第7話(風雪月花!3の1)
風雪月花!どっかん屋 第三話
1
やけにスローモーションに見えた。
血しぶきを上げて、美優羽が宙を舞う。そして、地面へ仰向けに倒れる。
風鈴は、とっさには理解できなかった。
「美優羽?」
何かの冗談だと思った。何かにつけていたずらしてくる彼女のことだから、むっくりと起き上がって「うっそぴょ~ん」とか冗談めかすかと思った。
だが、美優羽は動かない。
「美優羽!」
身体の芯がしびれ、心臓が縮むような感覚は、信じがたい状況から来る緊張感によるものか。
駆け寄る。身体が重くて思うように動かない。美優羽の胸から流れる鮮血は、地面へ染み渡っていく。
「美優羽!」
もう一度、叫ぶ。だが、反応はない。血の気が引くとはこのことか。例えようのない絶望感が、風鈴を襲う。
「どけ」
そのとき、風鈴は誰かに突き飛ばされて、尻餅をついた。頭がくらくらして、視界が定まらない。その中に辛うじて捉えた姿は……、
「
息を切らせ、やつれた顔をさらに歪め、
美優羽の胸元に手を当て、
通常の方法では、もう手遅れか。
消耗も構わず、
「お前ら、下がれ」
「お前ら、そこから離れろ! 今すぐだ!」
我に返った花丸が、周囲を見る。留美音と太郎右衛門は反射的に走り出している。風鈴は……尻餅をついたまま呆けて動かない。
「風鈴、ここから離れるんだ!」
花丸が風鈴の手を引き、離れていく。
影響範囲に人がいなくなったこと確認し、上空から
閃光、轟音、激震。ひと月ほど前にもあった光の柱が、今また第一高校の校庭に突き刺さった。
衝撃がおさまり校庭に残されたのは、ひとつの大穴。直径は十メートルほど、深さは見当がつかない。衝撃のわりに、周囲へ撒き散らした土砂は思いのほか少ない。
風鈴のみならず、留美音も花丸も太郎右衛門も何が起きたのか認識しきれないままに、慌ただしくも静けさが取り戻された。
何かの幻だったのかとも思うが、彼女たちには厳然たる事実が、その心にのしかかる。
美優羽が、殺された。
8年前、家族旅行で海へ行った風鈴と
思い出した。あれは、海入道だ。海坊主の別名を持つ巨大な人型の、もののけ。
年長者が、年少者を守らなければいけない。幼心にも、風鈴は日頃からそう心がけていた。
だが、何もできなかった。震え上がることしかできなかった。
そしてまた。
風鈴は何もできなかった。あの女戦士からは、はっきりと激情が伝わった。美優羽を狙う様子も見えていた。
なのに、何もできなかった。
すくみあがっていた?
そうだ、怖くてすくみあがってしまったのだ。
「風鈴?」
風鈴の異変に最初に気づいたのは花丸だった。
「神通力が……」
続いて留美音も気づく。
「────────!」
声にならない叫び声が上がる。
彼女を取り巻く神通力が一変する。校庭の砂地に波紋を起こすほどに。
美優羽を救えなかった。過ちを繰り返してしまった。
悲しみが、無力感が、自責の念が。深い絶望が、風鈴の身の内から臨戦霊装を呼び起こした。
*
「なんてこと……」
ワルキューレが、美優羽を殺害した。
そのさまを目の当たりにしても、未来にはにわかには信じられなかった。
8年前を起点とする先の戦いでは、もののけの集落を二度ばかり壊滅させている。
確かにキレやすい面のあるワルキューレだが、まさか、人を殺すなど……。
職員室はざわめきつつも、事態を把握しきれていない。なにがあったんだ? 校庭に大穴が。とことさらどうでもいいようなことで騒いでいる。
と、懐でブーン、ブーンという振動を感じた。スマホを取り出して確認すると、清夢からの緊急メールだった。
『超高レベルは集まれ。ニューヨークの国連本部に、今すぐにだ』
考えがまとまらない中でも、国連の反応の早さ、というより常時監視下にあったであろうことに、未来は内心舌を打つ。
手近の机に置かれた電源タップに手をかける。神通力”電送”は、電線を伝って物質を転送させる神通力だ。そしてそれは、自身にも適用できる。アメリカまでは、海底ケーブルを使えばいい。
神通力を発動し、未来の姿が消える。職員室は、まだざわめきが収まっていなかった。
空は遠くから急速に晴れつつあり、まだ半分近くを覆っている手前側の雲が鮮やかなオレンジ色に照り返され、年に何度も見ることのできない絶景が広がっている。
東側には二重の虹が見えるほどで、普段なら感心して空を見上げているところだが、今のどっかん屋といきもの係に、そんな余裕はなかった。
下校時間は過ぎ、生徒も教師もほぼいなくなった。
授業は6時間目途中で切り上げ、部活動等は中止。
校庭の大穴はコロボックリのいたずらということにされたが、学校内でのことなので彼らが罰せられるような心配はないだろう。
「どうすんだよ、こいつ」
風鈴を指差すひばちだが、さすがの彼女も滅入っているようだ。
臨戦霊装を見せたのもほんの一瞬、風鈴は今、生徒会室でふさぎ込んでしまっている。
花丸と留美音はその介抱のためつきっきりでいるが、かける言葉が見つからず、無言で付き添っているだけの状態だ。
いきもの係もその場には居合わせなかったため、美優羽が謎の精霊人に殺されたらしいということと、
殺人事件が起きたことにいまいち実感がわかないが、美優羽と
「あっという間の出来事だったから僕もなんとも言えないけど、みっくんが彼女を連れて行った以上、任せるしかない。みっくんから連絡が来るまでは、僕たちは念のため待機していたほうが……」
太郎右衛門がいきもの係へ説明をしていると、机の上に置かれた風鈴のスマホがメロディを奏でた。プリセットの初期設定そのままの音楽だ。
風鈴は自分のスマホを奪い取るような勢いで取り、耳に当てる。留美音・花丸・太郎右衛門も聞き耳を立てるようにそばに寄る。
「風鈴か? 俺だ」
「
「彼女は、俺がなんとかする。それよりもお前たちは……」
「なんとかじゃわかんないわよ! 美優羽は生きてるの? あの女戦士は、なんだったのよ!?」
そこまでわかってのことだろう、
「落ち着け。正直、美優羽は危ない状態だが、死んではいない。なんとかできる場所まで、連れて行ってる途中だ。それよりもワルキューレの動向が……」
「なんとか出来る場所ってどこよ! 美優羽は助かるんでしょうね!?」
「俺を信じろ、フウ姉!」
めったに聞くことのないフウ姉の名で呼ばれ、風鈴はグッと言葉をつまらせる。
「ずるいわよ……こんなときばっかり……」
自分では美優羽を助けることができない。その無力感に、風鈴は癇癪を起こすしかなかった。
「もういいわよ、あんたが全部やればいいでしょう! あたしはもう知らない!」
通話を切り、スマホを机に叩きつける。故障したかもしれないが、どうでもいいことだった。
「風鈴……」
心配そうに声をかける花丸にも、対処の仕様がなかった。
「みんな出てって! あたしはもう、知らない……」
*
アメリカ合衆国の新大統領が就任して間もないころ。
ワルキューレはホワイトハウスへ呼び出された。
広い、大統領の執務室。そこに、一人の老人がいた。
血色の良い白人を象徴するような、赤い肌。スポーツ選手並みの大きな体躯、齢70を過ぎてもなお衰えぬ眼光。
大統領よりもマフィアのボスの方が似合いそうな老人に睨まれるも、ワルキューレは特段気後れはしない。迫力は常人離れしているが、彼は本来人だ。
だが、彼の言葉は、彼女に衝撃を与えた。
「君がワルキューレか。我が国が誇る、超高レベル精霊人の一人……。君に、頼みたいことがある」
彼が机の上に差し出した、一枚の写真。肥満体の若い男、それはワルキューレもテレビ等で見覚えのある人物だった。
「君も知っているだろう。かの国の、指導者だ」
近年急速に軍事大国として発展し世界を脅かしている、某国の最高指導者。
静かに、しかし眼光をますます鋭く、大統領はこう言った。
「君に、この男を始末してもらいたい」
第一高校からは少し離れたところにある、荒川の河川敷。
ワルキューレは半年ほど前にあった出来事を思い返し、薄く目を開いた。
暗殺の司令を受けた翌日、ワルキューレはアメリカから失踪した。
人殺しなど嫌だったからだ。
だから、正体を隠して日本へ来て、本来人として過ごしてきたと言うのに……
「ワタシハ、ナニヲヤッテイルンダ……」
彼女の眼前の川面が、何もしていないのにバシャバシャと波を打っている。
今、彼女は非常に情緒不安定な状態にある。それが神通力となり、周囲に影響を与えている。
河川敷で釣りやキャッチボールをしていた人たちは、恐慌を起こして逃げていった。遠くでパトカーのサイレンが聞こえるが、近づいてくる様子はない。
「彼ニ、迷惑ヲカケテシマッタ……」
彼は、悲しそうな顔をしていた。
ワルキューレは、彼に好意を持ち始めている。
だから、胸が苦しい。
「頭に血が上ると、見境をなくすのがお前の致命的な欠点だ」
背中から聞こえる声に、しかしワルキューレは振り向くことはしない。
警察があれだけサイレンを鳴らしてやってきているのだ。彼が……牛若丸がやってきたって何ら不思議ではない。
それでも、皮肉を言わずにはいられなかった。
「国連ニハ筒抜ケカ」
「お前の動向は捕捉できてはいなかったが、どっかん屋は政府の監視対象だ」
「フン、犬メ」
「……言わんでくれ。橋渡し役の辛いところなんだ」
ワルキューレの背に、牛若丸は話を続ける。
「だが、これは俺にも擁護できん。もののけの集落を壊滅させたときとは訳が違うんだ」
ワルキューレは何も言い返さない。いや、言い返せない。ことの重大さは、彼女もよくわかっている。
「国連の要請が降り次第、超高レベル精霊人がお前を捕らえに来る。かつては苦楽をともにし、共に戦った……お前の仲間たちが」
「ソウカ……」
あいつらに捕まるのなら、それも本望か。川面を見つめながら、彼女はひとりごちる。
牛若丸は、その狐の仮面を外した。これにはワルキューレもさすがに振り向いた。
仮面の下から覗く顔。それは、精霊幕僚長、紫藤清夢であった。彼女の恩師でもある、その懐かしい顔。
「そもそもお前、なぜ失踪なんかしたんだ。正当な理由さえあれば、まだ釈明の余地はある。わけを教えてくれ」
一瞬ためらいながらも、ワルキューレはそっぽを向いた。
「……
「ワタシヲソノ名デ呼ブナ!」
仮面を外すのは、暑いとか息苦しいからというわけではない。
精霊人にとって仮面を外すという行為は、友好・感謝・懇願・謝罪といった意味合いを持つ。
正体を徹底的に隠している牛若丸の、政府やマスコミが目を光らせているかもしれない中、素顔を晒しての懇願にもワルキューレは応じない。
静かに、ワルキューレは空を見上げる。年に数回しか見れない夕刻の絶景から、夜の帳が下りつつある。
彼は、
……ワルキューレはひとつの結論に達した。
「とーるヘ伝エロ。オ前ノ弟子タチヲココヘ呼ベト。用事ガ済メバ、捕縛デモ懲罰デモ好キニスレバイイ」
牛若丸には、彼女の意図がわからなかった。
「道しるべのことか? 俺はお前に強要するつもりは……」
「ソンナコトデハナイ」
きっぱりと否定し、彼女は振り向く。
仮面越しなので彼にはわからなかったろうが、この時の彼女の表情は、素晴らしいイタズラを思いついたときの
「アイツラヲ見テイルト、カラカワズニハイラレナイノサ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます