第11話(風林火山!3の2・後編)
「美空、あなた……」
「やあやあ、篠原三姉妹が揃うのは初めてかな?」
何かを言いかけた未来の台詞は、のんきなイシターの声にかき消された。
「あとはアグニとドワ子がいれば、ボクも入れて先代の5人が勢揃いだったのね」
初めて聞く名前が含まれていたが、聞き返すものはいない。
いや、脳内にいた。
(先代どっかん屋って、5人組だったの?)
(いや、4人が基本だったね、シエルは別行動が多かったかな。ボクと彼女は留学生だったけど、彼女が在籍していたのは1年間だけだったしね。ちなみにアグニはサラマンダー、ドワ子はガイアね。地水火風空、懐かしいねえ)
(はえ~)
そんな脳内ののんきな会話など露知らず。篠原三姉妹の上二人は睨み合っていた。
「美空、あなた…性懲りもなく、清夢さんをたぶらかして……」
般若の仮面の未来の背後では、赤い炎が燃え上がっているかのようであった。
対する無地の仮面のシエルは、青い炎を纏っているかのような冷徹ぶりだった。
「姉さん、私は先生をたぶらかしてなどいません」
お姉ちゃんたち、
風鈴には口を挟む余裕などもちろんなく、少し離れたところでうろたえながら見ていることしかできなかったが。
「そもそも姉さんと結ばれる以前から、私は先生の変身用専属嬢でしたから」
「な、な、な」
ふふん、と髪をかきあげるシエルに、未来が絶句。
たまらず、清夢が割って入った。見た目は姉の癇癪をなだめる弟のようではある。
「おい、シエルのいつものデタラメを真に受けるな!」
「そうそう、先生の専属嬢はボクだから」
「話をこじらせるな!」
そもそもイシターが事態をややこしくしているのである。清夢の文句にイシター(上江)は妖しげな笑みを浮かべ。
「そうかな? ほら、ボクの特高レベル臨戦霊装にはメロメロだったじゃないか」
河童の臨戦霊装に、変化が起こる。
衣装は和風というよりは中国風、幾分インドっぽさもあるだろうか。
青を基調としたドレスに、手足や耳に宝飾品、ヘアバンドの赤い宝石が印象的。顔立ちは上江のまま、髪は緑がかった長髪へ。
「うぐぅ」
ぐうの音も出せず(出してる)、上江(イシター)の麗しき変化に清夢はうろたえた。
(こんな臨戦霊装もあったのね。イシター、これは?)
脳内の質問に、イシターは声を出して答えた。
「もとはインド神話の水神サラスワティなんだけどね、日本では弁財天とも言われてるね」
七福神の一柱、弁天様か。衣装にその印象はあまりないが、インド寄りのせいだろうか。
「さあさあ先生、どっちが魅力的かな?」
「イシター、先生を誘惑しないでください。先生は織姫の私のほうが好みなんですから」
右腕を弁天に、左腕を織姫に絡みつかれ、しどろもどろの清夢。狐の仮面の下は緩みきっていたに違いない。
そして、未来がキレた。
「うちのおなかにはダーリンの子供がいるっちゃー!」
「なんですとー!」
裏返った声で叫ぶ未来に、イシターも驚いた。
二人が正式に交際しているのは周知なので、ついにおめでたか? とも思ったのだが。
「姉さん、それはありえません」
ますます冷徹になるシエル。
「な、なんでよ」
「姉さんと私の生理周期は同調しているので当日は安全日だったことがわかっています。加えて紫藤先生は財布にゴムを忍ばせているのを確認しています」
「うわあ…(ドン引き)」
メガネをずりあげる仕草で事務的口調のシエルに、イシターのみならず全員がドン引き。
シエルは親指をグッと立て、
「大丈夫! シエルの見立てだよ!」
「大丈夫? シエルの見立てだよ?」
「疑問符にすんな」
未来・清夢と突っ込みが入る。
清夢はもう疲れたとばかりにため息をつき、未来を見上げる。
「だいたい、この件はもう決着がついたことだろう? そんなに俺が信用出来ないか?」
風俗を利用した件は悪かったが、愛情によるものでなく彼女の身体を利用するのは避けたかったという清夢の心情は身勝手だろうか。
そこまでの思いを汲んでか汲まずか、未来はしょげかえり、
「だって、だって……」とぐずりだす。
「いやー、ちょっとからかいすぎちゃったかな?」
泣かれるとまでは思っていなかったか、シエルとイシターも気まずそうな様相だった。
タマモを連れ、
少し離れたところで、黙って様子見に徹してはいたが。
今回に限らず、未来・シエル姉妹は何度も清夢の取り合いをしている。ここにもまた、家族がほしいというシエルの思いがあるのだろう。
こうなるのがわかっていたから
「子供の情操教育には良くないよなあ」
黙って痴話喧嘩を見ていたタマモに視線を落とす。
「タマモ?」
空気が重く静まり返っていた状況で、
「女の……争い……」
ショックを受けたのか、それとも感慨深いのか。タマモのつぶやきから感情はうかがいきれない。
*
時は平安、所は宮中。
この頃、玉藻前は美しく成長していたが、鳥羽天皇と逢う機会はめっきり減っていた。
本草学に才を見出したタマモは、薬師として多忙の日々を送っていたこともある。
仕事の合間を縫って、タマモは主上の姿を見た。
「しゅじょー……」
手を差し出して声をかけようとするも、別の女官に肩をつかまれて止められる。
主上は中宮を迎えていた。
鳥羽天皇のすぐ後を、しずしずと美しい女性が付き従っている。
「どうした、
ふと足を止めた中宮に、主上が声を掛ける。
「いえ」
一瞬タマモと目が合ったようでもあったが、何も見ていないかのようでもあった。
彼女の眼中に、タマモの姿はなかった。
そして鳥羽天皇も、タマモと会う機会が減ってもあまり気にしていないように感じた。
(主上……)
タマモの内に、もやもやとした感情が芽生え始めていた。
*
(……そうか……わらわは……)
「タマモ?」
タマモに、変化が起き始めていた。
狐耳、顔の模様は消え、背が伸びていく。
異様な出来事に、清夢もイシターも篠原姉妹も、固唾をのんで見守っている。
(わらわは、争いたかったのじゃ……)
衣装にも変化が起き、子供の晴れ着から、雅やかな十二単衣へ。
タマモは美しい大人の女性へ──、玉藻前となった。
オモイカネはここまでの出来事を逐一確認していた。
そして、恐れていた。
こうなることを。
玉藻前は力も記憶も戻した上で、どっかん屋に更生させる。
そうしたら清夢へ引き渡し、政府へ申請して手出ししないようにさせる。
「私の予想を大きく超えて、主(仮)は成長しています。──しかし、ひとつだけ思い違いをしています」
一人きりの神域で、オモイカネはひとりごちた。
「──自らが、女性へ与える影響力です。源氏物語に例えるなら、まさに光源氏のようなお方です」
「お
鈴虫のように澄んだ大人びた声で、玉藻前は言った。
「そうか」
最後のわだかまりが解けたのか。この姿もその関係か。
そう思った
「お
「どこへだ?」
玉藻前の声はとても澄んでいて、そして艶やかだった。
「わらわたちの、愛の巣へ」
……は?
という
二人の姿、そして宮中の景色が消え、いつもの学校へ戻る。
呆然と佇む、イシター・清夢・未来・シエル。
事態を理解していたのは、風鈴だけだった。
卒業を祝い、中学生になったらどうしようか。
小学校卒業の、あの日。あの夜が、風鈴の脳裏に蘇る。
取り乱した祖母から聞き、あのとき発した言葉が口から漏れる。
「
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