24話 ソフィアの盾と剣


「ソフィ~。あまり僕に面倒をかけさせないでくれるかな?」


 ソフィー姫様に冷たい口調で話すのはクロスライト家の長男のアレス様だった。

 すっかり諦めていたと思ったのだが、こんな所まで追ってきたのか…。

 ニタリと笑い。勝ち誇った顔を見せるアレス様だが、なんと執念深いのだ。

 一緒に数名の取り巻きを連れてきた。一緒になって笑っていやがる。

 

 まちがいねぇ。こいつストーカーの予備軍だ。今後は付き合い方に気をつけよう。


 反対に姫様は、顔をひどく青くさせ俯いたまま言葉を詰まらせている。

 しかも、アレス様から逃げるように噴水の方へと後ずさっていった。


「ソフィー? 謝ってくれないかい? 僕は、僕が、こんなにも君を探したんだよ!!」


 でかい声で叫ぶアレス様は姫様を追い詰めていく。


 …何ていうか、この人こんなキャラだったっけ?

 豹変しすぎてて些か引き気味だが、流石に王家に対して調子に乗りすぎだ。


「アレス様。姫様を連れ出したのは僕です。責めるなら僕にしていただけ「ウルサイんだよ。子である下等貴族が、俺の許可なしに勝手に喋るな!! それよりもソフィー問題は君だよ!!」」


 何をそんなにキレているのやら…悪いのは俺だって言ってんだろ?

 アレス様…いや、アレスは俺を無視し、執拗に姫を虐めている。


 --なになに?

 --どうした?


 --ざわざわ……


 アレスの大きな声に周りに居た一般の人達が集まってきた。物事をドンドン大きくしていっている。

 そんな世間の目には全く触れずに大声を出し続けるアレス。

 意外にも一般の人達の反応は薄くなる。

 何故なら怒号を挙げているのが貴族だったから。

 身なりや取り巻きの態度で判断してるのだろう。


 躾がなってないのはこいつの取り巻きにも言える。

 こいつ等も先程からソフィー姫様に対して不敬な態度を取っている。

 主人と同じで子供とは思えない嫌な笑みを浮かべていた。

 

 …どうやらこいつ等は敬意を表するに値しないクソ野郎のようだな。


「…アレス様。これ以上の姫様への侮辱は不敬とさせていただいきます。罰するのなら僕をどうぞ。因みに仮に不敬だと判断した場合は僕が姫様をお守り致します。そして、その際皆さんがどうなるか保証しかねます。どうかここは寛大なお心でお引き願いください」


 俺は貴族礼をして今できる全ての礼儀を尽くしたのだが…


「なんで俺がお前みたいな下級貴族の言うことを聞かねばならない? 俺に直接話しかけるとはなんて無礼な奴だ。おい。お前達コイツの事泣かせろ」


『泣かせろ』とはまた直接的な表現で…

 これだから、プライドで飯を食っているやつは気に食わない。

 アレスの取り巻きは俺を囲むと子供バリのパンチやキックを繰り出してくる。それをいなしたり躱したり手を出さないように捌いて様子を見ていた。


 実は、アレスはまだ不敬という不敬は働いていない。もちろん姫様本人を目の前にして怒鳴り散らすなんて言語道断なのだが、護衛が見ている訳でもないし、一般の人が通報するでも無い。俺以外では息を潜める数名(暗部)が姫様に付いている程度だ。

 なので、何も証拠として残らない状況なのである。

 寧ろ口で文句を言われた程度でいちいち王や女王に話を付けていたら。臣下の貴族に何を言われるか分かったものじゃない。

 小言一つ跳ね返せない方が問題視され貴族間からは無能な姫としてレッテルを貼られるだろう。なので、アレスが姫様に手を上げたりしない限り今の所、不敬には出来ないのだが、今のアレスはかなり頭に血が登っており殺気まではいかないが妙に嫌な感じを放っていた。

 姫様ににじり寄る姿は五歳とは思えないほど妙な不気味さを感じる。


 姫様も同じ様に感じていたのだろう。

 奴から逃げ回る。だが、逃げる場所もそうは多くなくアレスが追い込んでるのもあって袋小路の方に逃げてしまった。

 行き場の失った姫様に対して徐々に距離を詰めるアレス。捕まえたと確信した為にその笑みが更に邪悪になった。

 姫様はその表情に恐怖しその場で座り込み、耳を塞いで縮こまっていた。 


 もう、これ以上は容認できない…な。


 俺は少しだけ殺気を開放し、囲んで来た彼らを脅す。

 俺の殺気に反応した取り巻き達は動きを止め、俺をジッと見つめる。皆顔色を悪くしながら、怯えたような表情で俺を見つめていた。


「…お前達は調子に乗りすぎだ」


 殺気を出しているせいで声がどうしても低くなってしまう。


「…!?」


「お、お前……」

「…ぶ、無礼だぞ!!」

「…な、何だ。体が寒い」

「やべぇ、正義の味方っぽくて格好いい」


 取り巻き達は俺の姿を見て完全に意気消沈し、その場にへ垂れ込んでいる。

 一人だけマイペースな奴もいるけど…。


 --しょわ………


 5歳時にはきつかっただろうな。彼らの股の下には水たまりが広がる。

 俺の殺気は奥にいるアレスにも伝わる。

 振り返って俺を見る奴の表情は驚愕の表情だった。


「…お前。僕がソフィーのためにやっているのに邪魔をするの?」


 絞り出すように喋る言葉に力は無くか細い。


 その頑固いつまでもつかな?


 俺がもう少しでアレスに手が届きそうな所まで近づいた所で後方から数名の声が聞こえる。

 声の気配を探ると数名の大人の叫ぶ声が響いてきた。


「おい。こんな所にいやがったぞ!!」

「へへっ。獲物が増えてやがるぞ」

「かかかっ、こいつはツイてるな。ガキが勝手に動かなくなってやがるぜ。今回はボーナスが貰えそうだぜ」


 どうやら先細姫様とあんまり良くない・・・・・・・・道を歩いた時から付けられていたようだ。


「う、うええええん」

「母上~」

「う、うううっ…」


「う、うう…。何かかっけー。」


 突然現れた大人にビックリした取り巻きの子供達は恐怖のあまり泣き出してしまう。

 やっぱり一人変なやつが混じってるみたいだ。


「な、なんだ貴様ら!? 我らを貴族としっての狼藉か!!」


 アレスが仲間を守るように叫んだ。

 だが、まぁコイツラは人攫いだ。


「…へへ、へへへ。コイツはラッキだ。身代金も取れるぜ~」

「「「おおぉ」」」


 どうやら身代金をふんだくるという工程が増えたらしい。

 貴族という特権だと思っていたアレスが、ショックで身じろぎもせず固まっていた。


「うへへ。このガキ共から先に攫うか? おい、荷車用意したか?」

「あぁ。もうすぐ着くぜ」

「ちっ。袋がたんねーな」


「嫌だ。たすけ…ムグッ」

「ア、アレスさ…」

「た、たすけ…」

「な、なんかカッ…」


 取り巻き四人はあっという間に縛られ、口も封じられ数名は袋を被せられていた。

 何も出来ないアレスは、その場にへたれこんで動かずにいた。

 俺は、姫様の元に近づき体を起こす。後はこいつ等を適当に巻いて姫様を逃がすだけ何だが…


「イッセイ様。彼らを助けて頂けませんか?」

「姫様。彼らは姫様に不敬を働きました。ここで始末出来るならそれで手間が省けるでは無いでしょうか?」


 俺の非常な一言はアレスに響いた様ですがるような目をして俺を見つめている。

 俺の実力なんてアレスは知らないだろうが、姫様が俺に頼むと言った為に一抹の希望を見出した様な感じだった。


「そんな事、今はどうでもいい事でしょ!!」


 ソフィア姫様の叱る声は透き通った声で、おれの中に響いた。

 まるで、ソフィア姫様では無く、鏡に叱られた様に感じた。


「イッセイ様。お願いします。お力を貸してください」


 ソフィー姫様が俺に頭を下げてきた。

 この構図だと俺が悪い人みたいになっている。


 だが、そんな姫様だから尊いんだと思う。



「あっ……」


 俺は、ソフィー姫様の前で膝をつく。


「ソフィー様がお求めになるのであれば、私は貴女の剣にも盾にもなりましょう」


 事態は一刻を争うこの場所で奇妙な一幕が起こる。


 人攫い共は苦虫を潰した顔をした。

『助けを求める女の小娘に対して、糞ガキは騎士ごっこか? やべぇコイツはちょっと壊れてるやつか…』

 即座に計算をし直す人攫い達。多少劣っている位なら範囲は誤差だが、気狂いは別だ。買い手が付かないなんて日には親分にどやされる。


 そして、アレスも戸惑っていた。

『何だ。何んだこいつ等!? …でも、かっこいい』

 目の前に自分の理想に近い主従関係が構築され心の奥で熱いものがこみ上げていた。


 最後にもう一人。

 ソフィーは顔を赤らめた。

 自分のワガママに礼を持って守ってくれると逆に忠誠を示してくれたヒーローに。


 様々な思いの視線を向けられた俺は、ゆっくりと立ち上がると振り返り。

 目の前にて複雑な表情で俺を見てくる人攫いに向けて視線を集中する。

 運び係の大人は三人おり、先程いたもう一人は馬車を取りに行ったのだろう一人減っていた。


「なんだぁ~。ガキンチョが先に乗りたいのか?」

「「ぎゃはははは~」」

「……」


 三人の中でひときわ体がデカいオッサンが俺を見てからかって来た。

 だが、俺は一歩づつ前に進む。

 俺がビビりもせずに前に進むため人攫い達が気味悪がっていた。


「…気味の悪いガキだな。止まれ!」

「……」


「止まれ!!」

「……」


 怒号混じりに変わった警告を無視して前に進む。

 途中でアレクが「お、おい」と言って俺の手を引っ張って来たが、一瞬見た俺の表情を見て直ぐに手を離した。

 人攫い共はいつの間にか得物刃物を抜いており。どうやら俺とやり合う・・・・つもりらしい。


 俺の口角が少し上がった。



 ・・・



 --ドボォ!!


「うぉ!? な、何だ」


 祭りを楽しんでいた一般の人は突然近くにいた壁から人が飛び出して来て全身が跳ねるようにびっくりした。

 もちろん彼意外の一般の人も同じものを見ており何事かと集まりだした。


「…ううっ。ば、化け物」


 そううめき声を上げたのは体のデカい一般の男だが、知る人が見れば裏稼業の人間だと分かった。そして、これが抗争のいざこざだと理解した人達が徐々に倒れた男と距離を開け始めるが、逃げるでも無く目の前で立っている砂埃が晴れるのを待っていた。何故なら娯楽として剣闘等の戦いをモチーフにした賭け事は割とポピュラーな楽しみである。それらに慣れ親しんでいる国民は喧嘩なども楽しみにしてしまえるのだ。

 そして、この強面の男を打ち倒した者の姿を今か今かと待っていた。


「ふぃ…。これで全部かな?」

「へっ?」


 人族とは勝手な種族である。自分たちの想像を絶する出来事が起こった場合、直ぐにその事実・・を受け入れる事が出来ない。

 砂埃から現れたのは身なりの良い男ので、どう考えても学園に入ったかどうか位に見える。


「ふぅ。さて、一段落しました。とりあえず皆を助けて兵士さんに引き渡しましょう」


 奥にも何人か居るのかもしれない。目の前をちょろちょろする子どもたちを目の動きだけで追うことしか出来ない。


「…イッセイ様。あ、あの」

「しっ、今は少々お待ち下さい。衛兵の所までです。」

「はい…」


 等と離しながら男女の子供とそれに無言で追従する男の子5人組。

 これだけの間で分かった事は、あの大男を倒した一人が『イッセイ』という名の子供だったという事だけだった。



 ・・・


 噴水広場に急行した衛兵はそこに残っている男の顔を見て、連行する手続きを取った。


「き、貴族の子息の皆様。怪我がなくて何よりです。この場の後処理は我々が引き継ぎ皆様はお屋敷へお送りするように手配しております」


 ガチガチでプルプルと縦と横に微振動している兵士さんが焦点を上に向けて報告してきた。俺はそこまで緊張しなくて良いんじゃない。って思ったけど周りに居るのが王族や公爵家などが居れば確かに変な振動にもなるかもしれない。


「はい。それでお願いします。後、実際に戦ったのは僕だけですので質問があれば何でも言ってください。いつでも協力致します」

「はっ、よろしくお願いいたします」


 よし、これで一通りの段取りが済んだな…。

 しかし、途中でちょいちょい変な視線を感じていたし、集まっていた民衆の中に何人か俺を顔見している視線があったな。

 どうやら、コイツ等は雑魚でトカゲの尻尾程度だったか…


 色々頭の中で情報が整理させれていく。


「それでは、イッセイ様。宜しくお願いします」


 考え事をしていたら満面の笑みを向けてくる姫様が場所に乗っていた。


「姫様。本日は失礼いた‥「…いいえ。とても刺激的で色々勉強になる体験が多かったです」」



「左様ですか、明日お迎えに上がります」

「はい。お待ちしております」


 姫様は俺に会釈すると馬車に乗って立ち去っていった。

『姫が貴族に会釈する』って、結構問題なんだけど…まぁいいか。

 姫様の馬車が見えなくなるまで見送っていたら。


「今日はすまない。迷惑を掛けた」


 アレスが申し訳無さそうな顔をして立っていた。

 人攫いをさっさと片付けた後、アレス様はソフィー姫様に謝ってくれた。

 その後、俺と一緒に捕まった取り巻き達を助け衛兵への説明も彼がおこなってくれたのだ。


「いいえ。アレス様。貴方がいらっしゃったお陰で僕も助かりました。お手を煩わせて申し訳ありません」


 謝罪を謝罪で返す。

 ある意味、アンタの謝罪は受け取りませんって意思表示だが、子供の彼にそこまで理解出来ないだろう。とりあえず責めすぎない様にするだけだ。


「今日のこと、父上に話してみようと思う」


 ほらね。こんな感じで親に泣きつくって事。

 そうなった時に不利にならないように手を打っておくのが俺の主義だ。


「えぇ…。どうぞ色々話をしてください」


『じゃ。』っと言って馬車に乗り去っていくアレス様。

 皆を見送った後で俺も帰路に付いた。

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