39話 ミートキメラ
「今までの無礼はお詫びいたします。お願いします。どうか、どうか我が里をお助けてください」
いきなり自己紹介を始めた口悪姫さん、もといエリンシア姫。ただ、人の話を聞かないお転婆姫かと思ったがどうも理由があったらしい。俺の目の前に立ち深々と頭を下げてきた。
その内容というのが『里を助けて欲しい』という事だったが、急に言われても何のことやらサッパリだ。
「いや。でも…いきなり里を助けてくれと言われましても…。お話が全く見えないのですが?」
セティが何を言ったのか知らないが姫様がキャラを変えてまで依頼してくるのは凄く怪しい。
「お願いします。お願いします…」
何度も何度も頭を下げてくる。
今までのキャラは何だったのだろうか?
俺は対処が追いつかなかった。
「と、とりあえず落ち着いて。一度、話を聞かせて下さい。最終決定は叔父さんの判断に委ねられます。話をするのはそれからです」
「…はい。そうですね」
シュンと耳を垂れ下げたエリンシア姫様。
何と言うか…。美少女の弱った姿ってのは破壊力が凄い。これが、漫画やアニメならフラグが建っているといっても過言ではない。
…取り敢えず叔父さん近くまで連れて行くことにしよう。
叔父さんの近くに行くと、火の番をする叔父さんとその叔父さんの膝の上でぐっすり眠っているエレンハイムさんがいた。
俺が見ていると視線に気付いた叔父さんはこちらを向いて両手を挙げた。
何がどうなっているんだ…。
俺はますます混乱した。
・・・
「取り敢えず先程の件、叔父さんにも話して頂けますか?」
エリンシア姫様を座らせ、飲み物を入れたコップを渡す。すると、エリンシア姫はゆっくりと飲み物を飲み始め、叔父さんに話を始めた。
俺はその場を叔父さんに任せ、干からびているセティとアクアを起こしにいく。
干からびて倒れている2人を抱き上げ魔力を注入すると回復してきたのか、「おおぉ…」と呻くような声を上げていた。って、ゾンビかよ…。
暫くしてすっかり回復したセティとアクアは、今は俺の近くで体の動きを確認していた。
2人とも話す事が出来る様になってきたので?姫さんがああなった経緯を聞いてみた。
「で、エリンシア姫様に何を吹き込んだのですか?」
「僕はイッセイが【勇者】だって教えてあげただけだよ」
セティはストレッチをしながら俺の質問に答える。
これは、人間族の子供なら【洗礼の儀】を行った時点で加護を受けるので特に言われても問題ない。何なら教会で確認すれば教えてくれるしね。
「セティは甘いのです!」
アクアが興奮気味に答える。
視線を向けるとアクアがセティを指さしていた。
この自信とてつもなく嫌な予感がする…。
「…アクアは何を言ったの?」
セティに聞いたが、セティは目を反らした。
この反応を見て、背中に冷たい汗が流れる。
俺の質問をセティから受け取ったアクアは腰に手を当てて自慢げに話しだした。
「セティが説明を忘れていたので、私が伝えました。イッセイ様がかつて存在した伝説の勇者様の称号を手にした偉大な勇者だと」
俺は額に手を乗せると天を仰いだ。
・・・
ついでに火の元となる木を集めて叔父さんの元に戻ると、叔父さんと姫さんは話し込んでいた。
現在の状況から察するに姫さんの言い分は聞き終わり叔父さんが状況を確認しながら補完しているのだろう。
空を見るとオレンジ色に染まっている空の端からは薄い紫色に染まりつつあった。
どうやら今日はここで
叔父さんが俺に気づき手招きする。
叔父さんの近くに腰を下ろし、集めた荷物を下ろす。
拾った木や枝を燃しやすい様に折りながら話を聞いていると、おりを見て叔父さんが口を開いた。
「さて、話はあらかた理解出来ましたがあなた方はどの様な願いをお望みなのでしょうか?」
焚き火の火の色が叔父さんの顔を照らす。
下からの明かりのせいか叔父さんの表情が少し険しく見えるが、対峙するエリンシア姫は怯む様子が一切無かった。
「イッセイ様に我が国を救っていただきたいのです」
先程聞いたセリフと同じだが、深みが違う。
冷静さを取り戻した姫の言葉には独特の緊張感があり一種の覚悟のように聞こえた。
叔父さんは、『続けて』っとジェスチャーで促す。
「我が国は森の奥深くに位置し、世界樹と呼ばれる神木によって護られております。その加護は自然を豊かにしモンスターの発生も抑制するとても神秘的な力を持っています」
世界樹は昔、本で読んだ記憶がある。
エルフ族が信仰し、世話をする事によって世界樹は生き続け。世界樹が生き続けている限りこの世の全ての生き物に加護を与え続ける。と言われている。
そして、世界樹にはもう一つ言い伝えがあり。
世界が何度破滅に追い込まれようと世界樹さえあれば蘇ることが出来る。っと、言われている。
最後の一言はアリシャが教えてくれた事だ。
いつか一緒に世界樹を見に行こう。と、約束したことを思い出した。
数ヶ月しか経っていないが、アリシャ、元気かな…。
俺は少しセンチな気持ちになってしまった。
再度場を見直すと姫さんの表情は険しい。
何故なら、叔父さんがイマイチ乗り気でない反応を返していたからだった。
「と、言っても俺等には不可侵条約があるしなぁ…」
叔父さんは耳をほじり、フッと吹いていた。
あっ、これ。バックレるき満々だ。
俺じゃなくても悟るだろうが、少なくても人の話の聞く態度では無かった。
そんな叔父さんの態度に姫さんはプルプル震えながら叔父さんに食い入る。
「で、ですが、世界樹に
熱く語る姫さん。熱意は伝わったと思うけど…
チラリと叔父さんを見ると空を見て何かを考えているようだったが、口を開いた。
「…それだけですか?」
「えぇ。それだけです」
言いたい事を言い切った姫さん。
私、やりきったわ感がすごい伝わってきたが、叔父さんの返答はなぁ…
「エリンシア姫。その申し出では無理だ。ワシもそうだが、イッセイも動かせんよ」
「なっ、なんでよ? こんなにお願いしているのに! 世界の危機なのよ」
姫さんは明らかに狼狽えていた。
叔父さんの回答が想像と違ったのだろう。まぁ、あの顔を見れば『yes』以外はみんな同じ顔をしていただろうけど。
叔父さんが断った理由は、非常に簡単な理由だ。
『
ただそれだけだ。
姫さんの言うとおり未曾有の危機だったとして、何故噂すら王国に流れてこない?
膨大な数の商人が取引を行っている商人から情報が出ないのは何故?
それは、エルフ族の中で情報統制を行っているからだろう。
仮に同盟国間であれば何かしらの援助もあるだろうが、相手は国交を断絶している国だ。
そんな相手に、情報すら表に出していないのに国家間での協力なんてありえないのだ。
逆に手助けに動いている情報が他国にバレたりすれば、変に勘ぐる国も出てくるのだ。
そうなれば、無駄な軋轢が生まれ余計に動きづらくなる。
「まずは、正式に諸国に救助の依頼を出すことだ。それには王国のギルドを使えばいいだろう」
「なっ!?」
姫さんは、我慢しているのだろう。
体がプルプル震えている。
俺はフッとある事を思い出したので、聞いてみる事にする。
「何を隠しているんですか?」
「……」
姫さんは無言でこちらを睨んできた。
どうやら、腹の底に触れれたみたいだ。
さっき思い出したのは、アリシャに言われた言葉だった。
『「イッセイ様。エルフ族は自分達の存在が世界一と本気で口にしてくる種族です。頭を下げるとか、人に願いをするだとかそういう事が基本的にできない種族です。何か面倒ごとを頼む時しか他人に頼りません。ご注意ください」』
まるで隣でアリシャが喋っていたかのように思い出した。
「何か隠しているのか?」
「な、何を…」
叔父さんの指摘でしどろもどろになった姫さん。
明らかに動揺している。
「ふむ。では明日我が王国のギルドへお届けしよ…「そこまでです」」
「ちっ」
おい。今
姫さんとの話はほぼ9割勝負が決まっていた所で「まった」がかかり、口悪姫は悔しそうな顔を見せた。とはいえそれが誰かといえばエレンハイムさんしか居ないんだけれどね。
たぬき寝入りだったのも薄々は気づいたし…、それに索敵に行った筈の兵士さん達が後ろの木々に隠れて俺達を狙っているのもバレバレだ。
その辺は叔父さんも一緒だったらしく、
「代わりに説明していただけますかな? 王妃殿」
「そうですね説明させていただきますよ」
・・・
「我が娘。エリンシアが言ったのは本当の話です。我が国に敵がはびこっており、我が国の…いえ我が民の神命とも言える【世界樹】のお世話が出来なくなりました。どうか、その敵を排除していただきたい」
頭を下げてくるエレンハイムさん。そのお辞儀姿は優雅で気品のあふれるもので、嘘のかけらも感じないようなものだった。
俺は一瞬気圧され反応に遅れたが、叔父さんは口を開いた。
「何故、この様に回りくどい事をされるのですかな? 先程も申したとおりギルドを通せば正式に依頼として然るべき人間を手配してくれるはずだが?」
叔父さんは言葉の他に威圧もぶつけていたが、エレンハイムさんはどこ吹く風だった。何だこのハイレベルな戦いは? 気づくと口悪姫さんが俺の服を掴んでいた。
見ると2人のやり取りを食い入るように見ていた。
「何も隠してなどおりませんよ。私は
「…なるほど、そういう事ですか」
身分をオープンにしたにも関わらずこちらを冒険者と呼ぶとはなかなか無理がありそうだ。が…、
「…まぁ、良いでしょう。そういう事ならお話を聞きましょうか」
「ご納得いただけて助かりますよ」
叔父さんは受けちゃったよ…。
驚いた俺は叔父さんの裾を引っ張り訳を聞く。
(どういうつもりなんですか?)
(まぁ、ここは任せろ。理由は後で教えてやる)
叔父さんに言いくるめられた俺は面白くない気分になったが、そんな気も直ぐに晴れた。
「では、先に報酬の面でこちらの条件を伝えても宜しいか?」
「もちろん。対応できる事なら何なりと」
叔父さんとエレンハイムさん終始ニコニコしていたが、存在感は半端ない。
2人を黒い靄が包んでいた。はっきり言って黒い。
「今回の件、遂行に当たって世界樹で手に入ったものはワシ等に全て提供してもらいたい」
「!!」
「「!!?」」
「な、生意気な事を!! お母様、それは国の決まりに違反するのでは!?」
「お黙りなさい!」
何? 何が起こった? 叔父さんが提示した内容にエルフ族の皆さんが殺気立ったぞ。それに叔父さんとエレンハイムさんの会話に隣りにいた口悪姫さんが会話に加わっていった。叔父さん。それほど相手の嫌な所を的確に付いて行ったの?
「いいでしょう。世界樹もそれを望むことだろうしね。ただし、目の前で落ちた物のみです。こちらから世界樹の何かを取ったり壊したりするのは許しません」
「くっ。あなた達に世界樹の素材なんて勿体無いけど、お母様が良いと言うなら仕方ないわ。ありがたく頂戴すればいいわ」
「あぁ。それで構わん」
どうやら色々折りが付いた様だが…
「いまいちピンと来ないのですが、そんなに良いものなのですか?」
「なっ!! あなた世界……ムガッ」
「その辺は保証するよ。なにせ人間界に出回らないモノ。金銀で表現するなら一生働かずに暮らせるものだと思うよ」
エレンハイムさんは口悪姫さんを抑えながら物の価値を教えてくれた。のは良いんだけど、そろそろ離してあげたら? 顔色が青を通り越して紫色になってきてますけど。
「話せる程度で良いので、現状の状況を聞かせてもらえんか?」
「わかったわ。少々長くなるから皆で火の所へ行こうか」
俺たちは暖の周りに腰を降ろした。
・・・
「…と言うことだね」
焚き火の日を囲んでエレンハイムさん王都に来るまでの世界樹で起こった事を話してくれた。
ある日突然、世界樹にとある人が現れたそうだ。
当時のお世話担当の者が初エンカウントしたらしく、その人間はモンスターを使役していたらしく討伐に出た里の兵士さん達も苦戦を強いられた様だ。
成すすべも無く世界樹の世話も出来なくなってしまったエルフ族は全国に向かって協力者を探す旅に出たらしい。
エレンハイム様と口悪姫さんがガブリエル国に来たのは偶然だったらしい。
「何故、ギルドに相談しなかったんですか?」
俺が質問すると答えは直ぐに返ってきた。
「世界樹に現れたのが【勇者】だったからギルドには言えなかったのよ」
答えてきたのは口悪姫さんだ。
なるほど、エルフ属の皆さんはギルドを信用していないって事か…。
いや、寧ろ勇者を派遣したのがギルドからの指示だったと考えているんだろう。
だから、野良の冒険者を探していたんだろう。
でも…、なんで、
「なんでエレンハイム様は学園の入学式の場所に居たんだ???)
「あー。母様は方向オンチだからね…」
あぁーー、あー。何となく理解した。
「うわぁ。取り逃がしたぞー」
「逃げろ!!」
この辺で護衛してくれていた筈の兵士さん達の声が聞こえてきた。
「王妃様! 姫様! お逃げください。モンスターがそちらに逃げました!!」
危険を知らせる叫び声が聞こえる。
「ブモオオオオオオオオオ」
「プギイイイイイイイイイ」
牛のような鳴き声と豚のような鳴き声が2つミックスされてステレオで聞こえてきた。
俺は立ち上がり魔力の波を発生させると頭の中にモンスターのイメージが浮かんでくる。
頭に浮かんだのは、牛と豚の双頭を持つモンスター。
間違いない。ミートキメラだ!!
俺はテンションMAXになった。
ミートキメラ。
牛と豚の頭を持つ草食系モンスターで割と大人しく臆病な奴だ。
人が近づけば直ぐに逃げるのだが、その場の草や木といった植物を食べ尽くすまで動かないため害獣である。ま、弱いので討伐対象とされるほどではない。
一見すると大した奴じゃなさそうだが、コイツは肉が旨い。凄い旨い。美味いったら美味である。
イメージとしては牛と豚の合い挽きの肉構成をしていると思ってくれればいい。ステーキにしても良し。薄くして焼き肉にしても良し。なんと生で食べても良いと何でもござれだ。おぉっと、モチロンひき肉にして焼いても美味い。
「あのさ。君気持ち悪いよ」
チョット悦に浸った顔をしていたのがバレてしまたのかもしれない。
口悪姫は俺の顔を見て気味悪そうな顔をしていた。
「ブモオオオオオオオオオ」
「プギイイイイイイイイイ」
おぉ!? だいぶ近づいてきたな。
茂みから”ガサガサ”と、音が聞こえてきた。
「ブモオオオオオオオオオ!!!」
「プギイイイイイイイイイ!!!」
背中に数本の矢が刺さった牛と豚の顔を持つモンスターが勢いよく茂みを飛び出してきた。
「ぷぷぷ、プラントデビル!!」
あれ? 国によって呼び名が違うのか? 叔父さんはミートキメラって言ってたぞ?
エリンシア姫さんが真っ青の顔をしてミートキメラに指を指して大声で叫んでいた。
ラッキー! こいつは、かなりの大物みたいだ。
4m級の大きさがあり。体にも油も乗っていて食べ頃のようだ。
しかし、コイツ何でこんなに興奮しているんだ?
「ブモオオオオオオオオオ!!!」
「プギイイイイイイイイイ!!!」
ミートキメラは、白い目で涎を垂らし妙に興奮していた。
「ガハハ。何やら面白いモノと戦っておるな!」
目の前には、腕を組んでフロントバイセップを決めているバッカスが居た。
オメーのせいかよ!!
バッカスを見て、ミートキメラは前足で地面を掻いていた。
ミートキメラは首を振りヨダレを撒き散らしながらプロメテに向かって突進していく。
「ガハハ。ワシと突撃で勝負か?」
サイド・トライセップスでミートキメラと向かい合っている。
「ブモオオオオオオオオオ!!!」
「プギイイイイイイイイイ!!!」
ミートキメラは頭をもげるほど高らかと上に上げ嘶くとバッカスに向かって突進していった。
--ドシン!!
ミートキメラはバッカスの体に埋もれていく。
--ジュワーッ。
「ブモォォォ…」
「プギィィィ…」
バッカスの体をすり抜ける際、こんがりと焼かれ香ばしい香りが立っていてバッカスは余裕の笑みを浮かべていた。
--ドシン!
”ブスブス”と煙を上げてその場に倒れるとミートキメラ。
すでに絶命していた。
「おっ。プロメテ。(手加減の)腕を上げたな」
「がはは。当たり前だ。何度もそうやすやすと焦がすものか」
嘘付け。
興奮すると消し炭にして骨も残さないくせに。
笑顔の下の真実を飲み込む。何はともあれ結果を出したプロメテは偉い。
プロメテとハイタッチしていると変な視線に気づく。
エレンハイムさんとエリンシア姫がポカーンとした顔をしてこっちを見ていた。
「せ、精霊って戦うの?」
エリンシア姫がボソリと呟く。
え? 戦わないの? うちは昔からこのスタイルだけど。
この後、戻ってきた兵士さん達も倒した獲物の凄さにビックリしていた。
さぁ、この後(肉)パーリィだ!!
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