11話 獣人危機一髪 前編

 タタタッ…

 シュッ、スタ。

 シャシャ、シャシャ…


 地面を駆け、壁を蹴り、空を飛ぶ。

 深夜の鍛練は、やっぱり楽しいな。

 誰も居ない街を独り占めした気分になる。


 あっ、皆さん今晩はイッセイです、4歳になりました。

 精霊の皆と出会ってから毎日休みなく体を鍛えたお蔭で基礎体力は相当なものになりました。


 ざっくり言うと42.195km位なら2~3セットを3時間位で走れるようになりました。まぁ、当然風の魔術を使ってだけどね。

 後は、プロメテから体術を習い始めた。前世の知識である柔術とムエタイをメインに打撃、投げ技の強化も行っており。精霊数名と多数相手に組手をして過ごしてい

 た。


 で、今日はいつもの様に【夜の散歩】には行かずに領内を走り回っております。 

 何やら不穏な人影を発見致しましたので問い詰めたら1匹逃してしまいまして…現在目下追跡中でございます。


「ひぃぃ…。なんだコイツ!! 全然離れねえ」


 俺の方をチラチラと振り返りながら走って逃げるオッサン冒険者。

 仲間の所に逃げると思って自由にさせているけど…。

 うーん。真面目に走っているのか分からん速度だ。


 しかし、そろそろ雇主が居るならそこに逃げて欲しいんだよなぁ。

 さっきから闇雲に逃げ回っている感じがするしいい加減捕まえるか?


 と、今感じで今日は追いかけっこをしているのです。



 何でそんな事なったかと言うと・・・


「イッセイ。久しぶりに僕と遊びながら行かない?」


 セティが俺と勝負しようと持ちかけてきた。

 『いつも同じだと飽きちゃう。』と、いう事で先生によってはこんなサブイベントが用意されていたりする。

 ルールは簡単だ。精霊の皆に各チェックポイントに先行してもらい後は俺たちが競いながらポイントを越えていくという極めて単純なルールである。

 ただ、違うのはチェックポイント地が毎回違うと言うことである。

 最終的に領内より外に出れば勝ちなのだが、まぁ面白いので最近では【Xゲーム】を取り入れて領内をアスレチックコースに見立てて勝負している。

 勘違いしないでほしいのは、これはちゃんとしたトレーニングだと言うことだ。


 三角跳びやフロントフリップで建物から『超エキサイティン(グ)!!』とかそんな事絶対言わないからな!!


 ちょっと説明が長くなったが、そんな風に遊んでいたらアクアから連絡が入った。


(イッセイ様。何やら人同しで揉めているようですが、どうします?)

「うん? 酔っ払い?」


(…いえ違うようですね。多数の人数に1人が襲われています。)

「一般の人? 冒険者?」


(うーん。冒険者の方っぽいですが、襲われてるのは獣人の様です)


 うーん。詳しい事情聞いた方がいいのか、一寸迷っちゃうね。

 この世界ケンカなんて日常茶飯事だからね…触らぬ神に祟り無しってね。


 ただ、獣人を多数の人数でってのは捨て置け無いかな。


「分かった。見に行って問題ありそうなら介入しようか」

(了解しました。危なくなったら介入します)


「助かるよ。アクア」

(…いえ。イッセイ様のためですから……)


「うん? 何か言った」 

(い、いえ…)


 俺はアクアの居るポイントへと急行した。




 ・・・・???side


 俺は今日は全くツイていないぜ。

 この糞ギルドの手違いで搬送予定のブツの準備が遅れていやがる。

 出発は夕暮れに旅立つ商人の護衛任務として運び出す算段だったのだが…

 糞ギルドがミスったおかげで俺様が真夜中に出発する羽目になっちまった。

 全く勘弁してほしいぜ…


 まぁ、パーティは組んでねぇから気は楽だがな。

 なんてったって俺様は獣人界一の速さを誇る戦士だ。

 人族で遅れを取ることはねぇよ。


「ちっ。こんなショボい依頼のために待ちぼうけかよ」


 ギルド内で1人腐っていた。

 保証金は上乗せするとか言ってたが当たり前だろ。

 獣人だと思ってナメてんのか?


「よう。アクセルまだお留守番なのか?」


 イラッとしている時に限って嫌みな野郎に捕まってしまう。


「…消えろ」


 口を聞くだけでも気が滅入るのに、ニタニタと何時までも動かないコイツは【カスール】。ギルド内外からも嫌われるルーキーキラーと言われている男だ。

 実際にやり口は汚く被害報告は聞くがいまいちクリティカルな証拠が出ないため今日までギルドも手を出せずにいる。


「何だよ。同期だろ」

「ちっ。」


 こんな奴と同期と言うだけで汚点なのに仲間と言わんばかりに絡んできやがる。

 振り払う様に殺気を浴びせる。するとカスールが急いで席を立った。

 最初っからそうしろ。


 俺は、カスールを無視して酒を煽る。


「おぉ―怖。流石はBクラス様だ。凄みもおっかねえ」


 俺の近くから離れないカスールはベラベラと講釈をたれていた。

 耳障りな声に俺は更に不機嫌になる。

 

「アクセル!!」


 ギルドの窓口で俺を呼ぶ声が聞こえた。

 やっと準備できたか人間族のうすのろどもめ!!


 ウザってえカスールとおさらば出来るってだけでここまで遅れた事を帳消しに出来るレベルだぜ。


「おい。待てよ」


 ねっとりとした笑いを見せながら俺の肩をつかもうとしてくる。

 俺はカスールを無視して立ち上がり職員の居るカウンターに向かって進もうとしたが、肩を捕まれた。

 俺は咄嗟に自分の獲物をカスールの首筋に押し当てた。


「ぐあぁぁぁ」

「気安くさわんじゃねーよ。クズが!! こっちは、ギルドのミスで気が立ってんだそれぐらい気づけよ。あぁ!!」

「悪かった。悪かったって!!」


 カスールの首筋から赤い雫が浮かんでいた。

 肩を離されたと同時に獲物を離す。


「…テメー覚えておけよ。」


 お約束のセリフを吐きながら首筋に手を押し当てギルドから出ていくカスール。

 おめおめと逃げていく姿がとっても似合ってるぞ。


 俺は無視してカウンターへと足を進める。


「こ、これがブツだ。」


 手渡されたのは小さい木箱。

 これには王国から依頼された厳重なアイテムが納められているらしい。


「報酬は間違い無く二倍出せよ」

「わ、分かっている。このスクロールを王国のギルドに渡してくれ」


 俺が凄むと冷や汗を流しながら顔を青くするギルドの職員。

 自分たちのミスを悪びれもせずに淡々と仕事をこなそうとするからちょっと脅してやった。

 本来なら詫びの一つでも寄越すもんだろ?


「王都のギルドに渡せば、それで依頼達成だ…」


 一応、俺の殺気に顔色を悪くしていたのでこの辺で許してやろう。

 ギルドを虐めても仕事が来なくなるだけだからな。

 俺は頷き外に出た。


 ギルドから出るや否や背後から数名つけてきているのが分かる。

 俺は町を出るまでなるべく風下を選んで歩くように心がけている。

 そうすることで『ニオイ』と言う情報が手に入るからな。

 獣人相手に匂いを辿らせたら大声でこの場にいますよ。って叫んで居るようなものだ。


 因みに今追ってきている人数は恐らく5人はいるだろう。


 俺は気付かぬ振りを続け町を出ること優先する。

 俺は銀狼の血を引く獣人だ。町の外に出て森にでも入れば俺のフィールドだ。

 一瞬で捲くか一匹ずつ狩ってやる。


「しかし、俺をデートにご指名か…」


 敵は俺が動くのを狙っていたようだ。

 まぁ、手持ちの物か俺個人への怨みのどちらかだろう。

 獣人を含む亜人は人族からの迫害対象にされるケースが多い。

 自分達意外は生物だと認めない愚か者のが多いって事だな。


 もうすぐに町の外の門が見えてくる。


 油断した。そう思った時には既に遅かった。


 --プシュ―


「ぷっ、うぐ、ガッ、ガハッ。ゴホゴホ」


 顔に何かかけられ噎せむ(せ)てしまう。

 目が痛い。喉が焼けるようだ、鼻もバカになっている。

 唯一無事な耳だけが聞きたくない足音を拾った。


「ケケケッ。随分といい格好で這いは(い)つくばってじゃねーか? あぁ!? アクセルさんよぉ」

「「「「ゲヘヘヘヘヘッ」」」」


 声の主は、カスールだった。下品な部下四人の声も聞こえる。


「……」

「何だ口も聞けねーのか? あぁ!」


 ガスッ。後ろから肩口に蹴り飛ばされたようだ。

 雑魚の攻撃だけあって痛くも痒くもないがえらく屈辱的だった。

 まだ目は痛むが少しだけなら開けられる。少しでも状況把握を早くしよう。


「よう。出てこいよ」


 カスールの声に反応して路地脇からゴミまみれの男が噴射器の様な物を持って歩いてきた。まさか、六人目…だと!?


 ニオイが全くしなかったって、あのゴミが…

 それにあれだ。あの噴射器から何かが出てきたんだ。


「クククッ。お前ら薄汚い獣が手に入らないあれだよ。あーれ。」


 カスールがムカつく笑いを飛ばしてきた。

 アイツらが使ったのは【勇者の力】か……

 確かに人族にだけ与えられた神々のギフト。


 いつ見ても忌々しいものだ。

 今更ながらに油断した事を後悔する。


「な、なに・・・がも・・く…てき……だ」


 俺は、絞り出すように声を出す。

 声の後半は、霞んでかす(んで)聞き取れない程だった。


「目的?それはな。こうする事だ」


 --バシーン。


「…アグッ」


 頭に何か固いもので殴られた感覚を受けて咄嗟に頭を庇うかば(う)

 手には液体を触ったような感覚がある。

 震える手で触ったものを見てみると手にはベットリと赤い液体が付いていて、庇った腕の感覚が薄くなっていた。


 ま、マジか。


 アクセルは、カスールが卑怯な手を使うやつだと知っていたが目上の者には手を出さないと思っていた。

 実際その油断によって現在の状況に陥っているのだ。

 カスールとその仲間はアクセルを見てニヤニヤしている。

 恐らく俺を殺そうとしようとしているのだろう。悪意が取って見える。


「な……ぜ……だ」


 手には結構な致命傷を受けたらしい。痺れがだんだん消えてきた。

 このままだと最悪切断が必要かもしれない。

 朦朧とする意識の中、なんとか布を巻いて止血を施すがイマイチ力が入った感覚がない。


「何故? クククッ、それはお前が獣人だからだ。お前のような醜い動物人間が俺様達より優れた地位にいること事態が罪なんだよ。しかもこのカス。俺様を舐めやがって!!」


 --ボカッ


「うぐっ!!」


 カスールの持つ棍棒が俺の体に叩きつけられる。

 抵抗の出来ない俺は地面を二、三回バウンドしゴロゴロ転がり店の軒先のぶつかり止まる。


 扇形に集まってきたカスール共。俺を逃さないための戦法のつもりか? 


 流石のアクセルは死を覚悟した。

 先手をとられ、囲まれている。夜中のせいで目撃者も居ない。いや、居ても俺を助けようなんて奴が居るとも限らなかった。

 このまま、リンチを受けて死ぬ位ならいっそのこと自害しようか。等と考えたが手に持つ依頼品を抱いて思った。


 この、依頼だけは死んでも果たす。この、依頼だけは…


 カスール達がアクセルを殺すことを長引かせた事で胆力が回復したアクセル。

 何かきっかけがあればそれを利用して逃げ出そうと考えていて、そのために体力回復に努めていた。


 そして、その幸運は直ぐに訪れる。



 ―タタタッ……。


 遠くから聞こえる足音。

 何故かこっちに一直線で向かってくる。


 カスール達は警戒し始め、逆にアクセルはニヤリと口元を緩めた。

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