37話 森の守護者の一族


「あぁ…。挨拶が遅れたな、私の名前はエレンハイム=ウィンズロッド。ここから北に行った【森の守護者の一族】の者だ。貴公は私を知っている様だが、この国の貴族の方かな?」


 先程まで黙っていたエルフの女の子は、叔父さんの一言で魔法が解けたように饒舌に話しを始めた。

 声は透き通った声をしており、心に響く、耳を傾けてしまう声をしていた。


「エレンハイム国王妃。ワシはレオナルド=ララ=ガブリエール。この国の王をしているものだ。過去にエリシード=ウィンズロッド王とは共に戦った事がある戦友だ」


 何と言うか叔父さんの真面目な貴族礼を初めて見た気がする。って思ってしまう程、紳士的な対応を取っていた。


「森の守護者の一族?」


 俺は聞き覚えの無い言葉に頭を捻っていると、


「…エルフの一族の別名だ」


 森の守護者の一族。

 この世界(【ユグドラシル】と言うらしい)には世界樹という木が立っており、世界樹を中心に地上に7王国、地下に7王国が存在しているらしい。

 で、森の守護者の一族は世界樹の世話を許された唯一の一族であるらしい。彼らは500年前の大戦以前より完全中立を保つことにより世界とは壁を隔てた存在だった。

 人間族は森の守護者の一族に深い借りを持っているらしく、決して関わりを持ってはいけない。と言う盟約があるらしい。


 という事を叔父さんは教えてくれた。


「何故王族の貴女がこの様な事になっているのだ…」


 叔父さんも出来るだけ内密に穏便に物事を片付けたいのだろう。

 言葉を選んでいるがぶっちゃけここに居ること自体迷惑なのだろう。

 物の言い方が刺々しい。


「なぁに、貴国の学園に用があって伺ったのだが、試験を受けに来たと間違われてしまったうえに、トラブルに巻き込まれてな……。今に至る訳だが、我らも人間族と揉める事は得策では無かったのでな。困っていたんだ」

「…なるほど。それは、失礼をした……。イッセイ。学園の出来事とは何だ?」


 エリンシア様の話からするとあの入学式のって…。


「あぁ!! 貴女は」

「あぁ、今頃気づいたのかな? 小さき勇者殿」


 叔父さんは俺たちが知り合いでいる事に懐疑的な顔をしていた。


「イッセイ。話を聞かせてくれ」

「実は……」


 叔父さんに学園の入学式の出来事を話す。

 一部の貴族の子供が暴走し、痴漢や一般の身分の子に暴力を振るった事。

 俺が騒ぎを起こしたことは伏せたが、事のあらましはほとんど話した。


「あー。何と言うかエレンハイム国王妃。今までの非礼をお詫びしたい」


 叔父さんは俺の話を聞いてエレンハイムさんに直ぐに頭を下げた。

 話を聞けば、小さい誤解から生まれた悲運の結果な訳だが彼女は国の王妃。

 仮に彼女の一部・・などが世に出ていたら【森の守護者の一族】とは血を血で洗う争いに発展した可能性があった。


「何故、レオナルド殿が謝るんだ? 子供のイタズラにいちいち腹は立てんよ」


 エレンハイムさんは寛容な態度で接してくれた。って言うか自分が攫われて死にかけてるのに子供のイタズラレベルで済ませるってどんだけ心が広い人なんだ…。


 俺はあまりの器の違いに驚いた。


「凄いですね。僕の上の姉とそんなに歳が変わらない様に見えるのですが? あっ、上の姉は15歳です」


 俺がそういうとエレンハイムさん…いや、様は高笑いした。


「……あはははっ。君はなかなかにお世辞が旨いな。私はこう見えてもうすぐ70歳だよ」

「70!? …って、お若いんですか?」

「お、おい。イッセイ…」


 あっ、やべぇ。

 女性、しかも国王妃様に対して遠慮が足りなかった…。

 だがそんな事は気にならない位驚いてしまったのも本当だ。


「あはははは。構わないよ。どうだろうね。私達の一族の平均寿命が120歳位だからね。ちょうど半分を過ぎた位だよ」


 なるほど、この世界の人族の寿命が大体60前後って感じだから・・・まぁ、40歳位ってところか? って、それでも若く見えすぎだ、15歳前後に見える40代って十分に反則だろ。美魔女ってレベルじゃねぇ。詐欺レベルだろ…。


「いやいや。お若いですって」


 苦笑いを隠すのが大変だったが何とか笑顔で対応できたと思う。


「君は、天然のジゴロか何かかな? 受け答えが随分大人びているが?」

「いやはや、すまぬ。こやつは博識なのか世間知らずなのか分からぬところがあってな…」


 俺の対応は完璧だっただろ。(5歳だけど)

 叔父さんは頭をかきつつもエレンハイム様に謝っていた。


「いやいや。構わぬよ。先程も言ったとおり子供の言うことにいちいち腹を立ててはおれん。何より我らの事を知ろうとしてくれる者なら特にな」


 何だ? なんでそんなに笑っているんだ。

 エレンハイム様が、子供を見るようでどうも上からの反応が気になった。


「イッセイ。森の守護者の一族に年齢を聞くっていうのは、口説いているのと同じなんだ。知ってたか?」

「え”?」


 キリキリと首をエレンハイム様に向けると、にっこり微笑んだ顔を返された。ご、ごめんなさいい!!!! 


 顔を赤くして火照った体は、一瞬で氷点下に変わり硬直してしまう。


 これからは迂闊に女性の年齢を聞くのは止めよう。

 そう心に深く刻み込んだ。



 ・・・




 俺が恥ずかしい思いをしたところで鍋からいい匂いがしてきたので、話は一度中断して桜鍋を頂いている。馬車として使われていた馬だけに筋肉質が多く赤みが多い。

 叔父さんも持ち合わせとその辺から取った素材で煮込んだ鍋だったが、臭みはあまり感じない。寧ろ普段から狩って、食べていたモンスターの肉に比べれば上品な味と言える。


「ひ、久しぶりのマトモなご飯だぁ~」


 俺はついそんな声を漏らしてしまう。

 マトモな飯に舌鼓を打っている最中、叔父さんはエレンハイム様に状況を確認していた。


「エレンハイム殿がどうしてあの様な下衆な者に捕まったのですかな? それに、護衛の者は?」


 王族ならば一人で王都に出てくるような真似は絶対しない。

 護衛が居るはずだ。これまでの事情を話し、王国に改めて来てもらうか、帰って頂くか護衛を含めて話し合いをすれば良いだろう。


「んん? 護衛…。そう言えば王国の広場で会った以来見ていないが、あやつら何処に行ったんだろうか?」


 桜鍋を口いっぱいに頬張りながらエレンハイム様。口の周りに鍋の油がギットリ付いている。こういう所が俺と同じ位に見せる部分なんだと改めて恐ろしさを感じた。


「広場で休んでいたら先程の騎士達に『故郷が大変なことになっている』と、言われてな、近くまで送るからと言われてあの馬車に乗ったしだいだ」

「「…」」


(コイツ。アホなのか?)


 とどめを刺すヴィル。

 安心しろ俺は勿論、叔父さんもきっと同意見だ。


 エレンハイム様は、どうやら知らない人(悪い人)に勝手に付いて行き。…そして、攫われた様だ。


「エレンハイム様。えーっと、護衛の方々はもしかしてまだ探していらっしゃるのでは…」


 王妃様に付いてきた護衛の方々が不憫すぎる…

 桜鍋を幸せそうに頬張りながら何ともゆるい返答のエレンハイム様に俺と叔父さんは呆れ顔だった。


「母上ーーーーー」

「ん?」


 遠く…。王都の方から何か叫ぶ声がする。俺と叔父さんがそちらの方へ向くと馬車が物凄い勢いで、こちらに向かってきた。

 しかも、馬車の従者をしている人達が弓を構えて…


 撃ってきた。


「イッセイ!!」

「了解!!」


 俺は地面に落ちている石を拾って投げる。


 --ガッ、ガッ…。

 --パキン、パキン…。


 飛んできた矢は、俺が投げた石で撃ち落とした。


「おぉ。お見事」


 エレンハイム様は呑気に拍手していた。

 この人、自分が狙われてる可能性も有るのに結構呑気だな…。


 今はそれより、いきなりご挨拶なコイツラをどうにかしないと。


「貴様ら何者だ!」


 俺は叫んだ。

 襲ってきた謎の一味は、少し離れた位置に立っていて、こちらにずっと警戒の色を出したまま動かない。当然、俺の質問も見事にシカトされた。


「叔父さん。アイツラ…」

「あぁ、エレンハイム殿の親族だろうな」


 と言うのは、まぁ、お母様って呼んだしね…。


「そうじゃなくてですね…」

「あぁ、魔法を使おうとしてるな」


 そう。それですよ。彼らが連れている馬車から強い魔力を感じていた。『今すぐぶっ放す』と、言わんばかりに魔力も感じる。


 馬車の窓から杖が出てきて詠唱が聞こえた。


「我らを守護する風の精霊よ。その力貸し与えたまえ」


 やはり撃ってくる気満々だった様だ。


「ウィンドー!!」


 馬車からひょっこり出た杖から魔法が放たれる。

 杖が光ったと、思った瞬間2つの風の刃がランダムな動きを見せつつこちらに飛んでくる。


(ヴィル)

(おう。あんな初級魔法ごときワシの力はいらんだろうに…)


 ブツブツうるさいヴィルは放っておいて。

 背中に担いだヴィルを抜き直ぐに構える。


 向かってくる魔法は、蛇がのたうつ様な動きを見せ上下左右にクネクネと速い速度で動いていた。


(いいか。見える位置や形に惑わされるな。声はかけてやる。軌道の数秒先を斬れ)

(分かった)


 ヴィルのアドバイスを受け、ヴィルを軽く振り回す。

 タイミングを取って、魔法が来るのを待っていた。


 相変わらずランダムな動きを見せる魔法がどんどん迫ってくる。まだ、ヴィルからの合図が無いため魔法を引きつけているが、そろそろ怖い。


(今だ!!)

 --パチュン! パチュン!


 待ってましたと言わんばかりのタイミング。

 それに合わせて振るとヴィルの刀身は飛んできた魔法を切り裂く。ヴィルに切り裂かれた魔法は力を失い空間に消えた。


「なっ!?」


 馬車の方から驚きの声が上がった。


「……様」

「わ、分かってるわ! まぐれで止めれた位でいい気になるな。この、うす汚い賊が! ウィンド!!」


 再度、魔法が飛んでくる。が、


 ーーパチュン!


 コツを掴んだ俺は大した事は無かった。


「……様」

「分かってるわよ。今度は本気で行くわ!」


 馬車の中から先程よりも強力な魔力を感じる。


「叔父さん!」

「あぁ、うん。お前に任せた…。ズズッ」

「頑張ってー…。ズズズッ」


 俺が引き止めている間に挟撃に入ってもらおうと思ったのだが、やる気の無い声がした。

 2人を見てみると……。


 あんた達、何してんの?


 俺が見ると2人は桜鍋を呑気に突いていた。

 しかも、殆ど食べ終わっている模様。


 後で、覚えてろよ…。


 叔父さんに戦う気が無いと言う事は、適当にあしらえって事だ。

 俺は仕切り直して交渉し直す事にした。ヴィルを地面に突刺し、両手を上に挙げる。


 俺の取った行動(両手を上げる)は見慣れない光景なのだろう。

 俺を見てた相手がずっと警戒した気配を感じる。俺はそのまま話を続ける。


「君等は何か勘違いしていないか? 僕たちは賊なんかじゃないぞ」

「この卑怯者ども。そこにいる母様が何よりの証拠じゃない!! 今直ぐ母様を解放しなさい! そうすれば命は助けてあげるわ」


 あらー。完全に勘違いされてますね。

 チラリと見たエレンハイム様は、鍋の残り汁に手を付けようとしていた。


 あっ、俺の分も残しておいてほしい…。じゃなくて、呼ばれてますよエレンハイム様。


 叔父さんがエレンハイム様に声を掛ける。


「エレンハイム殿。お迎えの方々が来ているようだが……」

「確かに…。全く、この状況を見ればこの人達が悪人では無いって分かるでしょう。あの娘ってば早とちりね」


 いや。貴女、実際に人攫いに遭ってましたよね?

 俺たちが助けなければ今頃は何処に連れていかれたやら。


 すっかり、鍋を堪能したエレンハイム様は自分の腹を叩きながら訳のわからない事を言いだした。要は動きたくないって事らしい。


 俺が反応に困っていると痺れを切らした馬車の中の人が、


「母様を返すつもりが無いの? そう、それなら人攫い共、覚悟しなさい! ウィンドストーム!!!」


 かなり気合の入った魔法だった。

 小さな風の塊が宙に浮いたかと思うとそこから無数の風の刃が俺目掛けて飛んでくる。俺は、咄嗟に地面に突き立てたヴィルを拾うと、飛んでくる魔法を全て切り落とした。


 数が多かっただけにヒヤリとしたが全部落とせて良かった。相手にとっても今の攻撃が切り札だった様で、追撃もなくすっかり固まっていた。


 話をするなら今がチャンスって事だ。


「ちょっと待て。アンタこの人の親族なんだろ? だったら連れて帰ってくれよ(俺たちも困ってるんだ…)」


 俺は再度アピールした。猛アピールだ。

 俺たちは潔白だという事とこの厄介者を連れて行ってくれと言う願いだ。


 普通ここまでしたなら保護対象母親を速やかに回収すると思うのだが、コイツラは違った。


「問答無用!! 悪党ども!!」

「なん、 だよ!!」


 こっちはわざわざ武装解除してたのにコイツら襲いかかって来た。

 しかも今まで魔法や矢など遠距離で戦ってきたのにわざわざ近寄ってきた。


 分からん。コイツラの脳内がどうなっているのかマジで不思議だ…。


「チッ」


 舌打ちしながら飛んでくる矢に石を投げて撃退するが、合わせて飛んでくる魔法攻撃までは対処が追いつかない。魔法の被弾を覚悟したところでため息混じりの声がした。


「…まだまだだな」


 ヴィルが俺の手から離れ自立行動を取ると、飛んできた魔法と矢を一閃して打ち落とした。


「…悪い。助かった」

「ふむ。焦り過ぎだな。もう少し優先順位を考えて動けと教えただろう?」

「はぁ~い……チッ、じゃあ手を出すなよ」

「なんじゃい? 文句あるのか小童」

「無いっす。無いっすよ…はぁ」


 言い訳したら怒られた。

 しかも、ヴィルの説教は更に続く…。


 マズイ。お説教モードだ。


 俺は余計な事を言ったと後悔したが、ヴィルの言葉を聞いて思い直した。


「お前。その中途半端な判断で仲間が死んだらどう言い訳するんだ?」


 ガツンと頭をハンマーで殴られた様な気分だ。

 鏡を助けると言いながら彼女を守れなかったら? ソフィア姫様を守れなかったら? 思い返すと何人か頭に思い浮かんだ。


「…確かにそうだ」

「…なら、やれる事をやれる時にやれ」

「はい」


 ヴィルは厳しいが決して理不尽な事は、あまり言わない。

 俺は地面に両手を付けるとバッカスの名を呼ぶと同時に手にバッカスの力で作った弾が形成される。

 そして、馬車で従者をしている兵士2人に向かって投げる。


 --バシャーン、バシャーン。


「ぐおっ!!」

「ぐぬぬ!?」


 投げた弾が兵士の体にヒットした。


「動けぬ…」

「こちらもだ」


 兵士達にヒットした弾はトリモチのように2人に絡みつき馬車の上で固まった。


「卑怯だぞ人拐いが!」

「王妃様だけでなく我らもさらう気か?」


 自分たちの行動を棚に上げるとはこういう事を言うんだろう。

 散々暴れてきた癖に誤解を解こうと近づく俺に対して罵倒してくる。


 …口も閉じておこう。


 そっと、指を弾くと兵士達の口に土が貼り付いた。


「「モガー!!!」」


 騒ぐ兵士さん達をシカトして馬車に近づく。

 俺が説得する本命はこの馬車の中にいる、エレンハイム様を母様と呼ぶ位だ王族の一人だろう。


「国王妃様はお返ししますよプリンセス」

「……」


 俺が馬車の目の前で足を止めて一礼し挨拶をした。

 馬車に張り付いた兵士さん達以外に視線を感じるので中から覗いているのだろう。


 気配はあるのでジッと待つことにする。

 少し待つと馬車の中からスラッと伸びた足が現れた。

 張り付いた兵士さん達が目を左右にキョロキョロ動かして、ウー、ウー唸っていた。


 やっこさん。やっと出てきたか…


「表を上げなさい」


 そう言われたので顔を上げると、めっちゃ美人エルフが立っていた。

 エレンハイム様と同じ様な整った顔に腰まで伸びている銀髪。

 透き通った白い肌は、光を放っていた。


「……」

「ちょっと、何か言いなさいよ。クソッタレの◯ンポ野郎ピーーーーが」


 俺の心は急速に冷えていくのを感じた。

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