第13話(中秋名月!1の2・前編)

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 中国で最初の感染者が確認された、新型コロナウイルス感染症。

 これは台湾から要請を受けた書の超高レベル精霊人オノノトウフウにより、中国当局の反対を押し切って即座に対処された。

 それでも近年まれに見るこの恐ろしい感染症は世界中へ広がっていったが、日本より派遣された闇の超高レベル精霊人プルート命の超高レベル精霊人プロセルピナ夫婦により、都度駆逐されてゆく。

 結果、世界は経済活動を停滞させることなく、被害を最小限に食い止められていた。

 彼ら超高レベル精霊人がいなければ、中世欧州ヨーロッパ黒死病ペスト以来の大災害になっていたに違いない。


 精霊人の重要性を世界が再認識する一方で、日本国内でも二人の超高レベル精霊人の活躍があった。

 平時は田畑と住宅地が広がるこの群馬県の某山間部は今、先日の台風の被害を受け、土砂と瓦礫にまみれるひどい光景だった。

 川の堤防も壊れ、あたり一面水浸しで、沼地のようですらある。

 どこから手を付けるべきかと、災害車両やユンボを背景に自衛隊員たちが打ち合わせをしている中、二人の超高レベル精霊人が先んじて動いた。

「マグネット・キャッチ」

 雷のトールが両手を前へ突き出すと、稲光が瓦礫へ向かってゆく。そのさまは電撃にも似ているが、本物の雷なら轟音を伴うので、これは神通力だろう。

 おおー、と感嘆の声が自衛隊員たちから上がる。

 触手にも似た動きの稲光は瓦礫をまさぐり、鉄骨のみを選り分けて浮かび上がらせる。

「硬い鉄骨を先に選り分けておけば、のちの作業がずいぶん楽になるな」

 指揮を執る、幕僚長の紫藤清夢も感心してこれを見上げている。

「それでは、お前たちは壊れた堤防の応急処置を……ガイア?」

 隊員たちへ指示を出そうとしていた清夢が、土のガイアが単独行動を始めていることに気づく。

 なんか、でかい図体をのっしのっしと歩ませ、このまま地平線の向こうまで行ってしまいそうな勢いからのユーターン。

 彼女が上空を見上げたところで、なんか既視感デジャブを覚えていた清夢がその真意に気づいた。……あの馬鹿!

「お前ら、ガイアから距離を開けろ! 上空注意!」

 焦りながらも、大声で迅速に指示を出す。


 ギャーーオォーーオォーーーゥッ!(4倍角)


「やっぱりか!」

 天をもつんざくガイアの叫び声。

 退避のために臨戦霊装をまといたくなる清夢だが、ここは我慢。

 シャウト・ストーン。ガイアの神通力で、その声が上空で岩塊に変わる。

 叫んだ通りの「ギャーーオォーーオォーーーゥッ!」がびっくりエクスクラメーションマーク付きで実体化する。

 神通力から開放されたカタカナ型の岩塊は、今度は重力に従って自由落下を始める。悲鳴混じりに、自衛隊員たちが散開する。

 どーん、ずどーん、と地面にめり込む岩塊は、ちょうど川沿いに並びたち、低地への浸水を防ぐ堤防となった。

 あー、そういうことかー、昔のアニメみたいだけどそういうことかー、と隊員たちから感心したような呆れたような声が聞こえる。

 えっへんと胸を張るガイアだが、その後頭部に清夢のゲンコツが入り、キャインと鳴き声が響いた。

「お前は、使うタイミングを考えろ。怪我人が出たらどうするんだ」

 清夢の小言に、ガイアはそのでかい図体を萎縮させ、アメリカンクラッカーのような涙を白虎の仮面からこぼしている。シャキンとしているときは威厳のある風貌も、今はギャグ漫画さながらである。

「あ? 俺が喜ぶと思った? 先生は昔の漫画とか好きだからって、あのな、公私混同というかガチとネタは使い分けろと何度…「先生そのくらいにしてあげてください。彼女も悪気があってのことじゃ「ばうばうばう!「こらガイア、重いから重いから!」

 清夢の小言が途中からガイアとトールのじゃれ合いになり、元教師は頭を抱えた。

 公の場ではあまり見せない彼らのくだけた(ふざけた?)やり取りに、隊員たちはおおむね好意的にとらえてはいるようだったが。


 ガイアが作った堤防(?)を土台に、隊員たちが応急的に堤防を修復している。

 清夢・トール・ガイアは被災地外れに止められた大型車両を背に、その様子を眺めつつ小休止に入っていた。

「精霊自衛隊は今、どのくらいの規模なんですか?」

 政治関係に興味の薄いトールからこの手の質問は珍しい。感心しながら、清夢は答えた。

「ほとんどが借り者だが、高レベル、レベル50以上で100人ほどだな。2~3の小隊が編成できる程度だが、特別な訓練を受けた精霊人だ。歩兵に換算すれば中隊以上、大体にも匹敵する戦力があるといえるな」

 司令官だけあって、その言葉は誇らしげでもあった。

 借り者というのは、精霊自衛隊はまだ人数が少なく、大半は他の自衛隊の適正者を必要に応じて幕僚長たる清夢が招集し指揮しているため。

「年齢や体格の制限もあるから、募集してもこれ以上はなかなか増やせないのが実情だな」

「それでも、日本の精霊人の割合は高いそうですね」

「ああ」

 世界平均では、レベルが10上がるごとにその人数は10分の1になるという。

 世界の人口を70億人とすれば精霊人と認定されるレベル30以上は700万人、特高レベル以上は700人ほどということになるが、日本における精霊人の割合はおよそ10倍と有意に高い。

 このあたり、もののけ事変が日本を中心に展開されたこととの関連が示唆されているが、真相は今も謎のままである。

「本当はな、自衛隊や軍隊のようなものなどを、世界には作らせたくなかったんだ」

 と、もののけ事変後の世界とのやり取りを思い出しながら、清夢は独白する。

 原子力のように神通力の軍事利用の禁止をなし得ることが本命だったが、残念ながらそれは叶わなかった。

 当時は超高レベル精霊人を国家の枠組みから独立させ、それを世界に承認させるのに手一杯で、国内法の整備までは口出しできなかった。

 代わりに実現させたのが、精霊自衛隊である。

 他国の多くが陸海空の各軍に精霊人を組み込んでいるが、日本では独立した自衛隊として組織させることに成功した。

「そういえばガイアの実家がここから近いんだっけ?」

「わうわう」

 清夢の話についていけなくなった二人が、世間話に興じていた。

「お前なあ、自分から聞いておいて……まあいい」

 隊員たちも随行のマスコミも耳目を向けていないことを確認し、清夢は指を指した。

「あの川の向こう一帯が、瞳嬢どじょうの実家の農地だそうだな」

「ばうばう」

 へえ、とトールが嘆息する。

「平方キロ単位になるかしら? 聞いてはいたけど、大きな農家なのね」

「関東では有数だろうな。企業化していて、アメリカの農家とも付き合いがあるんだってな?」

「わん」

 そして清夢は、先日の話に取り掛かる。

「私も聞いたおぼえがあります。あなたとイサベル……ガイアとスコーピオは農業分野で日米とともに協力関係にあるんですってね?」

 うなずくガイアに対し、トールの面持ちは微妙そうだった。

「彼女、日本嫌いじゃなかった?」

 イサベル・イグレシアスIsabel・Iglesias。未来や瞳嬢と同期の女性で、イシターやシエルと同様、第一高校へは留学生として在籍していた。

 当時教師だった清夢をシド教授Prof.Shidoと呼び、慕っていた。この点で、未来にとってはライバルの一人だったと言えよう。

「そうか? まあ確かに、真珠湾攻撃とかの話を聞いたときは憤っていたようだが、あいつは基本的に日本好きだと思うぞ」

「日本が好きというよりは紫藤先生のことを……)

 途中からゴニョゴニョと口ごもってしまったので、未来のぼやきは清夢には届かなかった。

「で、そのスコーピオが大統領とともに来日するそうでな。ガイア、理由は聞いていないか?」

「ばうばう」

 ガイアは首を振る。

「なにか伝言でもあるのかしら? 電話で良さそうなものだけど」

「電話だと盗聴される恐れがあるからな。あるいは単に、派手好きなあの大統領にサプライズとして頼まれただけかもしれん」

 たいした結論が出せぬまま、清夢の腰に挿されていた無線機から呼び出しがかかった。

 ノイズ混じりの隊員の声とやり取りをし、二人に目を向ける。

「まもなく一区切りつくそうだ。おまえたちは今日はお役御免だ。ご苦労だったな」

 清夢のねぎらいを受け、息をつく二人。

 と、トールが懐から一冊の本を取り出してガイアに差し出した。

「くーん?」

 嫌な予感と言わんばかりの、ガイアの鳴き声。

 その一冊の小説には、アニメ調の表紙を文字で覆い尽くさんばかりのタイトルが敷き詰められていた。そのタイトルは──

”拝啓姉上お元気ですか。早いもので、魔王討伐に向けて僕が出立してから2年になります。僕は今、魔王城の城下町……”

 ──と、長すぎて表紙に収まりきっていない。このまま本文に突入するスタイルらしい。

「くーんくーんくーん」

 ちょっとというかかなり困った様子のガイア。

 トールも一瞬周囲を確認し、小声で言う。

「ほら、あなたの素の状態、瞳嬢は文学少女じゃない? 懐かしいわね、学生の頃こうして何度も貸してあげたっけね。返すのはいつでもいいから、感想聞かせてね?」

 瞳嬢は単に大人しそうな風体のメガネっ娘だったというだけで別に文学少女なわけではないのだが。てゆうか、ラノベは文学なのだろうか?

 虚しいかな、清夢のツッコミは誰にも届くことはなかった。

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