第12話(風林火山!4の6・終!)

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 天皇が100代を数えたのは、南北朝時代にまで遡る。

 一方、内閣総理大臣も歴代100代めを数えようというところ。

 現在の首相は、任期5年め。

 もののけ事変の少し前に党が下野し、先代どっかん屋がスサノオを撃破したころに、与党へ復帰し首相の座へついた。

 超高レベル精霊人たちへよくしてくれ、精霊自衛隊発足にも尽力し、清夢たちとの信頼関係はあつい。

 その総理大臣に呼ばれ、精霊幕僚長紫藤清夢は首相官邸へ来ていた。

 どっかん屋たちにはおっさん呼ばわりされている清夢だが、政府要人からすれば、まだまだ若い。清夢はふた周りも年上の首相を前に、緊張気味だった。

 緊張気味なのは、それだけが理由ではなかったが。

「君に見てもらいたいものがある」

 と、テーブルの上に写真を並べる。

 ここは5階の首相執務室ではなく、特別に設けられた応接室。高いセキュリティが施されているので、少々の密談も漏れる心配はない。

「総理、特高レベルがいるのなら精霊自衛隊うちにまわしてくださいよ」

 写真をざっと眺め、清夢はおどけてみせるも、内心舌打ちしていた。

 第一高校を上空から見下ろしたような、俯瞰したアングルだ。

 日本国が保有する人工衛星から最大倍率で撮ったものだろう。

 だが神通力を併用しなければ、人工衛星からこんな解像度でくっきりと鮮明に撮影できるはずがない。

 清夢とシエルがやったことをそっくりそのままやり返してきた格好だ。

 首相は、写真の一枚を指差す。

「この二人に見覚えは?」

「いえ?」

 そこに映るは、狩衣姿の少年と、羽衣をまとった女性。臨戦霊装の清夢とシエルに間違いなかった。

 しらばっくれるが、内心冷や汗ダラダラだ。

 シエルの臨戦霊装は公式にはヴァルハラだけだし、清夢も子供形態は身内以外には知られていない。バレてはいないと信じたい。

 政府は第一高校の動向を常に監視しているのは当然知ってはいたが、侮れない水準まで来ているようだ。

「そうか。そうなると、あの学校に関わろうというものが他にもいると考えられるな。普段学校内へ入れるのは君だけだ。注意を怠らず、引き続き監視と報告を頼む」

「はい」

「それと、これだ」

 広げた数枚の写真は、第一高校が平安京へ変化していく様子を捉えたものだった。

 そしてそのうちの一枚に、清夢も知らぬ少女が写っていた。

 屋上で、こちら(人工衛星)に向かってニパッとした笑顔でピースサインを送っている。

(こいつ……)

 清夢は表情を動かさない。だが、内心笑わずにはいられなかった。

「我々が把握している中にはいない女生徒のようだが、覚えはないかね?」

「いや、俺にもわかりませんなあ」

 収穫なしか、と首相は少々落胆した様子だった。

 写真のこの少女。

 政府に見られていることを完全に見破っていて、この姿へ上書きしたということか。

 どんだけ無茶苦茶なんだ、あいつは。清夢は呆れを通り越して苦笑いしか出てこない。

「いずれまた学校へ行ったときにでも、探りを入れてみてくれ。この学校の生徒なのは間違いなかろう」

「はい」

 あのオモイカネですら、現代の人類は侮れない相手だと認め、交渉の場へ姿を表した。

 だが、あのいたずら小僧は今もなお世界を煙に巻いている。

 彼を捕らえることは、誰にもできまい。

 政府にも、世界にも。

 捕らえることができるなら、あの4人組だけか……。首相官邸をあとに、清夢はそんなことを思いふけっていた。


「ぺぷしっ!」

 第一高校校庭の外れにある部室棟の2階、科学部部室で、一人の少女がくしゃみをした。

「ふっ、誰かが噂しているようだな」

 キリッと表情を引き締め、ポーズを決める。

 見た目だけなら、かなりの美女である。

 女性としてはやや高めの身長、でしゃばりすぎずも均整の取れたスタイル、愛嬌と凛々しさを兼ね備えた美貌と、まさに理想の美女を体現したかのような容姿。

 声も美しいメゾソプラノ。瞳はやや青みがかっているが、輪郭はアジア人。髪は赤みがかった黒のポニーテール。

 そして服装は、第一高校女生徒の制服。

「どうでもいいけど」

 隣では、東雲桃子がゲームをしている。16bitと描かれた懐かしいデザインだが、その大きさは手のひらに乗るほど小さい。

 最新のレトロゲーム機と言うとなんか矛盾しているようだが、最近のレトロゲームブームは、喜ぶべきかニワカどもめがと一笑に付すべきか桃子としては微妙なところ。

 それはさておき、桃子はゲームの手を休めて隣の女生徒をみやった。

「それは臨戦霊装なの?」

「いや、空中クレヨンだ。こっちのプロテクターはうつつだから、防御力もそこそこあるけどな」

 謎の女生徒は、光宙みつひろだった。

 制服の上や手足には金属質のプロテクターを装備している。なんかどこかのアクションゲームにでも出てきそうな出で立ちだった。

「おもーなのかおたーなのか迷うのじゃー」

「けど、みっくん。なんでわざわざそんな格好を?」

「この姿のときはメアリーとでも呼んでくれ」

 部室にはタマモと太郎右衛門も来ていて、桃子のゲームを見物していた。

 長机に腰掛け、足を組み替え、前髪を払う。いちいちわざとらしいが、「格好良い女性」としては様になっているのが不思議だ。

「メアリー……メアリー・スーね?」

「ご明答」

 意味ありげな笑みに、意味ありげな笑みで応える。

「あなたらしいわね」

 メアリー・スーとは、元はあるSF小説の二次創作に登場する女性キャラクター。作中におけるその実力と魅力は原作をぶち壊しにするほどにぶっ飛んでいて、一次二次問わず、後の作家たちにも影響を与えたという。

「この姿は、まあもともとは政府の監視をごまかすためだったんだけどな。あいつら人工衛星まで使ってるから、学校の外では気をつけろよ?」

 桃子もさすがに息を呑む。学校外で何度かワルキューレに変身しているからである。

「風鈴にも言われたからな。俺は頑丈じゃないって」

「ああ」

 納得の桃子。

 先日の玉藻前事件で、光宙みつひろは身を守る必要性を覚えた。

 大狐で乱心の玉藻前の突進も、少なくとも死ぬことはなかったと思うが、心配させてしまったのは確かだ。

「まあけど」

 メアリー[#「メアリー」に傍点]はニンマリとして。

「ついでにこれ[#「これ」に傍点]で、どっかん屋をからかうのも面白いかもな。

 さてさて、今度は何をやらかす気なのやら。三者三様に笑う悪戯トリック班の面々だった。


         *


「ソラ姉、ごめん。やっぱり俺は日本に残るわ」

 小学校卒業の日の夜、シエルにフランスへ誘われた光宙みつひろは、これを断った。

 しかし、シエルはなにか感銘を受けた様子だった。

「ふふ……やっぱりあなた、タラシの才能があるわね」

 断られてもショックを受けるどころか、逆にクスクスと、嬉しそうだった。

 血の繋がりのない男の子に、姉と呼ばれたのだ。ほぼ初対面でも、家族と認められたことが、シエルには心底嬉しかった。

「ありがとう《Merci》、光宙みつひろくん。今回は、諦めるわ」

 ずっと諦めないんかいという風鈴の小声は無視し、彼女は二人の弟妹へ告げた。

「最後に、お姉ちゃんSoeur aineeからあなた達に大切なことを教えるわ」

 シエルと未来が争ったもうひとりの男性、彼女たちにとって一番大切な人から教えられたこと。

「ひとつは、年長者が年下を守ること。もうひとつは、神通力はみんなを笑顔にするためにあるということ。よく覚えておいてね」

 彼女から伝えられた格言は、二人の心に深く刻まれることとなる。

 二人にとっては、シエルもまた確かな姉であった。


 そして数週間後、中学校の入学式のこと。


 体育館の壇上で挨拶をしていた校長先生の言葉が止まり、生徒たちは唖然とこれを見上げていた。

「イタズラ王に、俺はなる!」

 校長のマイクを奪い、光宙みつひろはそう宣言した。

 口をパクパクさせている校長は、頭にかぶったカツラを透明化させられていた。

 この頃、超高レベル精霊人たちのおかげで、精霊人への偏見・差別は薄れつつあった。

 それでもまだ、自ら精霊人を明かすような大胆な人間はほとんどいなかった。

 光宙みつひろは一時期ふさぎ込んでいたが、元の快活な性格に戻りつつあった。

 そして風鈴もまた。

「ざけんじゃねえわよ!」

 ざわめく生徒たちの中から抜きん出て、風鈴も壇上へ上がる。

 突風の神通力を放つと、校長のカツラはなすすべもなく飛んでいき。

「はっはー! 馬鹿ふうりーん、やーい!」

「まちゃあがれこのー! 校長先生、いまとっ捕まえてきますから!」

 体育館内で、逃げる光宙みつひろに追う風鈴。

 二人の追いかけっこは、まさにこのときから始まったのだった。

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