12話 獣人危機一髪 後編


「おい。足音が聞こえるぞ。」

「ちっ。こいつアクセルを一旦隠せ。」


 カスールの手下に引きずられ路地の裏の方へと引っ張られていく。屈辱的ではあるが俺は生かされているので引き続き体力回復に務める事にした。


 馬鹿な奴らだ。サッサと俺をバラして、逃げれば良いものを…。今だに俺を殺さずにいる。一番悪手だが、今はこの素人集団に感謝だな。

 後で俺を殺さなかったことを後悔させてやる。


 しかし、ここを通った奴運が悪かったな。感謝はするが助けられるかは微妙だ。

 足音がこっちに近づいてくれた事で、完全に意識がそちらに向いた。

 お陰で口の中に隠していた回復薬と増血剤を怪しまれずに飲むことが出来た。回復の為、もう少し瀕死を演じさせて頂こう。


 ある程度回復してきた事で視力も戻ってきた。

 流石に嗅覚はまだだが、目視で状況も判断出来るようになってきた。


 バカ共が自ら戦力を削ってくれたか。


 辺りを見るとカスール達がまばらにバラけているのが分かった。物陰に隠れていいるがアクセルから丸見えだったのだ。アクセルはこの幸運を見逃さない。

 バカ共カスール達は、全員足音を警戒していて、アクセル自身への警戒心は薄い。


 アクセルは内心ため息を付いていた。

 いくらアクセルが手負いとはいえクラスが上の者を完全放置とは…

 体を縛ってすらいない状況で違う相手をターゲットにするなど基本の基の字もなってない。自分達が数的優位に立っている事と【勇者の力】を持っている事が慢心を生んだのだろう。


 …ますます、コイツカスールが同僚と言うだけでアホに見られそうだ。


 アクセルは自分が襲われたにも関わらず同じ冒険者として呆れていた。

 モンスターや野党などであれ自分たちより実力が上位の者を襲撃、捕縛した場合は速やかに始末または、四肢を破壊もしくは切断することを進められる。

 それは、ギルドのクラスが1段違うと実力の差が離れる事を意味していた。


 ・・・少しギルドの説明をしよう。(天の声)


 この世界にはギルドの登録者はクラスによって分かれている。証明書が発行され各クラスによって意味合いが変わってくる。

 1から10までのクラスに分かれておりあだ名で呼ばれる。【】は発行書の称号。


 1クラスは初心者または、ルーキー【ストーン】

 2クラスは念願の初級冒険者【アイアン】

 3クラスはやっと初級卒業冒険者【ブロンズ】

 4クラスはかんばれ。中級冒険者【シルバー】

 5クラスはそろそろ。中級卒業冒険者【ゴールド】

 6クラスはやったね。上位冒険者【ルビー】

 7クラスはお前が居れば国も安心。国のお抱え冒険者【サファイヤ】

 8クラスは強いぞ。国の守護者【エメラルド】

 9クラスは世界を股に掛けたお仕事。世界の調停者【クリスタル】

 10クラスは俺より強い奴に会いに行く…。世界の頂点【ダイヤモンド】

 

 等と呼ばれる。

(いちいち変な言葉が付いている気にしないでほしい。何でもギルドの頂点のお孫さんが考えたらしく採用されているだけだ。)


 6クラスからは鉱石冒険者と呼ばれレジェンド扱いになる。

 6クラスになれば、ギルドや国の信用はグッと高くなり。報酬もダントツに増える。

 但し、乗っかる責任も重くなるし、ミス=命取りのクエストも多いのだ。


 因みに国の上位騎士が大体 5クラス位の実力でゴールドの冒険者とイコールになる。門塀が大体2クラス位なので、大きい街で暴れれば冒険者といえど捕まってしまうのである。


 ・・・以上、説明終わり。(引き続き本編をお楽しみ下さい。)



「…グギギ」


 アクセルは一番近い1人をチョークスリーパーで首を締めていた。

 そして、首を180°強引に回す…


「ふんっ」


 --バキン。


 枝を折るような鈍い音と共にアクセルに掴まれていた冒険者は抵抗をやめアクセルの腕の中へ身を委ねた。

 アクセルがゆっくりと冒険者を離すと首の支えがなくなった男が、よだれを垂らしながら白目を剥いてヒクヒクと痙攣していた。

 アクセルは、そのまま音を立てないように後ろに引きずっていき、建物の角に立てかけた。


【勇者の力】があっても実力が低かったり、力事態が戦闘に特化していなければこんなもんか…


 アクセルは、動かなくなった冒険者を見下ろしてそう思った。

 そして、次のターゲットを探してカスール達を見ると、奴らの方で動きがあった。


「あれ? 貴方方はこんな時間のこんなところで何をしているのですか? 泥棒ですか?」

「うわ! 何だお前は。」


 聞こえてきたのは子供の声だった。

 どうやら足音の主はこの子のものだったらしい。普通に考えれば違和感しか無い。


 だが、不味いな。


 こんなしょうもない事に子供を巻き込みたくは無かった。ただ、先程から妙に違和感しか感じない……。大体、無知だったとしても普通こんな時間に子供がウロウロしてるか? しかも、荒げる声がするような所ににわざわざ近寄ってくるか? 

 身寄りの無いガキだってこんな時間に集まる集団になんて近寄らないぜ……


 アクセルの頭の中で色々考えが巡る。

 そして、『電子レンジの音』のような感じの「チンッ」と言う音が頭に鳴った。


 いきついた答えはこうだった。


 理由は分からないが、この登場は故意だ。何か目的があってこっちに近づいて来た。


 と、何度シュミレートしてもその答え意外に行き着かなかった。



「ガキが粋がるなよ!」

「いや待て、案外金になるかもだぞ…」

「…確かに。よーし、お前ら土産を追加だ」


 アクセルは突然現れた子供に対して警戒心をMAXにする。取り囲む大人相手にあの落ち着き様……。おかしい。


 逆にカスール達は警戒を解いていた。それどころか目の前の子供を拐ってしまおうと考えているようだ。

 ジリジリと自分達のやりやすいスペースを創っている。


 アクセルは一人片付けた建物の影に隠れるとなるべく気配を消して身を潜めた。

 何だか首元がチリチリと痛む。出来ることならタイミングを見て逃げ出したいと思っていた。


「なるほど。そう言うことですか全く……。ここのギルドはこういった輩を放置しすぎですね。後で母様とアリシャに告げ口しておきましょう」

「何を言ってやがる。」

「あなた方には関係ありません。面倒なのでちょっと眠っていただきますよ。」


 何やら言い争いが始まり、カスール達が興奮しだした。

 このタイミングがベストだと思い。逃げるタイミングを図ろうとカスール達を見ていたのだが……。


 ドゥ!!


「かはっ!!」

「ぐへっ…」

「うっ……」

「…………」


 一瞬にしてカスールの仲間たちがその場に倒れ込んだ。


 なんだ。あのガキ!? 何をした??

 見えなかったのだ。人間より遥かに動体視力や身体能力が高い獣人の俺でさえも全く見えなかった。


 カスールの手下A~Dは、ガキの攻撃で一瞬にして意識を刈り取られた所のだった。


「な、なんなんだ。おめえなんなんだよ!」


 カスールが腰を抜かして狼狽えていた。


 まぁ、気持ちは分かる。危機管理が不十分だったのは自業自得だ。

 アクセルはそう思いながらも、自分も唾を飲む音がやけに大きいと感じていた。



 カスールは後退りしながら目の前の子供に恐怖を覚えていた。

 圧倒的な実力差、大人と子供。A級のモンスターと遭遇するより厳しい状況。どんなに努力しても超えられない壁、同期の獣人にある日抱いた劣等感よりも厚く高い壁。


 それらを本能で感じていた。


「コイツラは勇者の力を発現していたんだぞ!! 何で倒せる」

「いや…。すっごい弱かったですけどね」


 カスールの声は恐怖を通り越していた。

 見た目4~5歳位のガキが2クラスの冒険者を相手に子供扱いだ。

 

「さて、色々聞きたい事が有るんですがその前に……。そこの獣人さん。この人達を見てて貰っていいですか? あぁ、明日の昼くらいまで絶対起きないから殺されないか見ててください。あっ、そうそう。獣人さんもこれ以上は殺しは無しですよ」


 バレていたか…このガキ、俺より強いかもしれん。


 息を飲む。

 アクセルは目の前の子供に対して分析を開始していた。本能的に情報収取しておこうと思ったのだ。

 理由は知らないがこっちを助けてくれるようだ、そうなればあの子の事を覚えておこう。


 アクセルは身体的特徴と声と匂いを記憶出来るのだが…実はまだ、バカッ鼻なのだ。


「むぅ…ううぅ」


 ビュウウウウ。背筋が凍るような思いとはこう言うことを言うのだろうか?

 カスールが獣人を差別した発言の辺りから背筋が凍る様な感覚に陥る。

 アクセルは慣れていた。モンスターにもこれくらいの殺気を放つ奴はいるし、アクセル自身にも似たようなものを出せるからだ。

 しかし、カスールは青白い顔をして無言になっていた。


 子供はいつの間にかカスールを追い詰めていた。


「ひいいいい。何なんだ。俺達が何をしたっていうんだ!?」

「何をした…だと? とぼけてるのか?」


 張りのある声は誰も居ない夜の街には凄く響いた。


「何だよ…。冒険者で生意気なやつが居たからとっちめただけだ。しかもただの獣人じゃねーかよ…」

「黙れ、僕の前で差別なんて許さない。」


 そう言い放ったガキの殺気は凄く冷たかった。


「ひっ、ひいいいいい」


 カスールは走って逃げてしまった。

 マズイ。このまま奴を逃しては人を呼ばれてしまう。


「か…は…っ……」


 声が出ない。どうやら先程の粉でやられた様だ。


「ちょっと待っててください。あの人を捕まえて来ますから」


 ガキ……いや、恩人の子供はカスールを追って走っていった。

 やれやれ、カスールもつくづく運が無いやつだ。あんなのに目を付けられたら残念だがもう終わりだな…。

 壁に背中を預けて休むことにした。あの子が言う通り眠っている4人は動かないだろう。


 目を瞑ると直ぐに眠気が来た。何でかは分からないがここで眠っても安心だと思い。

 気づくと意識は無くなっていた。


「ふぉふぉふぉ。イッセイがここに結界を張ってほしいと言っておったからのう。ワシが特別に結界を張ってやったワイ」

「ふふふ。バッカス甘いです。イッセイ様が声を発した瞬間から私は結界を張ってました」

「なん…じゃと!? ならワシはもっと強固な結界を張ってやるワイ」

「ふふふ。甘いです。甘いです。私は常に結界を張り続けてますよ」


「馬鹿ばっかりね…。おかげでここだけ神聖化してるわ」


 カズハは眠る獣人を見ながら言った。


 この世界はアクセル達亜人には厳しい。

 それは何故か亜人の純血では勇者の輩出が出なかったからだ。

 そのせいで亜人は差別の対象とされ、蔑まれた。

 たかだか【勇者に成れなかった】だけで、だ。


 カズハはそんな不憫な世の中を壊したかった。

 イッセイならそんな世界を壊してくれる。そう信じていた。


 って、俺はどの位寝てた!?


 アクセルがハッと我に返った時、子供が縄で括られたカスールを引きずって戻ってくる瞬間だった。ホッと胸を撫で下ろす。


「はっ…ガハ。はぁ、はぁ。…っぺ」


 体力はほぼ回復したが、喉はまだ痛い。


「あぁ。無理しないでください。今、治療しますから。アクア」


 まばゆい光を発したかと思うと、精霊が現れた。


「!?」

「アクア。この人の体から悪い成分を除去してくれる?」

「かしこまりました。イッセイ様」


 水の精霊……か?

 俺の体内に大量の水は送り込ま…ゴボゴボ…ってあれ? 全然苦しくない。

 それどころか体に居たイガイガ感が消えた。


「獣人の方にはきつかったでしょう」


(コクコク)

 アクセルは首を振る。


「もう。話せると思いますよ」


 子供が言ったので、少しずつ声を出してみる。アー、アー、アアー。

 おぉ。ちゃんと出た。


「俺はアクセル。助かったよ少年。」


 右手を差し出すと少年は握り返してくれた。


「僕の名前はイッセイです。」


 なるほどイッセイという名前か以後覚えておこう。

 簡単な挨拶を済ませた所で俺は依頼をこなしに行く。

 結構時間を食ってしまったので、そろそろ行かないとマズイのだ。



「助けて貰ったままですまないが急ぎの仕事があるのでなここで失礼する」


 振り返ることは無く分かれる事にする。

 呼吸するだけで前より良くなっている気がするのはどういう事だ?

 これならばいつもより早く王都に着くことが出来るかもしれない。


 イッセイにはまた会える気がしていた俺だ。その時に精一杯の恩返しをしよう。

 そう心に決め、出発する。すると、不意に後ろから声を掛けられる。


「王都に届け物ですよね。よろしくおねがいします」


 なっ!? それはトップシークレットの情報だぞ。

 アクセルが振り返ったが既にイッセイの姿は見えなかった。


 アクセルはこの日2度めの冷や汗をかいた。

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