第12話(風林火山!4の5・後編・終?)

 ふと、清夢は表情を改めた。

「もう一つ、重要な話がある。ひっじょーに言いにくいことなんだが……」

 極めて難しい顔の後ろ、いや教室の外から聞き覚えのある、しかしありえないはずの声が響いた。

「おもー!」

 バタンと扉が開き、晴れ着の少女が光宙みつひろめがけて一直線。

「ただいまなのじゃ!」

「よう、早かったな」

 光宙みつひろの胸へ飛び込み、猫のようにスリスリ。

「約束のボロネーゼ買ってきたぞ。みんなで食おうぜ」

「やったー!」

「軽減税率のおかげで、最近はお持ち帰りのほうがお得だからな」

「ぴざハアルカ?」

「当然」

 頭が痛いとフラフラしている清夢を放置、ワイワイと包みを開けてはしゃぐ悪戯トリック班に、一方のどっかん屋、特に風鈴は目を点にして大口を開けて指を差してパクパクしてる。

 そして数秒、風鈴ががなり始めた。

「ちょっとあんたたち!」

「なんだよ、昼なんだから、話はメシ食いながらにしようぜ。お前らも弁当持ってきてるんだろ?」

 スパゲティをフォークでくるくる、タマモの口へ運ぶと可愛い口をアーンとあけてパクリのモグモグ。

 うまいのじゃーと頬張るさまは、間違いなく玉藻前だった。

「そうじゃなくて! あんた、成仏したんじゃなかったの!?」

「わらわは仏徒ではないからそれを言うなら昇天じゃぞ」

 しれっととぼけるタマモに、風鈴はますますボルテージアップ。

「あの光になって飛んでったのはなんだったってえの!?」

「力の九分九厘が散ってしまったのじゃ。あのくらいの演出は当然じゃの」

 演出とか言っちゃったよこいつ。

「さよならって言ったじゃん!?」

「永遠にさよならとは言っとらんぞ?」

 もう、押問答である。

 神通力のレベルは対数表記。国津神級から九分九厘減っても超高レベルを下回ることはないだろう。どっかん屋にとっては十分脅威である。

 風鈴は怒りの矛先を変えた。

「お姉ちゃんの彼氏さん!」

「あら、彼氏だなんて」

「反応するのはそこじゃない!」

 テレテレしてる未来は無視、閣僚級のとっても偉い精霊幕僚長さんにも構わず食って掛かる。

「これはいったいどういうことなんですか!?」

「ああ、あの演出には俺たちもすっかり騙されたんだがな……」

 深い深い溜め息をついて、清夢は説明を始める。歯切れも悪く、彼もまたかなり動揺しているようだった。

「こいつ、天皇陛下の元へ直談判に行ったそうでな……」

 顔を手でたたき、苦々しい清夢。

「首相官邸で総理と話をしていたら、緊急で宮内庁に呼び出されてな。そこには…陛下と…こいつがな…」

 鷹揚に、玉藻前はうなずいた。

「うむ、おっとりとした素敵なおじさまじゃったぞ! わらわの話を黙って聞いてくれて、主上に伝えてくれると約束してくれたのじゃ」

 伝えるって、どうやって? という誰ぞかのツッコミに、清夢はこのあたりは教師らしく答える。

「テレビで見たことないか? あまり公にされることはないが、公務とは別に天皇は皇居内や各所で神事を行っている。その中には、歴代の天皇へ祈りを捧げるものもある」

 その神事で、鳥羽天皇へ話を伝えてくれるということか。

 実際に伝わるのだろうか。

 いや、神通力などという少し前までなら誰も信じなかったものが実在するのだ。

 きっと、伝わるのだろう。

 ちょっとしんみりとした生徒たちの一方、清夢は胸を押さえるように掻きむしった。

「あああああ、今思い出しても恐れ多くて胃が痛い!」

 卒倒寸前である。息も絶え絶え、

「……陛下は最後に、この娘をどうか丁重に扱ってくれ、とな。非公式だが、こいつは陛下のお墨付きだ。政府はおろか、合衆国大統領だろうが国連総長だろうが、もう手出しはできない」

「そういうことじゃ」

 えっへんと上体をそらし、得意満面の玉藻前。

 改めて、玉藻前がとんでもない人物だということを思い知らされ、あんぐり状態の一同。


 そこへ、がやがやとにぎやかな物音が響いてきた。

「おー、みんな来たの! 靴はすべて回収したからの、持っていくと良いのじゃ!」

 昨日、ピヨピヨサンダルで下校するはめになった生徒たちがやってきたのだ。教室の隅には、いつの間にやら、ここまで誰も気づかなかった多数の靴が所狭しと並べられていた。

「でかしたぞ、タマモ」

「わらわは探しものは得意なのじゃ!」

 ぴょんとジャンプして、タマモは光宙みつひろとハイタッチ。

 得意顔で、光宙みつひろはどっかん屋に宣言した。

「どっかん屋と悪戯トリック班の今回の勝負は、俺達の勝ちだな」

 昨日の勝負、まだ続いてたんかい。ツッコミも、虚しく響くばかりなり。

 あらかた靴を返却し終え、屋内なのにからっ風の吹く教室で、今度は光宙みつひろはワルキューレとハイタッチ。太郎右衛門も、ちょっと照れながらハイタッチ。

 今どんな気持ち? ねえどんな気持ち? と風鈴の周囲でステップを踏む悪戯トリック班(太郎右衛門除く)に、風鈴はワナワナと。

「あんたらわあぁーーーーーっ!」

 そして、恒例?の追いかけっこが始まった。

「昨日のはなんだったってえのよ! あたしゃ一生分泣いたんよ? ぜってー許さねえぇーー!」

「わはは、知らんがな! 俺たちは一言も嘘は言ってねえぞ? お前が一方的に騙されたんじゃーん」

「うーるーさーいー!」

 天狗の臨戦霊装をまとっても、彼らを捕まえることは叶わず。いや、太郎右衛門だけはさっさと投降しているが。

「あんたは反省室でも生ぬるいわ。実家へ閉じ込めて夏休み中ずっと漢字書き取りの刑よ!」

「女の争いには負けたが、探しものはわらわたちの勝ちじゃからの。おもーの件は無効じゃぞ!」

 あんたたちも追いかけなさいよという指示も、他メンバーたちは処置なしと肩をすくめるばかりなり。


 夏休みは、まだ始まったばかりである。

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