一章 雨白島 9話
一章 雨白島 9話
「まあまずは食べなさい」
ミカルの言葉を皮切りに紅茶を飲んで見たものの、美奈は気が引けて食事を取れない。そんな美奈を気遣い久遠がサンドイッチとケーキ、クッキーを皿に少量よそってくれた。久遠自身はチーズの入ったサンドイッチを2切とフルーツを少量皿に取り、上品にナイフとフォークを使って食べている。久遠があまりに上手に食しているものだから、美奈は今度はテーブルマナーに不安を覚えて手を止めてしまった。それに気付いたミカルは久遠に「普通に食え」と言い放つ。すると今度は久遠が手を止めてしまい、しばらく悩んだ末、久遠はナイフを置いてフォークだけで食べはじめた。丁寧さ故に固く見えていたのが幾分か柔らかい印象になる。その様子を見ていた美奈に「気にせず食べなさい」とミカルは言ってサンドイッチを鷲掴みで食べた。その後からは食事のペースは上がり、腹が満たされたことで空気は和み、美奈の緊張も大分解かれていた。
率直に言って食事は美味しかった。サンドイッチは柔らかく優しい味わいで、フルーツは全て新鮮で瑞々しかった。ケーキもクッキーも程よい甘さでくどくなく、極めつけは紅茶だ。今まで嗅いだことのない程豊潤な香りで、味もとても良かった。今まで飲んだことのない味わいにそれ以上の表現ができないことが美奈にとって歯がゆかった。
「とても美味しかったです。特に紅茶が……、ご馳走様でした」
丁寧にお礼を言った美奈を不思議そうに久遠は見た。目をパチパチと忙しなく動かしている姿が先程見事なテーブルマナーを見せていた姿と重ならなくて、可愛いなと思った事は本人には内緒だ。
ミカルが使い終えた食器を下げていくのを見て何か手伝おうとした美奈をミカルは「お客様だから」と座らせた。食器を洗うのもそこそこにテーブルの上を片付けるとミカルは「さて……」と言って話を切り出した。
「来て早々大変だったね、お嬢さん。怪我がなくてよかった」
「いえ、私が待ってなかったのも悪かったですし……。自己紹介も遅くなってすみません。精霊楽団 智朱支部から来ました、浪川美奈です。よろしくお願いします」
深々とお辞儀をした美奈にミカルはニコリと笑う。
「美奈ちゃんだね、こちらこそよろしく。それじゃあ、手紙を見せてもらおうかな」
ミカルの言葉に美奈は鞄から手紙を取り出した。手紙を受け取ったミカルは何度か表裏と確認をしている。いつの間に立ち上がったのか、久遠が棚からペーパーナイフを取りミカルに渡した。ミカルは受け取ったペーパーナイフで封を切ると2組の紙束を取り出した。両方開いてみると左手にあったものをすぐに伏せてしまい、右手にある手紙に目を通した。そちらが本文のようで読み終わるともう一度伏せていた方を見た。数枚あったが全てに目を通すことはなく、見終えたのか立ち上がった。先程久遠がペーパーナイフを出した棚から白い封筒を取り出すと手にしていた紙束を入れ封蝋をした。その時ミカルの手元が僅かに光ったのが美奈から見えたので、何か術を施したのだろう。その疑問はすぐにミカルの口から解消された。
「これは君宛てのようだよ。けれど今は読めないだろう。時が来たら封蝋が溶けるから、その時に読みなさい」
美奈は率直に言うと意味がわからなかったのだが、何も言わず頷いて手紙を受け取った。手紙はほのかに暖かい気がした。無くさないようにと鞄の中にしまう。ミカルは内ポケットからパイプを取り出すと「一服しても?」と確認を取り、美奈が頷くと葉を詰めて火をつけた。棚にある灰皿を机に置くのは久遠の役目のようだ。
「……あの」
美奈がおずおずと言った様子で声を出すとミカルは笑顔で首を傾げる。少し間を開けて美奈は思い切って話し始めた。
「えっと、さっきのコブラは、ミカルさんの……その、ペット? ……なんですか?」
ミカルは美奈の聞き方に「ふふっ」と笑いをこぼした。
「ペットとは、違うかな。美奈ちゃんは召喚魔法を知っているかい?」
「あ、はい。空間を繋げて使役する妖精や魔獣を呼び出す希少魔法、ですよね。その希少さから多数の魔法を使える方でも召喚魔道士と呼ばれるとか。お話は聞いたことがあるんですが、使える方とお会いしたことは……あれ?」
そこまでを言葉にして美奈は久遠の言葉を思い出す。
『人が住むには厳しい森でも、師匠の魔獣たちには住み心地が良かったりするんです』
ミカルは先程のコブラを自在に操っていた。外の森は久遠いわく、ミカルの魔獣にとって住み心地が良いらしい。気付いた様子の美奈にミカルはまた笑って見せる。ポケットから殻の付いた木の実を取り出し、手で器用に割ってみせる。ミカルの腕にいつの間にか茶と白の毛のイタチが乗っている。手元の木の実はイタチの口元で美味しく召し上がられていた。
「頭のいいお嬢さんだね。お察しの通り、俺は召喚魔道士だよ。さっきのコブラもその一匹さ」
美奈は今起きた出来事に目を白黒させていると、その様子を気に入ったのかミカルはニコニコと笑っていた。久遠が「師匠の顔が緩んでる」とポツリと零すと、ミカルの手に乗っていたイタチが久遠に体当たりした。コブラの件もあり美奈は息を飲んで久遠を見たが、イタチは久遠に擦り寄っていた。イタチがぶつかった左頬を撫でてはいたが、どうやら心配は杞憂で終わったようだ。
ミカルが左手の人差し指を2回回すと蝶が一匹現れる。美奈が「あっ」と声をこぼすと蝶はイタチに向かって飛び、イタチは飛んできた蝶を食べてしまった。
「これもさっき、君を驚かせてしまったからね。この蝶は俺の魔力なんだ。魔獣に餌として与えるんだがその形は魔道士それぞれで、俺の場合は身体から離れると蝶の姿になる。綺麗だろう?」
そう言ってウインクをする姿が違和感がなく、漏れ出す色気に美奈も少し頬を赤く染めた。ミカルは魔力の姿に関しては例外があると補足をしたが多くは語らなかった。
この家に来てからの疑問が次々に解消していき、美奈は安心と共に少し混乱していた。与えられた情報が多すぎたようだ。久遠は美奈の前にそっと水を置く。美奈は素直に受け取るとゆっくりと飲み込んでいった。イタチが久遠の方から美奈の肩に飛び移ると美奈の首に体をゆるく添わせ、柔らかい毛皮を擦り寄せて美奈を癒した。強ばっていた美奈の表情が少し和らぐ。
「俺からも少し聞かせて欲しいんだけど、いいかな?」
ミカルからの問いかけに美奈は頷いた。
「ありがとう。……でも、その前に少し休んでもらった方が良さそうだ」
「え?」
美奈が疑問に思って首を傾げると、突然強い眠気が襲ってきた。起きていようと眠気に抗うが、どうにも持ちそうにない。
「気にせず休みなさい。起きてから話を聞かせてもらうから」
ミカルの言葉を最後に、美奈は意識が途切れた。ふらりと倒れそうになる体を久遠が支える。美奈がぐっすり眠っているのを確認すると、ミカルは久遠を見る。
「久遠?」
「……無理ですよ、運べません」
「非力が。じゃあキッチン片付けとけ」
ミカルはパイプの葉を捨てパイプ本体も灰皿の上へ置き、立ち上がると美奈をお姫様抱っこにして奥の部屋へ向かった。イタチはするりと久遠の体に移動する。ミカルが部屋から出ていくと久遠はイタチを撫でた。
「お疲れ様、キュア」
キュアと呼ばれたイタチは嬉しそうに体をすり寄せる。久遠は机にあったグラスや残っていた皿をすべて持つとキッチンへと向かった。
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