36話 エルフの女の子
「あー。どこから飛んできたのか分からない謎の物体で吹っ飛んだ不幸な馬車がいるなー。これから王都に戻らなきゃいけないのに面倒だなー。でも、仕方がないなー(棒)」
「仕事だからなー。仕方ないよー(棒)」
「あぁ。面倒くさい(棒)」
「本当だ。面倒くさいが見に行くか(棒)」
「面倒くさいけど行きますかー(棒)」
と、言う割に叔父さんはスキップして事故(らせた)馬車に近寄っていく。
…どんだけ楽しみなんだ。
俺はそんな叔父さんを仕方なく追いかけていく。
モブートさん達が俺に向かっても意味ありげな視線を送ってくる。
え? 何その目、俺はあのおっさんみたいに犯罪者の追い剥ぎや拷問なんて興味ないよ。本当だよ。
「よし!! イッセイ行くぞ!! お前らは先に戻ってその素材をいつもの場所に行って売っておいてくれ。終わったら解散で良いぞ」
「「「ウェ~イ」」」
叔父さんの号令でモブート兄弟の皆さんは
叔父さんの部隊の人って精鋭のはずなのに、勤務態度は不良なんだよなぁ…。まぁ、ON/OFFがはっきりしてるから精鋭なのかもしれないけど。
ガラガラと台車を押して帰っていく兵士さんを見送り、俺と叔父さんは馬車に近づく。
魔力を広げて確認はしてある。従者をしていたニセ兵士が1人馬車に残っているが、怪我をしているのかもしれない。
反応ではずっと同じ場所から全く動いていない。
まぁ、こっちを警戒してる可能性もあるんだけどね。
ただ、魔力の反発を見ると、どうやらさっきから横たわったまま動いていないらしい。そこから擦るに既に虫の息可能性もある。
叔父さんと横たわる馬車のに背中を預け横たわるニセ兵士の気配を探る。
「ゴホッ…ゴホッ」
消え入りそうな細い声が聞こえてきた。
馬車の裏から覗いてみると残念ながら先程の事故で息絶えた馬2頭とその馬の側にニセ騎士の一人が居た。
「お、おい。クソ…何だ。何が起こった。ブ、ブツは無事…ガハッ。」
うわっ、ヒドイな…。
さっき飛んだ時に体を強く打ったみたいだ。右半身の手と足は物理的に曲がってはいけない方向に向いたり。飛び出してはいけないモノが数カ所で見えていた。
意識も混濁していて俺達を仲間と勘違いしている様だ。
「…イッセイ。一人いないな、それに中身を持ち出した形跡がある。ちょっと見てきてくれるか?」
叔父さんは残っていたニセ騎士を見下ろしながら、空になった馬車を指差す。
俺も叔父さんの指す指先を見てみると目張りされていた一部を無理やり破壊された跡が残っていた。
「分かりました」
中を覗くと事故のせいで中身がぐちゃぐちゃになっていた。
もっともプリップ回転した馬車の中身が綺麗に整頓されたままだったらそんな光景見てみたいものだ。
そして、積み荷が何だったのかも確認できた。
中身の荷物と残り香で女性である可能性が高い。
荷物が満載だったお陰で大きな怪我はしていなそうだった。…じゃなくて、積み荷は持ち去られた後だった。本当にアイツ等の仲間だったのか?
「ワシはこいつの面倒を見るから、逃げたやつと積荷は頼む…」
叔父さんは、虫の息のニセ騎士を見下ろすと得物に手をかけていた。
もう助かる気配も無かったしな・・・。
「分かりました」
俺は叔父さんに声をかけるとその場を立ち去る。
少し離れると、断末魔が聞こえてきたので叔父さんが損な役割を果たしたんだと理解した。
叔父さんがきっちり仕事を果たしたので、俺もミスをする訳にはいかない。
荷物を持って逃げているもう一人の方を追う。
そんなに遠くへは行っていないだろう。と、アタリを付け魔力で居場所を探す。
出来るだけ早く見つけたいとは思う。ここはまだ『ドラゴンの墓場』の真っ只中だ。ここには、姑息な盗賊やモンスターの群生地である。
どちらに見つかっても悲惨な未来しか想像できなかった。
「どっちに行ったかな?」
魔力を集中させ波動を大きくする。
すると、俺の魔力の波に怪しいモノが数点引っかかった。
荷物とニセ騎士はこの先の谷の方に居るらしい。
直ぐに追いかけよう。ニセ騎士と積み荷はどうやら何かと交戦中の様だ。
しかも、あまりいい雰囲気ではないらしい。既に囲まれつつあるようだ。
あそこら辺を
冒険者のクラスで言うと3~4クラスは無いとお腹の中に入るレベルだと思う。
決して上位の冒険者が戦うレベルではないが、ニューピーは卒業していないと辛いレベルではある。そんな相手に何かを守りながらなんて言ったら…
盗賊程度のクラスでは時間の問題にしかならない。
「厄介だな」
攫われた荷物の死体なんてのは最低のパターンだ…。
取り敢えず牽制でその辺の石を上空に向かって軽く石を投げる、そして魔力を込めると石は物理の法則を無視して飛んでいった。
魔力で気配を確認しながら急いで向かうだけだ。
どうやらニセ騎士は荷物を置いて応戦するようだ。
と、いうより崖まで追い込まれた様だ。
荷物となっている人は縛られているのかその場から全く動かない。
モンスターはそれでもお構いなしにを囲んでおり、ジリジリと追い込んでいる。
ニセ騎士も応戦するようだ。このままだと間に合わ無いな。
仕方ない。荷物の方を優先に護るしかないか…。
俺が投げた石は適当に岩にぶつける。
突然、『カラン、カラン』なった音に全員が反応を示し警戒している。
これで、少しは時間を稼げるだろう。
察知した感覚から恐らくリザード系のモンスターに囲まれている様だ。
これはかなりマズイ。
この谷のリザード系には毒を持っていたり特殊な技能を持っている厄介な奴が多い。
俺は急いで現場に急行する。
「…マーリーン」
「…ふぁぁ。呼ん‥だ?」
紫の霧が集まると俺の肩に現れたマーリーン。
相変わらずダルそうにしている。
「僕の姿を消してくれないか」
「…ふぁぁ」
ーーガクッ
コイツ。人の話を聞いてるのか?
肩に乗るマーリーンに意識を向けたまま現場に向かって走る。
もうこのままでも良いか…。
「わかった」
ーーガクッ
反応おそっ!!
マーリーンの遅い反応に力が抜けた。
若干走る速度が遅くなる。
そんな俺を無視する様にマーリーンは詠唱を始めた。
詠唱に合わせて現れた黒い霧が俺たちに纏わりつくと俺とマーリーンの姿は風景に同化した。これで俺の姿は誰にも見えないはずだ。
状況は有利に持っていく事ができそうだ。
現場に着くとニセ騎士がモンスターと交戦中だった。
更に詳しく見てみると捕まっているのは、やはり女の子であった。
ただ、フードを被せられ目隠しし縛られている。
しかも、首には鎖付きの首輪我付けられておりニセ騎士に引っ張られていた。まるで奴隷扱いだ。と言うか足手まといだろうな…。
完全に縛りプレー状態になっている。
「あれは奴隷か? と言うかあれだと戦いにくいだろ…」
ヴィルも同じ様なことを思っていたらしい。と言うかあの様子を見れば誰でもそう思うか…。
「来るな! 来るな!!」
ニセ騎士は剣を振り回し、囲んでいるモンスターから逃げようと必死だった。どんどん、崖の方に向かっているのがかなり危うい。
大人ほどの大きさのトカゲが3匹が二足歩行で立ち、ニセ騎士達を取り囲んでいる。
よりにも寄ってヒューマンイーター(人食いトカゲ)か…。
この谷に生息するトカゲの中でもとりわけ厄介な化物だ。
普段は四足歩行で動くくせに非常時と得物を襲う際には今の様に二足歩行して来るのだ。この状態だとヒューマンイーターはかなり強くなる。慣れていない人は大抵この行動に戸惑い、初手が遅れ結果かなり苦戦するのだ。
更にコイツの血には毒がある。かなり酸性が強く触れるだけで溶けてしまう。なので、むやみやたらに傷を付けられない所もコイツが面倒な敵だと分かる。
「・・・ヴィ「俺はイヤだ」」
「まだ何にも言ってねえ」
俺の背中に担がれているヴィルが嫌がって暴れる。
おい、刃物なんだから背中で暴れるな。刺さるだろうが!!
ヴィルが暴れるのには理由がある。
「あいつの匂いは刃に付くとなかなか取れねーんだよ!! お前も知ってるだろ!!」
極めつけの嫌がらせ。
ヒューマンイーターは死んだ後直ぐに死臭を放つのでも有名だ。
そうやって仲間に驚異を知らせると言われいるのだが…
そういう理由もあって、このドラゴンの墓場近辺では最も遭いたくないランキングぶっちぎりで一位の敵なのである。
俺もここに始めてきた頃何も知らずにヒューマンイーターと戦った時、叔父さんの忠告を無視して戦ったら。匂いが取れないって言ってヴィルに夜泣きされたっけ…。
そして、それ以降ヴィルはヒューマンイーターを見つけても戦ってくれなくなった。
なので、あんまり無理をさせて今後の戦闘をボイコットされても困るのでここは俺が戦うしかないな。
「…はぁ、分かったよ。マーリーンお前の力を貸してくれ『バニッシュデス』を使う」
「ふぁぁ…い」
マーリーンは器用にあくびと返事を同時に行った。
右手にマーリーンと同じ闇属性の魔力を感じる。
『バニッシュデス』とは、マーリーンとの混合魔法である。
洗礼の儀式の際に襲いかかってきたサキュバスから入手した謎のクリスタルを使い、マーリーンの闇属性の魔力を自身の魔力と両立して使うことが出来るようになった。そのため、グングニルの弾丸である魔石を闇属性の魔力を使って飛ばす事により回避不可能な弾丸となる。
ヒューマンイーターの攻略方法で正しいのは、認識されない内に殺す事だった。
・・・
「コイツで最後だ」
--パンッ
ニセ騎士を囲んでいたヒューマンイーターの死骸を3つ程作った所で周りから気配が消えた。奴らも馬鹿じゃない。勝てない相手にはちゃんと引いていく。
魔力で周辺探知しながら2人の所へ行く。
眉間を撃ち抜かれたヒューマンイーターの死体が3匹落ちている。
ヒューマンイーターの死骸から発せられる酸の匂いがキツイ。あまり吸い込むと喉が焼けそうだ。
「コホ…コホ…」
酸を吸ったのか声が聞こえた。2人の内のどちらかだろう。
口元を抑えながら急いで声のする方へ行くとヒューマンイーターに顔半分を食われているニセ騎士と動けないままの女の子が居た。
「無事ですか?」
「…!?」
捕まっていた娘は、ビクンと反応したのは良いが何も言わない。
そりゃそうか。しかし、目隠ししたままで相当きつかっただろうな。
「セティ、アクア、カズハ」
「「「はーい」」」
「悪いんだけど、この子のケアをお願い。僕はこの辺の周囲を確認してくるから」
「「「了解でーす」」」
ニセ騎士から色々聞きたかったが、取り敢えずこの子を助けられただけ良しとするか。
とりあえず心のケアは精霊女性陣にまかせて俺は死体をこの娘から離すと少しでも情報が無いか弄ってみる。
…ダメだな。
何か書類的なものは無いかと思ったが。、証拠は残さないタイプだったらしい。
「プロメテ。この人とこのトカゲを燃やしてくれる」
「あぁ。良いぞ。でもトカゲ共は持っていかなくて良いのか?」
「うん。さっきの人も居るしね。炭にしてしまったほうが良い」
「心得た」
トカゲ共と一緒にニセ騎士も燃やす。流石にこのままにしていく訳にもいかないしな。
ニセ騎士のことを見守っていると、セティが近づいてきた。
「イッセイ良いよ」
後ろを振り向くとアクアの手を引き、カズハを肩に乗せた女の子が立っていた…が。
「え、エルフ…か?」
耳が長く緑色の目をした銀髪の女の子が立っていた。
「ゴメン。大丈夫? な訳無いよね。僕の名前は、イッセイ=ル=シェルバルト。この国の貴族の子供です。とりあえずここは離れましょう」
こう言う時は貴族名を出すほうが手っ取り早い。
エルフの女の子は弱々しいが頷いてくれた。
やっぱりショックを受けているんだろう。彼女に無理もさせられないし、叔父さんとも合流が必要だ。
叔父さんの待つ馬車まで戻ってくると、叔父さんはキャンプの準備をしていた。
「おぉ。遅かったな。もうすぐ桜鍋が出来るぞ」
不慮の事故で死んでしまった馬たちは叔父さん既に食材としてしまったらしい。ここ暫くの保存食にするつもりだろう。
横たわっていた馬車はキャンプの燃料と化したらしい。
「うん? その娘が捕まっていた…ってエルフか」
叔父さんは俺が連れてきた女の子を見てため息まじりに答えた。
何か問題でも有るのだろうか?
「あれ? 叔父さんはご存知なんですか?」
「あぁ…。国交がある」
あぁ…。叔父さんのその一言で理解した。
あのニセ騎士共はかなりマズイ事をやってくれた様だ。
「すまぬが顔を見せてもらっても良いだろうか?」
エルフの女の子は叔父さんに言われた通りフードに手を掛ける。
叔父さんの前でフードを取る女の娘。
俺がさっき見たとおり長い耳に緑の目、銀髪のボブカットの女の子がそこに立っていた。
「……ウィンズロッド夫人」
叔父さんは顔色が青くなっていた。
「叔父さん? ウィンズロッドって?」
「エルフの国の王族の名だ」
「!?」
目の前のエルフの女の子の顔を見ると、ニッコリと微笑まれた。
ガブリエル王国にとって一気にマズイ案件にランクアップした瞬間だった。
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