6話 メイドとしての嗜みは悦子とは違う

「イッセイ様。ごきげんですね?」

「分かる? 流石はアリシャ」

「うふふ。イッセイ様の事なら何でも存じておりますよ…なんでも…ね」

「そ、そうなんだ…。流石だ…ね?」


 メイドになってもらってから数時間しか経ってないと思うけど……。この短時間で色々あったからなぁ。

 ただ、あんまり外で言わないほうが良いよ。良くてアホだと思われて、最悪犯罪者になっちゃうからね。

 まぁ、何かしらやっているだろうが今の所俺の邪魔をするつもりも無いみたいなので放置しておこう。


 俺が機嫌が良いのは、恐らくアリシャでなくても気づくだろう。

 なにせ、今晩から修行の始まりである。異世界に転生してから初めて『異世界転生モノっぽい』事、出来るのでワクワクしている。

 この世界に来る前に異世界モノの本を呼んだことがあったので、こっちに来て戦闘があると言われた際には鏡には悪いが、正直心が踊ったのだ。


 早る気持ちを抑えながら精霊たちの痕跡を消していると、ちょうどアリシャが戻ってきたのだ。そして、興奮気味の俺を見てからかったんだ……と思う。目が血走っているけど大丈夫か? マジで……。


 テキパキと準備を始めるアリシャ。

 席に着いて待っている時には気が緩んでいたのかもしれない。アリシャがボソリと言った言葉に思わず吹き出しそうになる。


「イッセイ様。基本的には私は、イッセイ様の味方です。ですが、ご自身のお体を傷つける様な事をなさるのだけは許しませんよ?」

「僕が? 体を傷つけるってどんな事?」


 唐突に振られた話しに俺は一瞬止まってしまった。

 あまりにもピンポイントな話題だったからだ。


 心臓がバクバク言っている。何故なら俺は見つかった感覚は無かった。

 と、いう事はやっぱり何処かから見てた。ってことになる。こわっ!


 ビビっている俺とは裏腹に、心配そうな顔を向けてくるアリシャ。


「本日より修行をおこわれるのですね?」


 --ブッ!!

 

 アリシャさん? 何でその事を…。

 動揺を隠せない俺は、カップを持とうとしたが手が震え、カチャカチャ下品な音を鳴らしてしまった。


「な、なんで、それを?」

「メイドとしての嗜みでございますよ。」


 ニッコリと微笑むアリシャ。

 笑顔が素敵なんだけど、逆にこえーよ。情報収集能力が高すぎるよ。これじゃあ、悦子だよ。家政婦だよ。

 混乱しすぎてよく分からない精神状態に陥った。

 一個分かるのは、このままだと絶対に修行することに反対され、親にもバラされる事だ。

 下手に刺激すれば、何も出来ずに後二年大人しく過ごさせられる可能性すらあるので、そんな環境に耐えられない。


 俺の顔色はさぞ青くなっていたことだろう。


「アリ…ぶっ」


 言い訳をしようとしたら、いい匂いだけど硬いものにぶち当たった。

 顔を上げるとアリシャの笑顔があった。どうやらアリシャは俺を抱きしめてくれたようだ。


「アリシャ…。固くて痛い」


「あ”っ?」

「ご、ごめんなさい」


 威圧されて一瞬タマヒュンしてしまった。

 アリシャって気当たりが強いんだよな…。勇者じゃないにしてもそれなりに能力が高そうだよな。


 俺が謝ったのでアリシャは、仕切り直して優しくこう言ってくれた。


「イッセイ様。貴方様が何をなさっても私は味方になります。ですから、イッセイ様はご自分の進む道を進んでください。だけど、自分を傷つける様な事や、必要以上に自分を危険に晒すようなことはお止めください。私がお伝えしたいのはこの事です…。」


 ふわっと香る優しい匂い。と、硬さの中にもチョットした弾力を感じる。

 あぁ…。アリシャにも一応あったんだな。

 因みにアリシャのプルルンはアルファベットで数えて上から2番め(本人談)のちょっと手前か1番め(実体験)なので、顔に当たった感覚は日にちが過ぎて水分を失ったマシュマロに近い感覚。


 アリシャは抱きしめる体を離すと俺に笑顔を向けて微笑んでくれる。

 天使のような光を浴びた笑顔だ。


 よし…。この事は俺の心の日記にだけ記そう。


「う、うん。約束するね」


 だが、一つだけ言わせてくれ。俺小さくても愛せるタイプだから。

 心の中でサムアップする。


 --バキン!!


 だが、アリシャはお盆を割ってしまった…。ヒザを使うんじゃない。



 ・・・



「では、今晩は少し早めにお休み致しましょう。お夕食も早めにお持ちします」


 そう言うとアリシャは部屋から出ていった。

 どの様な訓練を行うのかを簡単に説明したら安心したようだ。


 ま、初日から一日1000km走れとか、モンスター100匹狩りとかそういう事はしない。精々、魔力量増加の鍛錬と簡単な運動だろう。

 ま、戦闘訓練はプロメテが仕切るのでどうなるかは分からないけどね。


 逆にアリシャからは、『早く寝て少しでも体力を使わないようにした方が良いですね。』と、アドバイスを受けた。


 まさにこれが、”報、連、相”と言うやつだろう。

 面倒な上司もうまく使えば、味方になってくれる魔法のロジックだ。


 俺は、最大の味方を手に入れたのか?



 ・・・


 夜。空を見上げると数え切れない星々が、空のキャンバスに運河を描いていた。

 元々は都会の空しか知らない俺は、『胸を打たれる』という感覚を初めて受けて知らぬ間に頬を濡らしていた。


「あ、あれ?」

「ほっほほ。何じゃ空の星を見上げたのは初めてか?」


 ジッと空を見つめていたせいか、バッカスが出てきた事に気づけなかった。

 頬を伝った涙を拭いて返事を返す。


「あっ、うん…。僕こんなに空の星が綺麗だなんて知らなかった」

「ほっほほ。良いんじゃよ。そうやって何でも知っていくんじゃ」


 転生する前の世界と違い、電気の文明が無いこの世界の夜は早い。

 しかし、そのおかげで空一面に広がる運河に空に浮かぶ、紫、緑、赤に輝く月を堪能できる。この国以外では、空飛ぶクジラや巨大な怪鳥もいるらしい。


 いつか絶対に見てやるぜ。


 ついでに言うとこの領も中々に綺麗な作りで栄えている。

 歴史があるのもそうなのだが、隣国との国境堺のため通行門があり、交易の窓口にもなっているため中々整備されている所が多い。

 町中にガス灯ならぬ精霊灯と呼ばれる街灯も備えられている。

 森にも囲まれているせいか熊やイノシシ、鹿と言った獣系モンスターが多い。

 防具や服を作るのに必要な毛皮が取れる。だから、素材やらが旨い。

 更に街の近くにはダンジョンも発生しており。ダンジョンの運営と経営を行っている。そのため腕に自身のある冒険者や『野良勇者』も多く集まるらしい。(野良勇者ってなんだよ!?)


 この辺が、この領の人気たる所以でもある。


 俺も本来ダンジョンを経験攻略を経験とすれば良いのだが、父様より入場の許しは出ていない。幾ら領主の息子と言えど父様の敷いた法に従わないと罰せられるため迂闊に近づけないのだ。それに、そもそも夜は入場禁止だ。


 と、言うことで町の外に出て修行を行うことにする。

 俺は屋敷を抜け出し、町の外へと向かって走っている。

 当然、水の精霊アクアのチカラを借りて俺の姿は見えにくくしている。


 --はぁ、はぁ。き、キツイ。口から内臓が飛び出しそう…。


 関所の門へとたどり着いた。直接行っても通して貰える筈も無いので、門よりも離れた城壁の近くだ。

 目の前には高さおおよそ10mはあろうかという城壁並みの門がそびえ立っていた。


「……こんなのどうやって、飛び越えるの?」


 俺は高すぎる城壁を見上げて何と言うか…。まぁ、半分諦めかけていた。


「ほっほほ。どうした? 自分の魔力の力を信じんか」

「う、うーん」


「ほっほほ。セティの力を借りて壁を飛び越えるイメージをするんじゃよ。これも魔力連想の訓練じゃぞ」


 バッカスに言われた通りセティの力を体に借りるイメージをする。


(ふふふっ、そんなに強く思ってくれるなんて嬉しいけど、そこまで強く思わなくても大丈夫だよ~)


「うわぁ!?」


 急に頭なの中にセティの声が響いたので驚いた。


「ほっほほ。意識が通じたんじゃ。そうなればセティの力を借りることが出来るぞ」


 バッカスの言葉を聞いて、足の裏に力を入れる。

 そして、次の瞬間…


 --バシューーーン


「う、うわーーーーーーーーーーーーーー」


 突然な事で変な声が出てしまった。だって、足の裏に力を入れたらペットボトルロケットみたいに上空へ飛んだんだもんよ。急に空が近くなった感覚に驚いてしまった。


「どう? 綺麗な空でしょ」


 いつの間にか俺の肩に乗っていたセティが話しかけてきた。


「うん。綺麗だ。ちょっと怖いけど…」

「うふふ。ぼくが一緒なのに君の事だけ落とすわけ無いよ。それより上を見てご覧よ」


「うっわー」


 セティが指差す方を見ると、手を伸ばせば届きそうな星の海がキラキラと輝いていた。


「凄く綺麗だ」

「でしょ」


(あー。楽しそうな所悪いがそろそろ帰ってこんか? 修行が始まらないんじゃ)


「あっ、おじいちゃんが怒ってる」


 バッカスの咎めの連絡にセティが舌をだした。

 どうやら下で皆待っているらしい…って、下コワッ!!


 下を見てみると大分飛んだようだ。城壁が小さいどころか領地が全部見えるんですけど…どれだけ飛んできたんだ。と言うより。 


「降りれるのーーーーーー?」


 気を抜くと魔力が切れて下に落下し始める。


「大丈夫だから集中して!」


 セティが声を出してくるけど無理です…


「うわあああああああ」


 ドンドン地面が近寄ってくる。

 もうダメだ…。おしまいだ…。


(やれやれ。)


 地面にぶつかりそうになり目を瞑る。

 あれ? いつまで経っても落ちない?


 恐る恐る目をあけると俺は土で出来たネットに収まっていた。



 ・・・



 今、街の関所をスルリと抜け出した所だ。


「ふむ。なかなか筋が良いのう」


 バッカスの力を借りて土を使って城壁を超えた所だ。

 俺としては不完全燃焼なのだが、先程セティの能力で死にかけたので、今日はバッカス意外は使用禁止になった。


 初めての魔術経験の感想から言うと、「適当にやるとヤベえ」って感じだ。

 魔力の流れを感じたは感じたが、制御出来ないので過剰に出たり、出力不足だったり安定しない。


「ガハハ。これは鍛えがいがありそうだな」

「えぇ、そうですね」


 腕を組みガハハと笑うのは、プロメテ。

 それに同意したのはカズハだった。


 いやぁ。お恥ずかしい所お見せしました。


「では、修行を始めるとしようか」


 バッカスの号令で俺は魔力を掌に集中させ掌に集める修行を行っていた。

 手をくっつけずに少し話した状態で魔力を集める。そうね。イメージするなら某忍者アニメの螺◯丸を作るみたいな感じ。掌に魔力を具現化させる修行だ。

 意外と面倒くさいぞ。これ!!


「ほっほほ。これが基礎中の基礎になるからのう。コツを掴むまでじっくりとやったら良い」


 バッカスは顎髭を撫でながら笑っていた。


 時間がどれだけ経ったか分からない。だが、やめろと言われるまで続けた。

 そのお陰かどれぐらい念じればどの程度魔力を放出するか分かるようになってきた。

 言い方が微妙だが、チューブ系の食べ物を出す感覚に似ている。

 食品によって出し方違うけどあの感覚が属性毎に違うって思えば意外と楽かも。

 実際に使いこなせてはいないが、もう少しでコツは掴めそうだ。


 屋敷内でも修行が進められそうなので、出来るだけ自然に続けられるように習慣付けよう。


 続いては魔力連想。

 これは先程の修行の延長の様なものだ。

 イメージしたモノに対して魔力の力を放出させれば良いだけなので、炎の大きさ、風の強さ、土の硬さに、水の透明度、光の質量などなど元素のありとあらゆる条件を魔力で調整する感じだ。

 極端に言えば、青白い炎、二酸化炭素のみを集めた竜巻、弾力のある彫刻、透明だけど凄い水圧の水、とてもまぶしいけど質量が全くない光…こんなのが作りたい放題な訳だ。

 実際には俺の魔力の操作が上手くいってないのでここまでの事は出来ないが俺の頭の中では幾つかプランが出来上がっていた。


 混合魔術は基礎である魔力操作が終わってからなので今日はやらない。

 もっとも、2個以上の元素魔力を合体させ新たな属性を作るのが目的なので基礎は簡単だ。ハードの問題なので、『頑張りま~す』としか今は言えない。


 で、残るは基礎体力と魔力流体だ。


「がはは。今日はそうだな。俺を好きに殴るっていうのでどうだ?」


 プロメテがニヤッと笑顔を見せながら言ってきたが、ドM的な相談なら俺にしないでくれ。とってもトレーニングで忙しい。

 俺は返答に困った。見かねたアクアがプロメテに対してキツめに言ってくれた。


「ちょっと、プロメテ!! あ、あ、あ」

「あああ?」


 アクアは顔を真っ赤にしながらプロメテに詰め寄っている。

 なんだ? プロメテが好きなのか。家は恋愛自由だから好きにして…


「あの子にわかりやすく説明しなさいよ」


 俺を指差して言う………だけ言って、何処かに消えちゃった…。何だあの子。


「ふむ…。イッセイの好きな技を掛けてくれ。お前に合った方法なのか調べるのとトレーニングのメニューを決めたい」


 あぁ。なるほど。そういう意図ね。

 てっきりソッチ系の人なのかと思って警戒したが俺の適正を調べたいって事ね。


 早速俺は魔力連想にて武器を創造する。

 最初は冒険の定番、片手剣から始めよう。


 バッカスを念じると右手に砂鉄が集まっていきナイフ? よりはちょっと長い剣の形に変化した。


「出来た…」

「がはは。初めてにしては中々の速度で発現出来たな。では、掛かってこい」


「了解!!」


 発現させた剣を持ってプロメテに斬り掛かった。

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