17話 女王陛下の願い事

「国王陛下おなーりー」


 移された一室で待っていると部屋の外が騒がしくなった。そして、次の瞬間には陛下到着の合図を知らされた。


 父様と俺は座っていたソファーから立ち上がり陛下のお越しを待つ。父様を見ると緊張した顔がそこにあった。


 二年前にお忍びで遊びに来た際にはそんなに怖い人では無かった気がする。剛毅な方だったけど。

 だから、父様があんな顔をしている理由が分からなかった。


 とは言え久しぶりにお会いするため変な格好は出来ない。なので、俺も何となく背筋を正す。

 大司教様と司祭の皆さんも扉に注目していた。


 ギギギッ。


 扉が開かれると、兵士の1人が先に部屋にはいって来た。そして、そのまま開いた扉の前でピンと背筋をばし誰かが来るのを待っている。


 直後、開いたドアをくぐり抜け兵士の前を優雅に歩るいてこちらにくる女性。

 王冠と何やら高価そうな杖を携えて歩いてきた。

 超有名人だ。この人を知らないという人が居ればその人は引きこもりのニートか外来種のスパイかなにかだろう

 この御方こそこの国の女王陛下だ。


 端整な顔立ちと気品に満ちた表情には俺も目を奪われた。

 ゆっくりとこちらに歩いて来て一番上座に着くと 一瞬、俺を見て…


 ウィンクされた。

 あっ、どうもお久しぶりです。


「座ると良い」


 父上も俺も促されるままソファーに一斉に腰をおろす。


「イッセイ君、久しぶりだね。二年ぶりかな?」


 お忍びだった筈だけどめっちゃオープンにされてるな。それなら、こっちも話に乗っておくか。


「陛下。ご無沙汰しております。その節は…」

「あっ、いいよ。そんな喋り方されるとケツが痒くなるから止めてくれる?」


 ケ、ケツが痒いって陛下が言うセリフじゃ無いよね…


「いやー、面倒臭いからさぁ。フェニキス家の婦人で来たって感じで接してくれると嬉しいな」


 そもそも、フェニキス家の用事ならここに居ないんですが…


「まぁ、かしこまりました…」

「うん。やっぱり君は賢いねぇ。そう言えばあの時はお忍びとは言えお世話になったね。ソフィーも大満足でね。『次はいつシェルバルト領へ遊びに行くのですか?』って散々聞かれたよ。そんなに気に入ったならイッセイ君の所に嫁に行くかいって聞いたら顔を真っ赤にしてたよ。いやー、最近はもっぱらその話かな〜。ソフィー満更じゃ無さそうだったしね」


 ○ーサカのおばちゃんか?


 相変わらず剛毅な性格はそのままなのだろう。あっけらかんとした態度で淡々と内輪の話を聞かされてしまった。って、何で姫様を嫁に出す話をしてるんですか?

 助け舟をお願いしようとしたが、父様は固まっているし大司教様は苦笑いしていた。

 うーん。使えん大人達だ。


「おい、レオン。どうした表情が固いぞ」


 女王陛下は、急に父様をいじりだした。

 様父上も女王陛下の声が聞こえてきた瞬間に身体がビクッって動いていた。

 何か弱みでも握られているのだろうか?


 陛下は身を乗り出してボソボソと父様に何かを言っていた。すると…


「ちょっと待った!!! 陛下。そのお話は今回の話に関係あるのですか?」


 急に横から大きな声を出されてビックリしてしまった。

 しかし、父上の慌てようは、何だろう?


 何やら父上と女王陛下の間では何かあったようだ。

 女王陛下は、ゲラゲラと笑っており。からかわれた父上は苦虫を潰した顔をしている。


「陛下。ここは教会ですよ。お戯れが過ぎると神罰が下りますぞ」


 このどうしようもない自由な空気に鋭いツッコミを入れたのは、先程まで苦笑いしていた大司教様だった。

 今は笑っていない。どちらかと言うと無表情だ。


 流石。締めるときは締めれるとは大司教様は違うな。


「イッセイ君は学園入試の準備があるので出来るだけ早く切り上げたいそうですよ。折角のお時間を陛下の思い出話だけで終わらせるおつもりですか?」


 大司教様は無表情のままで凄みだけはきっちり出して女王陛下を叱っていた。


「はいはい。分かりましたよ。爺は頑固なんだから。あの女神官…」

「わー。わー。わー」


 陛下がなにか言おうとした所を大司教様は大声を出して遮った。


 こいつ等……


 喋り足りないのか、拗ねたように口を尖らせる女王陛下。この人も何しに来たんだ?


「では、場も和んだことだし本題に入ろう。」


 場なんて、一切和んでねー。

 グロッキーになった若干二名が居づらそうにしているだけだった。


 俺はツッコミたかったが、グッとこらえた。

 父様も同じような顔をしてウンウン頷いていた。


 話をほじくり返すなと言う意味だろう。そこは自業自得だと思うけど。


「で、イッセイ君。まずはここに居る皆を助けてくれてありがとう。」


 陛下は深々と頭を下げてきた。


「ちょ、ちょっと。止めてください。そんなつもりで戦ったわけじゃ無いですから」

「だが、君がいなければあの場には数人の死体と下手すれば攫われる子も居ただろう」


 先程の戦闘を思い出す。

 今でこそ落ち着きを取り戻しつつあるが、先程は阿鼻叫喚や怒号が飛び交い。貴族の子供達はPTSDを患っている子も居た。

 今は別室で親と共にカウンセリングを受けているが深刻な子は更に治療が必要だ。


 気になるのはサキュバスと言う死霊系モンスターが事もあろうに大聖堂に侵入していた事だ。

 残された女神官の皮を見つけたらしいが、中身が入れ替わっていた。(食われていた訳だ)


 だが、本来結界で守られている筈のここにどうやって入り込んだのだ?

 どうもサキュバスの話からは今回の儀式の日を狙って襲いかかってきた可能性が高かった。

 こうなると中に異端の者がいてサキュバスを入れたとしか考えられない。それで出てきたのは裏で何者かが糸を引いている可能性が高いと言うことだった。


「僕も必死でしたので…」


 そう言いつつもベネッタ様の事が気になっていた。

 彼女があの場面で勇気を振り絞ってくれなければ今の結果は違うものになっていた。

 彼女にはいつかしっかりとしたお礼を言いたい。


「分かった…。この件についてはここまでにしよう。それで、珍しい物手に入れたと聞いたんだけど。その証拠を見せてくれるかい?」


 また、あれを出すのか…

 ちょっと恥ずかしいからあんまり出したくないんだよな。


 俺は顔に熱を感じながら、懐に仕舞っていたフィギュアを乗せる。

 出した瞬間に周りの司祭や護衛の兵士から「おぉ~」と言う声が聞こえてきたが何が"おぉ~"なんだと、ため息が出そうだった。

 何気に父上も木彫りに夢中の目を向けていたがスルーした。


 唯一冷静だった女王陛下は、


「手にとって見てみて良いかい。」


 と言ってきたので、「はい」と返事を返した。


「何と!! まさしく我が国に伝わる伝承と一緒だ」

「はい?」

「何、伝承ではこの世を混沌から救いし者が神の分身を与えられる。と、あるだけよ。実際に持って現れた人なんて居なかったし、過去の文献からもここまで大きい物が手に入ったとは書かれていなかったしね」


 サラッと凄いことを言われた気がする。

 でも、神様(あの人達)から何か貰えた人って居るんだな。

(ガブリエル様なんて小姑みたいだったし…)


「あれ? イッセイ。」

「何ですか父様」

「神からの贈り物って顔の向きそっちに向いてたか?」


「へっ?」


 父様が不思議な事を言うのでフィギュアを見てみた。

 なんとフィギュアが般若のような形相でこちらを向いて睨んでいた。


 こわっ!


 大丈夫ですよ。金○様と大変お似合いですよ。

 奥さんがしっかりしているから安心だね。って意味ですよー。


 すると、鬼の形相は徐々に下向きに変わり。

 今ではスッカリ。だらしないニヤけ顔になっていた。


 …これはこれでキモいけどな。


「ははは。父様。神からのプレゼントですからね。首の付け替えセット位はサービスされているんですよ」


 取り敢えず向こうに顔を向けておこう。

 菩薩……にはほど遠いけど幸せそうな顔が大司教様達には受けた様だ。皆で拝んでる。


 よし。帰りにこの大聖堂の何処かに隠して帰ろう。

 ここに合ったほうがコイツも幸せなはずだ。


「それで、僕はどうなるのでしょうか?」

「うん? どうなるとはどういう事だ?」


 え? そこがはっきりしないと本当に何しに呼ばれたんだ?


「なんてな。今からその事で話すよ」


 おい…。まじで何なんだ? 学園の入学準備とかあってこっちは忙しいんだけど?


「君にはこの印に相応しい証明をしてもらいたい」


 証明と言っても何をすれば良いのか?


「と、申しますと?」

「試練の洞窟に行って、あるものを見てきてほしい」

「陛下!?」


 突然の女王陛下の言葉に父様も声を上げた。

 試練の洞窟って、何ぞ? 俺にはさっぱり分からんちんだった。

 今度は大司教がは声を上げた。


「あそこは王家の者だけが立ち入る神聖の場所ですぞ。幾ら神が御使いとしてお送り頂いた我等が使徒イッセイ様でも簡単に入れるような場所で無いだろう。それこそ他の貴族に目をつけられかねませんからのう」


 何をさり気なく自分の所教会の所有物みたいな表現はやめていただきたい。


「大丈夫。それには考えがあるから」


 父様と大司教が必死に抵抗したが女王陛下は涼しげだ。

 しかも、対策まで有るらしい。それでも父様はしつこく食い下がる。


「宰相は…。クロスライト卿は何と言っているのですか?」


 クロスライト卿この国の宰相で公爵家の人だ。ローザリッテ様の父親でもある。

 普通は王と一対のイメージがある宰相だが、この人は本ーーーーー当に苦労人だ。

 王や女王がやたらと不在がちな為、クロスライト卿は全公務中半分の裁量は与えられている。


「ふっ、愚問だな。しっかり誤魔化してある。お前がばらさなければバレはしないだろう」

「いや。それはダメだろ……でしょう」


 父上。言葉、タメ口です。


「なんだと!」

「もしかして、ここに居るにも内緒なのではないですか?」


 父上のツッコミに女王陛下は、口笛を吹きながら顔を反らした。

 護衛の兵士達を見ると皆が小刻みに首を降っている。


「陛下…」

「なーんてな、ふふふ。とっくにアイツは攻略してあるよ。しかも、今回の件を上手く絡めれば教会の責任は全て消すことが出来ると思う」

「陛下。教会は陛下のお考えに全面的に支持致します」

「ありがとう。大司教よ」


 陛下と大司教様は固い握手を結んでいた。

 完全に悪い大人の取引を見た感じだ。

 納得がいかない父様は不機嫌さを隠さずに居た。


「なぁ、レオンよ。多少悪ふざけはあったが昔からの知り合いの好みよし(み)で助けてくれ。頼む…」


 父様の手を取って頭を下げる陛下。

 ずるいのは顔を上げたときにウルウルした目で父様を見上げて居たのだ。俺だって一瞬『ドキリ』としたぐらいだ。


 父様は、


「…まぁ、そ、そうです…ね」


 思春期の男の子の様な反応を見せていた。

 ま、何だかんだで知り合いには緩いのが父様の美徳だ。

 この後、友情のシェイクハンドでも交わすのかと思いきや。

 女王陛下はにんまりと口許に綺麗な三日月を作った。


「レオン。言質は取ったよ。もうこれでイッセイ君の貸し出しに文句は言わせないからね」

「うぐっ…」


 父様は地面に手を付いて四つん這いになっていた。

 女性って怖いなぁ。


「安心しろイッセイ君。王家のものとして試練の洞窟には、ソフィーを行かせる」

「え?」


 懐かしい名前が出てきた。ソフィーってソフィア嬢の事か? そうか、お母さんが女王陛下だもんな。ソフィア姫様……元気だろうか。

 ソフィーの事を考えていたら、女王陛下が続けて質問してきた。


「で、イッセイ君。いつ行ってくれる? 今日か、明日かな?」

 「えーっと、恐らく難しいかと…思います」 


 今日か、明日って物凄い急な話ですね…。

 因みに明後日は無理です試験があるから、だから準備等あるので明日も無理です。ソフィーも無理でしょ?


 俺の言葉にうーんと言う顔をする女王陛下。


「じゃー。明後日は?」


 別の案を出してきたかと思えば、試験当日じゃねーか。


「その日は試験当日だから無理ですよ!!  …あっ!」


 俺に大声を出された女王陛下がシュンとした顔になっていた。

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