第11話(風林火山!3の3・前編)
3
夜の喧騒が、やけに遠くに感じる。
時刻は午後9時、駅から少し離れたところにある空き地。
街灯が照らすその下に、シエルと
3年あまり前、風鈴と
「あなた誰よ!
動揺していることを、風鈴は自覚していた。
そして自覚していてもなお、激高せずにはいられない。
祖母は風鈴以上にうろたえて、気を失いかけてさえいた。
祖父は、美空がどうとか言っていたが、祖母の看病で手一杯だった。
姉の未来は外出中だった。
風鈴は一人、街を駆け、呼び出された場所へ来た。
息が上がるのは、全力で走ってきたからか、それとも狼狽によるものか。
人通りは少ないながらもゼロではない。
それでも誰一人として、騒いでいる自分たちに関心を示さないことに世の無常さを感じる風鈴だが、これがシエルの神通力によるものだということには気づいていない。本来人たちには、この騒ぎが感知できていない。
「はじめまして、こんばんは。風鈴、未来から聞いていなかった? 腹違いの姉妹がいるって」
近頃になって聞いてはいたが、そのうち挨拶にこさせるとも姉は言っていた。
いきなりこんな現れ方をするなど、誰が想像し得ようか。
「だから、私にとっても
彼女の傍らに、
風鈴とは目を合わさず、うつむいている。
そして、シエルの言うことを否定していない。
複雑な心境を物語っていた。
孤児であることを知らされた
なのでシエルとはもちろん、未来・風鈴とも従兄弟にはあたらない。父方の従兄弟だと教えられ、ずっとそうだと思っていた。
子供の時分に天涯孤独だと知らされ、平然としていられるはずはない。
家族だと思っていた人たちに裏切られたような気分、そして血の繋がりはなくとも親身に語りかけてくれるシエルに、
「……あんたは、どう思っているのよ?」
感情を抑圧した風鈴の質問に、
「おじいちゃんもおばあちゃんも、心配しているわよ。帰りましょう」
代わりに返答するシエルは、優しくも冷たかった。
「家族じゃないのよ?」
「家族よ!」
風鈴は声を荒らげた。
「家族なら、一緒に暮らすのが当たり前でしょう! それでも連れて行くてっんなら……」
激情がつむじ風となって、風鈴を取り巻いている。
もののけ事変で海坊主に襲われ、風鈴は神通力に目覚めた。
だがその力は、決して人へ向けることはなかった。本来人へまともにぶつければ、怪我をさせる恐れがあるからだ。
「あたしを倒してからにしなさい!」
それでも風鈴は弟を取り返すために、覚悟を決めた。
風鈴は、シエルが超高レベル精霊人であることを知らない。
そしてこのときの風鈴は、レベル40にも満たない。
あしらうこともできただろうが、風鈴の気迫に、シエルはためらった。
気持ちの整理をつけるためと、
……自分はどうなのだろう。時折シエルはそんな事を考える。
「姉さんはずるいです。紫藤先生に
嫉妬と失望のシエルに対し、未来は憤りを隠さなかった。
「それは違うわ。あなたは、人のものを奪いたがっているだけよ。それに──両親を失ったのは、あなただけじゃないのよ」
シエルの母親はもののけ事変に巻き込まれて、篠原姉妹の母親と三姉妹に共通する父親は、研究所の事故で亡くなったと聞いている。
天涯孤独の身の上は気の毒に思うにしても、ずるいだの不幸自慢だのは聞き捨てならない。
「どっちもやめてよ!」
たまらず、風鈴が割って入った。
「
いつの間にか、花丸・留美音・美優羽、それにいきもの係や太郎右衛門も集まってきていた。平安然とした景色が学校へ戻り、異変を感じ取ってのことだ。
風鈴から事情を説明されるも、シエルと未来の言い争いに落ち着かない様子だった。
「あれ、そういえば……」
太郎右衛門が、あたりを見回しながら言った。
「ワルキューレはどこに?」
*
「タマモよ、儂はいつか上皇になる」
鳥羽天皇の口癖だった。
鳥羽は少年のため、まつりごとは祖父の白河上皇が行っていた。
鳥羽は傀儡であることを不服に思っていた。
「みていろ、タマモ。いつか儂が上皇となって、この国を治めるのだ。そうすればお前を大納言にだってしてやれる」
単なる支配欲でなく、幼くして国の行く末を案じていることを、タマモはよく知っている。
しかし、タマモは出世よりも鳥羽と一緒にいたいという、一途な思いで平穏な日々を過ごしていた。
鳥羽がたくましき青年に、タマモが麗しき乙女となった頃。
「タマモ…これは…?」
呆然と、鳥羽が現場で立ち尽くしている。
畳敷きのその部屋で、白河法皇が血を吐いて倒れている。
タマモは看病をしているようにも見えたが、ことのほか落ち着いていた。
感慨にふけっているようでもあった。
「
鳥羽は病に伏せがちだった時期があり、タマモがよく付き添った。それは幸せな時間であり、タマモが本草学に才を見出すきっかけにもなった。
白河法皇は、病死だった。
だがそれは急死であり、第一発見者がタマモだった。
鳥羽はタマモが毒に詳しく、彼女がもののけであることをただ一人知っていた。
「主上の座は
「お前がやったのか?」
浮かれかけていたタマモの言葉を、鳥羽が遮る。
タマモは、これで鳥羽ともっと一緒にいられるという思いでいっぱいで、ことの重大さをわかっていなかった。疑われるのは必然だったのに。
「それがどうかしたか?」
だから、きょとんとした顔でこのような、最悪の返答となってしまった。
鳥羽の顔が、悲しそうに歪む。
タマモが見た、鳥羽の最後の姿。
これ以降、タマモは追われる身となる。
*
「主上に、主上に会わせてたもれ! わらわが手にかけたわけではない。わらわの話を聞いてほしいのじゃ!」
那須野原の山中で、必至に訴える。
「黙れ、あやかしめ!」
陰陽師の男を先頭に、多数の兵が玉藻前を取り囲んでいる。
玉藻前のその姿は、あやかしと呼ばれても仕方のない、化け狐であった。
主上から見放された今、そして主上なきこの地にて、こいつらに手心を加える理由はない。
だが、陰陽師の力は侮れなかった。
一年余りの逃亡の末、下野国にてついに追い詰められてしまった。
「宮中に貴様の居場所などもはやない。妖術で主上をたぶらかしよって。今こそ討ち取ってくれよう!」
「おのれ……!」
化け狐の姿がさらに巨大化し、兵たちが悲鳴をあげる。
夜空に、巨大な金毛九尾の妖狐が浮かび上がった。
炎と毒の息が、兵をなぎ倒してゆく。
陰陽師が弓を引き、玉藻前をとらえる。
なぜこんな事になってしまったのか。
悲しいまでの行き違い。
主上と過ごした穏やかな日々。宮中であったたくさんの出来事。
(わらわはただ、主上と一緒に……)
タマモの一途な想いが、オモイカネの心を揺さぶっていた。
亜界の一角にある、広さ1反ほどの玉砂利が敷き詰められただけの敷地。
その敷地に、かつてあった出来事を映し出し、オモイカネは過去に思いを馳せていた。
過ぎた力は、いつか身を滅ぼす。
その思いが澄んだものであれば、なおさら…。
「…?」
ふと、オモイカネは違和感を覚えた。
過去の映像を映し終え、元の砂利地に戻ったはずなのに、そこにはまだ人が映っていた。
いや、映像ではなかった。そこに確かに、彼女がいた。
玉藻前が、
「お
美しくも妖しげな、鈴のような声。
童女だった頃の面影をわずかばかりにも残しながら、艶やかに成長した玉藻前のその姿。
「お
色鮮やかな十二単衣をまとい、優しく微笑みながら、彼女は言った。
「わらわはこれよりお
「な…」
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