14話 ラッキーな災難とアンラッキーな災難

「まぁ、イッセイ。大きくなって、あれから2年で随分大きくなったのね」


 屋敷に入るなり走って来た女性。

 走る度にプルルンが右に左にブルンブルン揺れている。あれは、プルルンじゃない。ブルルンだ。猛獣だ。

 立派なブルルンの持ち主はリナマリア=ル=シャルバルト(通称:リナ)である。


 正妻のカサリナの長女で、3番目の子だ。学園で闇と光魔法について研究している15歳である。リナ姉様は卒業後、婚約者の所に嫁ぐ予定だ。確か侯爵家へ嫁ぐ予定だったはずだ。


 まっ、いつ卒業するのかは本人次第なので分からないんだけどね…

 今はそんな気が無いような事は前回会った時に言っていた。


「リナお姉さま。お久ぶりです」

「まぁ。ご挨拶出来て偉いのね」


 俺の笑顔のお辞儀にハグで返してくるリナ姉さま。

 抱きしめられるとブルルンに顔が挟まり、ホットドックみたいになった。


 ・・・おほほほほ。柔けぇ~。


 俺がまたたびに酔う猫みたいに顔を赤らめていたのが母上にバレていたらしく、母上の口が片側上に上がっているのに気づいた。


「はぁぁ。イッセイ可愛いわね」


 リサ姉さまにその後も暫く堪能されてしまった。

 まぁ、リナ姉さまのブルルンは柔らかかったから俺も堪能してたんだ。




 ・・・



「ジョシュアは明日には戻ると聞いている」


 応接の間に移動して皆で寛いでいた。良くある一家で団らんぽいような雰囲気で父様は言ったが今回は俺のお披露目会みたいなものだ。俺が休まる訳ではない。


 一応、学園の後輩なる訳でもあるので、ジョシュア兄様とリナ姉様、カレン姉様にはしっかり挨拶する必要がある。

 俺だけではない。同じ5歳の貴族は各々の家で皆同じ事をしている事だろう。

 これが貴族の本当の入り口だ。今後の貴族間の付き合いなどで失敗しないようにと、キッチリと教育される。そして、裏では点棒が動いている訳だ。


 因みにジョシュア兄様は、冒険者として近隣の街に護衛兼盗賊退治に出ているらしい。本当に明日帰ってくるのか?


「わかりました。ではカレン姉さまは何時頃お戻りでしょうか?」

「カレンか? そう言えば聞いてないな? リナ何か聞いているか?」

「リナですか? 確か学園の用事で今日と明日は泊まると思いますよ。イッセイ君に会えるのを楽しみにしていたのですが学園も時期が悪いですわね」


 なるほど、カレン姉さまは儀式が終わるまで会わなくて良いのか…

 何となく心の何処かでホッとしていた自分が居た。

 リナ姉様が空かさず俺を後ろから抱きしめてきた。


「ふふん。カレンもイッセイと会いたがっていたから今頃残念がっている思うわよ」

「えぇ、そうなのですか?」


 驚く俺にリナ姉様が俺の頭を撫でながら笑顔で頷いてくれた。


 コンッ、コンッ。

 扉がノックされる。そして、部屋に入ってきたメイドさんが。


「お食事のご用意が整いました」


 そう言うと扉を開けたまま室内で頭を下げて来た。

 父様を先頭に家族皆がぞろぞろとメイドに付いていく。 


「ふむ。それではカタリナも待っている事だろうしそろそろ行こうか」


 そう言えば、カタリナ母様にお会いしていない…。

 ご飯と来てカタリナ母様が居ない現実……嫌な予感しかしない。

 こっそりとここから逃げ出そうとしたのだが、ガッシリと俺の手を引いてくれたリナ姉様が優しい笑みを浮かべて俺に教えてくれる。


「今日は母さまが腕にヨリを掛けてますよ。イッセイの為に頑張ってましたから」


 俺はその腕にヨリを掛けた料理を知っている。色で言ったら『赤』だ。


「あら~。イッセイちゃん。久しぶり~」


 長ーいコック帽を被り鍋とレンゲを振るっている妙におっとりしたリナ姉様にそっくりな女性がそこに立っていた。

 気になったのは右手に持っている鍋だ。あの、底の深い鍋・・・って、○華鍋だよな。やっぱりアレなのか…


「折角作ったから食べてみて~」


 盛り付けられている料理は、どっからどう見ても「麻婆豆腐」、「豚の角煮」、「北京ダック」、「饅頭」、「甲の姿煮」……他にも沢山の料理がテーブルの上に乗っていた。

 前世の記憶にある料理の数々に目移りしているとカタリナ母さまが、


「折角なので暖かいうちに食べてね」

「そうだぞ、イッセイ。カタリナの料理はこの世界でも中々味わえない味でなちょっとした名物にもなっているんだ」

「はい。いただきます」


 ……旨い!! 辛いけど旨い。前回二年前より全然辛くない。

 何で? 味覚変わった? 外国の味だけど懐かしい味がした。


「どう。美味しい?」

「はい。美味しいです」

「そう。良かった。全部食べてね」


 俺は周りを見渡すと大人6人位がかけられるテーブルに埋まりきった皿が置かれていた。

 周りの皆は既に避難したのか隣の小さいテーブルに座って食べていた。


 なるほど皆そういう事ね。


 俺は前回食べたおかげで多少耐性が付いたのかもしれない。

 それもこの体のおかげなのかも。で、皆は食べられないからソッチの方へ避難したって訳ね。



 どれどれ、お裾分けしてやろう。



 ・・・



 翌日、俺は王都の大聖堂にある儀式の間に来ていた。

 この国に生まれた子供は、5歳になる年には必ず【洗礼の儀式】を受けることが義務付けられている為ある。なので、獣人やエルフなど【亜人】と呼ばれ差別の対象とされている人達もこの国で生まれ育てば義務が生じるのだ。

 初めてイッセイが亜人に対してのその事を聞いた時なんてくだらない事だと憤慨したが、アリシア曰く亜人に神様の加護が付きにくいのも差別の対象だとか何とか。


 くだらない話だと思ったが、アリシアから潤んだ瞳で「お坊っちゃんがその差別を無くしてください」と言われたときにはドキッとした。


 話は戻るが、国民の数も相当な数になってしまうため大聖堂で行われるのは貴族だけである。

 王族は、お城にて教皇が直接儀式を行う。まぁ、政治ってやつだ。

 逆に平民は、近くの教会で受けることになる。・・・まぁ、政治ってやつだ。

 俺は、その辺は合同でやっても良いと思っていたが、5歳児だけで有に万人は居ると聞かされた。


 時間を換算したら酷いことになりそうなので、別々でやってくれてありがとう。と、素直に神に感謝した。


 一緒にやったら1日じゃ終わらない。絶対に…。

 今日は周りを見渡して見たが50人も居ないっぽい。


 思ったより居るなぁと思った。勇者が50人も生まれるってなかなかの数だと思うけど?

 

 取り敢えず納得しておいた。



 ・・・



「それでは、洗礼の儀式を執り行います」


 教会の関係者の人が大声で声を掛けてきた。

 流石に5歳児。男の子はわんぱくな子が多く。教会の人の話を無視している子も居たくらいだ。

 まぁ、男の子は大体こんなもんだろう。大声を上げて騒ぎ出す訳でもないのでまぁいい子な方だ。

 その点、女の子は落ち着いている。皆が背筋を無理やり伸ばした銅像の様になっている。恐らく大体がコルセットを巻いてガチガチにしているのだろう。

 若干怖いが流石だ。彼女達の中で既に戦いは始まっているのだろう。


 わんぱく小僧共と動く石像の女の子達…

 権威の象徴である大聖堂が今はカオスな託児所に見える。

 一応、公爵などここに居る上位の爵位を持つ家の子から順に呼ばれているみたいだから俺の順までそんなにかからないだろう。


 順番が来るまで、大人しく本でも読んでるか…


 人気の少なそうな場所を探して待ち時間を考慮して持ってきた本をおもむろに広げる。周りのうるささも本があれば聞こえてこない。

 そんな俺の姿を見た教会関係者っぽい人から苦笑いを受けた。

 どうやら本を持ち込んで待ち時間を潰す子供は今まで居なかったらしい。


 まぁ、人それぞれだしー。俺は視線を全く気にせず本を読む。


 今日の本は錬金についての本だ。

 実はあの時以来錬金については禁止令が出ているのだ。

 宝石商との約束を守るべく母様とアリシャの三人でお邪魔して実際の錬金を見てもらったら。母様が卒倒した。

 それ以来、俺の錬金は家訓として禁止事項になった。何でよママン。


 なので、今は俺の適正武器の精製方法を検討中だ。

 バッカスの力を基礎として考えているのだが、なんと言うか【無から有を産み出す】感覚に慣れていないせいだろう。初級からというか物事の考え方からつまづいている…。錬金では補えない部分がどうしてもあるんだよね~。


「何を読んでらっしゃるの?」

「へ?」


 ふいに背後から声を掛けられて変な声を出してしまった。

 振り返ってみるとそこには女の子が2人立っていた。

 1人は、ツインテールのオレンジ色の髪にキリッとキツめの目をした顔の整った子で腰に手を当てて居た。

 もう1人は、キツめの子の後ろに立っており。ピンクのボブカットにカチューシャをつけた女の子だった。小声で「ごめんね。」といっている。


 急に話しかけられて誰か考えたけど、眼の前の女の子が顎でピンクの子に挨拶しろアピールして来たので取り敢えず挨拶する。


「あ。私、イッセイ=ル=シェルバルトです。魔導錬金の本を読んでました」

「私は、ベネッタ=リ=ガートランドですわ。魔術錬金とは難しい本を読んでらっしゃるのね」

「わ、私は、ローザリッテ=ラ=クロスライトですー」


 って、お前から答えるんかーい。

 それに、誰かと思えば公爵家と侯爵家の娘さんかよ…。

 また面倒そうな奴に目を付けられたな。


 俺は適当に会話して逃げようと心に決めた。(0.5秒)


「随分と難しい本を読んでいらっしゃるのですね」

「はははっ、今後の役に立てばと思って勉強中です」


「…貴方。宮廷魔道士でも目指してるのかな?」


 キツネ目の女の子が不機嫌そうにコチラを威嚇してきた。


 おいおい。上位貴族とはいえ絡むなよ。


 キツネ目の侯爵家の女の子は、俺が魔導関係を狙っていると思っているのだろうなぁ。ぶっちゃけ宮廷魔道士とかどうでも良いが、それを言ったら言ったでブチギレされそうだ。それとは逆に公爵家の娘さんは随分おっとりしてるな。

 さっきから”えへへ”って感じでおっとりとした空気を出している。


 まぁ、興味の無いし、面倒なので種は取り除くか…。

 俺は首を振って、キツめの子(ベネッタ嬢)に答えた。


「いいえ。私には魔法特性がありません」

「それなら、本を読んでも何も意味ないのでは?」

「正確には攻撃魔法と回復魔法、補助魔法が使えません。単純な生活魔法なら使えますが・・・。本は趣味みたいなものです」


 試しにファイアボールを作成してみる。が手のひらに現れた炎は、一瞬で四散した。2人は、それを見て”あらら”と言う顔をしていた。


「それはお気の毒様ね」

「はい。可愛らしいお嬢様方。哀れな私めをこの辺でお許し頂けませんでしょうか?」


 そう言って、貴族礼をする。ま、通過礼儀みたいなもんだしな。

 どうせ、『ふふーん』とか言いながら気持ち嬉しそうな顔でもしてるんだろう。


 と、思って二人を見ると、ものっすごい赤い顔をしていた。


「か、かわいい…」

「大人っぽくてカッコいいです…」


 あれ?



 二人の様子が何だかおかしいぞ?


 てっきり自分の地位を脅かす存在が消えたことに歓喜しているかと思ったのだが、二人はそそくさと居なくなってしまった。

 そう言えば上から呼ばれている訳だから、順番的に先頭の方だった筈だ。

 彼女達は儀式が終わった後で俺に絡んで来たのか?


 暇人だな…まっ、子供だしあんまり覚えていないだろう。


 だが、こんな事でも目をつけられるのか…

 今後は気をつけよう。俺は心に深く刻んだ。


「次は、シェルバルト家のご子息イッセイ様です。いらっしゃいますか?」

「あっ、はーい」


 こういうのはスッと立ち去って、スッと消えるのが一番だ。


「待てい!!」


 こういう奴が絶対に現れるからだ…。

 ヒーロー気取りなのか、本当にヒーローなのか…どっちでも良いが今は止めてほしい。声がした方を向き直ると元気そうな男の子が3人で立っていた。


「えーっと、司祭様に呼ばれているので後でも良いですか?」

「なんだと!! 今話しかけていた方をどなたと思っている」

「はぁ。公爵家様と侯爵家様ですね」


「おっ、そうだな…」

「一発で言い当てた。カッケー…」


「うるさーーーい。お前生意気だぞ。名を名乗れ」


 貴族の子供3人組が絡んできたのだが誰だかしらないが自己紹介しろと圧を掛けてくる。いやいやいや。俺興味無いし。


「あっ、僕順番が来ているので。じゃ」

「「「なっ!?」」」


 いい加減面倒なので無視して逃げようとしたら、


「おい、お前達。面倒を起こすな!!」


 またまた、一人増えた…。

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