19話 チェンジで…



「……ねぇ、イッセイ。どこに行こうと言うの?」

「ふふっ。着いてからのお楽しみですよ。姉様」


 俺は姉様を連れて王都の外に出てきていた。目的地は王都の近くにある洞窟である。

 厳密には光の入らない場所ならどこでも良かったのだが、条件の変化で光が入り込むのも嫌だったので念の為近くの洞窟に行くことにしたのだ。


 それもこれも目の前で泣かれた姉の為である。


「…しかし、何で私はこんな格好なのかしら?」


 姉様にはある条件を満たすために手足を縛り目隠しをしてもらっている。


「はっ!? まさか、そういうことなの? 私の体が目的なのね?」

「はぁ!? ちがっ…」


 絶対こういう勘違いをすると思っていたが、案の定だ…。

 はっきり言って、まったくそんな気はない。

 あくまである条件・・・・を満たすための措置だ。出来ることなら今すぐにでも解放してやりたい位だ。


「カレン。淑女がこんな事で取り乱すものでは無いわ」


 ピシャリとカズハが言い放つ。


「そ、そうかしら…」

「そうですよ。イッセイ様が孤高の存在なのにご家族が足を引っ張ると言うなら……斬る!」

「ひっ!?」


 姉様がアクアの圧にビクンと体を揺らす。


「あぁ。大丈夫この子ちょっと重い子だから、そんな事したらイッセイが怒るから絶対やらないよ」

「重い子!?」

「精霊に重い子も居るの…」


 こんなやり取りがさっきからずっと続いている。ここまで強硬手段に出て姉様が泣いたり喚いたりしないのは、俺が犯人と言うことと精霊の女性陣が姉様に話しかけてずっと気を紛らわしていくれたお陰だ。だが、それもそろそろ限界かな。

 そろそろ違う方法を考えないと俺が姉様が微妙な関係になってしまう…。


「…分かった。兎に角、話は分かったけど……。さっきから何だか、揺れているのはどうにかなるかしら? ちょっと気持ち悪いわ……うぷっ」


 姉様を見ると空中で『ふわふわ』と揺れていた。確かに見てるだけで、結構ヤバイそうな揺れ具合だ…。

 現在、姉様はプロメテに任せて運んでもらっているんだが…、魔法で浮かせて運んでいるだけ。


 …大分『雑』に扱われている状態だった。


「…………」


 暫くすると姉様は何も言わないし、動かなくなっていた。

 夜揺れる車に乗っているようなものなので、三半規管の弱い人ならあっという間にマーライオンになるだろう。


「おぉ…ぇ…」


 や、やべぇ!! 


「ね、姉様。もう少しだけ我慢してください」

「……うぅ。気持ち悪い。イッセイどうして? 私が何をしたっていうの? 何処に連れて行こうっていうの? 私怒らないし、父様や母様にも内緒にしておくから。お願いよ屋敷に戻りましょう…。それに、誰かに見つかったらどうするの?」


 まずい。大分弱ってきてるな…。安心させて時間を稼ごう。


「大丈夫です。姉様。その辺の工作は済ませてきましたし、皆が騒ぎ出す前に戻れば良いのです」


 確かに夜中にメイドさん達が姉様の寝床を確認しにくれば、部屋がもぬけの殻なのは一瞬でバレて屋敷中たちまち凄い騒ぎになるだろう。

 

 だがしかし、目が覚めれば・・・・・・の話だ。

 俺が普段からお疲れの皆の為に特別製の魔石睡眠効果付与で朝までバッチリ眠っている事だろう。

 誰も怒ることはない寧ろ感謝されるだろう。

 それに一応、俺の部屋に置き手紙を置いてきたので多分大丈夫だ…と思う。

 怒られるだろうが少々時間は稼げる…筈だ。


「何でそこまでしてるのよ…。ウップ…も、もう…限界……」

「これから良いところに案内します。暫くお付き合いを…」

「変態弟!! 何する気よ。早く屋敷にかえしてよ!!」


 目隠し姿で体を一生懸命よじっている姉様を見て眉をしかめるしか無い。そんな格好をさせて申し訳ないとは思っている。

 確かに、夜寝ているところ訳も話さず拉致したのは悪いと思うけど。


 ここまでしないと絶対に条件が達成出来ないしなぁ…。

 詳しくは話せないから説明は後にしようと思ったが、これはどうにかしないとそんなにもちそうもないな。


「もうすぐ着くぞい」


 グッドタイミーング。


 バッカスの言葉に俺はテンションが上がる。


「姉様。もう少し、もう少しだけ、僕を信じて待ってください」

「……」


 俺はそう呟くだけで精一杯だったが、姉様の返答は首を左右に振ることだった。

 姉様には何とか頑張ってほしい。実は、バッカスの分析により姉様には闇属性の適正ありとの結果が出たのだ。厄介なのが闇属性の精霊との契約はちょっと特殊だということ。小面倒な試験がある。

 それが、『目隠しをして、一寸の光も通さない真っ暗闇に行くと自ずと闇の精霊が姿を表わす。』というものだ。最初聞いた時は、はぁ? 何その不思議な条件。と思った。そんなのどうやって行けば良いんだ? ってね。だが、バッカスから話を聞くと『随伴OK』ということだった。


 …なるほどやる拉致るか…。と言う話になった。


 だってしょうがないんだ。バッカスが帰ってきたの決行する10分前だったんだから…。もう夜も更けていて説明するには時間が遅すぎたんだ。


「……!」


 バッカスに教えてもらったゴール地点まであと少しという所で敵が居る気配がした。

 サクッと排除して安全を確保するか…


 姉様には内緒…


「カレンお姉さん。お静かに…近くにモンスターが居ます」

「えっ、何? モンスターって何よ。ちょっとこれ外してよ!!」


 アクアが余計な状況説明したことで、騒ぎ出すカレン姉様。

 そりゃ、目隠しされて手足を縛られた状態なら取り乱すわな…。


「アクア!! アンタアホなの? そんな事、カレンさんに教えてどうするのよ? イッセイ様に怒られるわよ」

「え? 言っちゃダメだった。警戒してもらおうと思ったのに…どうしよう」


 カズハがアクアを叱った。

 アクアがシュンとしていたが、まぁここは反省してもらおう。

 まぁ、被害者のカレン姉様は興奮しすぎて軽く過呼吸を起こしていたしな。


「がはは。イッセイ姉よ安心しろ。お前にとっても意味のある事だぞ」

「かはっ……。はぁ、はぁ。何でよ…。モンスターが居る所入ったら危ないでしょ!? ねぇ、イッセイお願いよ。もう怒ったりしないから、こんな意地悪せずにお家に帰りましょ!!」


 だが、実はもう既に敵は目の前に居て最早逃げる事も出来ない。

 だから、片付けて方が早いのだ。ポケットに入れてある魔石を握る。


 襲ってきたのは、人狼だった。

 一節には人と獣の禁忌によって生まれた悲しい運命の生物だと聞いたが、まぁどの世界にも冒険者は冒険者という事だと思った。

 で、この世界の人狼は人と同じ様に二足で歩き、武具を装備し、人の言葉を話す者も居るらしいが今はコミュニケーションを取っている場合ではなさそうだ。


 魔石を人狼達の後ろの方へと投げる。その間にコチラに切りかかってくる人狼Aに向かってそのまま反転し、後ろ回し蹴りを入れる。

 人狼Aが俺の蹴りで吹っ飛び、一緒に向かってきたコボルト達を巻き込みながら更に吹っ飛んでいく。

 吹っ飛んだ先で投げ込んだ魔石が、白い煙がブシューっと勢い良く吹き出した。


 --グッ!!?

 --グガガっ!?


 ふははっ、◯ルサンからヒントを得た睡眠ガスの噴射方法だよ。

 お前たちも朝までグッスリ眠るが良い。(体力完全回復も保証)


 俺に感謝しろ。明日の朝は今までの朝より体調が良いはずだ。


 本来なら討伐しても良いのだが、急に押しかけて殺生されたんじゃあって思い、眠らせることにした。姉様の手伝いをしたいだけで討伐対象でも無かったしな。


 口から舌をダランとだらしなく垂らし、白目を剥いて痙攣しているが死んではいないだろう。しかし、犬の顔って一種類なのかと思ったが何種類も居るんだな…。


 取り敢えずここで伸びている3匹(?)の人狼はビーグル、ダルメシアン、セント・バーナードの顔をしていた。


 ふむ。人狼っていろんな種類の顔が有るのか…

 獣人と何が違うのか分からんな。

 一応、奴らは獣人では無い…らしい。ダンジョンや負の魔力が溜まって出来た魔石から具現化した偽獣人になるらしい。


 うーーん。見抜き方が分からん。

 おいおい勉強していくか。


 グッスリの人狼達を横目に先に進む。

 すると、袋小路に辿り着く。着いたところは生活臭が立ち込めていた。

 さっきの人狼たちの寝床だったのだろう。地面を踏んだ感触で寝床の起き藁や食べた物の骨なのが残っている様だった。


「ほほほ。もう少しじゃよカレン。恐らくお主にとって素晴らしい事が起こると思うぞ」

「バッカス。貴方もいるの!?」

「カレン。イッセイを信じてやるが良い。それにもうすぐ目的地に着くんじゃよ」

「えっ!?」


 バッカスが話すとカレン姉様は落ち着くようだ。流石、バッカス。頼れる爺さんだ。

 

「だって、モンスター達…」

「ほほ。それならイッセイが無力化したので問題は無いぞ」

「えっ!? イッセイはまだ5歳よ」


 バッカスの話に姉様が驚いたリアクションを取っていた。

 まぁ、こうなることは予測済みだし。バッカスは姉様を信頼出来るから俺の事・・・喋ったんだろう。


「姉様。内緒にしていただけます」

「イ、イッセイ? いつの間に?」


 ビクッっと体をハネさせて驚いていた。

 目隠しされて手足が結ばれているから相当驚いていた。


「な、何? 内緒って」

「僕がここに連れてきた事、そして、僕が実力を隠している事です」


 俺が話した事を聞いていた姉様はゴクリと喉を鳴らした。

 別に脅している訳じゃな無いんだからそんなにビビらないでよ。


「…何故? そんな力を持っているの」

「まだ、父様や母様に心配を掛けたくないんです」


 5歳でそんな強さがあると分かれば、問題だ。

 まぁ、戦闘を生業とする貴族は良いだろうが、殆どが内政屋である、または跡取りが居るため家督をつげずに両立させておくパターンもある訳だが、その場合大抵は剣を握る時間よりそろばんを弾く時間のほうが褒められる。


「わ、分かったわ」

「ありがとうございます。では、こちらへどうぞ」


 コクコクと頷く姉様。その姉様の手を引いて洞窟の端っこへと進んでいく。

 闇の精霊は暗闇の場所に自分たちの世界精霊界との繋がりを作っている。それを潜るには、試練を乗り越えた者か既に精霊と契約した者だけだ。

 これで、姉様は条件をクリアした筈だ。


「姉様。目隠しを取ってもらえますか?」


 手足の枷を外しながら姉様に伝えると、姉様はゆっくりと目隠しを取った。


「な~にこれ?」

「何か気になるものでも居ましたか?」


 俺には全く見えていないので姉様の言葉の意味が分からなかった。

 だが、姉様の動きを見ていると右にウロウロ、左にウロウロと落ち着かない様子だった。何か見えているのだろう。


「待ってー」

「姉上。離れないで!!」


 姉様は何かを追って奥に進んでいく。この先は袋小路だったはずだ。

 俺たちも姉様を追いかけて袋小路にすすんでみたがそこには姉様も何も居なかった。


「あれ? 姉様は?」


 居るはずの姉様が居ない…。これは不味いですよ。

 ギルドに捜索願いとか出しちゃったら隠し事どころでは済まなくなってしまう。

 俺はだいぶオタオタしていたのだろう。

 目の前の何もない壁に姉様の顔が写っているのに気がついた。


「うわっ。気持ち悪!!」

「ひひひ。驚いた?こっちが闇の精霊の世界に通じている通路みたい」


 姉様の意地悪な笑いが聞こえてきて、壁の中へ手招きしてきた。恐る恐る姉様の後に着いて行く。

 行き止まりの壁を進むと壁がすり抜け洞窟が更に奥まで続いていた。


「イッセイ!! こっちだよ」


 姉様の声にハッとする。感傷に浸っている意味は無かったな。

 顔を上げて姉様を見ると、


 あれ?


 目をゴシゴシと擦ると再度姉様を見直す。


「ね、姉様? その……。肩に乗っているものは…?」


 姉様の肩に凄いのが顔を出している。


「可愛いでしょ? 私の精霊よ。」


 姉様は肩から顔を出すヤギの顔の精霊を撫でながら答えた。

 俺はそれを見て顔が引きつってしまう。


「ヴェえぇ。イッセイ様ですね。シャドウ族でカレン様の執事になりました。フォーメットでございます。」


 カレン姉様の影で右腕を腹の辺りに下げて一礼してくれたフォーメット。

 流石に自分で執事を名乗るだけあってその動きは堂に入っている。


 しかし…


「その姿、あんしんせ「それは違いますぞ。」」


 姉様の肩に乗ったフォーメットが制してくる。でも似ている。ゆるい糸目の顔とかが…。


「チェンジだ」


 こんな、版権に引っかかりそうなやつはダメだろ…

 俺が、声を高らかに言うと姉様が反論してきた。


「な、なんでイッセイに何か言われないとダメなのよ。この子はもう私の精霊なの」

「姉様。分かってください。コイツはダメなんです。怖い大人たちの手によって消されてしまいます」

「何の話をしているの?」


 くっ…説明が難しいな。

 俺が返答に困っていたら、あんしん◯イメイが話し始めた。

 だからお前が目立つと危険だって言ってんだろ!!


「ヴェェェ。カレン様とは波長がピッタリでございましてね。今後は色々カレン様のお力添えを出来ればと思っている所存でございまヴェェェ。」

「だからお前の存在が危険だって言ってるだろ」

「ご安心を版権登録されているのは、『セイメイ』では無く『◯エメエ』ですので」


 ピカーっと、カットイン込で迫ってきたセイメイ。

 なるほど、これなら類似品だ。


「分かった。セイメイなら問題ないだろう。姉様を頼むフォーメット」

「ヴェェェ。かしこまりました。よろしくお願いします」


 まぁ、なにわともあれカレン姉様に精霊が付いた事は喜ばしい事だ。


「イッセイ…。何の話をしていたの?」

「まぁ、契約の話を少々…」

「…そ、そう。兎に角今日はありがとう」


 カレン姉様が先程嬉しそうに言いに来てくれた。

 今は、フォーメットと皆の間に入って宥めている。


 うむ。強行して良かった。

 俺は、心の底からそう思ったのだ。

 フォーメットがあんなことを言うまでは…。


「ヴェえぇ。イッセイ様貴方様にお会いして頂きたい方がございます。お呼びしても良いですか?」

「えっ、ええ。……はい?」


 予想外の事に驚いてしまう。

 フォーメットは俺の返事を待ってから体を闇に変えるとその闇に飲み込まれていった。


「会わせたい人って、誰かしらね?」

「誰でしょうね? 闇の精霊に知り合いなんていませんが」


 セティが近くに来ていたので頭を撫でながら答えるとまた、闇の円が足下に現れフォーメットと誰か知らない人が現れた。フォーメットと違い随分と小さい。

 精霊'sの皆と同じくらいの大きさだったがフォーメットの隣に立っている。


「貴方がイッセイ? 私はマーリーン。お初、よろしく」


 気だるそうな雰囲気を纏うマリーンさんは現れると同時に俺に右手をあげて挨拶してきた。


「あっ、どうもイッセイです」


 あわてて俺も頭を下げる。

 そんな俺たちに笑みを向けるフォーメット。


「イッセイ様。ここにおられるマーリーン姫とご契約頂きたいのですが?」

「は?」

「なっ?」


「「なにー!?」」


 フォーメットの言葉に皆が驚いた。

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