が罵倒されていた為、この様な感じになっているとの事。

 いや、ありがたいんだけど流石に失礼だろ…。


 無駄に殺気を当てられていると言う姫さんを見ると、随分と凄い顔をしていた。

 何というか、悦にる様な、甘い物を食べた様な、危険なクスリを打った様な今にも溶けそうな顔をしていた。


 はっきり言うと気持ちの悪い顔だ。


 アクアがその顔を見て更に殺気を強めていたが、対する姫さんの顔は破顔したままだった。


 う、うーん。もしかして実は罵声とか浴びるのが好きな人…なんだろうか? 確かに攻めて来る人って言うのは、内面的に責められるのが好きって言ってるのと同義語らしいからなぁ。


 等と今後の付き合い方について自分の中で討論していたら。

 因みに動きが固まっている姫さんに対してアクアは詰め寄り、セティはアクアを止めようとしている。


 少々よく分からない時間が流れた。が、


「も、もしかして、だだ、大精霊のウンディーネ種様とシルフ種様ですか?」

「「「!!?」」」


 突然大声を上げた姫さん。

 ビックリした…。アクアとセティも同じ気持ちなのだろうその場で固まっていて…、今、姫さんに捕まった。


「ひゃ!」

「ぐへっ!?」


 両手で掴んだ精霊たちを自分の顔付近まで持っていくと頬ずりを始めた。


「や、やめっ…」

「助けて…」

「ぐへへ…」


 姫さんはどっからどう見ても変態だった。

 ずっと頬ずりを続けており口からはよだれを垂らしていた。

 …そして、美人はどんな顔をしてても美人なんだと初めて知った。



 ・・・



「ありがとう。大精霊様と話が出来て嬉しかったわ」


 と、妙に艶々した顔で姫さんは答えてきた。

 幾分精神も安定している様で言葉遣いも殺伐としていた感じが消えている。

 あまりの変化に俺は自分の顔が引きつっているのを感じた。


 え? アクアとセティ? あぁ…。彼女たちなら地面にうつ伏せになって倒れてますよ。この人に色々吸われたみたいでスルメみたいになってます。


 取り敢えずこの眼の前の人を何とかしなければ…。


「えぇーっと、で、僕たちの誤解は解けたのでしょうか…?」


 --ピカー。

 うぉ…。まぶしっ!?


 慈愛に満ちた姫さんから放たれる光が俺の目をくらます。


「えぇ。彼女に、大精霊セティに色々教わりましたから…」


 下(地面)で干からびているセティを見た。

 彼女、いつの間にそんな話を…。


 セティを見ていたら姫さんはいつの間にか俺の手を取っていた。

 咄嗟に手を引っ込めそうになったのだが、この女意外に力が強い。


 この、離せよ!! って、痛い痛い。すいません。すいません。離してください。何でもしますから…。


「…イッセイ殿、いえ、イッセイ様。我等に力をお貸しください」

「あの…。何のお話ですか?」


 話が見えてこないんですけど?

 何の説明も無しに姫さんは潤んだ目を上目使いにこちらを見てくる。

 さっきまでのキャラのイメージが強いから、今のイメージが何ていうか胡散臭く感じる。(手も万力で握られているみたいに痛いしね)


 ここまでされるとこの世界ではどうなのか知らないけど、少なくても俺は引いた。いや、全力で引いてる。


「あのー。お姫さん?」

「申し訳ありません。まだ名乗っておりませんでした。私はエリシードの14番目の子。エリンシア=ウィンズロッド。森の守護者の一族の者です」


 ダメだ、コイツ。全然、話を聞いてない…。

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