中秋名月!どっかん屋

第13話(中秋名月!1の1・前編)

   中秋名月!どっかん屋 第一話


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 この日、開平橋太郎右衛門かいへいばしたろうえもんは雪女の臨戦霊装で、科学部部室に涼を届けていた。

 しかしなぜこうも暑いのか。

 立秋も過ぎ、二学期も間近の8月最終週。週が明ければ始業式である。

 なのに秋の気配は一向に見えない。セミはミンミン、お日様カンカン、猛暑日連続記録を更新中。

 そんな中、悪戯トリック班の面々は、今日も部室に集ってゲームに興じていた。

「やられたー」「のじゃー」

 太郎右衛門、玉藻前ことタマモと、諦めの悲鳴が続く。

 板張りの床の一角に畳が敷かれ、部屋のカドにはブラウン管テレビ。そこに繋がるは、8bit時代に人気を博したゲーム機の復刻版。部室の隅っこが昭和である。

 白くて四角くて高性能、CD-ROMをまっさきに導入して時代を先どった名機。ただし、バブル時代の当時としても非常に高価な機種だった。

 ひと回り小さくなった復刻ゲーム機で、悪戯トリック班の4人は最大5人まで対応の爆弾ゲームで対戦していた。

 トロフィー画面の中央で喜んでいるのは、東雲桃子しののめももこが操っていたキャラクター。

 当の桃子も、コントローラーを振り上げてガッツポーズを決めていた。

 ワルキューレのときは感情豊かだが、今は桃子なので表情は硬い。しかし悪戯トリック班とも打ち解けてきてはいるようだった。

 ガッツポーズの桃子の前には、悪戯トリック班リーダー不破光宙ふわみつひろの神通力、”空中クレヨン”で「コ ロ ン ビ ア」という文字が描かれていた。なお意味は不明である。

 ──と。

「むっ!?」「ムッ!?」

 光宙みつひろと桃子が同時に緊迫の声を上げ、桃子は即座にワルキューレへ変身した。

「急に変身してどうしたのさ、しの「ソオイッ!「のめぇ!?」

 質問しかけた太郎右衛門こと雪女の可愛い顔面に、床に直置きパーティー開きにされていたポテトチップス(コンソメパンチ170グラム)が叩きつけられた。

「な、なにするのさしの「ソオイッ!「のめぇ!?」

「学習能力ないのー、小僧」

 狐のしっぽをフリフリ、ポテチをポリポリ、タマモが呆れる。

白金しろがねのガキンチョは、いみなで呼ばれるのを嫌がっただけじゃぞ」

 諱とはこの場合は本名のこと。

 ワルキューレの注意は部室の外へ向いている。タマモもとうに気づいている様子だった。

 バタバタと複数の足音が聞こえてきたかと思うと、

光宙みつひろ、いる!?」

 バアンッと扉が開き、気の強そうな女生徒が入ってきた。

 ゆるふわ三編みに黒縁眼鏡、校則通りに着こなす制服と、「委員長」と呼びたくなるような風貌ながら、気の強そうな美貌と豊かなバストがそれを打ち消して余りある。

 光宙みつひろの義姉にして幼馴染み。そして──、

 大社おおやしろ学園第一高等学校生徒会風紀委員精霊人取締並せいれいびととりしまりならびに精霊事件対応班。通称どっかん屋。

 そのどっかん屋のリーダー、篠原風鈴しのはらふうりんである。

 すぐ後ろにはメンバーの、綾瀬川花丸あやせがわはなまる寿美優羽ことぶきみゆう片岡留美音かたおかるみねもいて、メンバー勢揃いである。

 各々手にビニール袋をぶら下げ、何かを持参してきた様子だ。

 桃子はどっかん屋には正体を隠しているので、いち早く気配を察知してワルキューレへ変身したということか。

「なんじゃなんじゃ、また女の争いかえ?」

「ヨクワカランガ、勝負ナラ受ケテ立ツゾ?」

 血の気の多い二人を無視し、風鈴は部屋を見回す。

 そういえばいつの間にか、光宙みつひろの姿が見えなくなっていた。

 外に比べれば、部屋の中はひんやりとしている。クーラーではなく太郎右衛門の神通力によるもののようだ。便利なやつである。

 他の部室にも人がいるだろうにも気にかけず、風鈴は部屋の奥へ向かって声を張り上げる。

光宙みつひろぉ! いるのはわかってんのよ! 出てこないなら、呼んではいけないあの名前で呼ぶわよ!」

 ヴォルデモートかよ。

 と、後ろのメンバーが小声でヒソヒソ。

「このぉ、ピカ「うっせえな。なんの用だよ?」

 光宙みつひろの面倒くさそうな声は、どっかん屋のさらに後ろから聞こえてきた。

 果たして風鈴はなんと呼ぼうとしていたのか。というか光宙みつひろ、やはりこの名前にはトラウマがあるのか。名前を書くときはダメと言われても必ず読み仮名振るし。

「祝いに来てやったのよ、感謝しなさい」

 胸をふんぞり返して、風鈴は言う。

 ていうかそのバストサイズでさらに目立つようなポーズはやめたほうが良いのでは。美優羽がふおぉ!と鼻息荒くガン見してるし。

 そんな光宙みつひろの思いなどことさら通じるはずもなく、風鈴は続ける。

「あんた、今日が何の日か忘れてんの?」

 光宙みつひろはしばし考え、

「土用の丑でうなぎを食べる日か?」

「それは一ヶ月以上前でしょ、一応ひつまぶし弁当買ってきたけど!」

「買ってきたんかよ」呆れる光宙みつひろ

 さらに考え──ぴこーん、と頭上で電球が光った(神通力)。

「ハッピーサンシャインの日だな? ずいぶんマイナーな記念日を知ってるんだな」

「ちげーわよ!」

「じゃあ闇金ゼロの日か?」

「なんでそんなもんを祝わなきゃいけねーのよ! あんた、わかっててとぼけてるわね?」

 姉弟の漫才に、周りは白けかけている。

 風鈴はビニール袋から、包みをひとつ取り出した。

 リボンが巻かれ、カードが一枚差し込んである。

 それを光宙みつひろへ押し付けて。

「ほら、誕生日でしょう。16歳おめでとう!」

 プリプリと、花丸たちと手分けして荷物(主に食べ物)をテーブルに並べてゆく。

「色々買ってきたからみんなで食べましょう」

 怒った様子は照れ隠しだったか。素直じゃないやつ。

「ワルキューレ、あんたの好物のピザも買ってきてやったわよ」

 ふふん、と狭いテーブルにデンと置く。ホホオ、と覗き込んだワルキューレは愕然と吠え立てた。

「すーぱーデ売ッテル300円ノヤツジャン! 食ベルケド!」

光宙みつひろ、水臭いぞ。あらかじめ言ってくれれば、うちで盛大に祝ってやったのに」

 持ち帰り寿司を並べながら、花丸。

 そういえば花丸は理事長の孫にして社長令嬢だったか。

「まあ、これで風鈴とはまた同い年だな」

 む、と風鈴が言い返してきた。

「2ヶ月差でも、あたしがお姉ちゃんなんだからね」

「1ヶ月と23日だ。1ヶ月と23日、54日だ」

 大事なことなので二度言う光宙みつひろ

 マウントを取りたい風鈴と取られまいと逆らう光宙みつひろの関係は、本当の姉弟のようではあった。

 うまいのじゃー、とタマモは早速寿司を頬張っている。

「おもーはわらわよりずいぶん年下なんじゃの」

「お前より年上はオモイカネくらいだろ」

 昨日の敵は今日の友とばかりに、いつの間にかどっかん屋と悪戯トリック班の計8名が、あまり広くない部屋で談笑にふけっている。

 ふと光宙みつひろは思い出したように、カドの席で黙々と箱ポテ(コンソメ味)をかじっていた留美音に聞いた。

「そういやルミちゃんは9月3日だっけ?」

 誕生日を聞くと、留美音はこくりとうなずいた。

 2学期の、始業式の日か。

「近いな」

「えへへ」

 留美音はあまり表情を出さないほうだが、少しばかりはにかんだ。

 月齢で外見年齢の変わる留美音。新月が近いからか、現在彼女は子供の姿をしている。

 神通力で外見を上書きすることもできるが、皆と打ち解けているからか、そのようなこともしていない。

 端正な顔立ち、長い黒髪といい、じっとしていると日本人形のようだ。

「新月のときは身長何センチ?」

「129.3」

「ほう、そして誕生日は9月3日と」

「それが?」

「うん、なんでもないぞ」

 光宙みつひろの意味深げな頷きに、小首をかしげる留美音であった。

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