第7話(風雪月花!3の2・前編)

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「お漏らしさん♪ あ、お漏らしさん♪ あ、お漏らしさんたらお漏らしさん、はいっ♪」

 風鈴の周りを、手拍子を打ちながら周る光宙みつひろ。その様はまさしく盆踊りである。

 風鈴は視線を下に、身をこわばらせて懸命に堪えている。怒ったら負け、怒ったら負けよと必至に自分に言い聞かせている。

 そんな風鈴の耳元へ、そっと優しく光宙みつひろはこう囁いた。

「パンツまでぐっしょり(はぁと)」

 そして風鈴の怒りは、臨界点を越えた。全身から吹き上がる神通力が新たな衣装となし、突き上げた拳が、あたりの土砂を巻き上げながら爆風となって光宙みつひろもろとも吹き飛ばす。

「このぉ、オオバカヤロオオオォォォーーーーー!」

「バイバイキーン!」(きらっ☆)

 かくして、曇天の星と化す光宙みつひろであった。合唱。


「が、当初の予定だったんだけどなあ。……どうしてこうなった」

 美優羽を背負い、光届かぬ漆黒の地下迷宮。

 大丈夫だ、まだなんとかなる。自分に、そして背中の少女に言い聞かせ。光宙みつひろはたまにぼやいたりしながらも、歩みを止めずに行き進む。

 目指すは最下層、オモイカネが護る亜界の施設。美優羽を蘇生させる、頼みの綱がそこにある。


         *


 生徒会室から追い出され、途方にくれている花丸の元へ、メールの着信音が響いた。

「! 光宙みつひろだ」

 留美音、太郎右衛門、いきもの係の注目が一斉に集まる。本文は遠回しな表現をせずにストレートに要件が書かれていた。改行もなく、切羽詰まっていることがうかがえる


『美優羽については聞いたとおりだ。風鈴は、俺が後でなんとかする。花丸とルミちゃん、あとはエモンといきもの係もいてくれると助かるが……ワルキューレをなんとかしてほしい。あいつがこれから何をしでかすのかは俺にも読めないが、良からぬことだったら、止めてくれ。ぶん殴ってでも』


「ぶん殴ってでもって……、相手は超高レベルだぞ……」

 絶句している中、突如アラームが鳴り響く。全員のスマホ、そして生徒会室のテレビもアラームが響き、自動で緊急ニュースが流れ出す。

 ニュースのために引き戸を開けるが、風鈴は反応しない。


『埼玉県大社市の荒川河川敷に、戦の超高レベル精霊人、ワルキューレが出現したとの情報が入りました。

 これについて、日本が条約を結ぶ4人、土のガイア、雷のトール、闇のプルート、命のプロセルピナが、共同声明を発表しました。

 事前通告のないこの行動は明確な条約違反で、ワルキューレは敵意を持って現れた可能性が非常に高い。近隣住人は急いで避難して欲しいとのことです。

 日本政府はこれを受け、以下の地域に避難勧告をだしました。

 埼玉県大社市、さいたま市、川越市、比企郡川島町……』


 どんどん大事になっていく。どうなるんだ、これ。と他人事のように思っていると、またもスマホがメールを着信する。

「あ、あたしにも来た!」

 上江が声を上げる。いきもの係リーダーと、どっかん屋サブリーダーに来る以上、送信者はわかりきっている。未来だ。

「なんだって?」

 ひばちの質問には無言だが、上江と花丸の緊迫した表情がその内容を物語っている。

「ワルキューレが、あたし達を呼んでいるって……」

 花丸は、風鈴の背中に声をかける。

「風鈴、聞いたとおりだ。私たちは行く。お前は……そこで休んでいろ」

 優しくも、突き放すような口調に、しかしそれでも風鈴は反応を示さない。

 引き戸を閉めると、上江が内緒話のように小声ながらも、まくし立ててくる。

「花丸、いいの?」

「どのみちあれでは役に立たん。光宙みつひろがなんとかすると言ったんだ。二人の絆を信じよう」

 メールを読み返し、鼓舞するようにグッと身を引き締め、花丸は頬を二度叩く。決意の目が、一同に向けられた。

「行こう。ワルキューレが呼んでいる。先生が行けと言っている。……なにより光宙みつひろが私達を頼っているんだ。行かないわけにはいくまい」


         *


 駅前に、22階建てのタワーマンションがある。市内でも指折りの高層ビルの屋上に、美優羽はいた。

「神通力は、ありまーっす!」

 地上まで届くか怪しいが、美優羽は大声で叫ぶ。

 こだまが返ってきたりはしないが、少年が返事をする声が彼女の耳に届いた。

「んなこたー、わかってるよ! いいからこっちへ戻ってこいよ、バカ!」

 美優羽の一学年下、隣の部屋に住む幼馴染み、悠木愛人ゆうきまなとだ。

 気の強そうな美少女に見えるが、愛人まなとは男子である。その証拠に、口が悪い。

「ちーがーうーだーろー! このハゲエエェェーー!」

「親父がハゲってだけで、俺までハゲ扱いするな!」

「けどハゲの遺伝子は受け継いでるよね」

「うぐっ」

 話をそらしつつ反論できない状態に追いやって。

 美優羽は遥か地上を見下ろす。

 木枯らしがビュービュー吹き荒れ、乱気流となって彼女の髪をかき乱す。

 地上では豆粒のような人だかりが、こちらを見上げて騒ぎを起こしているようだった。

 先月の検診で、鳥の神通力を持つことが発覚した。現在レベル20台で不安的だとかで、早めに抑制して安定させるべきだとの診断結果だが、冗談じゃない。

「神通力は、ありまーっす!」

 もう一度、美優羽は叫ぶ。

 大丈夫、レベル20あれば飛べる。なんたってあたしは鳥の精霊人なんだから!

「鳥人間コンテスト、神通力部門。寿美優羽、飛びまーっす! とぉぉ、おう!」

「うわー、本当に飛び降りやがったー!」

 愛人まなとの悲鳴を背に、美優羽は屋上を蹴って宙へ舞った。その背にはたしかに翼が生えていた。美優羽の脳内では。

 そして美優羽は落っこちる。あれー? と思う間もなく、すごい風を身に受けながら。

「っとお、危ない。大丈夫?」

 落下感が消え、代わりに美優羽を包む抱擁感。誰かに抱かれていた。空中で。

 美優羽はおそるおそる、目を開ける。

 そして、天使を見た。いや、女神か。

 ゆるふわ三つ編みが風に乱され、度の入っていないっぽい眼鏡が外れそうになりながらも、彼女は美優羽を必死に抱きかかえていた。

「好きっ!」

「ふぎょおっ!?」

 その豊かなおっぱいに顔をうずめるように抱きつき返すと、彼女は素っ頓狂な声を上げた。足場がないため、もつれるように空中でぐるぐると、二人はまわる。

「ちょ、ちょっと落ち着いて! あたしも飛ぶのは慣れてないんだから! そう、怖くないから、ゆっくり降りるから」

「すんすんすんすん、すーはーすーはー」

「嗅ぐな! この非常時に何やってんのよあんたわ! あああ、ぐりぐり押し付けるんじゃないの! 変な気分に、もとい危ないでしょうが!」

 空中でじゃれ合いながら、二人は降りてゆく。精霊人、それも飛べるほどの高レベル者は珍しいため、野次馬たちがやいのやいの騒いでいる。危機を脱し、拍手喝采も聞こえてくる。

「ほほう、なるほどー、これわこれわ」

「覗き込んでんじゃねえよ、バカヤロー!」

 彼女の知り合いらしき男子がスカートの中を覗き込み。彼女はその顔面をぶぎゅると踏みつけて着地した。

「ありがとうございました! お礼に結婚してください!」

「いいからもう離れなさい! あたしはそういう趣味はないから!」

 抱きついたままキスを迫る美優羽に、引き剥がそうと躍起になる風鈴。

 二人の出会いとなる、初冬の出来事であった。


「ほっぺ、せめてほっぺだけでも、むちゅー!」

「すまないが、俺は一人の女に縛られたくはないんだ」

 キスを迫る美優羽を、キリッとした表情で光宙みつひろは、間に手を挟んでこれを阻んだ。

「はっ!?」

 我に返った美優羽が、あたりを見回す。真っ暗だが、鳥の精霊人である彼女には夜目の効く神通力もあるのですぐに情景が見えてくる。

 肩を借りるような体勢で、美優羽は担がれていた。担いでいるのは、思い出の中で風鈴に踏みつけられていた男子、不破光宙ふわみつひろ

「うわぁー、ぺっぺっぺ!」

「そこまでか」

 そっぽ向いてつばを吐く美優羽に、光宙みつひろは心外とばかりに鼻白んだ。

「って、ここはどこよ? こんな暗いところへ連れ込んで、乱暴する気ね? エロ同人みたいに、エロ同人みたいに!」

「しないから落ち着け。余計な消耗はしたくないんだ」

 彼の呼吸は、荒くも弱々しい。確かに、興奮しているというよりは疲れている様子だった。

「痛っ!」

「言わんこっちゃない。俺から離れるな」

 刺すような痛みに膝が崩れるも、光宙みつひろに抱き寄せられるように支えられ、なんとか踏みとどまる。

 胸がうずく一方で、痛みをぬぐうような優しいぬくもりを感じる。光宙みつひろの手は美優羽の左胸を覆い、マッサージをするようにゆっくりと上下していた。

「……って、あんたなにやってんのよ」

 どこからどう見ても、立派におっぱいをもみもみもみほぐしている状況であった。なお美優羽のおっぱいサイズは平均値。

「離しなさいよその手を、ヘンタイ! あたしのおっぱいを揉んで良いのは、風リンだけなんだからね!」

「離すわけにはいかん、死んでしまうからな」

「……人のおっぱい揉むのにどんだけ人生かけてんのよ」

 きっぱりはっきり断言する光宙みつひろに、美優羽はドン引き。

「俺じゃなくてお前だ。……そうだな、はっきり言っておこう」

 熱心におっぱいを揉む手は休めずに、彼は劇画調で重々しくこう言った。

「お前はもう、死んでいる」

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