9話 プロには手抜きが許されない様です

「……お坊ちゃん。次はどちらへ行かれますか……」


 ゴトゴト揺られる馬車の中、馬の手綱を握っていた強面のおっさんが俺に向かってやや低めの声で行き先を聞いてきた。


 フェニキス家の執事長のゴドーさんだ。

 執事と言えば、『燕尾服に身を包む若干毒舌が気になるダンディ爺さん』を想像しそうだがゴドーさんは白いスーツにエンジのネクタイと言った。この世界には似つかない独特のファッションと眉毛が太く三白眼でむやみに背後に立つと命の危険を感じるような独特の気配を放っていた。


 朝でかけてから時間も既に昼を回っている。

 そろそろ終わりにして屋敷に戻らないとマズイ気がする。


「ソフィー様。最後に我が家お抱えの宝石商がいます。是非そちらで私よりプレゼントを贈らせてください」

「ありがとうございます。イッセイ様」


 話をする度に嬉しそうな顔をしてくれるので、非常に嬉しい。本当にこんな妹が欲しいな。母様にお願いするか…割と本気で。


「ゴドーさん。この地図の場所にお願いします」

「……承知…」


 メモを渡すときちょっとビビった。俺が知っている人なら撃たれるからだ。

 だが、ゴドーさんはとても紳士だった。


 メモを置く小さいザルを流してくれたからだ……。

 馬車の真ん中をザルが滑る。そのザルに行き先を書いたメモを置けばゴドーさんはそこに進んでくれるのだ。


 うん。これなら不用意に近づく事はないな。


「……いけ…」


 独特の掛け声で馬を走らせるゴドーさん。

 意外にも動物の扱いがうまい、うちの馬はほぼ一瞬で手懐けられた。

 ゴドーさんが馬達を上手く(メシウマギャグ)扱ってくれたお陰で大分楽に行くことが出来た。



 ・・・


「……着きました…」


 馬車から外に出ると大きな商家の前に着いた。

 先に降りた俺は、ソフィー姫様の手を取って馬車から降ろす。


「「「「いらっしゃいませ」」」」


 店の外には大勢の人が出てきていて、到着した俺たちに一斉に礼をする。

 この店特有のサービスだ。こうやってされると喜ぶ貴族が居るんだよ。

 財布の紐を緩くするためなんだろう。


 ソフィー姫様には出来るだけサプライズを演出したかったので、


「ソフィー様。こちらは細工が得意な工房になりますから楽しいですよ」

「わぁー。見てみたいです」

「恐らく体験も出来ますよ」


 ここの工房は錬金ギルドの支部で彫金や錬成もおこなっている大きな工房だ。

 お客に体験もさせてくれると言う。簡単に言えば『キッザニ○』みたいなサービスをおこなっている。


「ふぁわぁぁぁぁ」


 お店の中は色とりどりの宝石、装飾品で溢れていた。

 鉱物はもちろん。べっ甲、琥珀、陶器、絵画。

 美術品を扱う店みたいだ。

 そんな色とりどりの品物を見てソフィー姫様は声を上げていた。


「イッセイ様。ご予約のお部屋はこちらになります」


 部屋なんて取った記憶は無いが案内されるって事は用意してくれたって事だろう。

 そして、わざわざ声に出してきたって事は説明に使えと言うこと。


「ソフィー様。あちらに部屋をご用意しましたのでどうぞ」


 はっきり言って『3歳児に別室が必要か?』と、聞かれたら……普通は必要無いんだよなぁ。


 促されるまま、案内役に付いていく。

 途中、ソフィー姫様がケージ内のネックレスや指輪などを見ていたが欲しい。と言う雰囲気ではない。

 どちらかと言えば光ってる輝きに憧れている感じだ。


 物の価値より状況がドラマチックな方が喜ぶものだ。

 やはりその辺はプロの皆さん。俺なんかより重々承知していた様で、通された部屋はブロック型のくもりガラスで形作ったオブジェが沢山並ぶ『ガラスの城』。

 そう呼ぶのに等しい可愛らしい部屋だった。


 あっちの世界で言うちょっと高い写真屋さんなんかだったら用意してそうな感じの部屋だ。


 そこには子供向け(作りが頑丈でメイン素材がやや大きい)の指輪やネックレス等が飾られていた。

 もちろん純金、純銀なので値段は表の部屋とほぼ変わらない。

 正に子供を出汁ダシにした大人向けの部屋だった。

 流石、大人汚い。


 奥の方では手もみしてこちらに近寄ってくる金持ちそうな大人がいた。しかもこっちに近寄ってきた。


「これはこれは、イッセイ様。本日はどの様なご用命で?」


 この店の店主で普段は顔を出さない人物だ。

 王家とか上級貴族に出入りしている人物だ。

 事前に話を通しておいたので時間を作ってくれたのだろう。とても優しい人だったと、記憶している。


「店主殿。久しぶりでございます。今日は、大切な方のためにプレゼントをお送りしたくお邪魔しました。」


 俺の言葉にソフィア嬢ははっとした顔をして直ぐに赤い顔をして俯いてしまった。


「それはそれは、当店のような小さな商店で申し訳ございません。ささっ、奥のお席へどうぞ。」


 一見、胡散臭いやり取りのように見えるがゲストをもてなす姿勢としては合格点だろう。

 ソフィー姫様は、幸せそうにしていた。


 店主殿。グッジョブ。


 俺が親指を立てるとそれに気づいた店主殿も親指を立てて返してきた。


 部屋の奥には、横になれるロココ調のソファーとテーブルだけが置かれた場所になった。

 一見質素な部屋だが部屋の大きさが20畳ほどあると言えばそのゴージャス感は伝わるだろう。

 無駄に広いスペースにソファーとテーブルしかない。

 それだけで特別感を味わえるのだ。


 そう、三○とかそ○うとか、専用サロンの事でプラチナカード《通称:ブラックカード》を持っているレベルの人が通れる様なある意味異世界への入り口だ。


「イッセイ様。広いお部屋ですね。」


 ソフィア嬢は、辺りを見渡している。

 俺は、笑顔を向けながらソフィア嬢をソファーへと促す。


「ソフィア嬢。どうぞお掛けください。」


 ソフィア嬢がソファーに座るのを確認してから俺が合図を送る。

 すると、合図と同時に運び込まれるお茶とスイーツ。それが出てきたときのソフィア嬢の目が輝いたこと輝いたこと。

 先程店に入る時がっかりしていたのは気づいていたので、プチサプライズ成功かな。


「さて、早速ですが当店自慢の宝石をご覧ください。」


 テーブルへと運び込まれるアクセサリーの数々、ブローチ、ペンダント、ネックレスにイヤリング。指輪は、流石に不味いらしいので外している。

 素材は、シルバーからプラチナに更にミスリルまであるらしい。

 宝石類は、ルビー、サファイア、琥珀に魔石結晶等実に多彩であった。ソフィア姫様は、幾つかのアクセサリーを身につけ鏡の前で色々なポーズを取っていた。


 小1時間ほど悩むソフィア姫様。

 貴族買い物は長いと聞いていたが、庶民派の俺は心の中でグッタリしていた。申し訳無いが俺には理解出来ない時間だった。

 前の世界でも10分も待っていると心が折れそうになっていた。あの時は炎天下だったけどな。


 ソフィア姫様がどうですか? と、定期的に聞いてくるので気が緩められない。

 店の人が要所要所でフォローしてくれたのでサボっていたのはバレなかったが…。

 プロ達は流石だ。顔色を一切変えずに笑顔のまま貫き通している。三人ほど付いているが誰一人として眉一つ動かさないのだ。正に仮面を被っているとはこの事だろう。


 更に1時間が経過…。

 俺は冷や汗が出始めた。今はろくに話もしない。


「コレにします!!」


 ソフィア姫様が選んだのはシルバーであしらったブローチだった。ロケットの様にスライドするタイプだ。


 本人が気に入ったのなら別にいいだろうが、もっと高い物でも良かったのだが…。と、思っていたのだが俺の表情が理由は聞かなかったが宝石商の店主が耳打ちしてくれた。


「年齢によって適正なお品物をご案内しております」


 流石出来る店主殿だ。グッジョブ。

 店主殿も俺と同じく親指を立ててきた。

 もうグッジョブ仲間だな。店主よ。

 心の中では肩に腕を回して、乾杯している仲だ。


 さて、ここからは俺の仕事だ。

 立ち上がり部屋を出ようとする。


「イッセイ様。どちらへ?」

「少々ここでお待ち下さい。これから僕がプレゼントの仕上げをしてきます」


「イッセイ様……」


 ソフィー姫様は真っ赤な顔をした笑顔を見せてくれた。



 ・・・



 通された部屋は錬金が可能な一室。1坪あるかないかの狭い部屋だが積まれた道具や机の上に置かれた工具を見れば相当大事に扱っていることが分かった。


「狭い部屋ですまねえな」


 背の小さいお爺ちゃんが声を掛けてくる。

 背丈は俺とそんなにかわりない。


「いえ。行き届いた素晴らしい工房だと思います。そんな場所をお借りしてすいません」

「ありがとうよ。お前さんからは俺達の神の気配を感じる。好きに使ってくれ。ただ、触ってほしくないものあるから部屋の外では待たせて貰うぜ」

「はい。当然です。ありがとうございます」


 お爺さんは、ドワーフかホビットの種族なのだろう。

 そして、そのドワーフ属、ホビット属が神と崇めるのが俺と契約しているノーム種のバッカスだ。


「道具は触りませんのでご安心ください」


 錬金室の中に入る。部屋の中は真っ暗だったが後ろから来た錬金細工師のオジサンが指を鳴らすと鉱石が光手元が見えるようになった。

 錬金には『光を差し込ませてはいけない。』と言う工程もあるため基本的には暗室を使う様だ。必要に応じてオイルランプを付ける。


 ちなみに、錬金細工師とは金属や鉱石を錬成したり精製、磨き、加工、特殊魔法文字の書込、特殊効果付与など、あらゆる加工を施す人だ。

 錬金工房には欠かせない職種の人で、職人の腕次第で店は大きくも小さくも出来る。との事だった。


 まぁ、普通ならだが…。

 俺にはそう言ったものは必要ない。


「プロメテとバッカス。いる?」


 名前を呼べば精霊が顔を出す。


「ふぃー。随分と待たせたのう」

「がはは。良いではないか上腕二頭筋を鍛えるには良い時間だったぞ」


 プロメテのよく意味のわからない事を言っている。無視だ。無視。

 そんなプロメテを見てバッカスが溜め息を吐いた。

 2人を呼んだのは錬金を手伝って貰う為だ。


「では、イッセイ。早速、始めるかのう」


 バッカスが台の上で腕組をしていた。


「うん。僕の魔力を注げばいい?」

「そうじゃ。それと何を付与したいのかイメージもだな。」


 銀のブローチに両手を掲げて、魔力を注ぎ始めるイッセイ。

 何となくブローチに力を吸われていく感覚が体に気だるさ疲れを感じさせる。


 俺が気にしたのは【毒】攻撃だ。

 この世界、割と毒によって暗殺されている。


 専用のスキルや回復師と者が近くにいれば比較的簡単に助かるものだ。


 だが、ソフィー姫様にその毒の効かないスキルがあるとは限らない。

 そこで、今回付与を付けることにしたのだ。更に、風邪や病気に耐性を持たせたかったのだ。


 ブローチと魔力を込める宝石を台に置く。

 宝石は俺のプレゼントだ。ソフィー姫様のイメージに合わせ『琥珀』にした。

 姫を待たせるのも何なので、俺は魔力を込めて錬金を完成させることにする。


『…な、何だ。こんな錬金方法聞いたことねーぞ』


 俺の作業を覗き見している人が居た。錬金細工師だ。職人気質だったが面倒見は良さそうだったので気になっていたのかもしれない。


 錬金と言っても本当なら道具を使う。

 叩いたり、漬けたり、焼いたり。そういう工程がいくつかあって錬金っていうのは成功する訳だが、俺がやるのは道具は一切使わない。

 全て魔力を使って代用させるからだ。

 本来なら門外不出と言われても納得のレベルの錬金方法であるが、今の所同じことが出来る人間は何人居るだろうか? 恐らくは片手で足りる程度だと思う。


 だから、工法を見てもらっても問題ないのだ。

 なんて、悠長にやっていたら…


(なんじゃ。こんな中途半端な仕事をしおって!! ワシが手伝ってやるわい)


 …本職の方々から不穏な事を言われた気がする。


(バッカス。何やってんの?)


 そう思った瞬間に魔力が凄い速度で減っていく。

 急な魔力の変化で若干頭痛がし始めた。

 イッセイの魔力を不正に・・・受けたバッカスが、アクセサリーに向け付与を始めた。ロケットの台座に乗った琥珀は、黄色の光を強く発光させる。


「お? 面白いことしておるな。ワシも手伝おう」

「お、おい。ばか、止めんか!!」


 イッセイは、プロメテにも魔力を引っ張られることになり。

 意識が飛びそうになる。


「ぐぎぎぎぎぎぎ…」

「おぉー。意外と面白い物ができそうじゃ。もう少しじゃ。イッセイもう少し頑張るんじゃ。最高傑作が出来上がるぞい」


 頭が…痛い…。意識が飛びそうだ。

 お前ら……覚えてろ……よ……


 直後に強い光を放ち。錬金室とイッセイ達は光に呑み込まれた。その光は当然部屋の外に漏れた。


 そのため、外にいた宝石商と錬金細工師が扉を開ける。


「「なっ、何!?」」


 グッタリとしたイッセイが机につっぷしていた。

 それを見た宝石商と錬金細工師はそれぞれ違った顔色を見せる。

 イッセイに向かい助け起こす宝石商。顔色は真っ青だ。

 錬金細工師は机の上に置かれたアクセサリーを見て光悦の色を見せていた。


「あっ…、だ、大丈夫で‥す…」


 なんとか絞って声を出す。そうしないと事が大きくなるからだ。

 濡れ衣だとしても貴族が店で倒れた等と噂されれば2度と商売は出来ない。

 それを理解していたイッセイは何とか声を出したのだ。


「し、しかし、イッセイ様」

「ちょ、っと、し、た。魔、力切、れ、です」

「しかし…」


 まさか精霊が勝手に参加してきて追加で魔力を取っていった等と説明も出来ず…。

 いや今回はお世話になろう。


プロ精霊には手抜きが通じませんでした…」


 と言いつつ倒れる。


「だ、誰か!!」


 宝石商の呼ぶ声がでかすぎて店の外まで聞こえ一時騒然となった。

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