16話 加護の力

「………!! うわぁ!?」


 神の世界から戻って来ると、俺の目の前には目を瞑りながら迫ってくる大人の女性の顔があった。

 その、あまりの近さに驚き、思わず後ずさりして尻もちを付いてしまった。


 チ、チュウされるのかと思った…。


「…ちっ(目ぇ覚ますの早えんだよ)」


 え? なんで、舌打ち? しかも何か言ったよね?


 女性の神官さんは立ち上がる際、コチラに何となく悔しそうな顔を向けてきた。

 何だこの人、怖いぞ。


私の力・・・で御使様が目を覚まされました~」


 女性神官さんが立ち上がると、甘ったるい声を出して現状報告をする。

 その声を聞いた神官達が一斉に歓喜を挙げていた。


 この人めっちゃ猫被ってるけど、ここの大神殿は大丈夫ですか?

 てか、この人絶対◯"ッチだよな。


 男どもがこの神官さんの言葉に一々喜んでるのがウザい。


「大司教さまぁ。イッセイ様が目を覚まされました~」

「う、うむ…」


 大司教様って、こんな所にホイホイ来るもんじゃないよな。


 神官にも役職があり。

 教皇、枢機卿すうききょう、大司教、司教、司祭と役職が続く、まぁ小間使的な人も居るが概ねはこんな役職に分かれる。

 教皇や枢機卿は総本山と呼ばれる所に居るためここには居ないもんだ。

 各国にある教会は『支局』と呼ばれ大司教がトップとして任命されている事が多い。


 そんな人は、普通相手が皇族でも無い限り表舞台には現れない。


「おぉ。神の御使いのイッセイ様。お機嫌はいかがですかな」

「え、えぇ…。すこぶる良いと思います」


 あなた方が居なければ尚気分は良かったと思いますけどね。

 大司教様出てくるとあっては、司教や司祭も出てくるという訳で…。

 ざっと見渡す限り数十名の神官達が集まってきていた。


「で、ご挨拶させていただいた事ですし、僕はこれで失礼しても宜しいでしょうか…」


 ササッと空いてるスペースから、この場を逃げようとしたのだが、


 --ザザッ、ザザザッ…。


 しかし、回り込まれてしまった。


 ちぃ。なんて動きの早いお爺さんだ。


「神託があったのです。イッセイ様が【神】に会った証明する物を持っているとね」


 ん? 何だそれ。称号の証明出来るものなんてあったかな?


 体を弄ってみると、服のポケットに何か入っている。

 それを出してみると、それは小さい木彫りだった。


 女神ガブリエルが片腕に金◯様を抱きかかえ反対の手でサムアップしている木彫りだった。フィギュア(着色済み)と言えば解りやすいだろうか。


 しかも、ガブリエル様はちゃっかり美少女化されていた。

(若作りされていた。)


 あの人達は何をやっているのだろうか?


 頭が痛くなってきた。おでこに手を宛てて頭を押さえる。

 しかし、大司教様達が一切言葉を発していない事に気づきふと顔を上げて見てみた。


 皆がフィギュアを見て固まっている。

 やっぱりこれはいくらなんでもフザケすぎだろう。

 怒られるかと警戒して構えていた。


「こ、こ、こ…」


 こ?

 大司教様達は、全員いきなり膝まずいて祈りだした。


「これは、間違いなく神の御神体だ」


 えー!

 大司教様以下司教の皆様方もフィギュアに対し膝付いて熱心に祈りを捧げ始めた。


 フィギュアがその祈りに答えて神々しく輝いた事を付け加えておく。

 って、やかましいわ!!


「ふふふっ…」


 フィギュアを目の前にして祈りを捧げる神官の皆さんのせいで大聖堂がえらくシーンと静まり返った瞬間、不遜な感じの高圧的な笑い声が聖堂内に響いた。


「だ、誰だ! 無礼だぞ」


 祈りを邪魔された事に腹が立ったのか神官の一人が大声を上げた。

 貴方も無礼だよ。ってツッコんだら思いっきり睨まれるんだろうな。


 なんて思いながら声のする方を見てみると、先程俺にチョッカイを出して来た女神官のようだ。一人立ち上がり肩を揺すりながら笑っていた。


「ククククッ…ハーッハッハ」


 彼女の高笑いが聖堂内に響き渡る。

 どうした、御神体を見て気でも狂ったか?


 近くに居た男の神官が彼女を大人しくさせようと背後から地面に押さえつけるが、彼女は逆に押さえつけに来た神官を捕まえ投げつけてきた。


 --ヒューン…ドガッ!!


「グハッ」


 映画のワンシーンの様に高速で飛ばされた神官は柱にぶつかり地面へと落ちた。

 柱は折れなかったが大聖堂全体はそこそこ揺れた。


「…キャアアアア」

 --うわあああああ

 --に、逃げろ!!!!


 周りに居た人達が騒いだ事により集団心理にて場は混乱し始めた。


 笑っていた女神官の体がみるみると灰色の肌に変わっていき背中からはコウモリの様な羽が生えてきた。


 何だ。あのモンスターは?


「あれは、サキュバス!」

「アハッ! アハアハアハ…愚カナ人間達。今日ハ子供ガ多ク来テイルノヲズット狙ッテイタノダ。子供達ヨ我ラ魔物ノ『エサ』ニナッテモラウゾ」


 威嚇とともに繰り出される音波攻撃。

 少し離れた場所で固まっている貴族の子供達が耳を塞いでしゃがみ込んでいた。


「ぐわああああ」

「耳が痛いよう」

「気持ち悪いよ」


「キハハ。泣ケ、喚ケ、ソノ声ハ我ラノ糧トナルゾ」


 音波の攻撃は敵から近いほうがキツイ。なので、貴族の子供達よりはコチラのほうがかなりキツイ。神官達も立ち上がれず、地面に倒れるものもいた。

 俺もなんとか片膝を付きながら耐えていた。こんな状態だと魔力も練れないのでもう少しだけなんとか出来ればありがたい。


 なんとかチャンスを待っている訳だが、サキュバスは金色で猫のような目を怪しく輝かせながらコチラに向かって勝ち誇った顔を見せてきた。


 野郎…。


「…クソ。神官騎士達は何を…している…んだ!!」

「動ける…ものは…貴族の…子供を護れ…」


 徐々に動ける人も増えてきたが、サキュバスは既に次の手に出ていた。


「眷属ヨ。子供達ニ取リ付ケ」


 --キキキッ…


 無数の闇で出来たコウモリが貴族の子供達に向かって飛んで行った。


「嫌だ!! 助けて」

「来るな…。来るな!!」


 コウモリに襲いかかられている子供達は振り払おうと一生懸命手を振っていた。


 クソが…ガキを狙ってんじゃねーよ。

 あんまり目立ちたくないがギアをもう一段上げるか…


 ポケットの中の魔石を握りしめる。


「…フレ…イム」


 --ゴォーー


「ギギャ…」


 範囲の広い炎の魔法が貴族の子供に襲いかかっていたコウモリの魔物を数匹焼いた。

 消滅したコウモリの魔物が地面に落ちるなり煙となって消えた。


 おぉー。貴族の子供でも中には勇敢な子も居るようだ。


「我ガ眷属ヲ葬ルダト? 生意気ナ人間メ」


 姿を消したサキュバスは炎の魔法を放った子供前で再度現れる。

 って、馬鹿な魔物だ。怒りに任せて子供の所へ行ったお陰で音波攻撃が止んだ。


 サキュバスが現れた場所を見ると女の子が誰かを守るように立っていた。

 よーく見るとサキュバスに対峙しているのは、ベネッタ様の様だ。

 構えている杖からは炎が見えているので先程の魔法は彼女が放ったのかな。


「大司教様。どうぞコチラへ…」


 司教らしき大の大人が子供より先に逃げようとしていた。


「子供より先に逃げる大人が何処に居ますか? 恥を知りなさい」


 大司教様は流石、司教に説教をしていた。

 俺も内心は逃げようとした司教に向かって唾を吐きかけたかったが、大司教様のお陰で我慢出来ている。


 だが、邪魔なのも一理あるな。


「大司教様。どうか神官騎士をお呼び頂けますでしょうか?」

「おぉ、イッセイ様。ワシは子供達より先には…」

「大司教様に行っていただくのは、説明のロスを省くためでもあります」


 まぁ、逃げてさえくれれば後は何とか出来るからな。

 それに、騎士たちに説明を省けるってのも本当だ。


「ここは僕が食い止めます。ここに残ってくれる皆さんは出来るだけ奴の気を引いてください」


 迷っている大司教様を逃げたい司教が数名強引に連れていった。

 司教達の腹黒い事。ま、大司教様が落ち着いたら対処してくれるだろう。


「…フレイム」


 --ゴハーーッ。


 ベネッタ様が数発の魔法を打ってサキュバスを牽制していたが、流石に分が悪い。


「小娘ガ、ナメナ!!」

「きゃあああああ」


 サキュバスの攻撃はベネッタ様の持つ杖を弾いた。

 魔法を打つ手段を失ったベネッタ様は後ずさる。


 サキュバスは手から伸ばした爪をこすりながらベネッタ様を追っていった。


 --ドンッ


 ベネッタ様が柱にぶつかり後ずされなくなる。

 サキュバスがニヤけながら爪を振りかぶり。


「いやあああああああ」


 ベネッタ様が目を瞑った瞬間……


 --ガキィ!!


 やらせる訳が無いけどね。

 セティの力を体に付与してベネッタ様の前に出る。

 そして、バッカスの力で作ったショートソードとダガーの間の長さの剣。小太刀の様な武器を作り応戦する。


「ナニ? 何故動ケル」

「馬鹿か? 自分が移動してしまったら魔法が切れるに決まってるだろ」


「グッ。 私ヲ愚弄スルナ!!」


 --ピュッ、ピュピュ…


 斬りつけた剣をサキュバスは躱す事無く飲み込んでいく。


「なに?」

「フフフッ。私ハ物理ハ効カナイノダ」


 サキュバスは勝ち誇った様な笑みを見せる。

 ちっ、厄介な的だな。


 このままだとまた音波攻撃が来そうだ。あいつを何とかする方法は無いだろうか?

 っと、ポケットの中の魔石に気づく。


 そうだ、コイツを投げて魔力暴走させよう。


 ポケットの中の石を掴むとサキュバスに向かって投げる。

 地面に落ちた魔石は俺の魔力圏から離れた事によって魔力暴走を引き起こし。


 --ドカン!


 魔石は暴走すると爆発を起こした。


「グッ…。子供風情ガ」

「その子供にやられろ!!」


「クククッ、ナラコレデドウダ?」


 サキュバスが移動したのは、逃げられずに蹲っている貴族の子供付近だった。

 ちっ、そういう所の知恵は回るんだよな。


「ドウシタ? 魔石ハ使ワナイノカ?」


 ニヤリと笑うサキュバス。

 いい加減そのムカつくニヤケ顔に苛ついてきたぞ。


 だが、手出しが出来ないのも状況としては同じだった。


「最大出力デ放トウ」


 サキュバスは魔力を溜め始めた。

 あんなのを食らったらヤバい奴が出るぞ…。


 何か方法が無いか考えっていたら。

 頭の中に声が響いた。


(カイザーの力。それは即ち100発100中の魔法)


 100発100中の魔法?

 そう思い返した瞬間、矢を貫くような感覚を覚え頭に使い方が一気に流れてきた。


 なるほど、これは使える。

 ポケットの中の魔石を数個掴むと、サキュバスとは違う方へと投げた。


「ククク。気デモ狂ッタカ?」

「まぁ、見てろ」


 グググッと180°くの字の軌道を描くとサキュバス目掛けて飛んでいく。


「馬鹿ナ!?」


 横っ飛びで逃げたサキュバスが、


「ガキ共ニ当タルナ」


 嬉しそうに言う。

 魔石はアレク君やローザリッテ様の方へと飛んでいく。


「きゃああああああ」


 ローザリッテさんが叫んだが、魔石は90°曲がりサキュバスに当たった。


「爆」


 --ドン!!


 サキュバスの左半身を吹き飛ばした。


「バカナ!!」

「悪いな。これが俺の加護だ」


 一緒に投げた魔石がサキュバスの頭と下半身に突き刺さる。


「マ、待テ…」

「やだ。爆」


 --ドゴン!!


 爆発が止むとサキュバスの姿は消えており透明なクリスタルが地面に落ちていた。


「何だこれ?」


 手に持ってみるとクリスタルは一瞬強い輝きを放った。


「うぉ!? 眩しい」


 目を開けると光は止んでおりクリスタルも消えていた。


 いったい、何だったんだ?


「あいつ。モンスターを倒したぞ!」

「助かった!」

「すげー奴だ」


 助かった皆が一斉に歓声を挙げた。


 ・・・


「イッセイ様。我が教会を助けていただきましてありがとうございます」


 大司教様が頭を下げてきた。


「いえいえ。無我夢中でしたので…」


 "コンコン"


 部屋のドアがノックされる。

 司祭がドアを開けると、父上が肩で息をしながら部屋に入ってきた。


「父様?」

「イッセイ無事か? 教会に襲撃があったと聞いて急いでやって来た。魔物は何処だ?」


 焦っているのか息も絶え絶えだ。

 こうして駆けつけてくれる姿がめちゃくちゃ嬉しい。


「まぁ、こんな所ではなんですので…」


 大司教様が声を掛けた。

 父様は大司教様に気づいた事でギョッとした顔を見せた。

 父様は大司教様に促されソファーに腰をおろした。


 まだ少し肩で息をしていた。


「それで、我が子が何か粗相でも?」


 父上の鋭く緊張感のある言葉は、司祭の背筋を直させた。

 そんな中、大司教様だけは首を横に振り優しい笑顔で返す。


「いやいや。そうではないですぞシェルバルト卿。とても良いお話です」


 大司教様の柔らかくも相手にプレッシャーを与えてくる笑顔が父上に突き刺さり苦笑いを返していた。

 父上は、大司教様が同席していることに今さら気づき一瞬驚いた顔を見せたが直ぐに落ちついた態度で話始めた。


「イッセイ様には我が教会のピンチを救って頂いただけでなく…」


 父様は息を飲んで俺を見た。

 そう言えば魔物を倒したのって公式だと初めてだったな。

 実はレイス位なら何度か倒しているんだけどね。

 ただ、サキュバスは初めてだった。もう少し本を読んで知識を溜めなければ。


「もう少しお待ち下さい。後にもう1人イッセイ様に会いたいと言っている人がおります」

「後と言うのは…!? まさか?」

「ほほほっ、流石はシェルバルト卿お察しがよいですね。もう既にこちらに向かっていらっしゃいます」


 大司教様は出されていた紅茶に手をのばすと優雅に飲んでいた。


「そこまでなのですか…? この子は…」

「はい。後でまとめてお話致します。神託の件もございますので」

「し、神託!?」


 父様は、やや興奮ぎみに会話していた。と、言うか後半はちょっと酸欠気味だった。

 顔が明らかに青白く、口数も減っていた。


 ごめんなさい、父様。

 俺が心の中で懺悔していると、扉の外から声が聞こえる。


「お着きになりました」


 その場が一斉に慌ただしくなる。

 落ち着きその場に座っていた司祭達は立ち上がり。

 新たに加わるであろう人物の席を作っていた。


 俺達も起立してその相手を待つ。


「国王陛下のおなーりー」


 少し待つと扉の前で誰かが大声で叫んだ。

 叫んだけれど…


 国王様ってやっぱり…。

 こういう話の展開では国王が出てくる可能性はあった。ただ、来るのが早すぎるんだよ。


 俺は頭を抱えてその場にしゃがみこんだ。

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