31話 言葉のあや

「イッセイ様ーーー!!」


 --ゴシャ!!


「グェェェェ…」


 疲れて床に座っている俺目掛けて駆け寄ってきたソフィー姫様は、レスリングがあればオリンピック選手に成れたかもしれない。

 サブマリンと呼んでも良いくらい低いタックルは俺の脇腹に綺麗に突き刺さった。

 『メキッ』とかいうとっても聞こえてはイケナイ音がした。

 少しでも動くと脇腹に若干痛みを感じる…。


 逝った…。俺のあ、あばら逝った……。


 痛む脇腹を抑えて悶絶している間にソフィー姫様は俺の真正面に移動しており。俺の胸に鼻を擦りつけ『スンスン』音を鳴らし始めた。


 う、うぇええ!!!!!!!!!!!!!!!!

 一介の姫様がイチ配下の胸元に来るって結構やばくない?

 相手から来たって下手すれば不敬になるし。


 バレる前にそっと、押しのけようとしたが…。

 姫様は俺を強く掴み離れまいと抵抗してくる。


「姫様…」

「…心配した。心配したんだから…」


 姫様は俺の胸で小刻みに震えていた。

 気づくと姫様の頭を撫でていた。


「…」

「…す、すいません。つい…」

「止めないで…ください」


 我に返って直ぐに離れようとしたけど。

 姫様は、俺の袖をギュッと掴むと俺の胸元により一層顔を埋めてきた。

 頭を撫でるのも止めてはいけないようだ。


「あら~。とってもいい感じ。そのまま婿にくる?」


 話し掛けられた声に『ビクッ』となった。ついでに背中に冷たい何かがゾクリとした。

 姫様が現れたという事は城に戻られたという事で…声がする方を見てみると声の主は案の定『ニヤニヤ』していて、ゆっくり姿を現した。


「あの…陛下。早く調査を始めたいのですが…」


 ゾロゾロと洞窟の奥から現れる面々、白基調とした鎧に身を包んでいるのは王国の近衛兵である。アレックス宰相殿も追従していた。

 国のトップ1、2がここに居る状況だがそれでいいのだろうか?


 何で宰相殿の護衛が陛下より多いのか…と、思ったが直ぐに理由は分かった。

 宰相殿の後ろにいたのは、10数名の白衣を着た人々。

 ここの調査をするために連れてきたのだろう。そして、近衛兵はその人達の護衛をしていたのだろう。


 俺は、その団体を見て冷や汗しか出なかった。 


「陛下それに姫様。勝手に先に進まれては危険ですぞ、我らが先行します故、勝手に歩かないでください」


 全身を白の鎧で固めた兵士が1人俺たちに近寄って来た。陛下の近くに来ると兜を取って陛下に文句を言っている。


「大丈夫、大丈夫だよ。フリッツ君。ここにいる彼がいれば問題は無いよ。」


 陛下が俺を見て笑いながらフリッツって人と話をしていた。

 フリッツさんは厳しい顔つきで陛下と俺を交互に見ると、「わかりました。」と敬礼をした後に離れていった。

 誰かに似ている気がするが、思い出せない。


「やれやれ。真面目なんだが硬いんだよね。あっ、彼、近衛騎士副団長のフリッツ君。」


 あっ、そうですか。と言う感じだった。

 紹介されても等の本人居ねーし。


「はぁ、なんだか不機嫌でしたね」

「まぁ、ちょっと気負い過ぎな奴でね。最近、近衛の副団長になったから気合い入りまくっててね~。って、それよりも何時までそうしているつもりなのかな? そろそろ離れてくれないと責任取って貰う事になるんだけどぉ? うち王家は良いんだけど?」


 腕を組みながらフリッツさんを見送った陛下は、俺とソフィーを見直してニヤニヤしていた。


「それでしたら陛下、いつまでもご覧になってないで引き離してください」

「そのまま。婿に為ればいいじゃない」


 陛下は笑っていた。


「陛下。何時までも遊んでないで仕事をしてください!!」


 俺が無言で陛下の話を聞き流していると、宰相殿がツッコミを入れてきた。


 流石宰相殿。この不良女王にもっと言ってやって。

 宰相殿のツッコミに喜んでいると、女王に睨まれた。

 直ぐに下を向いて表情を隠す。


 陛下は直ぐに宰相殿と仕事モードに入ったのか、洞窟内があーだこーだと意見交換している。話をしている内容は恐らく俺達が依頼を受けていた封印の陣についてだろう。研究者っぽい人達は無くなった封印の陣を血眼になって探しているようだった。


 …これは先に話をしておいたほうが良さそうだ。


「この様な格好で申し訳ありませんが、ご報告申し上げても宜しいですか?」

「うん? 何だい」


 俺が手を挙げて陛下と宰相殿を呼ぶ。するとニ人は俺の方へと注視してくれた。

 国のトップ1,2である陛下と宰相殿相手に女の子を抱いたまま話をするってどうなんだろう? と一瞬思ったが、姫様は動いてくれる気配が無いし、時間も無いので仕方ないと思った。


 まぁ、不敬で殺されるって事は無いだろう。最悪殺されそうになっても逃げれば良いか…


 そう思っていた。

 周りを見ても二人の近くには人がいる感じもないし、近衛兵さん達も研究者の方を手伝っていた。

 強いて言うなら副団長さんがチョイチョイこっちに警戒を向けてきていたって所だろうかやたら視線を感じる。聞かれても厄介なので、念のために風の防護壁は作っておく。今更不敬なのは変わらないし。

 ポケットにしまった石に魔力を込めると薄い風の幕が俺達4人を包み込んだ。これによって声は聞きづらくなるから安心だろう。


 一瞬、ハッとした陛下と宰相殿。魔力を使ったのがバレたのだろう。俺を見たが、俺が一瞥したら事情は察してくれたようだ。


「すみません。誰が聞いているか分からないので、念のために音は遮断させていただきます」

「えぇ。大丈夫よ」


 陛下は優しく言ってくれたが、宰相殿はコメカミを抑えながら深い溜め息を付いた。


「陛下がこうおっしゃっているので不問にしますが、次からは一言声を掛けてください。近衛にバレればイッセイ君は斬られて文句は言えませんよ…」

「はい。すいません」


 宰相殿が俺を叱ったのは建前だろう。

 だって、陛下が了承したらあっさり普通に引き下がったからね。普通なら大声で兵士さん達を呼んでから不敬を叫ぶ筈。

 この人、苦労人だなぁ…。


「ま、良いでしょ。で、話しっていうのは何かな?」


 陛下の目から笑いが消えた。

 これは俺を脅すつもりではなく話を真剣に聞く姿勢なんだろう。ただ、圧迫感というか冗談を言える空気では無かった。

 俺は、息を飲んで話す。


「実は、遺跡の封印は既に破壊してあります」

「え!?」

「なにっ!?」


 俺の報告にビックリした声を出す陛下と宰相殿。

 宰相殿、声でかいっす。多少遮断しておいて正解だったっす…。

 陛下も予想外だったのか困った顔をしている。


「しかし、君は神か何かの生まれ変わりなのかい? 封印を壊すなんて話し聞いたこと無いよ」


 まぁ、そんな感じになるよな。

 これは、ヴィルの事も早々に話しておいたほうがいいな。


「それについては、ここでは説明が出来ないので、お城に戻った後にご報告申し上げたいと思います」


 険しい顔で頷く陛下と宰相殿。

 俺がわざわざ・・・・場所を変える事について理解を示してくれた様だ。


 陛下のご判断で、『一旦はここの調査を終えてから続きは城で』と、言う流れで話は落ち着いた。


「しかし、…これは何だい?」

「何でしょうね?」

「…」


 マザーゴブリンのドロップアイテム(謎の肉・謎の液体)を調べるべく研究者の人達が取り囲み色々検証している。それを近衛騎士団が囲み壁を作っていた。


 時々、「おぉ~」とか声がするのは何かしらの実験で思った以上の成果が上がっているのだろう。

 しかし、そんなドブ臭いミンチ肉のどこが面白いのやら…大人はよう分からん。


 研究員さんも兵士さん達も変な笑い声を上げている人がいた。

 様子を見に行った宰相殿も帰ってくるなり、口に布を当て「野蛮だ」と言っていた。

 研究員さんも消えた魔法陣よりモンスター肉の方に興味が有るようで、徐々に数を肉の方へと移していった。

 今この場は、皆がおかしな笑いを飛ばし合うという恐ろしくカオスな状態と変化していた。

 陛下も様子を見に行っていたが、苦笑いだった。

 なかなかな肝が座っているというか…


「イッセイ君。…あれは何処で?」


 集団から戻った宰相殿がこめかみを抑えながら質問してきた。


「ゴブリンの一匹が落としたアイテムですね」

「…そうか、今は近衛で買うか研究員が買うかで揉めているけどね…」

「は、はぁ…?」


 宰相殿はため息交じりに話す。その…何ていうか心中お察しします?

 まぁ、あんな気味の悪いアイテムを欲しがればため息も出るもんだ。


 こっちとしては処分に困るから買ってくれるならどっちでも良いけど、でも何で近衛兵?


 …深くは考えないほうが良いかも。


「しかし、敵に襲撃されながらここまで来るのには大変だったんじゃないかい?」

「確かに結構、骨が折れました・・・・・・・


 実際大変だったのは俺では無く精霊の皆なのだが、陛下への質問はそんな感じで良いだろう。俺は至って普通に答えたつもりだったが、1人だけ勘違いした人いた。


「いいいいい、イッセイ様。どこか、どこか怪我をされているのですか?」


 ガバっと顔を上げた姫様が興奮気味に俺の全身を触ってくる。

 別に怪我をした訳ではない。疲れたという事のあやなのだ。それに骨折した人の体を弄ってはいけないと思う。


 あっ、でも左のあばら付近は触らないで何だかピリピリするから…。


「落ち着きなさい」


 ズビシ。と、鋭い音を立てて陛下のチョップが姫様のおでこに刺さった。


「あぅ」

「ちょっとは落ち着きなさい。イッセイ君が困ってるでしょうが、それにそろそろ彼から降りなさい。いくら私の息のかかった者だけ連れてきたとしても姫なのだから周囲の目も気にしなさい」


 甘やかすだけではなく、必要に応じてしっかりと教育する。

 陛下に母親の一面をみた。


「それに、イッセイ君が言ったのは『キスしてほしい』って事だよ」


 全然ちげぇ。

 この親は何を考えているんだ…こっち見てウィンクしたって上手くねぇ。


「…骨が折れるって言うのは言葉のあや・・ですよ。」

「あや?」

「えぇ。実際に折れたのでは無く。それ位疲れたという言葉のテクニックです。」


 使った言葉の意味を教えてあげる。

 だって、姫様が顔を真っ赤にしてこっちをチラチラ見てくる、何というかすっごい可愛いんだけど…。


 何かが起こる前に離れる。

 姫様も恥ずかしかったのかすんなりと離れてくれた。


 危ない、危ない。

 流石の陛下も腰に手を当てて苦笑いしていた。


(そろそろ、ワシを説明したほうが良いんじゃないか)


 ヴィルが声を掛けてきた。


「陛下。この封印を壊した方法についてご説明申し上げたいと思います」

「あぁ。そうだね。宰相一回戻ろうか」


 ドロップアイテムの謎の肉と液体について揉めている。研究員と近衛兵達を残して城に戻る事にした。


 ・・・


「ふぅ…」


 戻った応接の間でお茶を頂き一息付いていた。

 陛下と宰相殿。そして、父様が一緒に入ってきた。


「遅くなったね」

「いえ。しかし、父様?」

「いや。今後の話で必要と思って呼んでおいたんだ。丁度こっちに居てくれて助かった」

「いえ。王の命令とあればどこに居ても駆けつけます」

「そうか。それはありがたい。それより悪いね。イッセイ君。昔からイッセイ君一筋だったのは知っているけど、最近は歯止めが利かなくてね。イッセイ君、本当にうちの子に為らない?」


 もう何度目か分からないアプローチ。

 本当に嬉しい申し出なのだが…


 俺には【外来種】討伐の使命と【鏡】を探すという目的がある。

 過酷な旅になるし、鏡を見つけたら彼女と行動を共にする予定だ。

 それに、元の世界に戻る方法があれば探す予定でもあるのでどの道離れ離れになってしまう。


「お気持ちは嬉しいのですが……」

「はぁ…。贔屓目に言ってもうちの娘は美人で一筋なんだけどね…」


 チラチラ。俺を見てアピってくる。

 俺は、苦笑いするしか無かった。 


 --コンコン


 扉のノック音が聞こえてきた。


 宰相殿が「入れ」と、返事をすると兵士の数名が多数のスクロール巻物を持ってきた。

 俺は、ヴィルは机の上に置き。スクロールは宰相様の手で開かれている。


 兵士さんが部屋から出るのを待ってから、女王陛下は話を始めた。


「さて、何処から話したものかね」


 女王陛下はうでをくみなおすと机に肘をついた。

 すると、直ぐに宰相様が口を開く。


「封印の洞窟に入ったところからが宜しいかと」

「そうだね。一度全部聞いてからで無いとなにも始まらない……か」


 女王陛下が頷いたところで父上を見たら、父上も、


「イッセイ。ゆっくりで良い。今日の出来事を話してくれれば良いから」


 と、優しく言ってくれる。

 だいぶヘビーな内容になるかもだけど、多少省いて話をするか・・・。


「分かりました。全てお話しします…」


 全て(一部捏造)の報告を始める。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る