第7話(風雪月花!3の2・後編)

         *


 一同を見渡し、上江は言った。

「けどさ、暗くなってきたとは言え、この人数がこの姿で移動となると、かなり目立つんじゃない?」

 校庭に集合した、いきもの係・花丸・留美音・太郎右衛門。留美音を除いた6人はすでに臨戦霊装を装備済みである。

 一番目立つのは、ひばちになるだろうか。なにせ炎をまとって光っているので、夜道を歩けば注目されること間違いない。程度の差はあれ、他のメンバーも燐光をまとっているのが、目の良い者ならわかるだろう。

「飛んでいけばいい」

 留美音の提案に目を向け、花丸は思わず吹き出した。

「お前、なんだその被り物は?」

「変?」

「それをまともだと思うのなら、お前の感性からして変だな」

 一般人の目に触れる可能性を考えれば臨戦霊装で正体を隠す必要があるが、留美音は条件が揃わないと変身できない。その為とりあえずの対策として、無地の紙袋を頭からかぶったわけだが、変人極まりない。紙袋にはマジックで、妙にしょんぼりとした顔文字まで書かれている。

「……まあいい。現地まで行けば変身できるというのだから、そのあたりは任せよう。私は神通力で浮くことは出来るが飛行はできんので、留美音、引っ張っていってくれんか?」

「了解。太郎右衛門くんもどうぞ」

「うん、ありがとう」

「あたしたちいきもの係は、山吹の術で連れて行ってもらうわ。頼んだわよ」

「おまかせください!」

 元気良く答えるきぐるみ山吹に、花丸が質問をひとつ。

「土の精霊人に、飛行術があるのかね?」

「はい。重力操作の応用です」

 山吹の”ぬりかべ”は指定空間内(主に球体か壁状の直方体で指定する)にかかる地球重力の方向を変えるというもの。

「今までは90度までしか曲げられなかったんですけど、臨戦霊装なら真上へ曲げることも出来るようになりました」

「ん? それだと宇宙まで飛んでいってしまわないか?」

「指定空間内だけですから、大丈夫です。見ててください。みんな、いくよー」

 山吹はきぐるみの頭部を閉じ、四つん這いになる。途端、リアルな獣へ輪郭が変化し、「かわいい」が「こわかっこいい」になる。

「がおー!」吠える声は変わらず可愛い女の子だが。

「おおっ!?」

 ベヒーモスにしがみつくエルフあすなろから驚嘆の声が上がる。いきもの係の4人は、宙へ浮き上がった。

「足元に、重力を反転させた大きなブロック状の空間を設定しました」

「なるほど、不思議な感覚だね。羽毛布団の上に立っているような感じ?」

 彼女たちの足元は、確かに少しおぼつかない感じにも見える。

「あとはこの指定空間を少し傾ければ、滑るように飛んでいけます。でわいきますよー。掴まっててくださいー」

 いきもの係が出立するのを確認し、花丸達三人は手をつなぐ。

「我々も行くか。”綿毛”!」

 花丸の神通力”綿毛”はその名の通り、範囲内の比重を空気と同等にして空中へ浮かび上がる術である。踏ん張れば踏みとどまることは出来るが基本風まかせになるので、飛行するには補助が必要になる。

「月は空を渡る《スカイムーン》」

 三人だが質量がほとんど打ち消されているので、一人で飛ぶより楽なくらいだと、留美音は感じた。

 住宅街から川沿いへ向かって、夕暮れの空を7人の精霊人が渡ってゆく。

 その先に、恐ろしい敵が待ち構えていることを知りながらも。


         *


「……は? 笑えない冗談ね。ひでぶっ! とでも言ってほしいの?」

 普段は冗談を友として生きているような美優羽だが、この時ばかりは三白眼で突き返した。

「そもそもここはどこよ? なんであんたと一緒なわけ? てゆうかいい加減その手を離しなさいよ! サービスタイムはおしまいよ!」

「ま……」

 強引に引き剥がした途端、美優羽の眼前が歪む。胸から血がだくだくと流れ出し、膝を崩す。

 すぐに光宙みつひろが、倒れかけた美優羽を抱え直す。

「ほら見ろ。俺の”空中クレヨン・うつつ”はまだ未完成なんだ。ペイント銃のような単純なものなら髪を媒体に長時間運用も出来るが、心臓のような高度に複雑で自律動作するようなものは、直に触れて管理し続けなきゃ維持できないんだ」

 再び胸をもみほぐしながら、光宙みつひろは言う。決して助平心によるものではなかった。

「いいか、はっきり言っておく。お前の心臓は完全に破壊され、俺の神通力で生きながらえている状態なんだ。死にたくなかったらもうすこしおとなしくしていてくれ」

 さすがに青ざめる美優羽。

「冗談でしょ……あたしまだ、風リンとプレゼント交換してないのに……」

「プレゼント?」

「処女の」

 ぶうっ、と吹き出す光宙みつひろ。こいつはこの期に及んで冗談をかますのか。

「あたしは本気よ? あんな出会い方をして、恋をしないほうがおかしいわ」

「まああの場面は俺も見ていたからな。今しがたも夢で見てたし、それだけ印象的だったんだな」

「神通力で覗いてたの? やっぱり変態ね」

「これだけくっついてれば、仕方ない。とにかく、先を急ぐぞ。お前をなんとか出来る場所まで、もう少しなんだ」

 ぶっちゃけたどり着いたところで彼女を治せる保証はない。厄介なのは、以前にもまして封印が強固になっていることだ。前回と同じやり方で解除できるかはわからない。


 それからしばらく、二人は寄り添うような姿勢で、無言で歩き続ける。背負わずに済むぶん楽にはなったが、光宙みつひろは額から脂汗を流してつらそうだ。

「あんた……その術、かなりしんどいんじゃない?」

 心配して声をかける美優羽。強がっているだけの余裕は、今の光宙みつひろにはない。

「まあな。けど、せっかく柔らかくて心地よいものをさわってるんだから、もう少し頑張るさ」

「やっぱり助平心じゃないの」

 喧嘩できるだけの気力も、二人にはもうない。美優羽も、疲れた笑い声だけだ。

 もののけが出てこないのが、せめてもの救いだった。前回はモグラのもののけに襲われたっけ。

「はあ…、っはあ……」

 美優羽の顔色が青い。神通力が追いつかなくなってきたか、不整脈が混じり始めていた。

「大丈夫か? こういうときは楽しいことを考えるんだ。気を紛らわせ」

「楽しいこと……」

「なんで裸の風鈴が出てくるんですかね?」

 先述の通り、光宙みつひろには美優羽の考えていることが見える。しかしこの画には、うわぁ、と呆れた声を漏らすしかなかった。

「楽しいこと……」

「寄せて上げてをさせるんじゃない! こねくり回させるんじゃない!」

「楽しいこと……」

「バナナを咥えさせるんじゃない! なんで食べずに前後に動かすの! とどめにコンデンスミルクをぶっかけるんじゃない! おっさんかお前は!」

「なんとでも言いなさい。少し楽になってきたわ」

 美優羽は少しばかりの気力を取り戻したようだった。なんなのこの娘。

「てかそもそもおっぱい盛りすぎだろ」

「ふっ、あんたは知らないでしょうけど、この前銭湯に行った時、実際このくらいだったわよ」

「なんと。俺が最後に風鈴の生おっぱいを見たのは中一のときだが、このくらいだったぞ?」

「え? 中一の時点でそんなに? てか中一のときになんのイベントがあったのよ!」

「はっはっは、その件についてはまた今度な」

「……まあいいわ。ちなみにあたしの同級生はこんなもんだったわね」

「なんでついでとばかりに裸の女の子を並び立てますかね? 花丸にルミちゃんにいきもの係まで」

 さながらハーレム状態の映像に、美優羽はクスクスと笑う。

「それあんたの妄想じゃない?」

「ああもうどっちの妄想かわかんなくなってきたな」

「……あんたとは、気が合いそうね」

 少しばかり、打ち解けたように美優羽は微笑む。共通の話題があまりにもアレではあるが。

 ふと光宙みつひろを見、美優羽が息を呑む。

「あんた、髪が……」

 神通力の使いすぎで、光宙みつひろは色素を失っている。空中クレヨンで上書きしていたが、もうそれもできなくなってきたようだ。

「ああ、隠してる余裕もなくなってきたな。俺の神通力もいよいよ限界のようだ」

「……なんでそこまで無茶すんのよ。あたしなんかほっときゃいいじゃない!」

「そういうわけにいかないんだよ」

 光宙みつひろ自身、なぜここまで命懸けのことをするのかよくわからない。だが、このまま最悪の事態になったら、間違いなくこうなる。

「……!」

 光宙みつひろの頭の中に浮かぶその場面は、美優羽にも見えていた。

 幼き日、もののけに襲われ、撃退するも、しきりに泣きじゃくっていた、あいつの泣き顔。

「お前を死なせたら、あいつが泣く。あいつの泣き顔は、もう見たくないからな。あいつにとって大事なものは、俺にも大事なものだ」

 二人は、ついに目的地へたどり着いた。

 多目的ホールにでも使いそうな、だだっ広い部屋。天井は高いが、壁や床と同じ無機質なデザインだ。

 その一番奥に、ひときわ異質の物がある。

 鳥居だ。直線的でシンプルなデザインの、しかし大きく荘厳な神明鳥居。

 あのときは、どうやってこれを開けたんだったか。頭がクラクラしてきて、振り返りきれない。

 鳥居を前に、苦しげに声を絞り出すしかなかった。

「オモイカネ、ここを開けろ。ダチが死にそうなんだ。お前ならなんとか出来るはずだ」

 だが、返事はない。暗闇と、静寂と、絶望感のみがこの場を支配している。

「オモイカネ……頼む……!」

 膝が崩れる。その背に覆いかぶさるように、美優羽がもたれかかる。

 光宙みつひろの耳元に、弱々しい彼女の声が辛うじて届く。

「もう、いいわよ……。最後に、あんたが良いやつだってわかったから……それで……」

 光宙みつひろも意識が朦朧として、立っているのか倒れているのかすらわからない。

 ここまできて、無駄骨か? 俺が力尽きたら、俺だけじゃない、こいつまで死なせちまう。

 光宙みつひろは、身体の奥から、心の奥底からメラメラとした何かがこみ上げてくるのを感じた。

 最後の力を振り絞り、叫ぶ。


「タカミムスビの名において命じる……オモイカネ、ここを開けろ!」


 闇と静寂は、突如として破られた。

 鳥居の両の柱の間だけが真っ白に輝き、その中から一人の影が現れる。

 輝きは、後光を携えているかのようでもあった。

 長く真っ直ぐな黒髪、平安装束に身を包んだ若い女性が、わずかばかりに驚いたような顔を貼り付けて、二人を見下ろしていた。

「…主様?」

 光宙みつひろは仰向けに倒れていた。それでも、美優羽からは手を離していない。

 声も絶え絶え、光宙みつひろは舌を出してこう言ってやった。

「でまかせに決まってんだろ、ばーか」

 そして光宙みつひろは、気を失った。

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