第13話(中秋名月!1の3・前編)
3
ホームルームも終わり、エアコンは止められ窓を開けて外の乾いた空気が入ってくる。生徒たちが机をガタガタと動かし教室から去っていく喧騒の中、
最初は隣の席の花丸が荷物を取りに戻ってきたのかなとも思ったが、背格好はやや似ているものの彼女は花丸ではなかった。
「キミ、片山留美音さん知らへん?」
「ん、ルミちゃんなら5組…」
「そか」
花丸ほど長くはないが、緩やかにウエーブのかかった赤みがかった髪をリボンで束ねている。髪型と背丈、その顔立ちも相まってやや幼く見えるが、彼女の上履きの縁に彩られるは、3年生を表す緑色。そして彼女の白ブラウスに刺さった名札も緑色だが、これはたまたまだろう。中位レベルの精霊人のようだ。
名札に刻まれた名字は”
「おおきに」
久しぶり、と声をかけたかったが、
……なんなんだ。
首をひねる
渡り廊下から見て、右側の奥が元1年8組、現在生徒会役員室として使われている教室がある。
しかし、どっかん屋を連れてやってきた生徒会副会長、物部宇美は、左側に注目した。
1年5組の窓から、少女が一人中を覗き込んでいた。
「会長、どうされましたか?」
「あ、宇美。はぁい」
「はいじゃないですが」
しゅたっと手を上げて挨拶する少女に、にべもない宇美の返し。
少女には、風鈴と花丸は見覚えがあった。
花丸とあまり変わらない小柄な背丈で、赤みがかった髪をリボンで束ねている。
緑色の名札には”物部”と名字が刻まれている。
「いやな、どっかん屋と話がしとうてな?」
「今お連れしましたので」
「そか。宇美は仕事が速いな。お姉ちゃんがよしよししてあげるで」
「人目があるのでやめてください」
かかとを上げて妹の頭を撫でる姉の手を払い除けながらも、宇美は少しばかり照れているようであった。
会長の目線が、どっかん屋の一人に止まる。
「キミが留美音さんやったんね。実はうちも月の精霊人なんや。よろしゅうな」
緑の名札を見せながら微笑む会長。
「ほな、話は役員室でしよか?」
目線で挨拶を返す留美音を案内するように、会長はどっかん屋を率いて教室へ向かった。
元が教室なので、役員室も入って右手に黒板、左手にロッカーがある。
中央の窓際に、生徒会長用のちょっと豪華な机があり、会長はその安楽椅子へ腰掛けた。小柄なので、ちょっとアンバランスかもしれない。
「では、改めて。うちが生徒会長の
柔らかい笑みの都姫に、思わずほっこりしてしまうどっかん屋一同。
留美音が手を上げた。
「会長は、月の精霊人なの?」
「せや」
短い質問に、短い返答。
「実は最初はうちがどっかん屋に入るっちゅう案があってな?」
都姫の告白は初耳で、どっかん屋一同は驚きの表情を見せた。
「けどうちはこの通りレベル40しかあらへんし、戦闘には向かんからと断ったんよ。その後、運良くキミが月の精霊人とわかってな? うちから篠原先生に推薦したんよ」
感謝の笑みを、留美音に向ける。
「それと、生徒会長は少々病を患っています」
副会長、宇美が忠告気味に言葉を続ける。
「今もリハビリ中なので、頭の片隅においておいてください」
まあまあ、大した病気やないし、とたしなめる都姫に、なるほど、入学当初から生徒会長をあまり見かけなかったことや、この話を今日はじめて聞いたこともそういった関係か、と納得する。
「ねね、会長さんは緑の名札だけど、なにか神通力使えるの?」
なんかちょっと馴れ馴れしい美優羽の質問に宇美の白眼が刺さるが、都姫はむしろ待ってましたというように、にんまりとして笑みを浮かべた。
「うちはレベル40やから戦闘には向かへんしたいした術もないけど、ひとつだけ自慢の神通力があるんよ?」
妹に促すと宇美は仕方ないとばかりに棚代わりのロッカーから皿をひとつ持ってきた。
花の模様の描かれた皿の上には、白い団子が乗っかっている。
一本の串につき4粒の白い団子。餡やタレはかかっていない。
その串団子が3段積みで計6本。上の段の1本を、都姫は手に取る。
「さあさあ取り出しましたるは、この何の変哲もない団子! あ、うちの手作りやで?」
一粒づつどうぞと風鈴に手渡され、はっと何かに思い至った風鈴が美優羽を睨みつけた。
「あんたが最後よ?」
ちっ、という美優羽の舌打ち。
なんのこっちゃ?と訝しむ都姫をよそに、風鈴が最初に団子を一粒かじり、花丸、留美音と手渡しで続く。
「よっしゃー! れろれろれろ!」
餌の前でおあずけを食らっていた飼い犬のごとく、美優羽は最後の一粒に串ごと食らいついてベロベロと舐め回した。
うえぇ……とこれにはさすがに会長副会長風鈴花丸留美音が一斉にドン引き。
やっぱり間接キスが狙いだったか。風鈴は今日も頭が痛い。
「なあこれ、我々まで被害にあってるんだが?」
「我慢して。あれを最初にやられたら誰も食べられなくなるでしょ。で、会長。この団子がなにか?」
花丸をたしなめ、風鈴は生徒会長に続きを促す。
美優羽の変人っぷりに少々面食らった様子の都姫は、咳払いをひとつ。
「えと、団子の味はみんな確認したな?」
ちょっと甘いだけのはずやでという都姫に、たしかにプレーンだったと思い返す一同。
「んじゃ、もう一本や」
と、皿からもう一本を手に取る。
どっかん屋は、その手元に注目した。
高位の精霊人にのみ見える、神通力の流れ。
彼女たちからすればささやかなものながら、たしかに都姫から神通力が感じられた。
その手に握られた串は、黄色い団子に変わった。
「かぼちゃ味にしてみたで?」と、風鈴に渡す。
またベロベロされたらかなわんので、風鈴・花丸・留美音・美優羽と同じ順で、今度は手で一粒づつ取ってから口に入れる。
「あ、ほんとだ」
という感想は誰のものだったか。都姫は得意げにニコニコしている。
「ちょっとした回復効果もあるんやで? 術名は”月見団子”や」
そういえばワルキューレも桃太郎形態のときに”きび団子”という術を使っていた。そこまでの回復効果はなさそうだしベースとなる団子も必要だが、レベル40としては意外に有用そうな術と言えそうだった。
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