第7話(風雪月花!3の3)
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日は沈み、西の果てが僅かに赤みを残すのみの夜空となった。東側に残っていた雲も散り、真円に少し手前の月がのぼり始めている。
学校裏手の近くを流れる荒川の河川敷ではなく、そこから少し下ったところにある河川敷を利用したゴルフ場に、ワルキューレは佇んでいた。
7人は、彼女から少し離れたフェアウエイに、注意深く着陸する。ワルキューレの側にはもうひとり、古風な衣装の精霊人がいた。彼には敵意はないようで、ワルキューレの元を離れ、一同に近づいてくる。
「どっかん屋といきもの係……二人、いや一人足りないようだが?」
「風鈴はショックで腑抜けてしまったので、置いてきました」
「そうか……」
「フン、臆病風ニ吹カレタカ」
ぼそりとしたワルキューレの一言を、花丸は聞き逃さなかった。
「人一人を殺しておいて、その言いぐさか!」
ワルキューレは動じていなかったが、牛若丸の制止に、それ以上の憎まれ口を叩くことはしなかった。
「それと、そこの雪女は誰だ? 不破少年ではないようだが」
「僕は、開平橋太郎右衛門といいます。上江の弟です」
「男か」
意外そうな声なのは、見た目のせいなのか、それとも男の精霊人は珍しいからなのか。花丸はそこには触れず、質問を返す。牛若丸の臨戦霊装のこの男性の声に、聞き覚えがあったからだ。
「あなたはもしや、精霊幕りょお!?」
口元を抑えられ、花丸は言葉を遮られる。彼は内緒話のように小声で、
「俺は通りすがりの牛若丸だ。そういうことにしておけ」
「は、はい……」
「俺は立場的に本来なら不介入であるべきなんだが……ワルキューレ」
静かに佇む彼女に、牛若丸は向き直る。
「俺はこっち側につく。いいな?」
「好キニシロ。大シテ変ワラン」
ぶっきらぼうに、ワルキューレは答える。
「何の話ですか? そもそも、私達をなぜここへ?」
一同を代表しての花丸の質問に、ワルキューレの雰囲気が変わる。仮面の下から眼光が光ったような気さえした。
「決勝戦ダ」
「……決勝戦?」
「科学部トドッカン屋ノ決着ガマダツイテイナイ」
聞き捨てならない台詞を聞いた。
「お前、うちの生徒か?」
「……………」
超高レベル精霊人は12人、各国と条約を結んで世界へ散らばった。そのうちの一人が、なんのために? いや、年齢は同じくらいなのかもしれないが、理由がさっぱりわからない。なぜ一介の高校生を装って、どっかん屋に挑んできたのか。
花丸の質問に、しかしワルキューレは黙して答えなかった。この件については諦め、花丸は質問を続ける。
「それに、決勝戦はどっかん屋の勝利で決着がついているはずだぞ?」
「オ雪ガ寝返ッタカラ無効ダ」
これには即答するワルキューレ。
「お雪? ……ああ、太郎右衛門のコードネームがまだだったな」
名前が出たついでに、花丸が太郎右衛門へ耳打ちをする。
「僕は別にそのコードネームでいいけど」
「いや、それよりも、あいつの正体を知っているか?」
「……いや、わからないな。科学部には女生徒もたくさんいるし」
太郎右衛門に思い当たるフシはあったが、確証がないのでこの場では黙っておくことにした。
「わかった、受けよう。断ったら断ったで、ロクなことにはならなそうだしな。……それで、どんな勝負にするんだ?」
「ワタシハコレカラアル神通力ヲ使ウ」
かすかな風を感じた。足元の芝が、さざ波のような音を奏でる。神通力が、彼女に流れ込んでいるのか。緊迫が、一同を身構えさせる。
「ソレヲ突破シ、ワタシニ一撃デモ入レルコトガデキレバ、オ前タチノ勝チダ。オトナシクツカマロウ」
「我々が負けた場合は?」
「ソウダナ…街ヘ降リテ暴レルカ」
さも適当そうに、彼女は答える。どっかん屋が逃げられないようにするための口実。勝負の結果など興味が無いようにも思えた。ならば、なぜこんな無意味な戦いを仕掛けてくるのか。
「デハ……始メヨウカ」
ワルキューレの長い金髪が揺れる。手を前へ構える。手刀の構えだ。一同に緊迫が走る。
手を一閃させる。だが誰かが傷つくわけでもなく、前方の地面をえぐったり空気を切り裂いたりもしなかった。代わりに、揺らめいていた彼女の髪の先端が、切り落とされた。
「なんだあれは……?
牛若丸が戸惑いの声を上げる。
髪が、芝生へ散らばる。その瞬間、地面が輝き出した。
正六角形を平面充填させた蜂の巣のような図形が、あたり一面に広がっていく。
一辺は1メートルほどだろうか。直径2メートルの六角形から、何かがにじみ出てくる。
「空中クレヨン…
「
やはり彼女は、
六角形から湧き上がってきた物。その重量に地面が揺れる。羽ばたく音が、空気を震えさせる。
花丸と留美音が受けたスライムのときとは比較にならない、圧倒的な質量と威圧感。
「アパッチ・ロングボウ……それに、16式機動戦闘車……」
牛若丸が、戦慄に震えている。さすがに本職、ひと目で機種を見抜いた。
現れたのは、装甲ヘリと、機動戦車だ。六角形のサイズに合わせたのか本物よりもずっと小ぶりで比率も合ってないが、それでも人よりも大きい。
ヘリと戦車、合わせて十機ほどか。
「コレゾ神通力……ザ・ストラテジー!」
「なんで
「超高レベルは、他属性をエミュレートできる」
独り言のような花丸に、牛若丸が答える。他のメンバーは、声を出す余裕もなさそうだ。
「その際20レベルほど下がるが、あいつは戦闘に関するものに限り、レベル低下せずに使える。こと戦闘に限っては……あいつが最強だ」
「本来人が精霊人と冒険したっていいじゃないか。さあ一泡吹かせてきな」
と。なら、特高レベルが超高レベルと張り合うことだって出来るはずだ。
ワルキューレは期待している。彼女たちならきっと、この冒険の最果てまで来てくれると。
「サア、ドッカン屋……ワタシニ一泡吹カセテミロ!」
*
「私をペテンにかけるとは、見上げた度胸です」
色鮮やかな平安装束。長くつややかな黒髪と、マロとか名付けたくなってしまうような太めの眉。しかし顔立ちは細く、美しい。
「裏に泉があります。水でも浴びてきなさい」
と水垢離を勧められ、
「ぷはーっ、生き返った」
文字通りの意味合いで、
「日本神話はちょっとかじったことがあってね。天孫降臨の先は飽きて読んでないけどな。神話がどこまで本当かは知らないが、お前が本当にオモイカネなら、その主は造化三神の一柱、タカミムスビだ」
色素を取り戻し、肌艶の良くなった
「神話はもちろんほとんどが創作ですが……ここが一種の神域であるということは認識していますか? 手順を一切無視して殴り込むような真似を」
「他に手がなかったんでね。それよりも、美優羽は?」
オモイカネは不機嫌そうに
「その不躾な態度、不遜な物腰、親身な思い……懐かしさがこみ上げてきます」
彼は主──タカミムスビではない。だが、どことなく、重なって見える。不思議な少年だ。
「彼女は一命をとりとめてはいます。あなたが行っていた人工心肺を、今は私が代行しておりますゆえ」
「そうか、助かる」
ですが、と付け加え、オモイカネは続ける。
「この神域の機能で、本来死ぬべき運命にあるものを救えるのは、主の后だけです。この意味がわかりますか? あなたは先代の遺産を相続して王となり、彼女を正室に迎えねばなりません」
「意地悪言わないでくれよ。ライ姉といい、なんで一介の高校生、童貞男子に結婚を急がせますかね?」
抑揚をおさえてのっぺりと、彼女はにべもなく断言する。
「これは先代の遺言とか私の意地悪とかではなく、そういう作りになっているからです」
「ぐぬぬ」
このままもうひと押しすれば、彼を了承させることもできたかもしれない。しかしそれは、オモイカネの心が少しだけ傷んだ。
小さく息をつき、彼女は進言した。
「ただし、治療だけなら仮契約でも可能です」
「マジか!?」
「前回ここへ来たときと同じ形式です。正室”候補”であれば、複数の契約も可能ですので。正式に相続した際には、正室と側室を決めていただくことになりますが」
「よし、それでいい。どうせ相続しなきゃ済むことだ」
「頭の中で言っておけばいいことまで、はっきり口にしますね、あなたは」
ところどころに主の面影を見出し、苦笑気味のオモイカネ。
「それでは私は治療にあたります。少しばかりの時間がかかりますが……どうされましたか?」
「出口はどっちだ?」
「彼女を放って、帰られるおつもりですか?」
「すぐ戻る。急いでやらなきゃいけないことがあってね」
「それは?」
「癇癪持ちの姉をなだめにさ。大変だぞ? わがままな姉を持った弟ってのは」
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