25話 宰相

「また出てきたのか!!」


 --ドシュ。


「ギエエエエエエエエエ。」


 ゴブリンの頭上部に投げた俺の石が炸裂し、頭を割られたゴブリン達は次々に絶命する。


「セティ、カズハ。フォローしてくれないか。取り敢えず怪我人を安全な所へ」

「はいなの」

「かしこまりましたわ」


 これで前線の戦闘も安定するだろう。


「ふぅ…。さて、僕もそろそろ動き出すかな」

「ふむ。ここからはワシ等も本気をだすぞい」

「助かるよ」


 敢えてモンスターの群れの方に足を進める。

 逃した兵士達にモンスターが行かないように出来るだけ派手に暴れてみせる。

 ほとんどゴブリンしか出ない洞窟なんて聞いたこと無いが、どうやらここはゴブリンの巣と化してた様で、準備が不十分だった俺達は割とピンチとなり一時撤退を余儀なくされていた。


 --リィーーン


 右側の腰に父様から預かった家宝のナイフから音が鳴る。

 そう言えば、この洞窟に入ってから時々音が鳴っている気がする。 

 そんな事も今はどうでもいい話だが。


 今更ながら何でこんな事になっているのか…

 ナイフに触れると俺は出発前の事を思い出した。





 ・・・出発前まで遡る



「イッセイ。そこに掛けてくれ、そんなに手間取らせん」

「はい。父様何でしょうか?」


 王都に有る屋敷の一室。

 朝早くの出かける前に父様は俺を書斎に呼んだ。

 何事かと思ったが、俺は父様に促されるまま席に座る。


 これから女王様の命でソフィー姫様と共に王国が管理する洞窟へと探索に向かう。早めに準備していたので時間に余裕は有るが出来ればそろそろ出発したい。

 これは俺の学園への入学試験も兼ねているので手が抜けない。(元々抜くつもりもないが…)

 もしかするとその辺もあって父様も俺に何か安全に関してのレクチャーしてくれるつもりなのかもしれない。


 そんな事を考えていたら、政務机から俺が座っている応接セットにやってくる父様は、俺の目の前に座る。


「今日は、ソフィア姫様の事をよろしく頼む。まさか我が家から護衛を選ぶとは思っていなかったが、名誉な事だ。努めをしっかりと果たしてくるのだぞ」

「はい」


 やはり姫様の事だった。それと、気合を入れ直してくれた。

 父様の言葉をしっかりと胸に刻み出発しようとしたが父様が脇から小箱を取り出し、


「これを持っていけ」


 木にしてはしっかりとした鉄とも言えない固くしっかりと装飾された箱を差し出してきた。装飾の痛み具合などから結構古い物だと推測は出来る。


「父様、これは?」

「開けてみろ」


 父様に促されるまま箱を開けてみると、強い魔力を帯びたナイフがかなり丁寧に納められていた。

 しかし、気になったのはそこだけではない。

 ブレードと呼ばれる刃先からハンドルと呼ばれる持ち手の部分まで全身が真っ黒で統一されている一見すると不気味でありながらその美しさからずっと抱きしめていたくなるような妖艶さも持ち合わせていた。


 手に持ってみると随分としっくりと馴染む。ピッタリと吸い付くとはコイツを持つために出来た言葉なのでは? と、思ってしまうほどだった。


 だが…、何故だ? 何か違和感を感じる。


「父様。これは? 力を感じるのですが…」

「ほう。気づいたか。これは我が家に代々伝わる家宝のナイフだ。それを今回の任務のお守りとしてお前に預ける」

「!!? そ、そんな。受け取れません」

「良いのだ。これは我が家が北の大地を納めた際に初代国王様から下賜かしされたものだ。因みにその王様は今のお前と同じ『カイザー』の称号をお持ちだったそうだ」

「えっ!?」


 父様の言葉に引っかかりを覚える。

 初代国王様が俺の(不本意)で貰った称号を持っていた…だと!?


 初代国王様の記録的なものは残っていないだろうか、今度図書館でも行ってみよう。


 だって、気になるじゃないか。

 こんなにも恥ずかしい称号を貰ってどうやって日々を過ごしていたのか…


 そんな事を思いながら、改めて黒尽くめのナイフを見るとやはり妙な力を感じる。これが魔剣と言うものだろうか? 


「まぁ、気休めだ。あまり気負わず行って来い」

「はい。父様ありがとうございます」


 父様は笑顔で俺の頭を撫でてくれた。

 そして、俺は初代から伝わる家宝のナイフを携えて屋敷を出発した。



 お城に着くと謁見の間ではなく、その脇に設置してある応接の間に通された。

 何でも語っ苦しく無いけど、そこそこの決まり毎を決める時に使う部屋なんだとか。

 ざっと見渡すとそれなりの調度品と堅っ苦しくない程度に抑えられており。

 高級なホテルのラウンジとかってこんな感じなのかな~。なんて思ってしまった。


 ソフィー姫様を待っているだけなので、外か洞窟のある門の所でも良かったのだけど…。何故かここで紅茶を啜っている自分に違和感を感じた。


「もう間もなく王女陛下もお見えになると思います。少々お待ち下さい」

「あっ、はい。よろしくお願いします。って、え?」


 女王陛下…ここに来るのか? 何で?


 案内しお茶の用意をしてくれたメイドさんはペコリと頭を下げると部屋から引き上げていった。俺もつられて頭を下げた。この辺は前の世界の記憶というか習慣というか癖みたいなものだ。メイドさんが微笑みながら部屋を出ていった。


 この世界に来て知った事だったけど、メイドさんの服装ってフリフリは少ないしスカートって長いんだな~。

 前の世界ではレースはひらひらしているしスカートも鬼のように短かかった。

 ロングで黒くて地味な服装だ。これは雇い主より目立たい服装と言うのと個人の特定をさせないためなんだとか、どこの家のメイドかバレると外で拐われる可能性があるかららしい。異世界って、意外と危険は多いようだ。

 普通に考えれば丈が短い事にあまり意味は無いのかもね。刃物で切りつけられるとしても肌が露出していなければ傷が付くことはそうない。


 露出が多い服装は主に夜用の服装って訳だ。


 そんな事を考えながら周りをキョロキョロして時間を潰していると、


「イッセイ君。おはよう。昨日は大活躍だったみたいだね」


 うを△っ□◯!!? ビックリした。


 急に話しかけられたので驚いて見ると、いつの間にか王女陛下が入っていた。

 普通、合図位するよなぁ。


「お、おはようございます。王女陛下」


 俺は急いで一礼して頭を下げた。


「いやいや。すっかり待たせてしまっているね。だが、ソフィアはもう少し時間が掛かると思うんだ。いやはや、女の子の朝は大事だからね。うん」

「は、はぁ…」


 女の子の朝とか言われてもあんまり分からないなぁ…。

 そもそも、女王陛下がここに居ることも想定外だし。


 俺が困った顔をしていたのが伝わったのか陛下の後に居た人が反応した。


「シェルバルト伯爵卿の子息のイッセイ君。ここは公式の場でないのでなそんなに固くならなくもいいんだ。陛下も半分は嫌がらせで待たせていたんだからな…」


 うおっ!? もう一人居たのか…

 って、アンタもその嫌がらせに参加してるだろ?


 って、…どちら様?


 全てを陛下のせいにした初老の男性。…随分身なりは良いが、親族か?

 

「宰相は若干お爺ちゃんに成りかけだから動きが遅いのよね。ついでに言うと嫌がらせじゃないから。困った顔が見たいだけだから。イッセイ君。ソフィーはもう少し準備に時間がかかるからそれまでに宰相の話を聞いてあげて」

「それを嫌がらせと言うのですよ王。それに私はまだ40代ですぞ」


 ああっ、宰相か…って宰相!?

 昨日の出来事を思い出して背中に冷や汗が流れるのを感じた。


「やあやあ。君がイッセイ君かな? 私の名前はアレックス=ラ=クロスライト。この国で宰相と公爵を勤めている。今後も宜しくな」

「ヨ、ヨロシクオネガイシマス…」


 コチラを見る眼光が鋭い。やっぱり、アイツアレスの父親か…


 叱られるのか? 襲いかかられるのか? 何れにしても警戒している。

 行動されたら直ちに対応出来るように身構えていたが、宰相さんは意外な行動に出た。


「すまなんな。愚息が色々と迷惑をかけたようだ」


 思いっきり机に手を付き頭を下げられた。


「昨日、家に帰ると息子が色々話しをしてくれた。姫殿下と君に不敬を働いていたと、告白されたよ。知らなかったとは言えこの度は、本当に申し訳ない」


 再度、頭を下げられてどうすれば良いのか分からなかった。

 そこで、女王陛下が助け船余計な事を言い出してくれた。


「イッセイ君。折角だ。宰相はこう言っているんだし、何かしてらどうだい? 仕返しするかい? それとも宰相を辞めさせる?」


 やられた内容の割に罰の内容が重い。


 宰相様は、絶望の淵に落ちたような顔をしており、俺に助けを求めるような視線を送ってきた。待て待て勝手にこの人が言っただけで俺はそこまで求めてないぞ。


 俺は滅相もないと首を左右にふる。

 だって、ほとんど無視していたし、人攫いが来たのは俺達のせいだしな…。


 余計なことの言い出しっぺの陛下を見ると、机に肘を付き妙に艶のある笑みを浮かべていた。

 なるほど、今を随分楽しんでいらっしゃる…。


 こう言う時(人の不幸時)に、こうも『悪い笑顔が出来る人はダメな大人だ。』

 じっちゃんが言ってた。


「いえ、何もありません。私も多少失礼を申し上げました。そこも含めて子供同士という事で鉾をおさめて頂けると助かります」


 顔をあげた宰相は俺の手を掴みにこやかな笑顔を見せた。

 これが正解だろう。完結した綺麗な形で…。


「ほうら、ワシの言う通りでしたぞ。賭けはワシの勝ちですな陛下」

「ちっ。イッセイ君なら「宰相は解任して、王都中を引きずり回し。子供は学園に簀巻きで吊るす」位言うと思ったのに…」


 ここに人間のクズ・・が2匹も居た。


 俺の中の何かが冷えていくのを感じた。

 きっと今俺はこの二人をG黒い悪魔を見るよりも下に見ているだろう。


「流石にワシでもそこまでは許しませんぞ」

「例えよ。た・と・え」


 どうやら俺がアレスを許すかどうかで賭けをしていたらしい。

 こんな事なら人攫いに攫わせるんだったと少し後悔した。


「いやはや、久しぶりに気持ちの良い子に出会いましたな。しかし、イッセイ君。本当に申し訳ないとは思っているんだ。学園は休学させて領地でちょっと畑仕事をしてもらうことにしたんだ、それで許してはくれないか?」


 真面目な顔をして俺を見てきた宰相様は、父様と同じ目をしている。

 まぁ、俺としてもしっかりと首輪をしてくれるなら特に何の問題はない。


「はい。問題ありません。色々ありましたが学友ですので早い復帰をお待ちしております」

「そう言って貰えると助かるよ」


 宰相様は再び頭を下げてくれた。

 俺が困った顔で苦笑いしていると、女王陛下が話をまとめてくれた。


「ふむ。では、この件は私も一旦宰相に預ける事にする。イッセイ君もそれで良いかい?」

「はい。陛下の仰せのままに」

「…それで、ソフィアもそれでいいかい?」


 女王陛下は頷いた後で、後ろを振り返る。

 そして、部屋に入ってきたのはソフィー姫様だった。

 タイミングがバッチリと言うか何と言うか。


「はい。私もそれで構いません」

「おぉ。姫様ありがとうございます」


 土下座一歩手前までいった宰相様を姫様は止めた。

 この優しさが彼女の美点だと思う。


 っと、今日はいつものドレス姿では無く、急所部分にあちこちアーマーが取り付けられている。ドレスアーマー? バトルドレス? と、でも言うのだろうか。

 武装はしている様だが、肩とかの露出部分は良いのだろうか?

 まぁ、俺も含め護衛が付くし、姫に攻撃を当てなければいい話か…

 髪もポニーテールになっていて、昨日とはまた雰囲気が違っていた。


「おはよう。イッセイ君。あの…どう、ですか?」


 戦闘服にどうかな? という質問が正しいかどうか知らないが、姫様が両手を広げて見せてくれた仕草は可愛かった。


「凄く似合っていますよ。どこかの国のお姫さまみたいです」

「もう。ヒドーイ、これでも、歴とれっき(と)したお姫さまですよ」


 剥れた顔がまたかわいい。


「なるほど。これは家の息子では太刀打ち出来ません」

「でしょ。最初に出会ってからずっとだからね。まぁ、母親としては嬉しい限りだけど」


 外野が居たのを忘れていた…。俺は不敬罪になるのでは? と、内申ヒヤヒヤだった。フォローして貰おうとソフィー姫様を見たら、顔を赤くして俯いていた。


「さて、そろそろ冗談も終わりにして、今日のお願いを説明しようか。アレックスお願い」

「かしこまりました。今日、お二人に行って貰うのは王家が代々守っている封印の状態を確認して貰う事です。道中モンスターに…」


 宰相様の説明によると王家の洞窟とはなにかを封印している洞窟らしい。が、どうやら将来鏡が戦うべき相手【外来種】に関係する何かが封印されている様だ。


 確認して帰ってくるだけなら良いのだが、何やら嫌な予感がしていた。


「で、お二人の護衛を勤める兵士がこの四名です」

「本日の部隊長をしております。シューニンです。よろしくお願いします。また、部下のフッツ、ヘーボン、ソノータです」

「「「宜しくお願いします」」」


 紹介されたのは男女混合の兵士四人だった。女性兵士を入れたのは姫様意外を男性にするのは何かと都合が悪かったからだろう。

 そういう配慮が出来ていながら仕草や動きから殆どが新兵クラスの初心者みたいなのを寄越したのかが気になった。

 部隊長を始めみんなが妙にソワソワしておりこれから任務だと言うのに緊張感が感じられない。

 どうやらこのミッションはそれほど安全な内容だということだ。

 今更ながらに父様の言葉を思い出す。


「では、皆頼んだわね」

「「「「「はっ」」」」」


 女王陛下の言葉で締め括られ行動を開始する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る