22話 ソフィア姫の苦悩

 

 ・・・ソフィアside



 はぁ…。私は、とても憂鬱です。


 私は学園の机で頭を痛めながら苦笑いしていた。

 その理由は、今も目の前で一生懸命喋っている男の子の話をたまに相槌をいれながら聞いていたからだ。

 で、この饒舌に喋っているのは、この子は王国の公爵家クロスライト家のご子息で跡取り息子のアレス様だ。王家と繋がりの強い家なので無下には扱えない。


 と、思っていたのだが流石に朝から纏わりつかれれば気分も乗らないものだ。


「はぁ…」


 自然とため息がでる。


「クロスライト卿。もうすぐ試験が始まります。ご自分の席につかなくても宜しいのですか?」

「いや~。僕は貴方の、ほら、あれですから…。あれ・・


 ゾゾゾッ…。


 私からのコメントを待っているのだろう。チラチラこっちを見てくる。

 五歳児の癖に嫌な目で見てくるのだろう背筋に悪寒が走る。苦笑いしか返せない。


 お母様からは『今日からは一般の人として振る舞いなさい』と言われたていた。

 これは、リスク軽減と一般の子たちが緊張しないように配慮した結果と、今後の目的のためでもあったのだ。

 今後の目的とは、何れ即位する国王の兄の元でまつりごとの手伝いをするつもりなのだ。

 だから、学園では一般の子も分け隔てなく付き合えるように準備していた訳だが…


 だが、それもクロスライト卿のお陰で正体がバレてしまった。…まさかの初日に。


 城に戻ればお母様にさぞ笑われるだろう。別の手も考えなくてはいけない。

 まぁ、その程度の苦労なら慣れているから良いのだけど…。


 それよりも…。


「…で、ですね……です………」


 クロスライト卿が言い訳なのか、いつもの自慢なのか、何かを一生懸命話して来ているが全く頭に入ってこない。適当に相槌を打つ。


 それよりも、思い出すのはあの三歳の時の出来事の事ばかり。

 お母様が王女という立場を一時的に放棄し、身分を隠して私を連れ出してくれたあの数週間。私の中で今も輝いている夢の様な時間だ。


 初めて『自由だ』と感じた貴重な時間。

 そして、私の王子様に出会った瞬間だった。


 どうしても彼の事ばかり考えてしまう。

 初めて会ったあの日からずっと憧れていたあの人に再開出来た…。

 それだけで頬は熱くなり、血液のめぐりは早くなる。彼を見ているだけで目眩がしそうだった。


 彼、格好良くなってたな…。


 ちょっと思い出すだけでも自分の頬が紅くなるのが分かる。2年ぶりだけど、ビックリするくらい格好良くなっていた。そして、あの落ち着きぶり。他の子と比べても天と地ほど離れた大人だった。

 背丈は私が勝っているけど、男子は15の成人位には見違えるほど成長するらしい。


 何より先程耳元で囁かれた言葉。

 危うく腰が砕けるかと思ってしまった。そういう意味では現実に引き戻してくれたクロスライト卿には感謝だ。彼に醜態を見せずに済んだのだから。


 実は三歳の旅行の帰り。馬車の中でお母様が、


「彼は大物になるわね。今のうちに唾付けようかしら(ジュルリ)」


 なんて言っていた。あの時は意味が分からなかったが、今なら言える。


 その役目私がやります。

 両手もろてを上げてアピールしたい。


 ただ、あんな事(先程の騒動)があった後だから今後は話してくれるか分からない。そういう所は気を使っていそうな人だもんね。そう思うと気持ちが落ち込んできた。


「はぁ…。憂鬱です」


「姫殿下。お気分が優れないのですか?」

「はひゃ~!!」


 背後から声をかけられ思わず背筋が伸びてしまう。


「何やら伸びたり縮んだりを繰り返してましたので、体調が優れないのかと…」


 クロスライト卿かと思っていたが学園の試験管の人だった。

 って、いつの間にか試験が始まっている!?


 ちょっと!! そういうのはちゃんと教えてください。クロスライト卿。


「あっ、いえ。少し試験の内容で悩んでいただけです。あっ、ありがとうございます。」


 配られている試験の内容を読む限りだと、既に算数は終わっていて歴史に入っていた。どうやら白昼夢で試験を受けていた様だ。


 恥ずかしい思いをしたけれど、試験時間はまだまだ多くあったので確認することはできそうだ。そして、この試験では『忍耐』の試験している事だろう。

 私の奇妙な行動に気付いた試験官が寄ってきたのは警告しにきたのだ。

 次は減点されると言うことを遠回しに伝えに来てくれたのだ。


 背筋をただして姿勢を直す。

 後どれくらい待たないといけないのだろう。試験時間がわざと長めなのも知っているが、残り時間が分からないため気が抜けない。


 気は抜けないのだが…。思い出すだけでニヤニヤしてしまう。

 あの人に再開して私はこんなにも幸せになっている。目を瞑れば少し離れた場所に居る彼の顔が鮮明に映し出され、また心臓がバクバク言い出した。

 

 やはり、後で話しかけてみよう。そうしよう。この二年間で私がどれだけ成長出来たか彼に見てもらおう。

 でも、おそらくクロスライト卿が邪魔しに来る。いや、絶対に来る。

 そうしたら彼に迷惑がかかる。それならば、今日は止めて次回にすれば良いだろうか? でも、話さないと後悔しそう。ソフィア頑張れ。絶対いける。


 イッセイの事を考えながら体をアップダウンさせていた。当然顔色も赤色と青色を行ったり来たりしていた。

 そんな謎行動を取るソフィアにとある者が睨み。試験官が無言で赤印を付けたのは言うまでもない。



 ・・・



 試験も終わり皆が各々の表情を見せ帰り支度をしていた。

 嬉しそうな顔の人、頭を抱えて唸っている人、友達と談笑する人。皆が学園入学への希望を胸に楽しそうにしていた。


 だが、私の気分は最悪なまでに落ち込んでいた。


「ソフィーどうしたんだ君らしくもない。あんな態度ではこれから女王としてやっていけるのか? 僕がフォローしなければ、減点されていたんですよ。」


 皆の前で説教さている上に彼が勝手におこなった不正を私のせいにされた…。

 彼が行った不正とは、試験管に脅したらしい。(本人談)

 そんな事をすればもっと大事になりそうなのにこの人は一体何をやっているのだろうか? 凄い恥ずかしい。もう消えてしまいたい。


 他にも試験中もずっと私を監視していたようだ…。流石に背筋に寒気が走った。


 その後もあーだこうだと彼の講義と称するお説教は続いた。これを聞いていないと何かと後々面倒だからだ。はい。はい。と、生返事を返すが気持ちは沈んでいくばかりだった。

 この部屋には彼もいるし、他の皆も私を見ていた。


 消えたい。


 それが今の率直な意見だった。


「あのー? 公爵様宛でお手紙を預かったのですが」


 私達のところに誰かが声を掛けてきた。

 いやこの声はあの人だ、聞き間違えるはずは無い。私の憧れの人、イッセイ様。


「あん。なんだ辺境伯の子か、なんだ今忙しいんだけど?」


 アレス様があしらう様に扱っていたが、イッセイ様は特に気にする素振りも見せず、クロスライト卿の嫌味にも特に気にする素振りも見せずにいた。


「今忙しいと言っている!!」


 クロスライト卿がついには癇癪かんしゃくを起こしてしまった。

 こうなると彼は凄く攻撃的になる。早くイッセイ様を逃さないと…


 そう思って行動しようとするがイッセイ様は、手紙をピラピラ見せながら鬱陶しそうに話していた。


「…あぁ。そうですか。それならどうぞご勝手に王家の手紙を無碍にするなんて、なんて残念な人だろう。でもまあ良いです。僕の方で受け取り拒否された事を王城へ届けに言ってきますから」


 ちょうど王家の封印が見える様にしていたので、クロスライト卿もその印をジッと見つめていた。王家の紋付きの手紙を見ないで無視するのと、見てから無視するのでは罪の重さが違う。


 当然後者の方が罪は重い。


「チッ。おい貴様。その手紙を寄越せ」


 イッセイ様が手紙を差し出す。クロスライト卿がそれを剥ぎ取って、すぐさま自分の居た席へと戻り近づいてきた召使いらしき人に中身を出してもらい読んでいた。


 イッセイ様はもう一枚の手紙を私に差し出してきた。


「これを後で構いませんので、お読みいただいても良いですか?」


 私が手紙を受け取ると同時にクロスライト卿は教室を早歩きで出ていった。


 助かった。


 私は正直それを考えた。ホッと胸を撫で下ろす。

 正直、これ以上は精神的に限界を迎えそうだった。

 今日は一般の人に紛れる形で来ていたので、護衛も居ない。家庭教師を頼んでいた教員に送って貰う事になっていたので、クロスライト卿を止める人も居なかったのだ。


「さて、今のうちです。我々も行きましょうか?」

「えっ!?」


 手を差し出されたので、不意に受けてしまったが彼と手を繋ぐのは嬉し恥ずかしかった。


「では、ソフィア姫様。参りましょうか」

「はい」


 手を繋いだまま教室を出る。婚姻の約束をしていない王家の者が見知らぬ男性と手を繋ぐなど本来あってはならない事実だが、私はとても嬉しい気分になった。

 何だか皆の前で手を繋いだ事で公式に発表したかの様にも感じる。


 色々な生徒達が私達を見て、何かざわついた感じになっているが気にしない。

 気にならなかった。彼に手を握られていると言う事実が、顔に熱を伝わらせていた。





 ・・・イッセイside


 俺が手紙を受けったタイミングでソフィア姫様の近くで怒号が上がった。


「ソフィーどうしたんだい………」


 あぁ、クロスライト家の息子様か…。

 声を聞いただけで面倒な気持ちが沸いてくる。自分でもビックリだが短い間にそれだけ悪い印象を持ったと言うことだ。


 本来なら面倒なので適当に教員を呼びつけて帰ってしまう所だが、知り合いだし、王家の手紙も受け取って読んでしまった。これでは逃げ出せない。

 そう、この物語にガッツリと関わる事になってしまったのだ。


 手紙の中身はこうだ。


『イッセイ君。ソフィアは君に会ったら確実に浮かれて、試験中ポカをやらかすわ。そうしたら、クロスライトかガートランドの子が騒ぐと思うからソフィアのフォローをお願いね。

 あぁ、そうそう。別で手紙を付けておくから彼等はそれを渡せば居なくなるわ。

 そうしたら、適当にソフィアを連れ出しちゃって。あっ、お泊りはまだ無理だと思うけど少しの間なら行方不明になっても良いからね~。


 じゃねー。チャオ ノシ  未来の母より


 PS:手ぐらい握っちゃって。その方があの子直ぐに言うことを聞くから』


『ノシ』って、ネットゲーの挨拶なのに何で知ってるんだ?

 しかも、バッチリ手紙と同じ状況に陥っているのが、今も何処かで見てるんじゃないかと感じてしまうほどで、つい索敵魔力を学園全部に張り巡らせてしまった。


 それに、未来の母にはツッコまない。それはツッコンだら負けだ。

 大体、俺には家督が付か無い。寧ろ付いてほしくないと思っている。

 それに引き換え、ソフィア姫様は王国の姫。身分がぜんぜん違うのだ。


 鏡を探さないといけないし、出来れば関わりたくない。

 そもそも俺、冒険者になる予定だしな。


「返事をしてくれないと分からないよ!!」


 随分と大きい声が聞こえてくる。

 また、クロスライト家の息子様の声だ。すぐ分かるとは…俺も随分と嫌がっている様だ。罵声を浴びて追い込まれていて、俯いたまま動かないソフィア姫様。

 それにしても王国の姫殿下をここまで追い詰める公爵家って凄いんだな。と、ある種感心してしまう。そして、先程の忍者っぽい人が彼女を助ければ良いんじゃないか? とも思ってしまう。俺が関わるのって遠回しすぎやしない?


 罵声は今も聞こえてきていた。

 流石に周りの生徒達もドン引きしていてあまりいい兆候じゃない。


 …流石にやりすぎだな。


 俺は王女様からの受け取った切り札手紙を持ちニ人に近づく。


「あのー? 公爵家のご子息宛にお手紙を預かったのですが?」

「あん。辺境伯の子かなんだ、今忙しいんだが?」

「こちらを読んでいただけますか?」


 先程より露骨に手紙を見せる俺の事を睨みながら彼は、


「うるさい。今忙しいんだ!見て分からないか!!」


 大声で怒号をあげる。耳が痛い。

 俺が大声でビビったと思ったのか、目に嫌なニヤケ感が浮かんでいた。


「…はぁ、頭に血が上ったぼっちゃんには仕方がないか。」


 --ズイッ


 できるだけ薄くした殺気を出してクロスライト様へ浴びせる。

 殺気とは、覇気の一種みたいなものだ。威圧感とも言っていい。

 よく声を大きく出して相手を威圧してくる人がいるがあれの無言版だ。


 バッチリ効いたクロスライト様は一瞬で無言になる。

 冷や汗をかいている顔色も青い。


 薄いけど経験のない人には堪えるだろうな、これで喋れたらなかなかだ。

 念の為、手紙を見せておくことにする。


 プライドが命よりも重い貴族には逃げ道の作成も必要だ。

 気持ち悪そうな顔をしながらしっかりと手紙に目が行く点は流石貴族だと感心する。


 そんなことを考えながら、目の前にスッと手紙を出す。


「女王陛下からです。今すぐご確認を…」

「あ、ああ……」


 クロスライト家の息子様は青色の顔でさっさと自分の居た席の方へと逃げていった。執事と言うか召使いみたいな人にワザワザ開けさせるのには意味があるのか? ってツッコみそうになってしまった。


 さて。この後、外に出るだろうが、どうだ?

 一瞬コチラをちらりと見たあとで直ぐに部屋を出ていった。今がチャンスだ。


「さて、今のうちです。我々も行きましょうか?」

「えっ?」


 ソフィア姫様は辺りをキョロキョロ見渡している。

 息子を警戒しているのだろう。


 俺は笑顔で手を差し出す。

 アリシャが女の子にはこうしろって言ってったっけ。


 ソフィア嬢は戸惑った様子を見せるが直ぐに俺の手を受け取ってくれた。

 立たせて直ぐにポケットをまさぐる。

 魔石を探して、魔力を込める。イメージするのは【認識阻害ステルス】だ。

 それを手に持つと、ソフィア姫様に声をかける。


「では、ソフィア姫様。参りましょうか。」


 ソフィア嬢は満面の笑みで、


「はい。」


 彼女の手を取って教室を抜け直ぐに魔石に魔力を込める。

 すると、姿が消えていった。成功である。

 こうすれば直接触れても直ぐにバレることは無いだろう。


 ソフィア姫様と外に出た。

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