7話 考え事していると忘れちゃうよね
精霊の皆と修行を始めて数ヶ月たったある日の朝。
屋敷中が建物をひっくり返した様に慌ただしくなっていて、俺はその騒音で起こされた。
何事か知らないが勘弁してほしい。こっちは、毎日のトレーニングでもう少し眠っていたい。
騒ぐなとは言わないが、廊下で怒号を飛ばしたり走り回ったりするのは止めてくれ…。
--ピクッ。
「…!!」
中途半端に起こされた俺はベットの上でうつ伏せになりながら『二度寝するか、しないか』という重要な内容で脳内討論を行っていたのだが、部屋に近づいてくる人の気配で意識がシャキリとした。
連日続けている魔力操作の修行の副産物…恩恵と言える。
魔力操作と言っても本来は出力調整などをするだけで消えてしまうものなのだが、ただ消すのはもったいない。ので、ちょっと工夫して運用している。
俺は
実際、寝ている間はまだ出来ないが起きて直ぐに魔力展開出来る癖は付いた。今後はどうやって寝ている間に展開するか。が、課題である。
また、エリアも拡大中でこの数ヶ月の間で自室内であれば何処に居ても、部屋の外なら屋敷の半分程度は魔力の索敵範囲を伸ばすことが出来るようになっていた。
索敵方法は簡単。魔力の波形を飛ばすだけ。当たった対象に当たって戻って来るので立体で感じる事が出来る。割と一部がスカスカの反応が返ってきた。
あぁ…アリシャか。
部屋の外に居るのは俺の専属メイドで教育係のアリシャだった。
--ドンドン。
「イッセイ様ぁ? 何だか嫌な感じがしたんですけどぉ。今すぐ入室しても宜しいですか? って言うか入りなすからね!」
ドアを叩き壊しそうな音がして、アリシャのやけに低い声が聞こえた。俺は返事を返す。
「ちょっと今、忙し…」
「おはようございます。イッセイ様」
俺の返事を待たずに入室するアリシャ。
おい。お前メイドだろ? まぁ、俺も悪いから何とも言えないけどね。
しかし、いつもより起こしにくる時間が早い。
「…おはよう。今日は早いね。何かあったの?」
「はい。奥様のご友人が来客されるようでございます」
「ず、随分。急だね…」
「何でもご多忙の方のようです。
相変わらずどこから仕入れたのか謎の情報メモを取り出し、アリシャはツラツラと報告してくる。
ここ数ヶ月ですっかり慣れてしまったが、コイツはとんでもないやつだった。まぁ、耳が早いなんてレベルじゃない。国家レベルのヤバい話も粒子コンピューターで侵入したが如く容易く仕入れてくる。
因みに初日なんて修行が終わった後、呼び出しを食らった。
何の話かと思えば、俺が自分のミスで死にかけた事を問い詰められ、契約した精霊達と共に原因究明と今後の対応策を追求された。しかも床に正座させられてだぞ!
暗殺者かスパイ的な事を警戒したが、杞憂だった。
俺には相変わらず尽くしてくれるし、当然母様にも忠誠を誓い。他のメイドの末席でも文句も言わないのだ。
最も母様や他のメイドには
しかし、……どうしたらこういう奴が在野になるんだよ? 国で仕えてて当たり前のレベルだぞ。
一緒に暮らして言えるのは、アリシャはもうストーカーのレベルじゃない。
逆らっちゃいけないレベルだ。
「と、言うことです」
「なるほどね。噂は建前…かな」
「恐らくは」
アリシャが手持ちのメモを閉じてこちらに向き直る。
どうやら来客の目的はとある噂話に乗じて、連れてくる
果たしてそれが何なのかはアリシャも話してくれなかった。
おいおい、許嫁とかいらんぞ。
期待通りの結果が無かったので若干ふてくされ気味に返事を返したが、アリシャは淡白だった。
「ですので、本日の【夜の散歩】はお休みとなります」
「ですよねー」
アリシャが【夜の散歩】と言ったのは俺の修行の事である。
来客があるなら当然夜にはパーティもあるので俺も出席せねばなるまい。
ましてや俺と同じ年齢というのは、俺にも合わせた可能性が高い。俺にも経験させるという事だろう。
「どちらの家の方かな?」
「フェニキス家の第三婦人とその長女ソフィア様です」
「ふーん。ありがとう」
隣の領地を持つフェニキス家の第三婦人とそのご長女ねぇ…。隣の領地に第三婦人が居たんだっけ?
アリシャに着替えを手伝ってもらい部屋を出る。
来客準備に追われるメイド達は俺の姿を見て両脇に避けようとしたが、俺はそれを断り彼女達に廊下の真ん中を歩かせる。
俺は部屋の隅を通りながら母様の部屋を目指した。
--コンコン
「おはようございます。母様」
「どうぞ、お入りなさい」
「失礼します」
帰ってきた返事に対して礼を言いながら部屋に入る。
お茶をしながら読書をしていた母様が俺を見るなり顔を上げて喜んでくれた。
「あら。こんな時間にどうしたの? こちらに来てお茶を飲みましょう」
「はい。母様」
母様が自分専属のメイドに目配せするとメイドはお茶菓子とお茶を用意し始める。
その間に俺は母様と対面になるように座りお茶を待つ。
アリシャが母様のメイドの手伝いをして用意は直ぐに終わった。
母様がお茶に口を付けている間は、俺も黙ってお茶に口を付ける。
貴族の習慣で目上の人が話し出すまで基本は黙っているのが正解だ。
これは母親だろうが、従兄弟だろうが、1日でも早く産まれた者が上になる仕組みなので従うしか無い。
まぁ、余程自由に育たなければ大抵はどこの家も俺みたいに大人しくしていると思う。
「私の所に来たのは来賓の事ね?」
「はい。僕はどの様にすれば宜しいのか伺いにきました」
母様から聞きたかった事とは俺の立ち位置だった。
大体の予想は付いていたがアリシャは何も話さなかった。母様が話すのがセオリーだと判断したのだろう。なので、確認しないのはナンセンスなのだ。
貴族の躾は生まれた時から始まるらしい。
歳とともに与えられる課題があり内容はシークレットだ。知らない所で、知らずに評価され減点される。
ポイントが貯まると貰えるのは『不自由』だった。
母様は考えた顔をした後で、
「イッセイの好きなように振る舞えば良いわ。向こうもお試しの社交界だしね」
そう言うとニッコリ微笑み。「夜の話は来客が来てから考えましょ」と言われお茶をご一緒した。その際、勉強の話や家族の話で盛り上がり午前中はそんな感じで過ぎていった。
退出する際、母上から。
「イッセイは大丈夫だと思うけど、大層なご身分なので粗相の無いようにね」
と、念を押された。フェニキス家って子爵だったような…???
子爵といえば前のお勉強の通り、『レ』に位置する爵位だ。普通に下位爵位なのだが、まぁ、俺は誰であっても無碍な扱いなんてする訳ないけどな。
元が平民みたいなもんだし。
だが、こう言われては俺もコメントを返すのが重要だ。母様に意思表示をしっかりする。
これが減点されないコツなのだ。
「かしこまりました。精一杯尽くさせていただきます」
母に一礼をして退出した。
「うーむ」
「イッセイ様。どうなさいました?」
「普通、大層なご身分って言ったら、我が家では侯爵以上だよね?」
「…さすが、博識ですね。今回、お嬢様は初の外遊とのことでしたので、気を使われたのでは無いでしょうか?」
「なるほど…そういう考え方もあるのか」
やっぱりコイツ知ってたか…。
まぁ、俺が先に知ってると怪しい情報ではあったからな。逆に考えれば誰かの試練の前触れだと判断が出来る訳だ。
だがどうもいまいちピンと来てない。
俺もこの世界の常識を理解している訳じゃないので、これ以上は考えてもしょうがない。すぐに考えを切り替えた。
新しく考えていたのは『何とか夜抜け出して修行を出来ないだろうか。』という事だけである。
パーティだって子供のふりをすれば何処かで逃げることも可能なのではないか? そう思っていたのだが…
アリシャに「イッセイ様。夜の散歩は禁止ですよ。」って、念をされた。何故気づくんだ…。
アリシャは俺の修行の事を【夜の散歩】と表現していた。
皮肉ではなくもちろん家の他の者に知られないためでもあるが、もう一つ理由がある。それが先程話をしていた【とある噂話】である。この屋敷には『夜な夜な姿が見えないが気配のするモノがこの屋敷には
どうもメイドと言う生物には、【情報収集】、【噂話】の類が大の好物らしく、普段は誰それが付き合ってるだ、夜一緒に居ただなど、どピンク色の話題が多いのだ。
だが、ミステリーは更に大好物な様で日中もピンクネタを一切話さなくなる位ホットになる。
皆が我先に次のヒントを掴んでやると必死なのだ。
たまにネズミの死骸が出ても大騒ぎする連中が、今回は、ワザワザ夜の見回りに出たがる人も居たぐらいなので相当お熱な様であった。
因みに証言では、メイドの一人が(普段は)嫌な夜の見回りの最中、館を走り回る何かを見て不気味で逃げた。というものが発端だ。
その後も別のメイドからは庭の真ん中で良く見えない何かモヤモヤしたものが、不思議に動いていた。というものだったり。
突然、庭で砂煙が舞ったかと思うと風が駆け抜けたとか、そんな話が出ていた。
最初は恐怖心が勝り震え上がるのだが、ある段階を超えると逆に好奇心に変わる奴が出始めた。
要は恐怖を浴びすぎてキレちゃったのだ。
で、そう言うキレちゃった人が中心となって犯人探しを始めてしまったので。俺が困ってしまった。
あっ、もはや説明は要らないと思いますが、…それ、完全に俺です。
夜寝付けなくてちょっと走ったり、ストレッチしていたり、外から帰ってきた瞬間を偶然に目撃されてしまったり。と、自分の甘さが色々重なった結果だ。
もちろん。アクアの力を借りて迷彩チックに隠れていたつもりなのだが…。どうやら効果が薄かったらしい。勘が鋭い人は鋭いからなぁ。
何はともあれ、そのメイド達が火付け役になり街のあちこちで目撃証言がでた。(嘘も含めてね)
なのでシェルバルト領は噂が噂を呼んで、今や街全体を巻き込んだ【オバケブーム】に発展していた。
噂を聞きつけた観光客や冒険者が多くこの街に訪れる様になっていた。
メイドこえぇ~。
ネットワークもすげーけど、経済まで動かし始めてるよ…。
街ではギルドによる緊急クエストで、オバケの討伐隊を編成しようとか聞いた時は、何の冗談? とか素で思った。
『今後の活動が難しくなるなぁ。』と、ため息を付いていたらすぐにアリシャが動いてくれた。
屋敷内のメイドを扇動して。
「奥様。旅の魔道士が噂しておりました。この領内には精霊が住んでいるようです。」
などと言う新しい噂を出したのだ。
なんともはや。
嘘は言っていないが真実でない。と言った所か…。
お陰様でオバケから精霊へ、更にいつの間にか付いた見た者には幸運が訪れると言う噂は、瞬く間に領土へ駆け巡りオバケ話の3倍の速度で広がって言った。
もちろん俺の契約した皆にも手伝ってもらったが…
(プロメテは狩られそうになってたけど。)
一瞬だけ現れて消えると言う詐欺みたいな話だが、元来イタズラ好きの精霊は割と有名な話なのであっさりと受け入れられた。
オバケに呪われた辺境伯領の噂は、一瞬にして精霊に加護を受けた辺境伯領へと変貌を遂げたのである。
後に人々は言う。「あの噂は、紅い彗星の如く領内を駆け巡った。」と。
閉話休題
本来、初夏〜夏にかけての今の時期、シェルバルト領内は割と皆『暇』である。
多少の賊やモンスター出現の騒動はあるものの。夏と冬はモンスターにとっても子育て期間に入る為、コチラからチョッカイを出さなければ割と大人しいのだ。
その為、賊にのみ警戒を向ければいい為、父様は王都へ溜まった政務をこなしに。母様は近隣の領家との交流会等に当てられる事が多く二人共領地を離れることが多いのだが、今年は例の噂により来場数が多く。
領内は嬉しい悲鳴を上げて過ごしていた。
・・・
「よっこいしょっと。…これでよし」
図書館の入り口付近に魔術を施した石を置く。
効果は『風』を付与した石だ。扉の内外に取り付けメイド達に回収されないように配置したのだ。
図書館に人が立ち入ろうとすると音が俺に届く仕組みとなっている。
こうする事で精霊の皆を自由に出して修行したり勉強したりと集中できるように工夫していた。もちろん魔力操作による気配察知も行っているが、過信は良くない。転ばぬ先の杖だと思えば無駄な努力では無かった。
「うーん。こんなもんかな」
「えぇ。いい感じだと思いますよ」
「あれ? 出てきちゃったの。ここは見つかると不味いから中に入って入って……」
手を引いて図書館の中に彼女を入れる。いつの間にかアクアが俺に付いてきていたみたいだ。
精霊の中でも一際背の小さい彼女。その割にでかい武器を振り回す豪傑幼女だ。プロメテとは違う意味で残念な彼女だが俺はそんなに嫌いじゃなかった。
「何かお手伝い出来ないかと思いまして…。」
「ありがとう。いつも助かってるよ。だから、勝手にでちゃ駄目だ。アリシャ以外に見つかったら、見世物小屋に連れていかれちゃうよ」
「い、嫌です」
と、こんな感じのやり取りが多い。
俺の言葉でシュンとしてしまったが、手伝いに来てくれたみたいだし、わざとじゃないのを知っている。
頭を撫でると顔を赤らめていた。かわいい。
「うーん。残念だなー。折角、身体が思うように自由に動くようになってきたのに」
図書室に戻りながらアクアに愚痴る。
「でしたら、私がその来客とか言う
するとアクアは身体に水を纏おうとしていた。
「スタァァァァァァァプーーー!!」
俺はアクアに抱きつくと彼女を止めた。
こんな感じで俺が口に出した事を全て実行しようとするのだ。気が抜けねえーよ。マジで…
「アクア。またなのですか?」
図書室の中央にあるテーブルには既に他の精霊の皆も集合していた。
アクアを咎めたのはカズハである。
「良いじゃない別に、イッセイ様のお役にたちたいんだもん」
「そうですね。アクアは頑張ってますもんね」
「でしょ。でしょ…」
「だから、主様の事を第一に考えて行動しましょうね」
「ゔっ…」
この二人は仲がいい。カズハがお姉さん過ぎると言えばいいのか。
ん? この反応は…
--コンコン。
「イッセイ様。お茶のご用意が出来ました」
「お姉さま!!」
「待ってました!!」
アクアもカズハもアリシャが来ただけでこの反応とは…。
既に飼いならされている。
・・・
アリシャの用意してくれたお茶を飲みなが今できる事を考える事にした。
用があると言ってアリシャは戻って行ったが、去り際に「十分ご注意を」と警告していった。急になんだ? まぁ、彼女なりに理由があるのだろう。
--カチャン。
「ふむ。相変わらずアリシャ殿の紅茶はおいしいのう」
「水が良いのかしら?」
「カズハありがとう。でもこれは入れ手が良いんですよ」
「がははっ、アリシャ殿が凄いということだな」
「そうですね」
「僕はこのクッキーが好きだね」
精霊の皆がアリシャの用意したお茶に満足している。
と、言うか飼いならされ過ぎだろ。やたらアリシャを褒めてるけど皆『様か殿』を付けていたぞ。
って、そんな事よりも今出来ることだ!!
…和みすぎて、すっかり忘れる所だった。
「うーん。ここで何が出来るだろう?」
と、言ってもただの本が多く置いてある部屋だからなぁ…。
ざっと辺りを見渡すが運動をするほどの広さではないし、変に魔力を使う事になってここにある本を傷つけるのもアホらしい。
…耳元が『ピー、ピー』ウルサイな。ちょっと外すか。
……アカン。何も思いつかん。
ふふふっ。俺はもう笑うしか無かった。精霊の皆は苦笑いしていた。
「ガハハ。なら俺様が精霊石の作り方でも教えてやろうか?」
プロメテがいつの間にか俺のそばに来てそんな事を言った。って、精霊石って何?
他の皆が劇画みたいな顔をして『え?』てなってる。 え? そんな顔する物なの?
でも、まぁ暇なんで…。
「おぉ、プロメテ。何を教えてくれるの?」
「ガハハ。それはだな…」
「ちょ、ちょ、ちょっと、待て。イッセイよ。その精霊石精製なんて間違いなく止めておいたほうが良いぞ。ましてやプロメテ相手では…」
「いや、かなり暇なもんで」
「そ、それは、そうじゃが…」
バッカスが、歯切れの悪い口調でプロメテの案を止めてきた。
精霊石って何だ?
「で、何を始めるの?」
「それがな…精霊石っていうのを作ろうとしていたんだよ。その方法をこれから聞くんだ」
「ふーん。その妖精さんが何かを作るの?」
「妖精っていうか、精霊だね」
「えぇー。精霊様を呼び出せるの!!?」
「うん。そう。で、プロメテ。えーっと、それっていつもみたいに石でも良いのかな?」
「ガハハ。まずは…」「いやいやいや。ダメじゃ、ダメじゃ。そんな事したらイッセイが死ぬわい」
「え? そうなの」
バッカスが真っ赤な顔をして必死に止めに来た。
ノーム種が酒を飲まずに真っ赤になってるの始めて見た。
そんなに危険な付与なのだろうか? 今度、バッカスにちゃんと聞いてみるか…。
「死んじゃったらダメだよ」
「確かにそうだけど…って、君だれ?」
声がしたほうを見たら知らない女の子が居た。
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