第7話(風雪月花!3の4)

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 属性や本人の気性もあるので一概に言えることではないが、精霊人のレベルに対する戦闘能力は、おおむね以下のような指標がある。

 レベル50台は、銃器を持った一般人。

 レベル60台は、熟練の武装兵士。

 レベル70台は、機動戦闘車。

 レベル80台は、最新鋭の戦闘機。

 レベル90台は不安定期のために実例がないが、大型空母級と言われる。

 そして超高レベルは、大規模連合艦隊に匹敵する。国家と対等の発言力を持つゆえんが、ここにある。

 特高レベルに達したばかりの7人に、手練とは言え同じ特高レベルの牛若丸が加わったところで超高レベルに挑むことがいかに無謀か、指標からすれば当然の帰結ではあった。


 最初に動いたのは、留美音だった。

 仮面代わりの紙袋を脱ぎ、言う。

「月が綺麗ですね」

 プロポーズではない。手のひらに光弾を浮かばせての求婚などどこにあろうか。

 彼女の言うとおり、雲が完全に消え去った夜空には、真円に近い月が煌々と輝いている。

 そこをめがけて、ソフトボールの要領で光弾を思い切り投げ飛ばす。

 光は遥か遠くで花火のように弾け──皆既月食が発生する。

月精皆既陣・望トータル・エクリプス・フルムーン

 月食による暗く赤い月を見上げ、留美音の変貌が始まる。

 空中クレヨンによる上書きが消えてこの月齢期本来の、成人女性の細くしなやかな肢体へ。

 制服が消えるが裸になるわけではなく、獣毛に覆われていく。

 顔の輪郭も変わり、人間の耳があったところは髪で覆われ、上部にピンと立った三角の耳が現れる。

 そして臀部にはイヌ科、狼の尻尾。

「ウオオオォォォーーーンッ!」

 変貌を遂げた留美音が、赤い月に向かって吠える。

「ナルホド、昼ハ吸血鬼、夜ハ人狼カ」

 ここまで黙って見ていたワルキューレが、興味深げにつぶやく。

 留美音のもう一つの臨戦霊装、それは、人狼であった。

 昼は太陽、夜は満月前後の月が必要と条件は厳しいが、変身後のレベルは80の大台に乗る。

「サテ……」

 ワルキューレが配下の戦闘機に指示を出そうと手を上げかけた時、

「ガアアァァーッ!」

 誰よりも速く、留美音が飛び出した。鋭い爪がワルキューレの喉笛を狙う。

 だが、

「睡蓮」

 ワルキューレの前に現れた大きな丸い葉が、留美音の爪を阻んだ。

「私の神通力を!?」

 花丸が叫ぶ。しかも花丸本人の”睡蓮”より、遥かに高い防御力だ。

 超高レベルは他属性をエミュレートできる。牛若丸の言葉を思い出すが、エミュレートどころではない。本人以上の性能を出されては。

「戦闘専門カ…。オ前ニハ親近感ヲ覚エルゾ。……ダガ、マダマダれべるガ足リン!」

「きゃあっ!」

 葉で振り払っただけで、留美音が吹き飛ばされる。ワルキューレは楽しそうに声を張り上げる。

「ワタシ本体ハ攻撃セン。回避モ最小限、防御ハオ前タチノト同ジ稚拙ナ術ダケニシテヤロウ。サア早クワタシニ一撃ヲ入レテミロ。モチロン、コイツラヲナントカシテカラナ!」

 戦闘ヘリがうなりを上げ、戦車が地響きを立てる。ミニチュアとは言え神通力が乗っている分、本物と遜色ない攻撃力があった。

「草薙剣!」

 そのうちの一機を、牛若丸が切り落とした。手にするは、燐光まとう長剣。

「アルテミス、スピード・攻撃力ともに優れるお前が最前衛だ。フローラとアルウェンが回復役、撃ち漏らしはイフリート。沙悟浄・ベヒーモス・お雪は支援に回れ!」

 さすがの現役司令官、テキパキと指示を出す。呼ばれたほうがまだコードネームに慣れていなくて戸惑うくらいだ。

「俺も前衛に立つが、雑魚に専念する。俺が一撃を入れてもあいつは、どっかん屋の勝ちとは認めないだろうからな」

「精霊部隊ノ指揮トハ懐カシイナ、牛若丸。相対スルノハ初メテダガナ!」

 戦の精霊人も、いよいよ気が乗ってきたようだった。牛若丸は颯爽と手を上げ、前へ振る。

「どっかん屋、いきもの係、出撃!」


         *


 電気の消えた生徒会室はテレビだけがついていて、半端な明かりを演出している。

 超高レベル精霊人がどうとか緊急ニュースが流れているが、風鈴の耳には雑音としてしか届かない。じっと、長机の上に置かれた水鉄砲を見つめている。


「フウ姉、もう行こうぜ? ばあちゃん、地下の食品売り場に行っちまったって」

「駄目よ、ゾンビが襲ってきたらどうするの!」

 幼少期、駅前の大型スーパーのおもちゃ売り場にて、風鈴と光宙みつひろはおもちゃを物色していた。

「そもそも、あんたがずっとゲームやってるからはぐれちゃったんじゃないの。……と、これよ、これ!」

 商品が乱雑に積まれたワゴンから、風鈴はひとつの水鉄砲を取り出した。展示品からの払い下げか、箱なしで値札がついただけのものである。なかなかゴツいライフル型のデザインで、女の子向けとはいい難い。

 ライフルなのに機関銃の構えで、ダダダダダ! と敵を一掃する真似をして。

「これさえあれば、ゾンビなんか一網打尽よ。あたしがあんたを守ってあげるんだから!」

 たった二ヶ月でも風鈴は光宙みつひろの姉なのだ。年長者が年下を守るのだと、幼い頃からの信念であった。


「あいつ、後生大事にまだ持っていたんだ……」

 水鉄砲を見つめ、風鈴はぼそりとつぶやく。

 それは、思い出の品であった。

 コロボックリの騒ぎが収まったあと、この一個だけが廊下に取り残されていた。

 あいつにとっても、大切な思い出だったのか。

「あたしは……」

 守りたかった。弟を、仲間を、姉として、リーダーとして。なのに……、

 ふと、懐かしい弟の声が聞こえてきた。

「パンツまでぐっしょり(はぁと)」

「どおぉ!?」

 耳に生暖かい息を吹きかけられ、風鈴は現実へ戻ると同時に椅子から転げ落ちた。

「よお」

 生徒会室の蛍光灯がともり、いやみったらしい笑い顔が風鈴の目に映る。ほんの数時間で、ずいぶん懐かしいような気がした。

「み、光宙みつひろ……」

「美優羽は、無事だ。もう一、二時間もすれば戻ってこれる」

「そう、……良かった」

「なんだよ、嬉しくないのか?」

「嬉しいわよ。ただ……」

「あたしが助けたかった、てか?」

「…………」

 光宙みつひろは、深いため息をつく。助けられなかった事実がある以上、慰めはかえって傷つけかねないので、言葉選びが大変だ。

「いつまでこんなところでいじけてんだよ? すぎたことはしゃあないだろ」

 呆れた視線を投げかけられ、風鈴は目を背ける。その先に映るは、テレビのニュース。

 中継ヘリからの映像で、暗くてよくわからないが、ときおり閃光が走る。目下交戦中の模様だ。

「苦戦してるぞ、あいつら。行かなくていいのか?」

 風鈴はテレビからも目を背けた。

「あんたが行けばいいでしょう。どうせ、あんたのほうがあの女戦士より強いんでしょ」

「……さあな」

 はぐらかすあたり、肯定しているも同然である。風鈴は舌を打つ。

「だが、あいつは倒すべき相手じゃない。根は良い奴なんだからな」

「人一人殺しておいて、良い奴ですって!?」

 キッと睨みつけるも、光宙みつひろはひるまない。決然とした目で、風鈴を見下ろす。

「ああ、あいつは良い奴だ。ただ、ちょっと暴走しやすいだけだ。暴走を止めるのは、お前の役目だろう? どっかん屋!」

 だいだらぼっち事件を引き合いに、畳み掛ける。

「どんな悪さをしたって、必ずとっちめるって言ったよな? 今度はあたしが助けるって言ったよな? あれは嘘か?」

「…っ……」

 わななきながら、風鈴は泣きそうだった。悲しさよりも、悔しさで。

 幼い頃からの決意も、恐怖の前には無力だった。あの時も、すくんで何もできなかった。

 助けたくたって、そんな力は自分にはないのだ。

「なんか、記憶違いがあるみたいだな」

 静かに光宙みつひろは、ねめつけて言った。風鈴の心、風鈴の過去が、光宙みつひろには見えていた。

「なら、思い出させてやるよ。8年前の、あの事件を」

 景色が切り替わる。

 生徒会室が消え、代わりに見えてくるのは──海辺、そして幼き日の光宙みつひろと風鈴の姿であった。


         *


 きりがなかった。

 雑魚に専念すると言った牛若丸が撃墜数一位なのは当然ではある。敵機を一撃で倒せるのも彼だけだ。

 アルテミスも手数では負けていないが、レベルで牛若丸に劣る分、撃ち漏らしがどうしても発生する。その分は指揮通りにイフリートがとどめを刺している。

 撃墜数二位は、意外にも沙悟浄であった。

「かっぱっぱー!」

 気勢を上げて川辺から飛び上がり、神通力による水塊、”水龍”を撃ち放つ。

 狙いの敵機は、ベヒーモスとお雪によって一箇所へ集められた。空気中から集めずに川の水を利用できる分、威力を上乗せして一網打尽にしている。難点は、

「潜りまーっす!」

 水の補給に時間がややかかることだろうか。あと「かっぱっぱー!」の掛け声は必要なのだろうか。

 ハッと、お雪が何かに気づく。

「姉さん、危ない!」

「きゃああぁっ!」

 爆音とともに、沙悟浄がフェアウエイまで吹き飛ばされる。お雪の霊装特性”ナビゲーション”で寸前に気づいたが、間に合わなかった。

「今度は護衛艦あたごか……」

 川面から浮かんできた艦船に、牛若丸が歯噛みする。

 倒しても倒しても、ワルキューレは次の敵機を召喚する。これで手加減しているのだからたまらない。

「きりがねえよ、こんちきしょー!」

 イフリートが、ヒステリックな声を上げる。

 どっかん屋対ワルキューレの交戦は、次第にどっかん屋が押されつつあった。

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